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『風の帰る場所』によって、宮崎駿さんの作品論、思想、そして哲学を語り合う1on1ミーティング(その1)です!

心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2023年37回目の1on1ミーティングです。

久喜市のコメダ珈琲店とビッグモーターは隣同士…

(Sさん)
Aさん、とてもエキサイティングな本に巡り合いました。私が宮崎駿さんのファンであることを知っている友人から薦められた本です。月曜日、日経新聞を取りに行こうと朝6時前にポストを開けるとアマゾンから届いていました。
いつもは新聞を持って、久喜インター店のマックに向かうのですが、その日は新聞休刊日でした。「ル―チンが崩れるなぁ」と漠然と感じ、「じゃあ、違うパターンにしようか…」とつらつら考えているうちに、「そうだ、コメダに久しぶりに行ってみよう」と、意思が固まりました。
コメダの隣はビッグモーター久喜店なんですね。植栽がどうなっているのか、チェックしてみよう、というのが動機です。

(A課長)
なるほど… それでどうでした?

(Sさん)
植栽はそのままでしたよ。ビッグモーターは直営店が中心なので、経営陣の意向がダイレクトに反映されるシステムです。今回はその負の側面が異様なカタチで現出した事例でした。ただ数千店存在しますので、その圧力を受けながらも「まっとうな商売」を志そうと頑張っていた店長はじめ、スタッフもいたと想像します。彼らも被害者といえるかもしれない。

(A課長)
トップの在り方がいかに重要か、そして「権威をもった人間の振る舞い」で、とんでもないことが起こることを、目の当たりにしました。

(Sさん)
次元は違うものの、プーチン大統領を想起します。
さて、ここまでがアイスブレイクとして、今日のテーマなのですが…
このところの1on1は、日経新聞日曜版2面の『直言』を取り上げることが多いですが、つまり「インタビュー」です。『直言』は、斯界のオーソリティーに日経新聞を代表する記者、編集委員といった重鎮が、忖度を廃して切り込んでいく、本音を引き出していく、という内容です。

インタビューはコーチングとは基本的に異なりますが、Aさんの持つエグゼクティブコーチという資格は、トップ層の自己開示を引き出していくことに意義があると思うので、これまでも『直言』から、さまざま啓発を受けています。

(A課長)
全くその通りですね。それで、その本とは?

(Sさん)
はい、宮崎駿さんにインタビューした『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡 (文春ジブリ文庫) 』です。1990年から12年間の間に、渋谷陽一さんは宮崎駿さんに5回ほどインタビューしています。そのすべてを余すことなく…逐語的に再現した本なんですね。今日はこの本について、Aさんと語り合ってみたい。
「はじめに」の冒頭で、渋谷さんは次のようにコメントします。

これらのインタビューは『Cut』『SIGHT』という二誌に掲載されたものだが、掲載時はページ数の関係から半分以下の量に短縮せざるを得なかった場合もあった。単行本化にあたっては、すべてのインタビューをノーカットで活字化することにした。読んでいただければおわかりいただけると思うが、宮崎さんの発言は密度濃く、本来カットできないものである。雑誌掲載時は泣く泣く短くしたので、書籍化できて本当に嬉しい。

『風の帰る場所』はエグゼクティブコーチングとしても読むことができる!

(A課長)
なるほど… コーチングにつながりそうだ。

(Sさん)
私が早々に引き込まれたのは、そのあとの渋谷さんの次のコメントです。

宮崎駿は、いまや日本で最も影響力のある表現者になってしまった。その存在が巨大化すればするほど、宮崎駿を語る言葉は綺麗事になり、宮崎駿自身を疎外していく。ヒューマニズムとエコロジーという、実は宮崎さんとはねじれの位置にある言葉の中にメディアは宮崎作品を押し込めようとする。実は宮崎作品の持つテーマは暗く重い。子供向けの作品にもかかわらず、いや子供向けの作品であるからこそ、宮崎駿は自分の思想のすべてを賭けて作っている。口当たりのいい綺麗事だけで捉えるような代物ではないのだ。僕の対立型のインタビューは、そうした宮崎さんの決して口当たりのよくない思想の在り方を浮き彫りにする上では有効だったかもしれない。

(A課長)
対立型インタビュー… う~ん、この言葉だけ切り取るとコーチングとは遠い感じもしますね。そして、口当たりの良くない思想…

(Sさん)
この本の内容を知る前に、渋谷さんのこのようなアグレッシブな表現に接すると、コーチングの申し子たるAさんは、そのように感じるかもしれない。失礼… 申し子はちょっと過剰な表現でした。

(A課長)
いえ、いいですよ。私の拠り所はコーチングの3原則です。ですから、全てを受容します(笑)。Sさんって、販売の修羅場を体験してきた人だと思うので、渋谷さん的世界は十分共感できるのではないでしょうか。失礼…「はじめに」のコメントだけで、わかったような発言はつつしまないといけませんね。
そうだ… 以前の1on1で、村上春樹さんに川上未映子さんが切り込む『みみずくは黄昏に飛びたつ』を取り上げました。何か通じるものがありそうだ。

「退屈でつまらない答えで申し訳ないけど、退屈でつまらない質問にはそういう答えしか返ってこないんだよ」とアーネスト・ヘミングウェイがどこかのインタビューで語っていた。僕もこれまでの作家生活の中で少なくないインタビューにこたえてきて、思わずそう言いたくなる局面を何度か経験した(礼儀正しい僕はもちろんそんなことは口にしなかったけど)。
でも今回、川上未映子さんと全部で四度にわたるインタビューをおこなって、まったく正直な話、そんな思いを抱かされたことはただの一度もなかった。というか、次々に新鮮な鋭い(ある場合には妙に切実な)質問が飛んできて、思わず冷や汗をかいてしまうこともしばしばだった。読者のみなさんも本書を読んでいて、そういう「矢継ぎ早感」をおそらく肌身に感じ取ってくださるのではないかと思う。

対立型インタビュー・口当たりのよくない思想・矢継ぎ早感…

(Sさん)
それです! 川上さんの話し言葉は、時に関西弁も混じって、柔らかくも感じますが、質問の内容は結構シビアです。たとえば…

次から次へとどんどん出てくるメタファーを総動員させたような話は、おそらくものすごく脈絡のない話になるじゃないですか? 村上さんのこの作法というか、コツを知らない人が読むと、「何だ、この話は」みたいに感じてもおかしくないのに、なぜそれに読者がついてこられるのか……。

「お嬢の力」というか、いえ、こういう表現はジェンダ―バイアスかな… とにかく切り込んでいきます。だからこそ、「全身に膨大に詰まっている春樹さんの思想」がどんどん引き出されていく。芋づる式、と言っていいかもしれない。“春樹さんワールド”が見事に顕現するのです。

『風の帰る場所』は10ページからインタビューが始まります。「映画」「拠り所」「現代」といったシンプルな見出しが挿入され、対話が進んでいきます。
「風」は25ページからなのですが、「風」は宮崎作品を構成する重要なファクターです。ここまでの15ページは、コーチングセッションでいう、アイスブレイクだと感じました。ガチンコのようでもあり、だからこそ偏屈な、いえ、一家言も二家言を持つ宮崎さんのホンネが徐々に現れてきます。そして「風」です。

渋谷 : …で、僕にとって一番印象的だったのは、『となりのトトロ』(1988年)の中で、主人公の姉妹が引っ越した晩に、サツキが外に出て薪を取りに行くと、風が突然吹きますよねえ。
宮崎 : はい。
渋谷 : あの風が吹いた瞬間から、映画のトーンっていうのがまた変わって、一つジャンプアップしますよね。
宮崎 : まあ、ジャンプアップしたかどうかは知りませんけども。
渋谷 : というか、あれを機会に、より『トトロ』的なる状況が出現しますよね。それから『魔女の宅急便』(1989年)で、キキが飛びますよね。あのときの最初の風っていうのも非常に印象的に描かれていて、あの風が吹いた瞬間から、キキは魔女として自立した旅に出るという、一つの区切り目として風ってよくお使いになるような気がするんですけれども。あれはたまたまですか。それともなにか自分の中であの風が吹くというのは……。

(A課長)
Sさん、これはまさにコーチングのフィードバックですよ。感じたことを具体的に述べ、創作上の意図を聴きだそうとしていますね。フィードバックは、自分の思いを素直にそのまま相手に返すことです。渋谷さんはそれをやっている。

渋谷さんは自分の考えを素直に虚心に宮崎さんに投げかける…

(Sさん)
今日の1on1もいい感じの展開だ(笑)

宮崎 : いや、あんまりこう自分がやりたいと思っていることを分析しようと思ったことはないんですよ。分析した途端にくだらなくなってくるから(笑)。ただ、アニメーションというのは、表現のときにですねえ、その手管が本当に少ないですから。ですから、例えば風というのは、そういう表現が少ない中では適当にやれる範囲にあるんですね。でも、そこからちょっと一歩踏み込んで、本当に木に風が吹いているように描きたいと思うと、今自分たちの持っている技術では駄目なんです。そういう面での技術革新をする必要に迫られていると思っているんですけど。たぶん、水田に風が渡っていくなんてシーンをやるためには、その数カットのために優れたスタッフを二人ほど(笑い)……

この本は結果的に、宮崎駿さんの創作についてのテクニカルな内容を「解体新書」的に解剖したものにはなっていません。先ほど来から「思想」という表現が登場していますが、まさに宮崎さんの「思想をチャンクダウンした作品」です。

ただこの「風」は、30ページまで「風を描くことの技術面」も含めて、そこに込められた意図が縦横に開示されています。たださすがの宮崎さんですから、一つひとつの言葉は「風哲学」になっている。たとえば…

宮崎 : ……僕はまあ、風が吹いている風景といっても、例えば「鬱陶しい風だなぁ」と思うこともあるし「うるさい風だなあ」と思うこともあるし、「わあっ、すごい!」と思って感心する風もあるしね。自分のところは吹いていないけども、向こうの木の上だけ揺れているのなんか見ると「ああ、あそこだけ風が吹いてるなあ」とか思ったりね。そういうときなんか気持ちが伸びやかになったり、そういういろいろな経験がありますけれども。あのー、ただ自然という現象を描くときに、例えば空気というものも、それから植物も光も全部、静止状態にあるんじゃなくて、刻々と変わりながら動態で存在しているものなんですよね。

宮崎駿さんの「風哲学」が開示されている!

この最初のインタビューは1990年です。今年7月に公開された『君たちはどう生きるか』も侃々諤々です。桑田佳祐か、ユーミンか、というぐらい、宮崎さんはブランド化し、永遠のスターのごとくです。ただ、これまで多くの人が語ってきた内容は、「宮崎さんはこういう人だ」「宮崎さんはこうあってほしい」という潜在的な意識が作用していると感じていました。あくまでも私が接した範囲ですが…
つまり「書き手自身を投映させた宮崎像」ということです。

渋谷さんは12年間に5回ほど、宮崎さんにインタビューしています。この本を最後まで読み通すと、宮崎駿さんという濃淡に富んだ実に人間くさいというか、カラフルそのものの人物像が匂い立ってきます。「別格の宮崎駿論」になっている。

(A課長)
一つ提案していいですか? 来週の1on1でもこの『風の帰る場所』について語ってみませんか? 私も大の宮崎ファンですから、この本を読んでみたい! ですから、今日の1on1は、本の前半くらいまでにとどめてほしいのですが…

(Sさん)
確かに… これまでもやってきたように、事前に「読んでおいていただけますか」と、Aさんに伝えてから1on1をやるべきでした。反省だなぁ~

(A課長)
いえ、Sさんの思いもわかります。感動体験は、それが醒めないうちに話したくなるものですから(笑)

(Sさん)
ありがとうございます。この本は、5回のインタビューを時系列で順に掲載しているので… 2回のところまでやってみましょうか。目次を紹介すると…

  1. 風が吹き始めた場所(1990年11月)
  2. 豚が人間に戻るまで(1992年7月『紅の豚』インタビュー)
  3. タタラ場で生きることを決意したとき(1997年7月『もののけ姫』インタビュー)
  4. ナウシカと千尋をつなぐもの(2001年7月『千と千尋の神隠し』インタビュー)
  5. 風の谷から油屋まで(2001年11月)

全318ページのうち、2までが128ページなので、いい塩梅かもしれない。

(A課長)
了解しました。タイトルも面白いですね。

(Sさん)
Aさんは、新海監督の全作品をカバーし、私も煽られてすべて観てしまった(笑)。という経緯を踏まえ、新海監督を語り合う1on1を3回やりましたよね。そしてアニメについては「オタク宣言」されていますから、ジブリ作品はかなり観ていると想像します。

A課長は新海監督デビューからウォッチしていたアニメマニア…?

(A課長)
ええ、まあ…

(Sさん)
ですから今日に備えて、昨日急遽、ジブリの映画作品をすべて一表にまとめてみました。スタジオジブリのサイトから作っていますから、一応公式の内容です。
これです…

https://ghibli.jpn.org/box-office/(9月13日)より

スタジオジブリ全映画作品の興行収入は1600億円!

(A課長)
おっ、時系列の一覧となっていますね、わかりやすい。

(Sさん)
目次にもあるように、渋谷さんと宮崎さんの対話は、そのタイミングの映画が中心に語られます。評論家のコメントではありませんから、圧倒的に伝わってきます。ご自分の作品について、そのときどういう感情で、どういう思いで身を削りながらつくったのか、作り終えて何を感じたのか、そして満足しているのか否か… もう、あけすけに語られます。

もっとも、渋谷さんは宮崎さんの言葉を「口当たりのよくない思想」と喩えたように、1回や2回の質問では、ホンネは開示されません。捉え方によると「シャイ」であり、「偽悪ぶる」。「自己否定」をまぶしながら、そうして「ポロリ」とホンネがこぼれる。
その対話の妙がこの本の真骨頂です。

(A課長)
ますます読みたくなる!

(Sさん)
実は私の一番好きな作品は、2回目で語られる『紅の豚』なんです。1992年ですから、入社して10年くらいのときです。当時、会社の中で過酷な状況に置かれていた… いや、置かれてしまっていたことに気づかされた、そのタイミングで観たんですね。それもあって、恥ずかしい話ですが、観ながら涙がこぼれてきました。私と豚がハウリングを起こしてしまったんです(笑)

それまで「ジュブナイルのような映画」ばかりをつくってきた宮崎さんでしたが、まったく異質な作品をつくった。いや、「つくってしまった」という方が正しい。コンプリートな「大人の作品」です。特にマダム・ジーナの造形が素晴らしい。しびれました。

(A課長)
Sさん熱い!

(Sさん)
失礼、クールダウンですね(苦笑)
この2回目のインタビューは、挟まれる「見出し」が、他とは全く違っています。

「豚の由縁」「崖っぷち」「東西の崩壊」「嘘」「仕方のないもの」「出発点」「創作意欲」「終わっていない映画」「メガヒット」「本質」「突き抜けたニヒリズム」「ジャパニメーション」「時代劇」「奇蹟」「種を蒔く人」です。

(A課長)
ゾクゾクするなぁ…

(Sさん)
伝わってくるでしょう?(笑)
私が「あーだこーだ」言うのは控えなくては。今日の最後に… というか、むしろ今日のメイン・イヴェントとして、宮崎さんの「“口当たりのよくない”思想」が共鳴しているところを紹介します。

『紅の豚』は宮崎駿さんの人生を変えた‼

渋谷 : ……(笑)どうしてもタイトルは豚にしたかったんですか?
宮崎 : どういう題名にするかっていうときに、赤豚ですからねえ? 赤い飛行艇に乗っているから赤豚野郎って呼ばれてるわけですから、これはもう豚にしようって、企画書を作っている段階ではですね。三分の二ぐらい冗談だったんですよ(笑)。なにせ日本航空に出すんですから。流れて元々っていうか、流れたほうがいいんじゃないかって思ったりなんかしながら作った企画書ですから。(78ページ)

渋谷 : ただやっぱり、中年の豚の飛行機乗りが主人公というのは、プライベートな要素がすごく強い設定ですよね。これはやっぱり「いつかは撮るだろうな」という予感のあるテーマだったと僕は思うんですよね。
宮崎 : いや、全然ないんですよ。「やってみたいね」って話はするけど、やっぱりやっちゃいけないことかなって思ってました。だから、この企画を作ったときも本当は冗談のほうが多かったんです。日本航空にこの企画出すってこと自体が、自分たちにとっては冗談みたいなもんで、冗談って言っちゃいけないですけどね(笑)、断るに決まってると思ったんですよ。だって主人公が豚で空中戦でしょ?(80ページ)

渋谷 : まあ、ちょっと冗談めかし、ちょっと肩の力を抜きつつも、でも、タブーとされていた中年を主人公にして、しかも、それはどうしても宮崎さんとダブってくるわけですれども、そういうものを撮ってしまった。冗談と言いながらも撮ってしまえたっていうのは、宮崎さんの中でかなり変化があったんじゃないかと僕は思うんですけどね。
宮崎 : そうですね。そういう意味では、やっぱり企画の段階というよりも、これは途中から作られた映画だったんですね。最初に絵コンテを切っている段階では軽く考えてたんです、短いものを作ろうっていうことでしたからね。それが、世界情勢の変化とですね、あとやっぱり『おもひでぽろぽろ』が大きかったです。観終わった途端に「ああ、もうとうとう崖っぷちまできたな」っていうね。「これ以上やっちゃ駄目だ、これはもう極まった」というか(笑)。あれは要するに「百姓の嫁になれ」って、演出家が叫んじゃったわけですからね。(中略)ですから、違う方向のキャラクターをいくつか出したり、メイン・スタッフも替えようってことでいくつか企画を立ててスタッフ編成も実際やったりして、そのあいだを埋める作品として『紅の豚』があるというかね。まあリハビリだってふうに言ってたんです。実際には準備した企画がいろんな内部事情でみんな崩壊してしまい、全部流れちゃって『豚』だけが延びはしたけど、その間を埋めたっていう(笑)。(81ページ)

Aさん、このあたりからだんだん、宮崎さんが「社会主義」にシンパシーを憶えていることが開示されてきます。

渋谷 : 後でお聞きしたいと思ってたんですけど、やっぱり社会主義体制の現実的な崩壊っていうのは、宮崎駿にとってものすごく大きいことだったんですね。
宮崎 : 社会主義体制の崩壊っていってもね、ソ連の崩壊っていうのは全然ビクともしないんです。当然だと。これはむしろ圧制に抗して立ち上がるっていう古典的なパターンがあるんであってね。だから、そこじゃないんですよ。その後がまた民族主義かっていう、その“また”っていうのが一番しんどかったですね。第一次世界大戦の前に戻るのかっていう感じでね。
渋谷 : 新たな論理も世界観もなにも、その後に用意されていないと、自分の中にもないと。
宮崎 : 自分の中にないっていうより、まあ元々ないから。だから、ぼくは社会主義とかそういうことについては、ずいぶん前から自分では払拭していたつもりだったんですよ。だけど、やっぱりユーゴの紛争が大きかったんです。これはしんどかった。僕は自動的転向はしたくないからてこずるだろうと思ったんです。そしたら、本当にてこずったですね、まいった(笑)。それがこの映画作ってる最中に重なってきたから「オレは最後の赤になるぞ」っていう感じで、一匹だけで飛んでいる豚になっちゃった(笑)。なんだか訳わかんないですね(笑)。そういう変な映画の作り方でした。最初から一種の俯瞰が全然できないままやってしまったっていう。(85ページ)

『風の帰る場所』は宮崎駿さんのアナザーストーリー!

(A課長)
『紅の豚』の舞台はアドリア海ですよね。ユーゴ紛争が起こったその場所です。宮崎さんは、その海域を、街並みを、これ以上描けない美しい世界として描いている。

Sさん、宮崎さんはアニメーターという専門職を超えた思想家であることが、わかってきました。私も宮崎アニメの大ファンです。なので、Sさんがまとめてくれた全作品のうち…8割、いや9割は観ています。作品解釈を自問自答しながら「ふむふむ…」って、やってきましたが、この本の宮崎さんは、私が知らなかった「アナザーストーリー」というか… なんだろう… 宮崎作品がいかに「哲学」として存立していたのか「頭をガツン」、とやられました。

(Sさん)
宮崎さんの表現手段はアニメです。それが世界で受容されている。世界は「単なるアニメ」として観ているのではなく、私たち以上に、その「思想性」というか「哲学」を受けとめているのかもしれませんね。

宮崎 : ……社会主義もなにもない時代にも、鎌倉時代にも平安末期のひどい時代にも、人っていうのは生きてきたわけで、どういうふうに生きてきたんだろうっていうことも含めて、もう少し奥行き深くこちらが強くならないと、つまりそういうふうな考えで映画をつくらないとこの先もう作れんていうね。そういう当たり前の結論を噛みしめてるだけなんですよ。まあだから『豚』は簡単には変節しないぞっていう映画でね。
まあ、それを感じる人がどれくらいいるかわからないけど、どっかでわかってくれようがわかってくれまいが、二人の女をめぐって豚が右往左往する話だと思って観ていただいても構わないし、飛行艇が好きだから趣味で作っちゃった映画だっていうふうに思っていただいても構わないし。(100ページ)

(A課長)
その『紅の豚』が大ヒットした。10作目の『もののけ姫』が大爆発する以前の作品で、最高の興行収入を上げることになる。実に爽快だ!

(Sさん)
最後に、宮崎さんの最高のパティである鈴木敏夫さんに触れているところを味わって、今日の1on1の〆にしましょう。
3か月前…『君たちはどう生きるか』の発表前ですが…YouTubeで鈴木さんが、宮崎さんのことを「言いたい放題」しゃべくっているのを視聴し、大笑いしてしまいました。最高のコンビですよね。
次回も私たちの「宮崎駿論」で盛り上がりましょう!

今は鈴木(敏夫)プロデューサーっていうのが走り回ってやってますが、実はずーっとその人がやっているんですよ。だから、彼が走り回ることによって、宣伝についてもいろいろなチェックなんかについてもね、そういうことの方針が一貫して貫かれているんですよね。だから本人はもうヨレヨレです。『おもひでぽろぽろ』とこの『豚』で。本当にもうメロメロになっているんですよ。(127ページ)

坂本 樹志 (日向 薫)

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