心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2023年38回目の1on1ミーティングです。
ジャニーズの記者会見は全体で4時間を超えていた!
(A課長)
Sさん、『風の帰る場所』を読みました。Sさんが感じたように、私もインスパイアされています。
(Sさん)
前回、勢いで紹介しましたが、よかった… ホッとするなぁ(笑)
(A課長)
今日はアイスブレイクなしで、早速『風の帰る場所』を… とも思ったのですが、このところ、さまざまな動きがあったので、そのあたりから始めてみませんか?
(Sさん)
まさにいろいろです。「ジャニーズの記者会見」が世間を騒がせている。
(A課長)
ええ、数十年の宿痾というか、何とも名状しがたいですね。 7日に藤島ジュリー景子氏、そして東山紀之新社長などによる記者会見がありました。テレビではすべて放映されていないようですが、全体では4時間を超えたようですね。
その翌日あたりから、性加害を知りながら、それを取り上げてこなかった、マスコミ各社の「反省」をともなうコメントが発表されています。
(Sさん)
妻は1階でずっと視ていました。私は2階で本を読んでいて、ときどき下に降りていくと、延々とやっているので驚きました。株主総会は「早く切り上げたい」というのが、多くの上場企業の本音だと推測しますが、ジャニーズは違っていましたね。
(A課長)
ええ、それはジャニーズの戦術だったと思います。「切り上げないことで、まずは誠意を示す」ということですよね。それから東山氏、そして井ノ原氏はプロの役者です。長年のキャリアを通じて大衆から視られていることの“意味”を知り抜いています。つまり、記者会見そのものを「舞台」として捉え、臨んだのではないでしょうか。
(Sさん)
なるほど…
(A課長)
「舞台」と言いましたが、「鬼畜の所業」と言葉にしたときの東山氏の表情、風情に、微妙なものを感じ、「役者とは何者か?」と、思いを巡らせてしまいました。
東山新社長は何を思って大仰な表現を使ったのか…?
(Sさん)
通常では言葉にできない大仰な表現です。ジャニー氏の所業はまさにその通りですが…
(A課長)
告発本がつぎつぎ出版されていたのにもかかわらず、そのことから議論なりが広がらなかったのはなぜなのか? いろいろ考えてしまいます。
これが少女であったならば問答無用で、日本中が沸騰します。ですから、ある意味でジェンダーバイアスが働いていた。
(Sさん)
ううん? 男だったから、ということですか? ただ、中学生とか、それ以下の男の子が被害にあっている。
(A課長)
ええ… 今回、実体があからさまになっています。バイアスも徐々に溶けてきた。これまで起動していなかった私たちの想像力が喚起されたのではないでしょうか。年端もいかない子どもですよ。悲惨すぎます!
(Sさん)
本当に! 親にも言えない…「ひたすら耐えるしかない」と、逃げ道が閉ざされた世界に追い込まれていった。
(A課長)
それからネットとかを見ると、「毛づくろい」を意味するグルーミングという表現も登場しています。心理学的な側面でも使われる用語です。ジャニー氏がその意味を知っていたかどうかわかりませんが、「自分は君のことを心から愛しているよ、怖いことをやろうとしているのではないからね」と、知識もない自我も未成熟な子どもを徐々に安心させていく、という流れで行為に及んだ、とも報告されているようです。
心理学的な側面としての「グルーミング」も報告されている!
(Sさん)
心理学ですか… なおさら悲惨だ。
(A課長)
あと、本当にズレてるなぁ、と感じたのは「ジャニーズ」という名称を変えない、と発表したことです。
(Sさん)
同感です。もちろん、そのように発表すればリアンションがあることは想定したでしょう。さまざまシミュレーションしたと思います。ブランド変更に伴うコスト負担、ファンのイメージは喜多川氏とは結びついていない、日本のマスコミ、大衆は飽きっぽいのでここをしのげば何とかなる、などなど… 自己都合解釈が透けて見えます。相対化できない閉じた空間での判断です。
(A課長)
「オープン」と真逆。コーチングの世界観と対極を突き進んでいる。
(Sさん)
まさに!
古い話ですが、食中毒を起こした雪印事件を思い出します。感情が高ぶり不用意な言葉を社長が発したことで、当時、最高のブランドイメージだと評価されていた「雪印」という商標は地に落ちました。今でいうレピュテーションリスクを社長自らが招いたのです。東山氏は冷静そのものでしたが、それもかえって違和感を覚えます。
雪印という会社は、他社と合併し「メグミルク」のブランドを使って、失地回復に努めましたが、往時の輝きはまったくありません。
「名称変更はしない」…レピュテーションリスクは?
(A課長)
閉じた芸能界にあって、ジャニー喜多川氏と姉のメリー喜多川氏という、名状しがたいコンビによって1強のジャニーズ帝国が生み出されたわけです。今回、ジャニー氏ばかりがクローズアップされますが、私はメリー氏の存在が気になります。元型であるグレートマザーを想起してしまいます。
丁々発止の関係が伝えられる中、何十年も最高のコンビであり続けた宮崎駿さんと鈴木敏夫さんとは、これまた真逆がイメージされる。
(Sさん)
こうやってAさんと語り合ううちに、ジャニーズ事件は、一企業内のガバナンスの問題を大きく超えた社会、いや諸外国からすれば日本という国をどう見ているか、といったことにまで広がっていく事象なのではないか… そんな感覚がきざしています。ですから「社名をどうするか」とかのレベルではなく、ジャニーズという企業を解体する、という選択肢もあると思います。
ただ、ジャニーズに所属している若者たちが、これほどまで愛されているのは、彼らか切磋琢磨し合い、技を磨き、日本のエンタメを引っ張ってきた自負を持ち続けてきたからです。
(A課長)
解体… なるほど。ジュリー景子氏が100%株式を所有しているわけだから、利害関係者の調整を踏まず、ジュリー氏自身が判断できる環境だ。
(Sさん)
以前の1on1で、日本のエンタメ界をけん引してきた、ソニー・ミュージックエンタテインメントの丸山茂雄さんについて語り合いましたよね。
(A課長)
ええ、確か3回シリーズでやりました。
(Sさん)
日経新聞の『私の履歴書』です。その最終回に、丸山さんはご自分の人生を振り返り、しみじみと語られます。
丸山さんの「すべての人に心からお礼を」を噛みしめたい!
この1カ月、自分とは一体、何者なのかと考えてきた。実態がなく正体不明。むいてもむいても芯がないタマネギだ。でも、そのときどき、ここぞというときはがーっと力を入れて働いた気もする。夜ごとライブハウスに通い、とことんミュージシャンの面倒をみたり、何カ月も毎週欠かさずアメリカに出張したり。そんな私を見て、周囲の人たちが「仕方ない。こっちもがんばるか」と思ったのかもしれない。楽しい場面にずいぶん立ち会えた。だからこれまで関係のあったすべての人に心からお礼を言わないといけない。ありがとう。あと半月で81歳。かなり面白い人生だよなあ。
(A課長)
ジャニーズ事件… ますます悲しくなってくる。
(Sさん)
丸山さんは「若い世代を大切にすることが何より求められる」、と熱く語られます。現時点ですべての権限を有している景子氏が、この丸山さんの思想をお持ちであれば、財産を拠出し財団なりを設立し、日本のエンタメ界の発展を祈念する志を世に示してもいいのではないでしょうか。
(A課長)
Sさんの提言だ。ジャニーズ問題の去就はまさにこれからです。Sさんとウォッチしていきましょう。
さて、話題を変えましょうか。この1週間はワクワクすることもありました。まさかと思った阪神が「アレ」をやってしまいましたし…(笑)
(Sさん)
いや~驚きました。カープファンの私としては、悔しいながらも「アッパレ」です。アンチ巨人なので「敵の敵は味方」ということで、ハッピーです。そしてラグビーワールドカップも始まりましたね。スポーツはいい! ぐちゃぐちゃ考える必要はない!
(A課長)
Sさんのそのシンプルさが好きです! (笑)
それでは、『風の帰る場所』バージョン2を始めましょう!
(Sさん)
了解。では…まずAさんに質問します。前回私の一番好きな作品は『紅の豚』だと言いましたが、Aさんの一番は何ですか?
(A課長)
ええ、はっきりしています。『風の谷のナウシカ』です。
(Sさん)
はい、そうくると思いました。Aさんは、私とは違うレベルでジブリ作品を捉えていると思うので。
(A課長)
いえ、ジブリ作品ではなく「徳間書店」の『ナウシカ』です。コミックの方なんですね。
(Sさん)
コミック…漫画版ですか?
(A課長)
ええ。ただ私は、庵野監督の『エヴァンゲリオン』が先でした。小学生の頃です。
宮崎監督のアニメは…たしか『耳をすませば』まで発表されていたと思います。実は次の『もののけ姫』も映画館では観ていないんですね。
私の宮崎作品デビューは大学時代です。同じ心理学科の友人から「コミック版の『ナウシカ』は凄いから読んでみてよ!」と、言われたのがきっかけです。
コミック版の『ナウシカ』は凄いから読んでみてよ!
(Sさん)
なるほど… 私の最初は『となりのトトロ』でした。確か、長女が小学生で、妻と3人で観たんですね。地元の個人経営の小さな映画館、幸手劇場でした。思い出すなぁ、懐かしい。チャットGPTで調べてみよう…
幸手劇場は昭和22年に建てられている。戦後すぐですね。閉館は2005年だ。『トトロ』は1988年です。
(A課長)
Sさんのノスタルジアだ(笑)
そのコミック版『ナウシカ』は7巻構成で、とりあえず1巻から読み始めたのですが… 実は途中で読むのがシンドクなって、3巻で挫折しました。
(Sさん)
うん? アニメは小学生の娘も「よかった!」と言っていましたよ。
(A課長)
ええ、コミックは映画放映後、第1巻が発表されています。ですからアニメ映画のストーリーも、ほぼ1巻の内容です。コミックと比べてマイルドにつくられている。
第2巻は、映画が上映された翌年の1984年に発表され、最終的に作品が完結する7巻の発売は10年後の1994年です。
(Sさん)
『風の帰る場所』にそのことが書かれていますね。そういえば、前回の1on1では私と違って、Aさんのコメントは抑え気味だった。
(A課長)
はい、読んでいないので、発言は控えました。『風の谷のナウシカ』のコミック版のことが書かれているかどうかわからなかったので。
宮崎監督が、もし『風の帰る場所』で触れているのであれば、今日、しっかりと発言できると思ったのです。読んでみると、宮崎監督はいろいろ語っている。特に4回目のインタビューの「ナウシカと千尋をつなぐもの」で、濃い話が登場します。202ページの「予感」という見出しから始まっています。
渋谷 : コミック版の『ナウシカ』というのは何回も中断しますよね。あれはやっぱり宮崎さん的にはもう描けないって感じたんですか。
宮崎 : いや、う~ん、まず描きたくないですね。ずっーと(笑)。
渋谷 : それはなんで描きたくないんですか。
宮崎 : 大変なんですよね。一人でやっているとつらいんです。もうちょっと趣味的なものならいいんですけれどね。道楽で自分の雑念とか妄想したものを描いていくのは向いていると思ったんですけど、『ナウシカ』はやりたくないのにやっているでしょ? そうすると空いた時間にそっちやりたくなるっていうことがよくわかって。それが『ナウシカ』が終わってみたら、その妄想でやる部分もやりたくないんですよ。もう(笑)。動機がなくなってることに気がつきましてね。で、道楽のほうも駄目になっちゃったんですけど、今はまた全然別な形で立ちあげたいなと思っていることはあるんですけどね。(202ページ)
(Sさん)
この宮崎監督の発言はわかりにくい。Aさんはどう捉えますか?
(A課長)
宮崎さんらしさです。反語というかパラドックスというか… メーテルリンクの『青い鳥』ですよ。やりたくないと思い続けていた『ナウシカ』が、実は最高の道楽であり、自分が真に描きたかった究極の作品だったことに気づいた、という発言だと解釈しています。
コミック版『ナウシカ』こそ、最高の道楽かつ究極の作品…?
(Sさん)
深いな…(笑)
ところで、なぜ3巻で挫折したんですか?
(A課長)
ええ、宮崎さんの1コマ1コマに描く絵が稠密過ぎで、それになかなか慣れなかった、というのも理由の一つです。白地の空白が全く無い、と言ってもいいくらいです。『キングダム』とか『進撃の巨人』とか、膨大な巻数を誇る漫画の対極です。コンピューターグラフィックで可能になる微細さを手で描く、といったらいいかな? 一コマ埋めるのにどれくらい時間がかかるのか… クラクラしてきます。
もちろん宮崎さんが、アニメの絵コンテを切るスピードは凄いと思います。ただ、一人でコツコツ作っていくコミック版『ナウシカ』は、自分の精神の奥深いところから浮上してくる想いを、大好きな絵を合体させて妥協なく芸術レベルまで昇華させようとした作品だと感じました。
残りの4巻をまとめて買って、再チャレンジしたのは、この会社に入って5年経ったときでした。私の感覚ですが、物語は5巻あたりから動き始めます。もうそこからは貪るように読んでしまいました。感動体験です。何というか… 宮崎駿さんの思想が凝縮されている“宗教書”と言ってもいい内容です。特に7巻は、吹き出しの中の言葉に「たましい」が宿っている!
私はそれまで、さまざまな臨床心理学者の本を読んでいましたが、ユング派の河合隼雄さんにとても影響を受けていた頃でした。村上春樹さんが小説を書く際に「無意識の地下二階に降りていく…」ということも、だんだんわかってきたのですね。不思議なことに、宮崎さんと河合さん、そして春樹さんがシンクロしていたことに気づいたんです。
宮崎さんは、映画の『ナウシカ』を撮り終えると、ナウシカのカレンダーを描くことになります。
宮崎監督の無意識の奥のほうによって導かれた作品!?
宮崎 : ……実は映画の『ナウシカ』が終わった直後にナウシカのカレンダーを描けって言われたことがあるんですよ。僕はそれにぶつぶつ言い続けてたんですけどね、結局描くハメになって。それでいい加減に描いたんですよね。今まであったとこ描くの嫌だから、勝手にこう、こんなとこがあるのかなって、これからのとこ描いたんですよ。でも、振り返ってみれば、結局そこで描いたものが本当に実現してるんですよね(笑)。ボロボロになった巨神兵の肩にナウシカが乗っかかっている絵とか、それから敵である人間たちの中にナウシカがいる絵とかね。まあ、カレンダーでは土鬼(ドルク)の中にいるのを描いたら、結局本編では蟲使いの中にいたんですけどね。でも、そういうことも含めてなんか、結局前からどこにいくかっていうのは自分の無意識の中にはあったんですよ。(204ページ)
だけど、なんか作品を作る中で無意識の奥のほうの意識化できない部分で道筋は大体できてるんですね。だから、それを意識の上に拾い上げるのにやっぱり時間がかかるんですよ。雑念がいっぱいありますから。このへんでハラハラさらなきゃいけないんじゃないかとかね(笑)。(205ページ)
(Sさん)
「無意識の奥のほうの意識化できない部分で道筋は大体できている」というのは、ユング的無意識であり、春樹さんの地下二階そのものだ。Aさんから、ユングとフロイトの無意識が違うことを、いつも聞いていますから、ピンときました。
(A課長)
それからもう一つ。宮崎さんの思想です。「善と悪の二分法」を徹底的に拒絶している。つまり「善と悪の共存」です。「善でもあり悪でもある」ということです。『ナウシカ』の7巻で、ナウシカがそのことを繰り返し語ります。一つ取り上げてみましょう。
ナウシカが「浄化の神としてつくられたために生きるとは何か知ることもなく最もみにくい者になってしまった」と、ヒドラに告げるシーンです。
だからこそ苦界にあっても喜びやかがやきもまたある!
ナウシカ : 神というわけだ。お前は千年の昔、沢山つくられた神の中のひとつなんだ。そして千年の間に肉腫と汚物だらけになってしまった。(コマが変わる)
絶望の時代に理想と使命感からお前がつくられたことは疑わない。(コマが変わる)
その人達はなぜ気づかなかったのだろう。清浄と汚濁こそ生命だということに。(コマが変わる)
苦しみや悲劇やおろかさは、清浄な世界でもなくなりはしない。それは人間の一部だから…… だからこそ苦界にあっても喜びやかがやきもまたあるのに。
(Sさん)
シビレます…
Aさん、そろそろ時間ですね。今回も濃かった。
(A課長)
今日は、私がコミックの『風の谷のナウシカ』だけを語ってしまいました。予定では、『風の帰る場所』の、前回に積み残した残り3回のインタビュー… 『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』、そして宮崎さんが10年を語る総括ともいえるインタビューがテーマのはずだった。
(Sさん)
前回は、私が『紅の豚』を語り通しましたから「おあいこ」です(笑)
Aさん、一つ提案です。次回も『風の帰る場所』をやりませんか? このインタビューは、一次元である文字だけの世界で……ある意味で閉じた世界で……語られ続けてきた哲学・思想が、二次元、三次元の世の中になってきて、宮崎監督のコミック、そしてアニメ、さらに宮崎駿さんの生きざまそのものによって、新しい哲学・思想が生み出されているのを活写しています。
宮崎監督の最後の作品になるかどうかわかりませんが、そのタイトルは『君たちはどう生きるか』ですから。
(A課長)
今日の〆の言葉ですね。来週もしっかり宮崎哲学を語り合いましょう! 濃い対話になりそうだ(笑)
坂本 樹志 (日向 薫)
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