第2回：信頼は「関係の質」に宿る

信頼関係を築くにはどうすればよいか？

コーチングを学び始めたとき、多くの人は「信頼関係を築くにはどうすればよいか？」という問いに向き合います。質問の仕方、表情やうなずき、相手の言葉を繰り返す傾聴法など、技術的なアプローチが紹介され、それらは確かに信頼構築の一助となります。
しかし、国際コーチング連盟（ICF）のマスター認定コーチ（MCC）の視点から見ると、信頼とは「築くもの」というより、「在り方から滲み出るもの」であり、関係の“質”に宿るものだと捉えます。

人は誰でも、本音を語るかどうかを“空気”で判断しています。言葉の表面では「何でも話していいですよ」と言われていても、その場に「評価」や「期待」「焦り」といった空気が漂っていれば、人は本音を語れません。
信頼とは、コーチとクライアントの間に流れる無意識的なやりとりによって育まれます。そしてその基盤にあるのが、コーチの在り方そのものです。

「安心」と「尊重」の場が、探求を可能にする

クライアントが自分の奥深くと向き合うには、「安心して考える時間と空間」が不可欠です。それは、コーチが問いを投げかけたあと、無理に言葉を促さず、沈黙のなかにじっと共にいる時間でもあります。
たとえば、こんな場面を想像してください。
クライアント：「うまく言えないんですが……もやもやしていて」
コーチ：（数秒黙ってから）「……その“もやもや”に、もう少し近づいてみてもいいですか？」
この沈黙のあとの一言には、明確な“技術”というより、評価せず、信頼して“そこに在る”力が込められています。コーチの「急がず、変えようとせず、待つ在り方」がクライアントに伝わるとき、初めてクライアントは“思考の深海”に潜っていけるのです。
また、信頼されるコーチは、表面的に肯定するのではなく、クライアントの矛盾や違和感にも丁寧に光を当ててくれます。それは、表面的な「優しさ」ではなく、本質への尊敬があるからこそ可能なのです。

「信頼されるコーチ」より「信頼できる場」

多くのコーチが「クライアントに信頼されるにはどうすればよいか」と考えます。
けれど、MCCレベルでは、その視点自体が一歩ズレているかもしれません。
「信頼されるコーチになること」はもちろんですが、「クライアントが自らを信じられる場をつくること」が大切です。
つまり、コーチが信頼される対象になるのではなく、クライアントが「ここでは本音を話していい」「私はこのままで受け入れられている」と感じる、“信頼できる場”を共につくることが本質なのです。
そのためにコーチに求められるのは、常に“ニュートラルな自己”であること。
コーチ自身の判断や感情に気づき、それをセッションに持ち込まない内面の清明さです。

関係の“質”がセッションの“深さ”を決める

ICFが定義するコーチングには、「思考を刺激し、創造を促すパートナーシップ」という言葉が含まれています。この“パートナーシップ”が形式だけのものになってしまえば、セッションは浅く、当たり障りのないものにとどまります。

反対に、関係性の中に、安心して沈黙できる空気、自由に感情を表現できる余白、意図を超えた“共鳴”が起きる場、があれば、クライアントの意識の奥にある“本質の声”が表に現れてきます。
信頼とは、契約ではなく、関係の質の結果として生まれるものとも言えます。
その質は、コーチがセッション中に「何をしたか」ではなく、「どのような在り方でいたか」によって決まります。

コーチグとは関係の芸術である

誰かの本音に耳を澄ますとき、私たちは“問い”や“言葉”以上に、その人の在り方を受け取っています。相手が「安心して心を開ける存在」であるかどうかは、言葉ではなく、存在の“静けさ”や“ぬくもり”として伝わるのです。

コーチングとは、関係の芸術であり、信頼とは、その関係に宿る“在り方の質”がもたらす静かな力です。その力を信じて、問いすぎず、導かず、ただ“共に在る”時間を支えること。そこに、マスターコーチとしての本質があるのではないでしょうか。

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国際コーチング連盟認定マスターコーチ（MCC）
五十嵐 久