心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2024年5回目の1on1ミーティングです。
人の心などわかるはずがない!?
(Sさん)
Aさん、おはようございます。実は、ずっと考えていたことがあって、迷っていたんですが、自分の中で結論が出ました。
(A課長)
今日の1on1は、アイスブレイクなしのスタートですね。画面越しのSさんの表情は、いつもと比べてシリアスな印象を受けます。
(Sさん)
Aさんはエグゼクティブコーチであるし、しかもベースは心理学だから、私のことは全てお見通しなのかもしれない。
(A課長)
とんでもない。臨床心理学者の河合隼雄さんが、晩年に到達した哲学は「人の心などわかるはずがない」です。なので、Sさんのことを「わかったと思ってはダメ」、と戒めています。ただSさんは、いつも以上に私に何かを伝えたがっている。
(Sさん)
ええ、その通りです。
大学を卒業してこの会社に入り、43年です。「本当にお世話になったなぁ」という感慨に浸っています。60歳で定年を迎え、再雇用となって3年を経て、このAさんのチームに配属されました。Aさんから声を掛けられ、毎週やり続けてきたコーチング型1on1ミーティングも100回をはるかに超えています。
コロナ禍を経て、日本の転職市場は劇的に変化!
(A課長)
43年ですか… 私は入社15年です。Sさんの会社人生を想像するとめまいがする(笑)。転職市場も活発になってきましたから、最近は部下から、「A課長は15年もこの会社にいるんですか!?」と、驚かれることもしばしばです(笑)
(Sさん)
(笑)…そう言えば、東大文Ⅰ卒業生をトップとする日本のヒエラルキーの崩壊が始まっている、ということがテーマになったとき、奥さまの転職が、官民を経験する「回転ドア」であると話題になった。印象に残ったので、メモっています。
労働モビリティの高まりが実感できます。私の妻の話で恐縮ですが、彼女は某国立大学の経済学部を卒業して、民間の金融機関に就職しています。私と違ってプレゼンス能力が高いというか…(笑)、はっきりものを言うスタイルが上司の目に留まって、官民交流で財務省の課長補佐として出向しています。かなり鍛えられたようです。
2年間頑張った末、古巣には戻らず、大手のIT企業に転職しています。なんだかすごい抜擢人事で、嫉妬したくなるくらい高給取りなんです(笑)
(A課長)
自分にはマウントする材料がないので、妻に仮託してマウンティングしたときだ。恥ずかしい… Sさんには話しますが、妻はまたしても転職しています。年収もさらに上がりました。今回の転職も、緻密な戦略を立て臨んでいます。自分のキャリアについては淡々と… でも、他者との明快な有意差がエビデンスとして証明できるところは、しっかりアピールしています。スタートから経営層との面談だったようですが、食事も含めた複数回の対話を経て、お互いのビジョンが共有できた、と言っていました。
採用面接は企業に選んでもらう…ことではない!
(Sさん)
企業に選んでもらう…というより、企業の求める像と、奥さまのスキルも含めたパーパスに一致が見られた、ということですね。よく、売り手市場とか、買い手市場とかいわれるけど、お見合いと一緒で、相互に共感が生まれなければ、縁も生じない。奥様の場合、経営層に近いレベルを期待されていると思うので、なおのことそれが大切になってくる。
(A課長)
Sさんの「伝えたいこと」を聴く前に、今日の1on1のテーマが起動している印象です。そのSさんの話と、今日の1on1で私がSさんに話そうと思っている内容は、共鳴するような気がしています。ケミストリーが起こりそうだ。
私は、コーチングを勉強し始めた頃は、まずビジネスコーチを目指し、その後エグゼクティブコーチの資格を取っています。4年前に、わが社でも副業が解禁されましたので、これまでお付き合いのあった取引先を中心に声をかけ、クライアントになっていただき、ビジネスとしてのコーチング、つまりフィーを得てのコーチングを重ねてきています。
クライアントもまあまあ増えてきたところで、新規事業や、社内ベンチャーで会社も立ち上げられたSさんが私のチームに異動してこられました。ですから、若いチームメンバーとは、まったく違う意識で、毎回の1on1ミーティングに臨んできたんです。
(Sさん)
「全く違う意識…」というと?
(A課長)
はい、Sさんは「私にとっての純粋なクライアントである」という認識です。もちろん社内ですから、フィーが生じることはありません。ただ、コーチングの3原則…「インタラクティブ」「テーラーメイド」「オンゴーイング」を心に描きながら、毎週30分以内と決めて、真剣勝負のエグゼクティブコーチングを重ねてきたんです。
Sさんのシリアスな表情を拝見し、どこかのタイミングで、私も考えてきたこと、そして、Sさんと同様、意思決定したことを話そうと思っていました。
(Sさん)
100回以上、こうやって1on1をやっていると、ときどき不思議な感覚が兆します。何か通じるものがあるのでしょうね…
あまりにも意味の深い偶然が起こっている…
(A課長)
かもしれませんね。私は毎日アップされる「CBLコーチング情報局」の「コーチング大百科」をチェックしています。そのなかで、河合隼雄さんが、今Sさんが言葉にした「不思議な現象」を紹介した回がありました。共有しますね……
自己実現における重要な時において、われわれはしばしば、不思議な現象に出会うことがある。それは偶然にしては、あまりにも意味の深い偶然と考えられる現象が起こるのである。たとえば、今まで絵には全然関心がなかったひとが、友人と絵の展覧会に行く夢を見る。そして、分析家の所で、自分の劣等機能としての発展という点から、絵を見にゆくのも意味があるだろうと話し合う。帰宅すると、夢に見た友人から電話があって、絵の展覧会にゆこうと誘われるといったような現象である。これは、いわゆる夢のお告げといわれるもので、予知夢のことについて述べたときに、例も示しておいた。このような、「意味のある偶然の一致」(meaningful coincidence)を、ユングは重要視して、これを因果律によらぬ一種の規律と考え、非因果的な原則として、同時性(synchronicity)の原理なるものを考えた。(276ページ)
(Sさん)
なるほど。「偶然」だけでは説明できない「不思議」な現象ということか…
では、私からお話しします。Aさんは、私のことをネイティブコーチと言った。広島オトコですから、嬉しいし、マウントしたくなります。ただ、私がコーチングに関して、疑問を感じたことをAさんに訊ねると、すぐにというか、私の肚に落ちる答えが、“さらり”と返ってくる。
(A課長)
“さらり”ですか?(笑)
(Sさん)
ええ、“さらり”です(笑)
私は、「ネイティブコーチと言われて、喜んでいる場合ではない」、と思うようになりました。つまり「コーチングを体系的に学ばないと、コーチングを語る資格はない!」ということです。
コーチングの資格は「コーチングの体系学習」が求められる!
(A課長)
ということは…
(Sさん)
コーチングを正式に学び、プロコーチになろうと思います。数年前までは、60歳で定年となり、再雇用契約も65歳で打ち止めといいますか、会社との縁は切れるという制度でした。その再雇用の定年制度も撤廃されました。その発表の際、「人生100年時代を迎えて…」と、会社側も粋なコメントを使っている。
(A課長)
ええ、Sさんは私のチームに必要な人ですから、Sさんが65歳を迎えても、延長をお願いした。
(Sさん)
はい、本当にありがとうございます。感謝しています…
(A課長)
ただ、延長の契約をSさんと結んだ際、「Sさんは、いずれ会社を辞めるな…」と感じていました。
(Sさん)
やはり見抜かれていた(笑)
昭和世代の躾でしょうか? こういう場合、「本当に申し訳ない」と感じてしまいます。Aさんには本当にお世話になった。
(A課長)
はい、時代は変わりました。躾から解放されましょう(笑)
では、私の番ですね。私も会社を辞めることにしました。Sさんとシンクロしてしまったようだ。副業でやっていたエグゼクティブコーチングを本格的にやっていこうと思っています。
(Sさん)
えっ? …それはもったいない。Aさんは、抜擢人事で部長が見えている。
(A課長)
辞めるSさんに引き留められている(笑)
実は、退職の旨を役員に話したところ、引き留められました。ただ、私の意志が固いと分かってくれて、役員から「出向企業ではどうだ?」と提案されています。
(Sさん)
出向企業… なるほど。日経新聞にも取り上げられていましたね。退職せずに新会社を設立する手法だ。
「出向企業」は退職せず出向の形で新会社を設立する形態
(A課長)
ええ、わが社は東証プライムに上場している大企業です。日経新聞の1月25日で、取り上げられた「東レ」や「日揮ホールディングス」の事例にあるように、出向企業が注目されるようになって、会社側も検討に入っていたようです。Sさん、チャットGPTに「出向企業とは?」と、質問してみましょう。
「出向企業」とは、大企業などに所属する人材が、自社を辞めずに自分で会社を設立し、その会社に出向して新規事業の開発を行う取り組みのことです。出向企業は、自社の経営資源(人材や知財など)を有効活用し、新規事業の創出や経営人材の育成を目指すものです。
出向企業には、一般枠とMBO型起業枠の2種類があります。一般枠は、自ら会社を設立して出向するもので、所属企業が設立した会社の議決権比率を20%未満とします。MBO型起業枠は、既に設立された子会社やJVなどをカーブアウトするもので、所属企業が設立した会社の議決権比率を50%未満とします。
出向企業は、自社内ではなかなか挑戦できない新規事業に取り組むことができるとともに、出向先の会社で独立するか、所属企業に戻るか(買収など)の選択肢を持つことができます。出向企業は、0から1を生み出す起業・経営経験を通じて、社員と所属企業の双方にメリットをもたらすことが期待されています。
カーブアウトもチェックしておきましょう。野村證券のサイトがいいかな…
(Sさん)
時代がコーチングを求めている。コーチングを展開する出向企業… 面白い。
(A課長)
ええ、ありがたい話です。でも、これもお断りしました。退路を断たないと甘えが生じます。いずれコーチングの会社を設立することも視野に入れていますが、まずは個人としてスタートします。
(Sさん)
Aさんらしい… ところで正式な退職日は?
(A課長)
2か月後です。
(Sさん)
引継ぎがありますから、私もそのあたりを考えていた。これも符合です。ところで、コーチングスクールについては、まだ決めていません。Aさんに相談しようと思っていました。
(A課長)
私は、(株)コーチビジネス研究所で学んでいます。受講しての実感は、毎回の講義そのものがコーチングでした。つまり双方向なんです。受講生は毎回10人くらいだと思いますが、お互いにコーチングをし合います。同期生の絆がすぐにできて、講義以外の日にも受講生同士がZoomでコーチングセッションを実施しますから、トータルではかなりの時間、コーチングに触れています。まさに実践の中でコーチング力をつけていくカリキュラムでした。
ただ、コーチングスクールもさまざま存在しますから、Sさんなりに調べて、フィットすると感じるスクールを選べばよいと思います。コーチビジネス研究所のホームページに、「2024年1月 最新コーチングスクール事情~コーチングスクールの正しい選び方、学び方、活かし方のすべて~」がアップされていますから、それをチェックされてみてはいかがですか?
コーチングスクールの情報は、広告サイト以外も目くばせしたい
(Sさん)
ありがとうございます。
退職されるまで、まだ期間がありますね。毎週の1on1もこれまでのようにお願いします。ただ、テーマについては「コーチングの学び」とさせてください。毎回、私がコーチングについて質問します。Aさんは、その一つひとつの質問に対して、“さらり”と答えてくれることを確信しています。
(A課長)
またしても、“さらり”ですね(笑)
(Sさん)
(笑)… そろそろ時間です。コーチングの分野には、ライフコーチング、ビジネスコーチング、そして、エグゼクティブコーチングの3つがあると思います。私は、まずビジネスコーチを目指そうと思っていますが、そのあたりについては、次回の1on1から、Aさんに訊ねることにします。
Aさんは、今日の1on1でも、「コーチングの3原則」を話された。原則ですから、分野を問わないと思います。同じく分野を問わないスキルの体系もありますよね。「傾聴」とか… Aさんから、これまでもいろいろ紹介してもらっています。そこで、受け身ではない私の第一回目の学びとして、スキルの全体像をタイパで、Aさんにお願いしたい。
(A課長)
タイパ…ですか?(笑)
それも大事だ。了解です。それから、コーチングの自習として、1on1でも何度も取り上げている、「CBLコーチング情報局」がお薦めです。「コーチング大百科」とあるように、これまで370話が集録されていますから、「コーチングのすべて」と言っていい。
サイト内検索欄にキーワードを入力してみてください。「語り掛けるような言葉」でわかりやすく説明されています。これも紹介しながらやってみましょう。
最初は「承認」のスキルです
相手に安心して話してもらうために、相手の存在をそのまま受けとめ、認め、関心を持つことです。評価や他の誰かと比較することではありません。
検索欄に「承認」と入力すると… 19ほど出てきましたね。スキルそのものの解説は4話です。
「承認」のスキル ~「承認の3つの種類」とは?
「承認」のスキル ~「認める」と「褒める」の違いとは?
「承認」のスキル ~ 「認める」メッセージの伝え方
「承認」のスキル ~「認める」ことの具体的方法とは?
次いで「傾聴」のスキルです
コーチングにおいて最も重要で、かつ基本となるスキルです。相手のために聴くことであり、相手の話に意識を集中させ、心の声を聴きとることが目的です。この「傾聴」に関しては「スキルを超えたスキル」と表現したいと思います。「聞」ではなく「聴」の漢字を使うところに意味があります。
「聴」は、表意文字としての「漢字の力・素晴らしさ」が、見事に表されている一文字です。つまりコーチングの「傾聴」は、「コーチが耳だけでなく十の目と心によって、声音を超えたクライアントの心の声を感じとること」です。
検索欄に「傾聴」と入力すると… 22ほどヒットしました。スキルの文字がタイトルに含まれているのは5つですね。
「傾聴」のスキル ~ コーチングスキルの中の「別格なスキル」が「傾聴」!
「傾聴」のスキル ~ 「聞く」と「聴く」の違いからそのスキルを深掘りする!
「傾聴」のスキル ~ 「認識」と「誤解」は表裏の関係である。
「傾聴」のスキル ~ 相手が話したくなる聴き方とは?
「傾聴」のスキル ~ 「きく」のレベルと「アクティブリスニング」とは?
そして「質問」のスキルです
「承認」「傾聴」の延長として、相手の中にあるものを引き出すことです。相手内部の曖昧なものを明確にしていくために、多様な種類で構成されるスキルです。資格を学ぶ過程で、コーチングのスキルがいかに多彩であるのかを知ることになります。
「質問のスキル」については、2022年11月7日から11月21日にかけて、11話に分解して解説されていますね。7日の分から5つ開いてみましょうか。
「質問」のスキル ~ 広辞苑にある「質問」の意味とは異なるコーチングの捉え方!
「質問」のスキル ~ 目的は「相手の中にあるものを引き出すこと」!
「質問」のスキル ~ クローズドクエッションとオープンクエッション
「質問」のスキル ~ モチベーションを下げる質問は回避する!
「質問」のスキル ~ チャンクダウンとチャンクアップ
「フィードバック」のスキルは忖度を交えません
感じたこと、見えたこと、聴こえたことを、そのまま相手に伝えることです。「質問」のスキルと併せて、相手の“気づき”を促します。
フィードバックという言葉そのものは、多くの解説に登場しますが、直接スキルを説明しているのは、次の3話ですね。
「フィードバック」のスキル ~ コーチの存在が意義を持つ重要なスキル!
「フィードバック」のスキル ~ プロとしての矜持が求められるスキル!
「フィードバック」のスキル ~ その具体的方法とは?
「リクエスト」のスキルは目標達成の原動力となります
相手の視点を増やし、心理的な壁を超えるための働きかけです。目標達成の原動力となり、飛躍的成長を促すスキルです。
「リクエスト」のスキル ~ クライアントの飛躍的成長を促すスキル!
「リクエスト」のスキル ~ 「魔法の言葉」で人は変わるわけではない
「リフレーミング」のスキルは、俯瞰する視点を呼び起こします
社会的な拘束力となっているような枠組み、英語のフレームです。つまり、常識や当たり前だと感じていることなどを外して、違う枠組みで見ることを促すことです。新たな視点がもたらされます。
「リフレーミング」のスキル ~ 多面的な視点の存在に気づいてもらう!
「リフレーミング」のスキル ~ リフレーミングの種類とは?
「コーチング大百科」の各キーワード解説は、スマホ版でも見やすくなっています。まさに「いつでも、どこでも」学習できます。月曜日から金曜日の毎日、一話完結でアップされていますから、受身学習から能動学習への移行という意味でも、毎日チェックしてみてください。
(Sさん)
「資格を取る」と決めると、能動的になれます。改めて「人は見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞く」ことが実感されます(笑)
来週も、能動学習のための1on1コーチングをお願いします!
坂本 樹志 (日向 薫)
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