丸山茂雄さんの『私の履歴書…最終回「みんなのおかげ」』を迎えての1on1が展開されます!(2022/08/01)

Kポップの楽曲は韓国人ではなく、アメリカやヨーロッパの作詞家、作曲家が手がける。そうしてできたサウンドに乗り、「ハイヒールを履いたアスリートたち」が躍動している。かつて目にしたことのない光景だった。
(『日本経済新聞7月30日 私の履歴書 丸山茂雄29』より引用)

2010年2月26日の夕方のソウルで、ステージに立つ「少女時代」を見て衝撃を受けた時の印象を丸山さんが綴っています。
心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を経て定年再雇用としてA課長のチームに配属されたSさんとによる、丸山さんの『私の履歴書』を語り合う、3回目の1on1ミーティングです。

丸山さんの想いが凝縮された「みんなのおかげ」!

(Sさん)
丸山さんの『私の履歴書』が完結しました。せっかくですからフィナーレを迎えて、1on1で語り合いたいと思いますが、いかがでしょうか。

(A課長)
3回シリーズとなりましたね。2回だと語り足りないような気がしますし、4だとおさまりが悪いので… 私たちも完結編ということで、やりましょう!
最終回のタイトルは「みんなのおかげ」ですね。そして見出しは「若い世代を大切にする」です。1か月間の連載を通じて、丸山さんが一番言いたかったことが、この言葉に凝縮されていると思います。

(Sさん)
同感です。第1回目で丸山さんは、『私の履歴書』を引き受けるかどうか迷ったことを率直に書かれました。日経から声がかかると「飛びついてしまう」人も多いと思います。7月31日を迎えられて、ホッとされているのではないでしょうか… そのことが行間からも伝わってきます。

日経本紙、その名物企画の『私の履歴書』ですから、その影響力は計り知れない。「文は体を表す」と言われます。編集があまり入らない『私の履歴書』を晩年に書いてしまったことで、それまで関係者によって必死に作り上げてくれたカリスマ性が、「えっ~ こんな人だったの?」と、読者をがっかりさせてしまうこともありますから…

(A課長)
前回Sさんが紹介してくれた保阪正康さんの『自伝の人間学』で、「どれが面白くて、どれが面白くないなどというのは、まったく“読む側”に任せるべきことなのだ」、という言葉は、本当であるし、「自分を語る」ということは、それだけ“怖い”ということですよね。

最後の最後まで“面白かった”丸山さんの『私の履歴書』

(Sさん)
そう、丸山さんの自伝は本当に“面白い”! 前回の1on1は、連載24回目の「丸山学校」までのところでやっています。
25日の月曜日は休刊日でしたから、今回の新ネタは25回から30回の6回分ですが、とにかく失敗体験を語られているんですね。

その中で、27回目は「がん治療」でした。丸山さんの人生にとって、ものすごく重大な時期ですから、当然書かれるのだろうと思っていました。印象に残ったところを読み上げます。

きつい治療で1カ月、2カ月と苦しむのではなく、気分よく人生を終わりたい。医師はフルの標準治療を勧めたが、副作用が強い抗がん剤をあまりたくさん使わず、標準的な治療の7割くらいに抑えた。ジタバタしたくない。

がんセンターは富士山の麓、風光明媚で気持ちのいい場所にある。付属するホスピスもとても感じがよく、最末期になったらそこに入りたいと思った。社会主義や哲学、美学の本をかなり読んだ。かつて難解と感じた内容が、すらすら頭に入る気がした。

やがて食事ができるようになった。点滴を外せれば、散歩や外出も可能だ。朝になるとシャツやジーパン着替えて歩き回った。

(A課長)
がんにかかっても丸山さんらしさは変わらない。

(Sさん)
前の回の最後で、レストランで会食中に、急にシャンパンがのみこめなくなり、やがて食事が困難になったことで検査を受けたことが書かれています。

食道にがんがあるとわかった。かなり進行している。余命3カ月、それが医師の見立てだ。転移して手術はむずかしいという。
66歳、考えてみれば面白いことが多く、悪くない人生だった。仕方ないか。それにしてもビジネスの先行きが見えないこの時期に命が尽きる? ちょっとまいったな。

これで終わっていますから、27回目がどう展開するのか… もちろん、がんサバイバーとして復帰されているのはわかっていましたから、安心して読むことはできています。
丸山さんが食道がんで入院されたのが2007年のクリスマスの夜で、退院されたのは2008年の2月です。

丸山さんは父親が開発した「丸山ワクチン」を語ります。

(A課長)
27回目の後半は、丸山ワクチンを開発された父親である千里さんのことに触れています。そのワクチンを主治医に内緒で打っていたことを告白されています。私は丸山ワクチンのことは知りませんでした。

(Sさん)
そうでしょうね。40年前に遡りますから… ただし、私たちの世代で知らない人はいません。丸山さんはさらっ、と書いていますが、社会現象になりました。かなりの期間、新聞はじめ、多くのメディアで継続的な特集が組まれています。ジャーナリスティックな話題として世間は受けとめたのです。

(A課長)
医薬品開発をグループ企業でやっていましたから、厚労省への申請業務の大変さは、直接関与していない私たちもリアル感が持てます。それもあって、丸山ワクチンのことを調べてみました。クレスチンやピシバニールなども登場するので、興味が出てきました。

(Sさん)
『私の履歴書』で有償治療薬のことを丸山さんが書いているので、次の28回目でも丸山ワクチンのことを取り上げるのでは? と思っていましたが… テーマは「会社清算」となります。そこでも失敗体験を語られるのですね。

繰り返し書いてきたように、私自身はクリエーターではなく、クリエーターの横にいて、仕事をしてきた人間だ。
黒子こそ自分のスタイルだと身に染みてわかっているはずなのに、ソニー・ミュージックエンタテインメントの社長になったとき、に・よん・ななを創業したときには、柄にもなく主人公になってしまった。みんなからすごいと持ち上げられ、自分でも「そうかもな」という気分になっていた。

黒子こそ自分のスタイルだとわかっていたにもかかわらず…

60歳を過ぎた頃から、仕事に関して調子が悪くなったその理由を最終回で書かれています。ただそのままの流れで終わらないのが丸山さんというか、70歳のころ韓国の会社から、アーティストの魅力を日本に伝える宣伝プロデューサーの役目を頼まれるのですね。それが、「少女時代」と「SHINee」なのですが、「少女時代」のメンバー9人に囲まれている丸山さんの笑顔が、とてもチャーミングで、嬉しくなってしまいます。

その29回目のタイトルは「Kポップ」。見出しは「グローバル化徹底に衝撃…世界から取り残される日本」です。
Kポップがとのように世界化していったのか… 丸山さんは次のようにコメントされています。

ビジネス手法を次々とバージョンアップするのが韓国のエンターテインメントの強さだと思う。その積み重ねからSMエンタテインメント芸能事務所が育ったり、人気グループ、BTS(防弾少年団)が生まれてきたりする。
これを間近で学べるのが、Kポップの仕事をする最大の楽しさだ。

そして、日本のエンタメビジネスを牽引してきたご意見番としての丸山さんは健在です。

のんびりしているエンタメ関係者に会うと、厳しい言葉が口をついて出る。いい年をしたジジイがいきり立つのはみっともないなとは思いつつ……。おい、このままじゃまずいぞ、と。

私は30回の掲載それぞれを概観してみました。「1話完結」になっている印象です。読者に“面白い”自伝を提供しようと、エンタテインメントのプロとして、“読者である別の丸山さん”が、ざっくばらんな文体の影に潜んでいるように感じています。

(A課長)
前回の1on1で私は「 Sさんと私の“感じ方”の比較研究、ということでやってみましょう」、とコメントしたと思います。Sさんの“感じ方”をこうして聴いていると、「私とは次元が違う…」と、私の“感じ方”が捉えています。

“感じ方”は価値観。「あなたと私」「君と僕」は違って当たり前…

(Sさん)
“感じ方”のラッシュですね。感じ方というのは価値観ですから、「あなたと私」「君と僕」が違うのは当然です。ですから「同じだね~」と、安易に言っちゃあいけませんよ。
ううん? どこかで聞いたようなこと言っている…

(A課長)
緒方貞子さんの言葉です(笑) ええっと…5月20日の1on1で確認しています。

……隣の人は自分と同じとは思わない方がいいですよ。あなたと私は違うのです。違った部分については、より理解しようとするとか、より尊敬するとかしなくてはいけないのではないでしょうか。……

(Sさん)
実に影響を受けている(笑)
「影響を受けている」、という点については、ソニーウォッチャーの私は、丸山さんの日経本誌ではない、日経ビジネスの2016年5月に掲載されたインタビューにかなり影響を受けました。

ソニーは2000年代以降、長期低迷となります。2003年の年初には5000円台を保っていた株価が4月になって3000円を割り込むという「ソニーショック」もあり、市場全体に「ソニーはもうダメなんじゃないか…」というムードが広がっていくのです。

その後もなかなか浮上しません。2011年の当期純利益は、マイナス4550億円という大赤字を計上します。そして登場するのが、これまで何度も話題にしてきた平井一夫さんです。2012年の4月に平井さんは社長兼CEOに就任します。
そのあたりの経緯は、『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」(日本経済新聞社)』にしっかり書かれています。

丸山さんに対するリスペクトがちりばめられている本です。その丸山さんは、日経ビジネスの誌上で、平井さんのことを辛辣にコメントしています。そのタイトルは「ソニー社長を引き受けた平井さんは軽率だな」、ですから…
改めて読み込むと「父親」のような気持で平井さんのことを激励しているとも解釈できるのですが、そのときは「ここまで言うか…」と感じました。

丸山さんによる平井さんへの激励は強烈…?

(A課長)
アーカイブがあると思うので後でチェックしてみます。

(Sさん)
その時の印象が強かったので、『ソニー再生…』の平井さんは、「本当にすごい人だな…」と感じました。

(A課長)
「すごい人」という、その“感じ方”とは?

(Sさん)
“感じ方”の続きですね(笑)
丸山さんが『私の履歴書』の中で平井さんを語るのは、21回目の「米国事業」です。30代の平井さんを抜擢するのです。

あとを託したのは平井さんだ。いきなり社長は大変だと、まずはエグゼクティブ・バイス・プレジデントにした。私は引き続き出張するつもりでいたが、平井さんは「もう来ないでください」と言う。「丸さんが来ると、いちばんえらいのは丸さんということになり、自分に情報が集まらない」
たいしたやつだなと思った。すでに経営者の器をのぞかせていた。実際、平井さんのもとでアメリカの売上は上向き、人材が育った。(中略)

平井さんは日本のSCEを経験せず、まずは素人としてゲーム事業に関わった。アメリカにとって何が最善かをピュアに考え実行した。日本の論理に染まっていたら、きっとうまくいかなかった。

この言葉で21回目が終わります。
その平井さんは『ソニー再生…』のなかで、次のように書いています。

「よく引き受けるよな」
「平井は何を考えているのか」
先輩たちから冗談交じりに激励の言葉をもらったこともある。ソニーがそれだけ追い込まれた状況に陥っていたことは、誰の目にも明らかだったからだ。私が社長のバトンを受け取った時点でまさに崖っぷちに立たされていた。それは数字が雄弁に物語っていた。

(A課長)
平井さんはその先輩を、丸山さんと書いていないようですが、丸山さんそのものですね(笑)

平井さんは「日本の論理」に染まっていない!?

(Sさん)
ドンピシャですよ(笑)
私が平井さんを「すごい人」と言うのは、丸山さんの「日本の論理に染まっていたら、きっとうまくいかなかった」という、さりげない言葉とつながっています。
丸山さんは、脇が甘くなった『日経ビジネスのインタビュー』で、抜擢した平井さんのことを…

米国人に負けないでかい体つきをしていて、ベラベラと米国英語を話す。「ゲーム屋でなく、俺は音楽会社出身だぞ」という意識があったのか、会話の途中で、「ヘイ、ロックンロール!」って、全く関係ないフレーズを入れたりしてね、もうノリノリ。……

平井さんと、同じく丸山さんが抜擢した小柄の英国人のアンドリュー・ハウスさんが、ボロボロの米国法人を立て直していくのですが、絶妙の経営コンビであり、最高のチームであったことが『ソニー再生…』でも描かれています。

平井さんは、多感な時期を米国で過ごした生粋の帰国子女です。普通の日本的感性であれば、大先輩とはいえ、ソニーCEOである自分のことを、外から一方的に批判する、というのは許せないというか、「常識を超えていると」と受けとめると思います。

平井さんだって、「コンチクショー」と感じたと想像しますが、アメリカンの平井さんは、めげていないし、OBたちの直言を逃げることなく吸収していったのだと思います。平井さんには大変失礼ですが、ポジティブな鈍感力をフルに発揮されたからこそ、大ソニーを復活させることが出来たのではないでしょうか。

(A課長)
Sさんが、丸山さんの『私の履歴書』を1on1で取り上げた理由はなぜか… 間違っているかもしれませんが、コーチングの視点でフィードバックさせていただいてもよろしいですか?

(Sさん)
ぜひともお願いします。

経営戦略のもっともシンプルな定義は「激変する環境への適応」!

(A課長)
真のフィードバックとは忖度ではありません。コーチは自分が感じたことを自分の言葉でクライエントに伝えます。丸山さんの言葉を一つひとつすくっていくと、まさにフィードバックであることが理解できます。そして受け手である平井さんも、ソニー仕込みのセンサーを機能させ、しっかりと受容されています。

言いたいことがいえなくなり、聞きたくないことを避けるようになったとき、その関係性、そして組織は、本来の機能を失うのではないでしょうか。

ソニーという会社は、忖度無用の企業文化、野武士集団のパワーがここぞ、というときに目覚め、レジリエンスによって、再生されていくのだと思います。どんどん変わっています。
経営戦略のもっともシンプルな定義は、「激変する環境への適応」です。環境は変えられません。自ら変わっていくことで環境に受け入れられるのです。

(Sさん)
ありがとうございます。経営戦略… なるほど。コーチングは相手を変えようとするのではなく、自分が変わったとき相手も変わっていく、ということですから、経営戦略ともつながるわけだ… 気づきを得ました。

丸山さんの最後のメッセージを読み上げて、本日の1on1を〆ることにしましょう。本当に元気をもらいました。

この1カ月、自分とは一体、何者なのかと考えてきた。実態がなく正体不明。むいてもむいても芯がないタマネギだ。でも、そのときどき、ここぞというときはがーっと力を入れて働いた気もする。夜ごとライブハウスに通い、とことんミュージシャンの面倒をみたり、何カ月も毎週欠かさずアメリカに出張したり。

そんな私を見て、周囲の人たちが「仕方ない。こっちもがんばるか」と思ったのかもしれない。楽しい場面にずいぶん立ち会えた。

だからこれまで関係のあったすべての人に心からお礼を言わないといけない。ありがとう。あと半月で81歳。かなり面白い人生だよなあ。

坂本 樹志 (日向 薫)

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