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心理学とコーチング ~ロジャーズ その7~

前回のコラムは、ロジャーズが1957年に発表した「セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件」を中心に解説しました。これは『ロジャーズ選集(上)』の第4部からの引用です。今回のコラムは、この冒頭で選者がコメントしている、以下のくだりから始めましょう。

(前略)この第4部の他の論文は、ロジャーズのお気に入りだった二つの論説である。「セラピーによるパーソナリティの変化の必要にして十分な条件」(The Necessary and Sufficient Conditions of Therapeutic Personality Change)(16章)は短いものだが、それはロジャーズのセラピー理論を一に述べたものであり、また「もし~ならば」という実験的研究の表現で書かれている。この論文は彼の研究を促進するための最も重要な論文であり、彼自身および他の研究者による、多くの実りある研究に道を開くことになった。

ロジャーズが自身の最高傑作だと自賛している論文とは…

この短い理論的な主張に満足したロジャーズは、2年後にもっと長文の70ページの論文「クライエント・センタードの枠組みから発展したセラピー、パーソナリティ、人間関係の理論」(A Theory of Therapy、Personality、and Interpersonal Relationship、As Developed in the Client-Centered Framework)(17章)を執筆し、それはコッチ(Koch,S)の数巻にわたる著作『心理学一科学の研究』(Psychology : A Study of a Science)(1959)に収録された。

ロジャーズはこれが彼の最も学術的で、完全で、よく展開された理論公式化であると信じ、それを誇りにしていたので、どうしても誰もこの論文の存在すら知らず、それに注目しないのかいつも不思議がっていた。

私たちもコッチの著作に掲載された論文がロジャーズの最も重要な知られざる論文のひとつであると考え、その論文全体の範囲のスタイルを代表できるように、その4分の1をここに抜粋した。

当該論文は、2年前の論文「セラピーによるパーソナリティ変化の必要十分条件」で提示した6条件一つひとつについて、詳細に、論理的に解説した内容で構成されています。2年を経てその条件が「科学的にいかに完成度が高いのか」を、ロジャーズはさらに訴えたかったのでしょう。

私は前回のコラムのなかで…「この6つの条件は理論としての強靭性を有している」…とコメントしています。ただ、私がそう受けとめた部分については触れていませんので、2年後のこの論文でロジャーズが“より詳細に記述した内容”を解説することにしましょう。

私が他人を受容することができると、それはとても報いられるものである。
誰でも進んで自分自身になろうとすればするほど、自分が変化するばかりでなく、自分と関係する人たちもまた変化していくのである。

ロジャーズの思いが凝縮されたこの言葉を、コラムシリーズのなかで折に触れて紹介しています。11月24日のコラムで、この意味するところを、ロジャーズが自伝で語っている言葉で解説してみましたが、自伝であるだけに「哲学的な表現」となっています。

論文は、自伝と異なり「吟味した理論的表現」を用いていますので、実感を伴って理解いただけるのではないか、と期待するところです。
なお、論文は70ページですが、『ロジャーズ選集(上)』ではその1/4を取り上げています。コラムでもすべて解説したいところですが、1/4でも膨大な内容ということもあり、そのなかの<A.セラピー過程の条件><B.セラピー過程>のなかから抜萃することにします。

<A.セラピー過程の条件>では、各条件の実証性が記述されています。

特に条件5については、フィードラー(文献10,11)とクイン(文献28)の研究によって確実な証拠が見出された。フィードラーの研究は、熟練したセラピストは、たとえ異なった方法をとる人であっても、ある共通の関係を作り出すものであることを示した。

そして、そのような関係のなかで最も重要な特徴のひとつは、セラピストがクライエントのコミュニケーションを、そのコミュニケーションがクライエントに対してもっている意味で理解する能力である。クインは、セラピストのコミュニケーションの質が、セラピーに決定的な意味をもっていることを見出した。これらの研究は、共感的理解の重要性をいっそう強調するものであった。

シーマンは、セラピーのなかでセラピストがクライエントを好きになっていくことが、セラピーの成功に重要な関係をもっていることを見出した(文献36)。シーマンもリプキン(文献24)も、セラピストから好かれていると感じているクライエントは、成功する傾向が高いことを見出した。これらの研究は、条件4(無条件の肯定的配慮)と条件6(それをクライエントが知覚していること)を確証するものである。(後略)

<B.セラピー過程>では、クライエントの変化の過程がつまびらかになります。

  1. クライエントは、言葉および(または)行動という手段によって、次第に自由に自分の感情を表現するようになる。
  2. クライエントが表現する感情は、次第に自己でないもの(nonself)よりも、自己(self)に言及したものになる。
  3. クライエントは、自分の環境、他者、自己、自分の経験、そしてこれらのものの相互関係を含んだ自分の感情や知覚の対象を、次第に分化させ、弁別するようになる。クライエントの知覚は、内面的(intensional)でなくなり、より外在的(extensional)になる。言い換えれば、彼の経験はもっと正確に象徴化されるようになる。
  4. クライエントによって表現される感情は、次第に自分の経験のなかにあるものと、自己概念との間の不一致に言及したものになる。
  5. クライエントは、そのような不一致からくる脅威に気づいていく経験をするようになる。
    a.クライエントがこの脅威を経験できるのは、セラピストがいつも変わらず無条件の肯定的配慮を示すことによってのみ可能となる。すなわち、セラピストが不一致に対しても一致に対するのと同じように、また不安に対しても不安のない状態に対するのと同じように接することによってのみ、このことが可能となる。
  6. クライエントは、過去において気づくことを否定されてきたり、歪められて気づいていた感情を、気づき(awareness)のなかで十分に経験するようになる。
  7. クライエントの自己概念は、以前には気づくことを否定されてきたり、歪められていた経験を同化し、包み入れながら再体制化される。
  8. このような自己構造の再体制化がつづいていくと、クライエントの自己概念は、ますます自分の経験と一致するようになる。すなわち、自己は、以前にはあまりにも脅威であるために気づくことができなかった経験を、今は包み入れるようになる。
    a.このことのひとつの必然的な結果として、知覚の上での気づきの歪曲、あるいは気づきへの否定が少なくなってくる。なぜなら、そこには脅威となるような経験が少なくなるからである。言い換えれば、防衛が減少するのである。
  9. クライエントは、脅威を感じることなしに、セラピストの示す無条件の肯定的配慮をますます経験することができるようになる。
  10. クライエントは、ますます無条件の肯定的配慮を感ずるようになる。
  11. クライエントは、ますます自分自身を、評価の主体(locus of evaluation)として経験するようになる。
  12. クライエントは、経験に対して、自分の価値の条件にもとづいて反応することが少なくなり、よりいっそう有機体的な価値づけの過程(organismic valuing process)にもとづいて反応するようになる。

「無条件の肯定的配慮(受容)」のもとで「有機体的価値づけ」である「自己一致」が拡張されていく。

最後の「有機体」はロジャーズ理論の肝といえるものです。有機体の一般的定義は「それ自体に生活機能をそなえている組織体。多くの部分が緊密な連関をもちつつ統一された全体。(Oxford Languages)」です。「生物として先天的に備わっているもの」と言い換えられるでしょう。ロジャーズの有機体概念は、「自己実現への指向」「自律性・独立性の存在」「よくなる力が人間には内在している」となります。

ここで、11月16日にロジャーズを初めて取り上げたコラムを読み返していただくと符合することになるのですが、<B.セラピーの過程>は、そこで解説した「Ⅰの領域…自己概念と経験が一致している領域」が拡張されていくプロセスを“論理的に”記述したものなのです。

今回のコラムは、ロジャーズが「来談者中心療法」を理論として最終的に確立させた論文を紹介することを通じて、その原理に迫ってみました。次回のコラムはロジャーズが変化していく次のステージについて解説することにします。

坂本 樹志 (日向 薫)

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