ヒト、モノ、カネが網の目のようにつながる今、世界に線を引いて敵と味方に分ける東西冷戦型への後戻りは不可能だ。分断の現実を受け止めつつも、ゼロサムの発想には頼らない。そんなしたたかさが、国家だけでなく企業や個人に要る。
(日本経済新聞1月1日1面「企業・人 複眼で見極め)より引用)
心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2023年スタートの1on1ミーティングです。2人の対話は、交流分析をアイスブレイクに、新年1月1日の日本経済新聞に話題が広がっていきます。
New Year’s Day is the key of the year!
(A課長)
Sさん、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
(Sさん)
こちらこそよろしくお願いします。「1年の計は元旦にあり」ということで、Aさんにとって、どんな年になりそうですか?
(A課長)
Sさんから、昨年最後の1on1で、「CBLコーチング情報局のなかにあるキーワードで、もっとも好きな言葉は何ですか?」と、いきなりの質問を受けました。浮かんだ言葉は「あるがまま」でした。この言葉は、日頃意識しているわけでなく、Sさんから訊かれたことで浮上してきた感じです。
この「あるがまま」を初詣で祈願しました。
(Sさん)
私は、そのいきなり質問に続いて「この質問はその人の本質をあぶり出すような気がしています」と、“マウントかも?”と心の声を感じながら口にしています。Aさんが、そこから「コーチングの質問のスキル」につなげていただいたので、救われました。
プロコーチのAさんからは、ジャッジメントが返ってこないので、思わず自分の“地”が出てしまいます(笑)
私の年頭所感は、「自分の思い通り」と勘違いしない本当の「あるがまま」を目指そう、です。“地”は広島オトコですから、要注意です(笑)
(A課長)
Sさんらしい諧謔だ(笑)
私はSさんに、自然体の自己開示を感じます。今“地”と言葉にされましたが、“素”の文字がイメージされます。
(Sさん)
“素”…なるほど。以前、交流分析のエゴグラムで、自分がどのタイプかチェックしてみたのですが、FCでした。
A課長の性格は、交流分析のCPが強く出ていた…
(A課長)
エゴグラムは、交流分析を創始したエリック・バーンの弟子であったジョン・M・デュセイが開発した性格診断法ですね。
FCはFree Childですから一言でいうと「自由奔放の自我」です。私の場合は、Sさんと違ってCritical ParentであるCPが強く出ていました。つまり「厳しい親、批評的な親の自我」です。フロイトでいう「超自我」の作用である「こうあるべきだ」と考えてしまう傾向です。
(Sさん)
そうなんですか? 私は、AさんからAdultであるAの大人の自我が伝わってきます。確か…「冷静に現実を見つめ、物事を適切に対処し、自分で主体的に問題解決ができる状態」と説明される自我だったと思います。
(A課長)
実は「自分を変えたい」と思ったのがコーチングを学んだきっかけです。CPと出たことで自問自答したのですね。腑に落ちてきた、というか気づきを得ました。「変えなければ!」という内発的動機が生まれ、コーチングスクールの門を叩いたのです。
もしSさんが私にAの自我を感じてくれたとしたら、それはコーチングを学んだおかげです。どのような人にも、その人なりの“よりどころ”があると思うのですが、私の場合は明確にコーチングです。
A課長は自分の“よりどころ”をコーチングに置いている。
(Sさん)
“よりどころ”の存在を自覚されている人は強いと思いますよ。
今、稲盛和夫さんのことをしみじみ思い返しています。逝去された報道を受けて、Aさんとは稲盛さんへの追悼の思いを込めて1on1をやりましたよね。
(A課長)
ええっと… 9月5日の1on1で「京セラフィロソフィ」を取り上げました。それから10月24日まで8回やっていますね。
そのときSさんは、稲盛さんが「過激思想」について語っているところを引用しています。『京セラフィロソフィ』の337ページです。
ここにおられる皆さんの中にも、若いころ、燃えるような正義感を持ち、不平等で矛盾だらけのこの腐敗した世の中を改革したい、みんなが楽しく過ごせる平等な社会をつくりたい、と思っていた方がたくさんおられるでしょう。私もその一人でした。そういう思いを抱いていた人間の一部が過激派に走り、テロ行為を通じて世の中を変えていこうとした。それがあの日本赤軍だったのです。
この稲盛さんの言葉を受けて、Sさんは「純粋なことは肯定されますが、それが閉じた空間で圧搾されていくと、とんでもない思念に囚われてしまう…」と言葉にしています
(Sさん)
そんなことを言ったような気がします。Aさん、メモっていたのですか?
(A課長)
真面目が取り柄ですから(笑)
(Sさん)
記憶がよみがえってきました。Aさんとは、渋沢栄一、石原莞爾についても1on1で語ってきたので、それをAさんは話題にしましたね。
渋沢栄一は若いころ、「横浜の外国人居留地を焼き払い、異人を手あたりに次第に斬り払う」という計画を立てるほどの激情型人間だったにもかかわらず、論語を深く研究することで自分を鎮めることができるようになったことを…
その渋沢は、晩年ノーベル平和賞候補にもなっている。渋沢の人生とは「変化の連続・その常態化」だったと私は総括しています。
Aさんの洞察の言葉は、私の脳裏にしっかりメモリーされていますよ。
自分一人の力ではどうしようも抑えきれない情熱というかマグマを、論語を深く研究することで鎮めていったというか、メタ感覚を体得します。最終的に“異質の調和”である「道徳経済合一説」を打ち立てますよね。儒教の中では異端とも解釈できる朱子学に染まっていた江戸の思想を、転換させた最大の功労者こそが渋沢栄一なのではないでしょうか。
稲盛さんは自身が激情型の性格であることを自覚されていた!?
(A課長)
恐縮です。
稲盛さんは自問自答し続けた人だと思います。渋沢と同じように根っこは「激情型」の人ではないでしょうか。それを臨済宗、仏の道で鎮めていった。
稲盛さんも「人生万事塞翁が馬」をなぞるような人生ですが、凡人が感知できないような環境の変化にも、「全身センサー」が起動して、レジリエンスが発揮される…
その稲盛さんは徹底的に謙虚です。「私は環境変化を予見していました」といった言葉は、『京セラフィロソフィ』の中には一切登場しません。
私は10月17日のSさんとの1on1で、稲盛さんの次の言葉を引用しています。
もともと専門の知識があったわけではありません。また、トランジスタの時代が来て、真空管が姿を消すなど、そのような技術変遷を予見していたわけでも何でもないのです。ただ現状に満足することなく、あらゆることに工夫を重ね、新しい分野へ果敢に挑戦していったという姿勢が、こんにちの京セラをつくってきたのです。
(Sさん)
『京セラフィロソフィ』にインスパイアを得て、私たちの1on1も異次元に突入していったような印象です。啓発されました。
新年最初の1on1のアイスブレイクは“よりどころ”がキーワードになりましたね。さて、私の場合は、何かがあるのでしょうが… どうも輪郭を帯びていない。
では今日のテーマに移りましょうか。これまでも日経新聞を取り上げてきましたから、2023年も続けてみる、というのはいかがですか?
日本経済新聞1月1日の1面は「グローバル化は止まらない」!
(A課長)
OKです。新聞も「1年の計は元旦にあり」だと思うので、今年をじっくり考えるためのキーワードが、元日号には満載だと思います。やりましょう!
普段は電子版の私も、新年号だけは紙面を広げで読み込んでいます。1面から順にキーワードをピックアップしてみませんか?
1面は、「グローバル化 止まらない」そして「世界つなぐフェアネス」です。
(Sさん)
フェアネスは、「公正さ」のことですね。大国間の分断や「ブロック経済圏」が2度の世界大戦を招いてしまったことを踏まえ、次のように記事をまとめていますね。
同じ愚を繰り返さないためには、フェアネスを礎に分断をつなぐ取り組みが不可欠だ。企業や個人の日々の判断が、国際的ルールや人権などを尊重しない独善的な政治の暴走を抑え込む。民主主義と権威主義の二項対立を超えた新しい世界づくりの始まりでもある。
(A課長)
日本エグゼクティブコーチ協会の五十嵐会長は、常日頃より“異質の調和”を語ります。これこそが、コーチングの骨格たる概念だと私は解釈しています。
(Sさん)
「ダイバーシティ&インクルージョン」にもつながっていますね。民主主義と権威主義の二項対立を超えるためのキーワードを、フェアネスに置こうとしているのが日経新聞の主張ということか… なるほど。
(A課長)
公正は、正しさに“おおやけ”が冠されるので、だれしもが希求できるとは思います。ただ、正には、悪や邪といった反語がセットで語られることが多いので、ちょっと気になります。それ自体に「二項」の意味合いが含まれているような… 考えすぎかもしれませんが。
(Sさん)
なるほど… 言葉によってナラティブは作られます。言葉の取り扱いは細心でありたい、というのがAさんの志かな?
(A課長)
2面に行きましょうか…
社説は「分断を越える一歩を踏み出そう」です。見出しは「2つの罠のリスク」とありますね。
(Sさん)
そこで触れられている1つ目の罠は「トキュディデスの罠」です。G20の首脳会談をテーマにした1on1のときに、話題にのぼりました。
日経の社説は、その引用をどう主張につなげているのか…?
歴史を振り返ると、覇権国が台頭する新興国と衝突し戦争につながる事例が多いという米ハーバード大学のグレアム・アリソン教授が提唱した概念だ。同教授は昨年の日本経済新聞とのインタビューで「米中はまさにその脚本通りに進んでいるように見える」と警鐘を鳴らした。
「トキュディデスの罠」を多面的視点で捉えてみる!
(A課長)
「トゥキュディデスの罠」は、過去500年の「覇権国が台頭する新興国と衝突した16の事例」を取り上げ、アリソン教授が教訓として導き出した概念ですが、そのうち12回が戦争になっています。
私は戦争が回避された4回の方に焦点を合わせたいと思うのですね。アリソン教授は「脚本通り」と語っているようですが、そう言い切ることはないと思います。そうならないための努力を当事国である米国と中国はやっていますし、ロシアのウクライナ侵攻により、世界は反面教師として、さまざまの学びを得ています。
ブレクジットも、英国民が期待したことの真逆が起こっている。
(Sさん)
Aさんの日経新聞の論調を見る目は冷静ですね。交流分析の批評的自我のCPがプラスに発揮されていると感じますよ。AさんはCPに対してネガティブな側面を語っていますが、ものごとには表裏があります。見方によれば多面的です。
(A課長)
Sさんに一本取られました(笑) 私の“よりどころ”であるコーチングには「視点を変える6つの質問パターン」というスキルが存在します。
それから「リフレーミングのスキル」も使えます。
(Sさん)
コーチングは柔軟で多面的ですよ! 情報洪水の現在だからこそ、コーチング力を磨くことでレジリエンスを獲得することができるのではないでしょうか。
あと新年号は、あらゆるジャーナリズムで「大予測」「徹底予測」というコピーが躍る特集が組まれます。私も思わず買ってしまいますが、「こうなる!」と断定口調には注意ですね。未来は人知を超えていますから。
コーチングは柔軟で多面的!
(A課長)
おっしゃる通り!
さて、時間も限られていますので、目を引くキーワードをピックアップしてみましょうか?
3面には、賃上げ努力「企業の責務」のタイトルで、経団連の十倉会長の年頭インタビューが掲載されています。2023年は喫緊なテーマとして追い続けることになると思います。日本経済の分水嶺ですよね。
(Sさん)
同感です。「日本の未来」が問われる大テーマだと思います。
5面は「米ねじれ議会、移民焦点に」です。併せて「トランプ氏、2000年納税ゼロ~下院が詳細記録開示」の見出しもあるので、トランプ退場の流れかも…と感じさせる内容です。米国の動向は目を離せませんが、ユートピア・モデル、大国復帰モデルへの幻想は勘弁してほしいと思います。
(A課長)
7面は、日経が2023年を語るキャッチコピーの「Next World 分断の先に」です。「豊かさの希求 国境越え」のタイトルで、3つの事象を取り上げていますね。
まず「世界のGDPが過去1000年で580倍になっている」とあり、「グローバリゼーションは技術革新とも密接に絡み合いながら世界各地に広がり、成長の礎を築いた」とコメントしています。
次いで、「大航海 中国が先駆け~欧州勢が主軸、反発も」を見出しにして、バスコ・ダ・ガマが、インド航路を発見した1498年よりも1世紀前に、「鄭和の船は欧州船に比べ長さは6倍の150m、艦隊の隻数は50倍だった」と、600年を俯瞰して、「そして現代、資本移動の自由化やデジタル革命などによってグローバリゼーションは一段と進んだ。豊かさをけん引する一方で、恩恵に預かれない人びとの反発も根強い」と、概括しています。
3つ目は「現代の貿易相手国 米国、首位明け渡す」と、グレートチェンジの様相をグラフ化しています。「世界全体でも中国を最大の貿易相手国とする国・地域は21年度時点で60と米国の34を上回った」が、ファクトということですね。
歴史観こそファクトフルネスが肝要!
(Sさん)
歴史を事実として認識することは大切です。ただ事実にしても取り上げ方でさまざま解釈されることになるので、データに基づいて世界を冷静に捉える習慣を持つ、ファクトフルネスが問われることになる。
さて11面から22面までが「打ち破れ2023」を横断テーマに掲げた元旦特集です。注目されている時代の変革者を、テーマごと各紙面で2名取り上げ、紹介しています。挟まれる全面広告も元旦号らしさが漂っている。
日経新聞として、タイトル・見出しにこだわっているのが伝わってきますから、列挙してみる、というのはどうでしょう?
(A課長)
了解です。日経新聞は「変化をどう捉えているのか?」が、俯瞰できそうですね。
(Sさん)
では11面から順に…
<11面…打ち破れ 革新阻む常識を>
・「変えられない行政」デジタルで更新~お役所仕事を再デザイン
隅屋輝佳さん(35歳、第四次産業革命日本センター)
・政治を自分事に 若者を啓発~投票は大事な人を思うこと
丹羽智大さん(21歳、学生団体ivote代表)
<13面…打ち破れ 技術の限界を>
・月に人が住む 白兎よ跳ねろ~月面着陸 民間初の成功へ
袴田武史さん(43歳、ispaceCEO)
・光を操れ あえて狭い道~量子計算でグーグル・IBMと勝負
武田俊太郎さん(35歳、東大准教授)
<15面…打ち破れ 育児と老いの孤立を>
・新米ママ・パパ 悩まないで~赤ちゃんのキモチ 泣き声から分析
服部伴之さん(49歳、ファーストアセントCEO)
・ヨタヘロ期でも役立ちたい~高齢者の社会参加後押し 賞を創設
樋口恵子さん(90歳、評論家)
<17面…打ち破れ ビジネスの天井を>
・心の機微 AIですくい取る~リモート時代の「良い交流」づくり
神谷渉三さん(48歳、アイムビサイドユー社長)
・移動革命 みんな乗ってこい~自動運転を開かれた技術に
加藤真平さん(40歳、ティアフォー創業者)
<19面…打ち破れ 祖国同胞への抑圧を>
・命を救う「戦後」を信じて~ウクライナ避難民 日本に受け入れ
小野ヤーナさん(40歳、NPO法人理事長)
・民族が手を取り合える国に~軍政の弾圧に国外から抵抗
ソーバラティンさん(53歳、「ミャンマー挙国一致政府」駐日代表)
<20面…打ち破れ 教育の狭い世界を>
・博士はオタクじゃダメなんだ~脱炭素へ社会と関われる人材づくり
林泰弘さん(55歳、早大教授)
・「好き」ならみんな頑張れる~個性を育むオランダ流の学校を日本に
中川綾さん(45歳、アソビジ代表)
<21面…打ち破れ 農業と漁業の殻を>
・漁業規制、世界の議論に挑む~小さなマグロ逃がスマート定置網
野呂英樹さん(38歳、ホリエイ取締役)
・デジタル地図 農政の基盤に~国内外の農地 宇宙から「見える化」
坪井俊輔さん(28歳、サグリ社長)
<22面…打ち破れ 少数者への無関心を>
・なくなれ「泣く泣く帰国」~在留申請者 母国語で入力可能に
岡村アルベルトさん(31歳、one visa代表取締役)
・「日本一やさしい大会」実現~障害者と健常者 一緒にスポーツ
木村潤平さん(37歳、パラアスリート)
チャレンジする人はフューチャーペーシング!
(A課長)
お一人おひとりの大きな写真が添えられています。笑顔、引き締まった表情、対話している真剣なまなざし… それぞれですが、内容を読み込むうちにどんどん引き込まれます。近未来の映像が浮かんでくるようでワクワクしますね。
悲観的な情報が溢れている今この時ですが、未来はまだ起こっていないわけですから「未来は未知数である」が、真実です! そしてコーチングはフューチャーペーシングなのですね。
稲盛さんの箴言である「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」を肝に銘じて、今年も1on1ミーティングを重ねていきましょう。
改めて、本年もよろしくお願いします!
坂本 樹志 (日向 薫)
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