セラミックスは、高温に強く、ダイヤモンドに次ぐ硬度を持ち、また摩耗しにくいという特性があります。それならば、摩耗の激しいところにセラミックスを使えばいいのではないかと思いつき、どこかに摩耗しない部品を探している会社はないかとかけずり回りました。
(『京セラフィロソフィ(稲盛和夫/サンマーク出版)~常に創造的な仕事をする』)
心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、稲盛さんの『京セラフィロソフィ』を語る7回目の1on1ミーティングです。
「動じない佇まいの人」に人びとはオーラを感じる!
(Sさん)
前回の1on1で、アドラーの価値観である「共同体感覚」と、稲盛さんの「ベクトルを合わせる」が融合していた、というAさんの捉え方が新鮮でした。
世の中を大きく動かす人というのは、共通点があるような気がしています。それは「ものごとの本質を究めよう」とする常なる圧倒的な姿勢によって、借り物の考えを自分の考えだと錯覚してしまう普通の人の領域をはるかに超越する、強固な「信念」がその人たちの内部にしっかりと形づくられている、ということではないでしょうか。
その姿は「動じない佇まい」であり、それがオーラとなって人びとを魅了していくのだと思います。
(A課長)
「ものごとの本質を究める」は箴言の一つですね。78の箴言をかみしめると、読者は魂がゆすぶられます。
(Sさん)
魂! 熱い響きの言葉だ。意味を調べたくなりました。広辞苑によると…
「動物の肉体に宿って心のはたらきをつかさどると考えられるもの。」
「精神。気力。思慮分別。才略。」
「素質。天分。」
とありますね。
「多角的に捉えることができるポジティブな心の様相」といったところでしょうか。私は稲盛さんがJALの再建を成し遂げたことで、『京セラフィロソフィ』に興味を持ち、手に取ったことをAさんに話したと思います。
(A課長)
ええ、憶えています。
(Sさん)
フィロソフィですから、哲学的な内容であろうとも想像していましたが、企業経営のノウハウも書かれているのでは… という期待もあったのですね。
(A課長)
Sさんは、読んでみて「全然テクニカルではなかった」、と言いましたよね(笑)
『京セラフィロソフィ』はテクニカルなことは書かれていない…?
(Sさん)
言っています(笑) ところが、Aさんと『京セラフィロソフィ』の内容を語り合ううちに、変わってきました。確か2回目の1on1のとき、Aさんの読後感の言葉が印象に残っています。私は新鮮に受けとめました。
(A課長)
読了したばかりで興奮していました。はて、何と言いましたか…?
(Sさん)
「創意工夫に対する圧倒的熱量こそがこの『京セラフィロソフィ』の真髄だと思います!」、でした。
(A課長)
思い出しました。
(Sさん)
Aさんのこの言葉がずっと頭の中にあって、稲盛さんのこの姿勢をどう表現したらよいのか? と考えていたのですね。いま解答が浮かんでいます。
(A課長)
何でしょう?
(Sさん)
研究者魂であり技術者魂です。英語のスピリッツを使ってもいいと思います。稲盛さんは天性の発明家です。
稲盛さんは「研究者魂・技術者魂」が汪溢するスピリッツの人!
(A課長)
なるほど…
(Sさん)
新しい技術、製品を開発する人とは、どのような人なのか? 優れた研究者・技術者と、そうではない並の研究者・技術者とは、何が違うのか? について極めて具体的、かつリアルに描かれているのが『京セラフィロソフィ』です。
「『京セラフィロソフィ』は全方位の書である」、とAさんと総括しました。その「全方位」をバックボーンに、「優れた研究者・技術者になるための魂の磨き方」というキャッチフレーズを冠して、ノウハウ本として販売促進してもOKだと思います。
(A課長)
面白い! 読者層が広がりそうだ(笑)
(Sさん)
稲盛さんは根っからの研究者であり技術者であることが伝わってきます。その魂がコアにあって、すべてがそこを起点として経営哲学が語られていると思うのですね。
大学に入った途端、サークル活動にうつつを抜かし…いや勤しみ、人間関係能力を磨いたことを前提に、「人を束ねる組織マネジメントは文系が向いている」と解釈する向きもありそうですが、「それこそバイアスだなぁ~」と実感するところです。自分の反省をこめて…
『京セラフィロソフィ』はテクノロジーが描かれている“ノウハウ満載の書!”でもある。
(A課長)
今回も『京セラフィロソフィ』に新機軸の視点が生まれた!
(Sさん)
稲盛さんの口調そのものは、柔らかくもあります。ただし、その本質は「徹底的に厳しい」のですね。そして「努力」に貫かれています。エジソンの名言である「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」を彷彿とさせます。
新しい発見、新たな技術開発に挑む研究者はどうあるべきか、という視点で捉えると、厳しい言葉も合点がいくと思います。その視点で78の箴言のなかからチョイスしてみます。
「完全主義を貫く」
「真面目に一生懸命仕事に打ち込む」
「地味な努力を積み重ねる」
「ものごとの本質を究める」
「自らを追い込む」
「常に創造的な仕事をする」
「潜在意識にまで透徹する強い持続した願望を持つ」
「人間の無限の可能性を追求する」
「チャレンジ精神をもつ」
「開拓者であれ」
「もうダメだというときが仕事のはじまり」
「見えてくるまで考え抜く」
「成功するまであきらめない」
「独創性を重んじる」
まだまだありますが、このあたりにしておきます。
最初の「完全主義を貫く」のところで、稲盛さんは次のように書いていますね。92ページです。
技術開発の真髄は「完全主義を貫く」ことよって見出される!
よく90パーセントうまくいくと「これでいいだろう」と妥協してしまう人がいます。しかし、そのような人には、完璧な製品、いわゆる「手の切れる製品づくり」はとうていできません。「間違ったら消しゴムで消せばよい」というような安易な考えが根底にあるかぎり、本当の意味での自分も周囲も満足できる成果を得ることはできません。
営業にしろ製造にしろ、最後の1パーセントの努力を怠ったために、受注を失ったり、不良を出したりすることがあります。自分自身の努力をさらに実りあるものとするためにも、仕事では常にパーフェクトを求めなければなりません。
ちなみに、エジソンは「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を発見しただけだ」と言ったそうですが、稲盛さんも…
「京セラでは、研究開発は成功するまでやりますので、失敗に終わるということは基本的にありません。成功するまで続けるというのが、私どもの研究開発に対する姿勢なのです」
と言っていますから、エジソンと稲盛さんは共鳴しています。
ところで私はセラミックスと聞くと、カップヌードルを思い出すのですね。
(A課長)
またしてもSさんの「いきなり!」ですね。 謎肉ではないですが、謎かけですか?
(Sさん)
脱線していいですか?
(A課長)
もちろん(笑)
カップヌードルとセラミックスに心が動かされたのは何故?
(Sさん)
京セラが京都セラミックスという社名の頃、記憶は朧げなのですが、テレビか何かでその社名をはじめて耳にした際、セラミックスの意味が全く分からなくて、その場にいた父親に訊いたのです。父親も知らなくて、そのことが何となく記憶に残ったのです。
その1か月くらい後だったと思うのですが、カップヌードルをどこかだかの海水浴場で初めて目にしました。おそらくテストマーケティングをしていたのか、丸型の形態も含めて、まさに謎の商品でした。ヌードルという言葉に触れた初めての体験で、後で「麺」であることを知り、ちょっとした感動を覚えたのです。
同時に、セラミックスという単語も記憶の底から浮き上がったので、併せて調べてみると「陶磁器」とあり、これも新鮮でしたね。中学生のころの話です。
(A課長)
カップヌードルですか? ネットを見ると… 1971年の発売ですね。レトロな話で渋いですね(笑) 日清食品のマーケティングには興味があって、調べたことがあります。カップヌードルは、画期的新製品であることを印象づけるために、当時の日本人にとっては「未知」であった英語をあえて使ったことを知りました。
(Sさん)
日清食品は巨大企業になっても創業者である百福氏のベンチャースピリッツが息づいていますね。「謎肉」という言葉がネットで広がりましたが、常に市場に驚きを提供してくれます。
名称は大切です。「ティラミス」「ナタ・デココ」「マカロン」など、食品系では外来語をそのまま使うことで新機軸を打ち出すことがよくありますね。
脱線はここで終えますが、京セラの場合、セラミックスでもファインセラミックスです。もちろん陶磁器ではなく「京セラは何の会社か?」と尋ねられた場合は、「電子部品に関するグローバル企業」ということになります。
セラミックスとは?
ネーミング談義というか、言葉の意味について話したので、セラミックスをネットで調べてみましょう… おっ、京セラのサイトが最初に出て来ますね。
勉強になるなぁ~
このセラミックスを、稲盛さんは大学時代にバカにしているのですね。256ページです。
私は、大学では有機化学を専攻していました。石油化学の分野に興味があって、その方面の勉強ばかりしていたのです。セラミックスは無機化学の中でも結晶鉱物学という範疇に入りますが、私は、その焼き物の分野を嫌っていました。「あんなものは化学の内に入らない」とさえ考えていたのです。それほど有機化学志向であった男が、就職口が見つからなかったものだから、たまたま焼き物の世界に入る羽目になったのです。ですから、私はもともとセラミックスについて専門的に勉強した、優秀な技術者だったわけではありません。そんな私が、専門外の分野であっても、地味な努力を一生懸命続けてきたわけです。
(A課長)
有機化学は炭素ですから、ベースは生き物です。石油ももとは生物ですから。大学生のころの稲盛さんの気持ちが、何となくわかるなぁ…
逆境ですよね。アドラーの劣等コンプレックスを思い出します。稲盛さんの場合、セラミックスについては、ほぼゼロからの研究スタートです。大学4年の研究が無駄になった、とも感じたと思います。
「塞翁が馬」とは稲盛さんの生き方そのもの!
(Sさん)
ところが「塞翁が馬」というか、その地道な努力によって、稲盛さんは頭角を現すというヒストリーだ。
たまたま不得手な分野ではあったけれども、必死に勉強し、努力することで、自分の能力を向上させよう、磨こう、と私は心がけてきました。過去に身につけた知識や実績にこだわらず、「何とかしよう」「どうにかしなければ」という思いをきっかけとしてひたむきに努力を続けていくうちに、やがて研究がうまくいくようになり、会社の中でも頭角を現すようになったのです。
この経験は稲盛さんを勁くしたと思います。研究者、開発者としての原点です。創業当時です。ブラウン管の絶縁材料である「U字ケルシマ」、そして「カソードチューブ」を開発し、松下電子工業… 現在のパナソニックに納めます。ところが、稲盛さんの研究者魂をさらに鍛える大変化が訪れます。
もし、京セラが「単品生産でも利益が出ているから」と言って、そのまま松下電子工業向けのブラウン管用部品に安住していたら、今ごろはどうなっていたでしょうか。
その後しばらくして、真空管はすべてトランジスタに代わり、市場から姿を消していきました。ブラウン管のほうは残りましたが、技術革新により、絶縁用部品を使う代わりに、直接絶縁材料をコーティングすることによって絶縁するという、簡単でコストも安く済む方法が開発されたために、最初の製品のU字ケルシマも、苦心惨憺してつくったカソードチューブも必要なくなってしまいました。
一つ間違えば今ごろは、「あのときは良かったな」と当時を振り返りながら、何か他の業種に転換しなければならない事態に追い込まれていたかもしれません。
セラミックスを知り抜いていた稲盛さんの「用途開発」は圧巻!
(A課長)
稲盛さんは、セラミックスという素材を知り抜いていた人であったことが伝わってきますね。用途開発の凄みです。
ダイヤモンドに次ぐ硬度と摩耗しにくいという特性を踏まえ、摩耗しない部品を探している会社はないかと、稲盛さんはかけずり回ります。その結果、ナイロン革命という化繊の登場により、糸が走る部分に使われていた金属がたちまち摩耗し、使いものにならなくなることに着想を得て、繊維機械用のセラミックス部品の開発に成功するのです。
ここからは怒涛の「用途開発・新製品開発ヒストリー」です。実に興奮します。
やがて、アメリカの市場を開拓しているうちにトランジスタに出会い、トランジスタのヘッダーをセラミックスでつくらせてもらうようになります。非常に高度な技術を要求されましたが、何とか京セラはそれを成功させました。そして真空管がなくなるころには、全世界のトランジスタのヘッダーを京セラが生産するまでになっていたのです。また、間もなくそのトランジスタもICへ置き換わっていきますが、そのときには、京セラはセラミックICパッケージを開発しています。
もともと専門の知識があったわけではありません。また、トランジスタの時代が来て、真空管が姿を消すなど、そのような技術変遷を予見していたわけでも何でもないのです。ただ現状に満足することなく、あらゆることに工夫を重ね、新しい分野へ果敢に挑戦していったという姿勢が、こんにちの京セラをつくってきたのです。
つまり、「常に創造的な仕事をする」ことが、中小企業から中堅企業へ、また、中堅企業から大企業へと脱皮していくにあたり、最も基本的な手段となるのです。
3Mの創始者は「転んでもただでは起きない人」だった!
(Sさん)
稲盛さんの筆が弾んでいるところがあります。売上5兆円、営業利益1兆円を誇る、化学・電気素材の巨大グローバル企業の3Mが、中小企業から大企業に飛躍していく、そのプロセスです。
見出しは「ボタ山を宝の山と変えていった創意工夫」です。「錬金術」と言えそうです。188ページから詳しく書かれていますね。
(3M Wikipedia)
私は京セラの社員に、「全員で毎日創意工夫をしていこう。学歴や専門知識ではなくて、その創意工夫こそが、会社を発展させていくための原動力になる」と言い続けてきました。その中で、よく次のような例を引いて話をしたものです。
要約してみましょう。
「質の良い鉱石が出る鉱山があるが買わないか?」という話が持ち込まれ、3Mの創業者はそれを高いお金で購入します。ところが実態は採掘後のクズ石でできたボタ山であり、だまされたことを知ります。
創業者は「転んでもただでは起きない人」でした。調べてみるとボタ山のクズ石の成分は、ほとんどが石英で、「何とかこの石を使ってみよう」と考えます。そして試行錯誤を経て誕生したのが「サンドペーパー(紙やすり)」です。
このサンドペーパーが改良されていく過程を、鉱物のプロである稲盛さんは詳細に記述しています。サンドペーパーの開発過程で、接着剤の知識が深まったことで「接着テープ」が生まれます。次いで「絶縁テープ」、さらに「医療用テープ」につながっていきます。
いよいよエレクトロニクスの時代を迎え、3Mはどう動いたか… 稲盛さんが最後まとめているところを読み上げてみます。
やがてエレクトロニクスの発展につれ、テープレコーダーなどの記憶媒体として、録音用テープが登場します。この録音用テープは、樹脂製のテープの表面に接着剤を塗り、その上に酸化鉄の粉を塗ったものです。3Mの創業者は、「粉を均一にテープに塗ることなら、私の専門だ」と名乗りを上げ、磁気テープの製造にも参入しました。このように、彼は次から次へと自らの技術を応用して多角化を進めていったわけです。
友だちにだまされ、廃坑になった鉱山をつかまされたと知ったとき、おそらく彼はガックリとその場に倒れたでしょう。しかし、そのとき手につかんだ石を見て、何とか利用しようと思った。これをきっかけに、彼は次から次へと工夫を繰り返し、創造的な仕事を行い、こんにちの3Mという大会社をつくってきたのです。
大発展を遂げた企業のほとんどは、このような経緯をたどっているはずです。決して、初めから特別な技術があったわけではないのです。
(A課長)
このような具体的な例話や、嫌いであったが気持ちを入れ替え「素直な心」でセラミックスと対話していくことで、研究者・技術者としての人生が拓かれていったことを熱く語っているのが『京セラフィロソフィ』だ…
Sさんが言うように「優れた研究者・技術者になるための魂の磨き方」を伝授する、ノウハウを深掘りした書であることも間違いない。
『京セラフィロソフィ』は中小企業に誇りと勇気を与える書!
(Sさん)
Aさん、経営哲学・経営法話としての全方位の書である『京セラフィロソフィ』に、もう一つ副題を付けたいと思います。3Mの話が終わって次の見出しは、「創造的な仕事を通じて中小企業が大企業へと発展していく」となっています。
前々回の1on1で、盛和塾のメンバーのほとんどが中小企業に所属している人たちであることが話題になりました。日本の99パーセントは中小企業です。『京セラフィロソフィ』の内容は、まさに中小企業の人たちに読んでほしいことが書かれています。
ですから…
「日本の99パーセントの中小企業に誇りと勇気を与える必読の書!」というサブタイトルがイメージされてきました。
(A課長)
読めば読むほど、語れば語るほど、豊かで深い香りが匂いたってくるのが『京セラフィロソフィ』ということですね。滋味にあふれている。
今回の1on1も、Sさんとの有意義な時間を共有することが出来ました。次回もまたよろしくお願いします!
坂本 樹志 (日向 薫)
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