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マイクロソフトCEOサティア・ナデラが実践する『Hit Refresh~共感の経営』を起点に、「なぜコーチング(共感)が経営に求められるようになったのか?」について考察してみました

2014年に前CEO、スティーブ・バルマーの後を引き継いでCEOに就任したナデラは、「マイクロソフトの存在意義は何か」を問い、パーパスの再発見に向け、企業文化の変革を最優先課題に掲げました。その変革のキーとなる概念として、「共感」を中心に置き、「共感の経営」を提起したのです。
自身の半世紀を回顧しつつ、企業変革の軌跡を綴った自著『Hit Refresh~マイクロソフト再興とテクノロジーの未来』(日経BP 2017年)のなかでもっとも多く登場する言葉は、「共感」です。
『共感経営~「物語り戦略」で輝く現場』(日本経済新聞出版)より引用)

コーチビジネス研究所(CBL)が捉えるコーチングの“本質”とは?

弊社は、「受容と共感に基づく相互理解」がコーチングの“本質”と捉えます。これまで綴ってきたコラムは、このコンセプトに貫かれています。前回のコラムで紹介した弊社infoサイト「CBLコーチング情報局」においても、世界の識者の言葉を引用しつつ、さまざまな視点でこのことが語られます。
そこで今回は、「なぜコーチング(共感)が経営(ビジネス)に求められる(ようになった)のか?」について、紐解いてみようと思います。

冒頭の引用は、『共感経営(野中郁次郎、勝見明)』の「序章」の中の一節です。その前半で、野中郁次郎一橋大学名誉教授は、マイクロソフトのサティア・ナデラCEO『Hit Refresh~共感の経営』を紹介します。そして、日本マイクロソフトの前社長で、現在、アメリカ本社のバイスプレジデントの職にある平野拓也氏から聴いた話として、次のことが語られます。

ナデラがCEOになってから、アメリカ本社から役員が来て開かれるボードミーティングのやり方が一変したといいます。
以前は、業績の数値をもとに、計画のどこが達成できて、どこが未達成かを長時間をかけて分析する場だった。それが、「数値は見ればわかる」として分析的なミーティングはやめ、出席者一人ひとりが、自分が歩んできた人生のヒストリーや人生観を語り、共感しあう場へと変わったとのことでした。これは、ナデラがアメリカ本社の経営執行のミーティングで導入したやり方でした。

ここを読んだ時、私は「ダニエル・キムの成功の循環モデル」を想起しました。「数値が未達成である理由を根掘り葉掘り分析する」ということは、必然的に、それを招いた担当役員を糾すことにつながります。ミーティングの雰囲気もネガティブであろうことが想像されます。「バッドサイクル」です。それを、ナデラCEOは「共感し合う場」に変えたのです。「グッドサイクル」が醸成されます。

ナデラCEOの「共感し合う場」は「グッドサイクル」をもたらした!

ナデラが共感を自らの哲学の中心に据えるのは、未熟児で生まれた長男が子宮内窒息が原因で重度の脳性麻痺になり、障害を背負うようになったことや、自身はインド出身で、人々の苦しみに寄り添った仏陀の教えに触れたことなどが背景にあるようです。
ナデラが共感の経営、共感力のリーダーシップを軸にマイクロソフトの企業文化を変革していったプロセスと、V字回復が達成されていったプロセスが重なるとすれば。多くの企業で求められる変革の方向性のモデルをそこに見ることができるのです。

『共感経営』は、2020年5月に出版されています。私はすぐに手に取って読んでいたのですが、日経新聞の大型企画(日曜版2面)の『直言』インタビューに、野中郁次郎一橋大学名誉教授が登場し、そこで語られる言葉(2023年10月8日)は、『共感経営』の再現でした。
それもあって、10月11日に、「計画・分析・法令順守の過剰が“失われた30年”の真因!」、「数値偏重では革新起きず! 共感を重んじ知を磨け!」という見出しを充てて、A課長とSさんの仮想1on1ミーティング(コラム)で紹介してみました。その箇所を再掲します。

(A課長)
了解です(笑)
では、早速Sさんに訊ねますが、野中郁次郎さんの言葉で、響いたところを教えていただけますか?
(Sさん)
はい、たくさんあります。本社コメンテーターである中山淳史さんが質問した、最初の回答から引き込まれました。

中山 : 企業にとって「失われた30年」の真因はどこにあったのか。
野中 : 雇用や設備、債務もその通りだ。しかしより本質をいうならプラン(計画)、アナリシス(分析)、コンプライアンス(法令遵守)の3つがオーバーだった。

バブル崩壊によって、放縦極まりない企業の姿勢が白日の下になったわけです。その反動から、この3つがクローズアップされます。その環境は、緻密を好むというか、裏地の柄にまでこだわる日本的感性にフィットしたんですよ。ある意味でクリエイティブではない取り組みです。それをどんどん精緻化させていきます。
(A課長)
なるほど… 森を見ることなく木を見ていれば、やっていける内容だ。
(Sさん)
すべてが「守り」です。そこにエネルギーを投入しつづけると、もともと辺境の島国である日本の保守性が、盤石なものになっていく。変な表現ですが…
(以下省略)

分析中毒・計画中毒・法令遵守中毒という“三大疾病”…

『共感経営』では、ナデラCEOの『Hit Refresh』を紹介した後で、「日本企業が陥っている“三大疾病”」という見出しで、「日本の失われた30年」を俯瞰します。

日本企業はいま、オーバー・アナリシス(分析過剰)、オーバー・プランニング(計画過剰)、オーバー・コンプライアンス(法令遵守過剰)という、三つの過剰による“三大疾病”に陥って活力を失い、組織能力の弱体化が進んでいます。
分析をし、計画を立て、法令遵守をしていれば、それで経営ができていると思い込んでいる。いわば、分析中毒、計画中毒、法令遵守中毒ともいうべき症状です。すべては、1990年代以降、アメリカ流の分析的経営に過剰適応するあまり、自社の存在意識が見えなくなっていることに起因します。
現場を知らない本社からの指示をこなすのが精一杯で、ミドルクラスや現場の第一線がストレス過多で疲弊している。これが多くの日本企業の現状でしょう。

そして野中名誉教授は、『共感経営』を著した動機を次のように語ります。

その一方で、現場が活性化し、社員一人ひとりが活き活きと仕事に向かい、イノベーションや大きな成功を実現しているケースも少なからずあります。それらのケースに共通しているのは、企業と顧客、トップと部下、社員と社員、メンバーとメンバーとの出会いの場があって、つながりが生まれ、そこでわき上がる共感が新しい価値を生む原動力となっていることです。

わき上がる共感は新しい価値を生む原動力!

この『共感経営』には、サブタイトルが付されています。「“物語り戦略”で輝く現場」です。「CBLコーチング情報局」は、この「物語」という言葉に注目しています。3月19日より、河合隼雄さんと小川洋子さんの対談である『生きるとは、自分の物語をつくること』をテーマに、シリーズでの解説(今日時点で9話)がスタートしています。
4月8日には、「人は“現実を物語化して”記憶する、という作業をやっている…」というタイトルを掲げ、河合さんの次の言葉が引用されています。

(河合)
おっしゃったことは、私の考えていることとすごく一致しています。私は、「物語」ということをとても大事にしています。来られた人が自分の物語を発見し、自分の物語を生きていけるような「場」を提供している、という気持ちがものすごく強いです。
だからこそ、私のところに来られるような人たちは小説を読んで救われたり、ヒントを得たりするんでしょう。苦しみを経ずに出てきた作品というのは、その人たちには、魅力がないんじゃないかと思いますね。

もう一つ、「CBLコーチング情報局」にアップされた「物語」に関する解説を紹介させていただきます。タイトルは「コーチはクライアントの未来が“幸せな物語”となるよう伴走します!」です。

「物語」について語る精神科医をもう一人紹介しておきましょう。フランクルです。幸福感についてフランクルは次のように語っています。
人間が幸福を追い求めれば追い求めるほど、ますます彼は幸福を追い払ってしまうのです。このことを理解するには、人間は結局のところ幸福を目標にしているのだという先入観を克服しさえすればいいのです。
フランクルの提唱した理論は「ロゴセラピー」です。「ロゴ」は「意味」と訳されます。幸福感については、それは追求するものではなく、「そこにあるもの」であり「意味」づけによって「幸福感」は生み出される、というのですね。
フランクルの「意味」は、「物語」のことです。「物語」は、それをつくり出す人によって、「幸せな物語」にもなるし、反対に「悪しき物語」も生まれてしまいます。
コーチングのコーチとは、クライアントの描く未来が、「幸せな物語」となるよう、共に語り合い伴走していく存在であることを、最後に添えておきます。

クライアントの描く未来が「幸せな物語」となるように!

今回のコラムは、「なぜコーチング(共感)が経営(ビジネス)に求められる(ようになった)のか?」…この疑問の解を求めることがゴールです。その探求を『共感経営』を紐解くことから始め、それが「CBLコーチング情報局」で語られる「物語」につながりました。
そしてゴールについては、再度『共感経営』に戻って、以下の言葉に求めたいと思います。

現代は、不安定で変化が激しく(変動制=Volatility)、未来を予測することが困難であり(不確実性=Uncertainty)、仕組みが複雑で(複雑性=Complexity)、問題も課題も明確でない(あいまい性=Ambiguity)。「VUCA(プーカ)ワールド」と呼ばれる時代にあって、市場環境を静態的、固定的にとらえる分析的戦略では限界があります。
一方、物語り戦略は、絶えず変化する状況に動態的、流動的に対応していくため、変動性や不確実性が高いなかでも、成果に至ることができます。そのため、海外の経営学においても、物語り戦略が注目されています。
また、分析的戦略においては、経営主体である人間の主観や価値観は介在していませんが、物語り戦略においては、「自分はどうありたいのか」という人間の主観や価値観が重要な意味を持ちます。その戦略のあり方は、きわめて人間中心的(ヒューマン・セントリック)となるため、人間としての「生き方」が問われ、生きがいや働きがいを生みます。 

坂本 樹志 (日向 薫)

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