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心理学とコーチング ~ロジャーズ その6~

1956年にロジャーズは、米国で最も伝統があり最大の心理学の学会である、アメリカ心理学会(APA)の「Distinguished Scientific Contribution Award」を受賞します。この賞の日本語訳を『ロジャーズ選集』では、「優秀科学貢献賞」としていますが、「特別科学貢献賞」とする訳もあります。

Distinguishedは、顕著な、抜群の、気品のある、という意味なので、ロジャーズが取り組んできた“仕事”に対して、米国の心理学会は、「心理学における最大級の“科学的”貢献である」と認めたわけです。
表彰文は次のように書かれています。

…個人を理解し、変容するといった困難な諸問題において、彼の創造力、忍耐力と科学的方法の柔軟な適応は、この心理学的関心の領域を科学的心理学の範囲のなかに移行させたのである。

アメリカ心理学会はロジャーズ理論の科学性について最大級の賛辞を送ります。

フロイトが精神分析(学)を懸命に「科学せしめよう」と粉骨砕身(少しオーバーな表現ですが)したその後を引き継いだように、ロジャーズは自身の心理学が科学的であることの立証について、多くのエネルギーを投入してきました。それが報われたのです。

ただ、前回のコラムで「ロジャーズの人生とは変化である」、と説明したように、1960年代になって、さらに晩年になっても、変化を続けます。ロジャーズは85年の生涯を送っていますが、70代の半ばあたりから「スピリチュアル」についての語りが増えてきます。

ここ数年私は、以前よりも新しい考え方に、より心がひらかれていると思う。私が一番重視していることは、内的宇宙、つまり人間の霊的能力や魂の可能性の領域にかかわることである。私は、この領域はいま、知識の新しい前線であり、発見の切り口になるだろうと考えている。10年前なら私は、こんなことは言わなかったであろう。しかし、この領域で仕事をしている人びとの書いた文献や経験や会話から、私の見解は変わってきた。

ロジャーズが心理学を学び始めたのは1920年代で、フロイトの理論は“まったく科学的ではない”とされていた、つまり当時の「科学的なもの」と「フロイト理論」は対立的であり、「永遠に両者は出会うまじ」…このようにロジャーズは感じた、と語っています。

ロジャーズは、この「対立」という状況に対して、それが心理学に限らず、「それは解消できる」、「その捉え方とは別のアプローチによって、両者は結節できるところがあるはずだ」、との強い思いを抱きつづけ、それがエネルギーとなって数々の業績につながったのではないか、と私は推察しています。ロジャーズの心のなかを覗くと、そこには「調和」という概念がずっと息づいていたのでは…と私はイメージしているのですね。

この「スピリチュアル」についても、「今はまだ科学的に解明されていないが、いずれ科学として認知される日が来るに違いない」と思っていた(期待していた)のでしょう。

ロジャーズの晩年については、後日のコラムにゆずるとして、今回はその科学性について記述をすすめます。取り上げる論文は、『ロジャーズ選集(上)』第16章の「セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件(1957年発表)」です。

ロジャーズは、論文の冒頭で「問題」というタイトルを掲示し、次のように命題化させています。

私が自分自身に問いかけたいと思っている疑問はこうである…建設的なパーソナリティ変化(constructive personality change)をもたらすのに必要であり、そしてまた十分であるような心理的条件を、明確に定義づけられ測定できるような用語で記述することができるか、ということである。言い換えるならば、サイコセラピー的な変化(psychotherapeutic change)が起こるのに必要なもろもろの要素を、私たちは精密に知ることができるか、ということである。

理論としての「条件」は6つ存在する、とロジャーズは発表しました。

セラピーによるパーソナリティ変化の必要十分条件

12人の人が心理的な接触をもっていること。
2第1の人(クライエントと呼ぶことにする)は、不一致(incongruence)の状態にあり、傷つきやすく、不安定な状態にあること。
3第2の人(セラピストと呼ぶことにする)は、その関係のなかで一致しており(congruent)、統合して(integrated)いること。
4セラピストは、クライエントに対して無条件の肯定的配慮(unconditional positive regard)を経験していること。
5セラピストは、クライエントの内的照合枠(internal frame of reference)を共感的に理解(empathic understanding)しており、この経験をクライエントに伝えようと努めていること。
6セラピストの共感的理解と無条件の肯定的配慮が、最大限クライエントに伝わっていること。

理論として成り立つ要件に「再現性」があります。つまり、「条件が同じであれば、誰が行っても同様な結果が見いだせる」ということです。それが最も厳密に求められるのが自然科学における「実験」であり、例えば化学の場合、個々の物質量、プロセス、環境などが細部にわたって規定されます。

心理学の理論の多くは社会科学の範疇であり、前提は異なりますが、それでも広義としての「再現性」が求められます。つまり、「上記6つの条件が満たされたセラピーであれば、建設的なパーソナリティ変化が“明瞭に”起こる」…このことをロジャーズは発表したのです。

ロジャーズが冒頭の「優秀科学貢献賞」を受賞したのは1956年です。そして、「セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件」を1957年に発表していますので、ロジャーズにとってこの論文は、満を持しての発表ということになるでしょう。ただ、この理論は、“数値”理論ではなく“記述”理論であり、記述は人による解釈が伴います。そのあたりのことについてロジャーズは次のようにコメントしています。

この論文で私はサスペンス小説を書こうとしているわけではないので、すぐに六つの条件を、かなり厳密でかなり簡潔な用語で述べたいと思う。…その六つの条件とは、パーソナリティ変化のプロセスにとって基本的なものであると私が考えるようになったものである。

かなり多くの用語の意味がただちに明白なものではないけれども、そのあとにつづく説明の部分で明らかにしたいと思う。この簡潔な記述が、読者の皆さんがこの論文を読み終えたときには、もっとずっと意味の深いものになるようにと希望している。これ以上の説明はやめにして、基本的な理論的立場を述べることにしよう。

ロジャーズは、この6つの条件一つひとつに、具体的な解説を施しています。読み進めると「なるほど…」、と腑に落ちる記述がつづき、「この6つの条件は理論としての強靭性を有している」と私は納得しました。

セラピスト(カウンセラー)の「必要十分条件」を最もシンプルに表現すると…

今日、ロジャーズの「来談者(クライエント)中心療法」におけるカウンセラーの必要十分条件は、次の3つでオーソライズされています。

  1. 無条件の肯定的受容
  2. 共感的理解
  3. 自己一致

本来であれば、6つの記述で理解することが望ましいのですが、3つに統合されたことで、鮮明になったと言えそうです。

なお、1.について『ロジャーズ選集』では「無条件の肯定的“配慮”」と訳しています。これについては、当該3つをさらにシンプルに表現した場合の、

  1. 受容
  2. 共感
  3. 純粋性

を踏まえ、当該コラムでは「受容」としていますので、ご了解ください。

誤謬から真実を選別することで科学は進歩していく!

さてロジャーズはこの論文の後半に「結果としての仮説」というタイトルを付して、以下のように記述しています。これも「ロジャーズらしさ」が伝わってくるコメントであり、コラムの最後として引用しておきましょう。

どんな理論でもそれを明確な用語で記述する最大の価値は、そこから特定の仮説が引き出され、その仮説が証明され、または否認されることができることである。それゆえ、必要にして十分であると仮定された諸条件が、どちらかといえば、正確なものでないとしても(そうでないように期待しているが)、それでもなおこの分野における科学を推進することができるのである。誤謬から事実を選別する基本的な操作法が提供されるからである。

坂本 樹志 (日向 薫)

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