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村上春樹×川上未映子『みみずくは黄昏に飛びたつ』を起点に、「チャットGPT」「集合的無意識」に思索が広がっていく1on1ミーティングです!

「退屈でつまらない答えで申し訳ないけど、退屈でつまらない質問にはそういう答えしか返ってこないんだよ」とアーネスト・ヘミングウェイがどこかのインタビューで語っていた。僕もこれまでの作家生活の中で少なくないインタビューにこたえてきて、思わずそう言いたくなる局面を何度か経験した(礼儀正しい僕はもちろんそんなことは口にしなかったけど)。
でも今回、川上未映子さんと全部で四度にわたるインタビューをおこなって、まったく正直な話、そんな思いを抱かされたことはただの一度もなかった。というか、次々に新鮮な鋭い(ある場合には妙に切実な)質問が飛んできて、思わず冷や汗をかいてしまうこともしばしばだった。読者のみなさんも本書を読んでいて、そういう「矢継ぎ早感」をおそらく肌身に感じ取ってくださるのではないかと思う。
(『みみずくは黄昏に飛びたつ~インタビューを終えて』より引用)

心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2023年14回目の1on1ミーティングです。

Sさんは『みみずくは黄昏に飛びたつ』で新海作品を想起します!

(Sさん)
Aさん、すごい本だ! う~ん、もっと違う表現で感動を表したいけど、ボキャ貧です。最近では、渋沢栄一の『論語と算盤』を読んで以来の衝撃でした。

(A課長)
衝撃ですか? ありがとうございます。お薦めした私にとってこれ以上のフィードバックはありません。自分のお気に入りの本を他者に薦める場合は緊張します。自分の価値観を開示することだから…

(Sさん)
価値観… なるほど。
新海監督が大ブレイクした『君の名は。』より前の作品で、私は『星を追う子ども』が『言の葉の庭』の次に好きなのですが、Wikipediaによると「新海作品としては初めて製作委員会方式をとり、公開劇場も増やしたが、映画興行的には失敗。新海の劇場映画としては唯一の赤字作品となっている。」とあるので、自分の映画観に自信を無くしましたよ(笑)。
薦めていいものか迷っています。

『みみずく…』の中に、春樹さんが「洞窟」を語るシーンがあります。その場面で『星を追う子ども』が突然脳裏に浮かんできたんです。
11歳の渡瀬明日菜と、表の顔は担任教師の森崎の二人が、洞窟に入っていくところから「物語」は動きます。「太古より伝承されている地下世界」と「死後の世界」がモチーフになっています。

春樹さんが語る「物語」によって、私の記憶の中に在る『星を追う子ども』がつながったんです。何ページだったかな… 97ページからですね。春樹さんのイマジネーションです。

古代、あるいはもっと前かもしれない。僕が「古代的なスペース」ということでいつも思い浮かべるのは、洞窟の奥でストーリーテリングしている語り部です。原始時代、みんな洞窟の中で共同生活を送っている。日が暮れると、外は暗くて怖い獣なんかがいるから、みんな中にこもって焚火を囲んでいる。寒くてひもじくて心細くて……。
そういうときに語り手が出てくるんです。すごく話が面白い人で、みんなその話に引き込まれて、悲しくなったり、わくわくしたり、むらむらしたり、おかしくて声を上げて笑ってしまったりして、ひもじさとか恐怖とか寒さとかつい忘れてしまいます。

春樹さんの想像力の広がりと深みによって、太古の人の姿が立ちのぼってきます。この話は春樹さんの言う「洞窟スタイル」を語る始まりです。
川上未映子さんが「洞窟スタイル?……」と訊ねると、春樹さんは次のように答えます。

村上春樹さんの「洞窟スタイル」とは?

うん、目の前にいる人に向かってまず語りかける。だから、いつも言っていることだけど、とにかくわかりやすい言葉、読みやすい言葉で小説を書こう。できるだけわかりやすい言葉で、できるだけわかりにくいことを話そうと。スルメみたいに何度も何度も噛めるような物語をつくろうと。一回で、「ああ、こういうものか」と咀嚼しちゃえるものじゃなくて、何度も何度も噛み直せて、嚙み直すたびに味がちょっとずつ違ってくるような物語を書きたいと。
でも、それを支えている文章自体はどこまでも読みやすく、素直なものを使いたいと。それが僕の小説スタイルの基本です。結局古代、あるいは原始時代のストーリーテリングの効用みたいなところに戻っていく気がするんだけど。

「できるだけわかりやすい言葉で、できるだけわかりにくいことを話そう…」という春樹さんの想いが伝わってきます。

(A課長)
Sさん、その“わかりにくい世界”が「無意識」です。私たち常人にはおよそ実感できないその世界…「地下二階」に、春樹さんは降りていくことができる人なんです。

(Sさん)
今日の1on1も芳醇な対話になりそうです。ワクワクしてきました。

(A課長)
『みみずく…』は発表されてすぐ読みました。2017年です。今回Sさんに読んでほしいとお願いしましたから、私も読み直したんですね。すると…

(Sさん)
すると…?

(A課長)
リフレインは、春樹さんの文体の特徴です。Sさんも影響を受けている(笑)

(Sさん)
受けている…確かに(笑)

(A課長)
Sさんと語り合うために、赤鉛筆を持って集中して読んでみました。まさにスルメです。すると6年前とは違った景色で読むことができました。

春樹さんのパラフレーズ一つひとつが、私の脳内にあるさまざまのキャビネットの引き出しに作用したんです。いろんな記憶の断片が格納されているみたいですが、つまり無意識ですよね。キャビネットから、つぎつぎとそれらが出てきて浮かんでくるのです。私の場合は「チャットGPT4.0」も想起しました。

チャットGPTでは村上春樹作品は書けない!?

(Sさん)
「チャットGPT」は、6年前は全く認知されていない。

(A課長)
ええ、熱視線で地球が溶けてしまいそうな今の状況を誰が想像したでしょうか。興奮をおぼえる一例が、司法試験の模擬問題を4.0でやらせてみた結果です。前バージョン3.5では受験者の下位10%程度のスコアだったのが、いきなり上位10%のスコアで合格した、という判定が出たようです。

(Sさん)
マジですか?

(A課長)
マイクロソフトが2019年に10億ドルを投資し、今年になって100億ドル…1兆3千億円のとんでもない資金が投入されている「オープンAI」のリリース情報です。

春樹さんとつながったのは165ページです。春樹さんが「…だからいつも言うんだけど、あまり頭いい人って小説が書けないんですよ。」に対して、川上さんが「ステートメントになっちゃうとおっしゃいますよね」、とすかさず質問したところです。

(村上)
そうそうそう。頭の良すぎる人が書いた小説は枠組みが透けて見えることが多いです。読んでいても正直あまり面白くない。理が勝っているから、一方通行のステートメントになってしまう。批評家はいちおう褒めるけど、読者はつかない。でも、もちろんあんまりバカでも書けない。

(川上)
バカでも書けないし、賢すぎても書けない。

(村上)
兼ね合いが難しいところですね。本当に。そういう点、僕は恵まれているのかもしれない(笑)。

(Sさん)
ステートメントは「多様な解釈を拒絶するイマジネーションが起動しない記述…」と理解すればいいかな?

チャットGPTは何故司法試験上位10%で合格できるのか?

(A課長)
その解釈はグッドです! ネットで意味を調べようとすると、かえって混乱する(笑)。司法試験は、典型的なステートメントの世界だと思います。最難関の試験です。その対策は、膨大に存在する法律の条文を頭の中に叩き込むことから始まります。

春樹さんが語る「無意識」は、司法試験の学習にとって、むしろ邪魔になるんじゃないかな?六法全書というけど法律は850ほど格納されています。6000ページを越えます。さらに山のような判例を憶えなければならない。だからこそ「チャットGPT4.0」の最も得意とする領域のような気がします。

(Sさん)
Aさんの刺激的な話で私の頭の血の巡りも良くなってきました。
チャットGPTによって「弁護士の仕事はなくなるのでは?」と感じる人が出てくると思います。私は違う考えです。司法試験に限らずすべての資格試験は、難易度はともかく納得する解答が用意されています。多様に解釈される解答はご法度です。したがって、どの資格でもペーパー試験に関して、チャットGPTはいずれ完全制覇するでしょう。

ただし司法試験など、もちろんコーチングについても資格の取得はほんの入り口です。弁護士やコーチングなど人のサポートに関わる業務とは、「人間という摩訶不思議な存在」の解明に向かって探求の旅を続けていくことです。そうやって本当のプロフェッショナルになっていくのだと思います。

「答えのない問いを考え続ける」という人間にしかできない分野は残り続けるし、むしろ圧倒的に大きな世界だと思うんですね。おっと、文科系的発想かな?(笑)

(A課長)
Sさんも乗ってきましたね(笑)。解の見えない概念に対して「教えてください」とチャットGPT訊いても、答えてくれないと思います。村上春樹さんの小説は絶対まねできない!

(Sさん)
なるほど… Aさんは断言していますが、エビデンスは?

(A課長)
はい、『みみずく…』の中に次のような発言があります。『騎士団長殺し』のもう一人の主人公ともいえる免色を春樹さんがどのように捉えているのか? という場面です。

(村上)
……免色だけは、彼がどのような人間で、何を考えて、どういう生き方をしているのかが、よく見えてこない。

(川上)
書いていても、わからないってことですね。

(村上)
わからない。だって、彼はどうとでも転べるんだもの。本当に得体の知れない存在なんです。僕にだって得体が知れない。だから、彼を中心にいろんなものが動いているという印象が僕にはあります。長い物語には、どうしてもそういう説明不能な存在が必要になってきます。

自分がつくるキャラクターが何を考えているのかわからない…

(Sさん)
なるほど… 書いたご本人が「わからない…」と言っているので、そういうことか。さすがにチャットGPTもお手上げでしょう。

ただ、私たち読者を煙に巻いていると、春樹さんの言葉を深読みする人の方が多いようにも感じます。つまり「自分がつくっているキャラなんだから自由自在に操れるはずだ」、という疑問です。

(A課長)
それは「意識」ですよね。春樹さんは「無意識の地下二階」まで降りています。春樹さんは「本当にわからない」のです。私の身体には春樹さんの思念が沁み込んでいますから「わかります」(笑)。
Sさん、『みみずく…』を次回以降もテーマとしませんか? 時間も限られているので、今日は「無意識」に絞って、語り合うというのはいかがでしょうか?

(Sさん)
ええ、私もその空気感を味わってみたい。

(A課長)
ありがとうございます!
では93ページを開いていただけますか。

(Sさん)
おっ、川上さんの絵だ。
この絵を見たとき、なんだか川上さんのお人柄を感じました。

(川上)
……村上さんは小説を書くことを説明するときに、こんなふうに一軒の家に喩えることがありますよね。一階はみんながいる団らんの場所で、楽しくて社会的で、共通の言語で喋っている。二階に上がると自分とかの本とかがあって、ちょっとプライベートな部屋がある。

(村上)
うん、二階はプライベートなスペースね。

(川上)
で、この家には地下一階にも、なんか暗い部屋があるんです。まあ、ここぐらいならばわりに誰でも降りていけると。で、いわゆる日本の私小説が扱っているのは、おそらくこのあたり、地下一階でおきていることなんだと。いわゆる近代的自我みたいなものも、地下一階の話。でも、さらに通路が下に続いていて、地下二階があるんじゃないかという。そこが多分、いつも村上さんが小説の中で行こうとしている、行きたい場所だと思うんですね。

「無意識」のメタファー「地下一階と二階の違い」を紐解くと…

ここから川上さんの「地下一階・二階」に関する長い語りが始まります。春樹さんの傾聴の姿が二次元の紙面から3次元の像として浮かび上がってきます。春樹さんが間に挟む「うん」「なるほど」という相づちの声音は、あきらかにインスパイアしている響きです。こうなるとインタビューではなく、コーチングそのものです。

(川上)
さらにそこから地下二階に降りていくこと… それも含めて、フィクションを扱うということは、とても危険なことをしていると思っているんです。というのは、まず一つに、なんというかな……やっぱり、フィクションというものは実際的な力をもってしまうことがあると思うからです。そういう視点で見ると、世界中のすべての出来事が、物語による「みんなの無意識」の奪い合いのような気がしてくるんです。

例えば宗教の教義というのは物語の最たるもので、あなた方にとってその物語がすごく大事ですよ、真理ですよということをたくさんの人に思わせることによって、物語が実際的な動きを持ってくる。村上さんの作る物語がある。あるいは時代が生むさまざまな物語がある。人々の日常はこの「無意識」の奪い合いで、でも、みんなそれでいいと思っている。自分たちの生み出す物語は何かしら善的なものを生み出すと思っている。誰もそれを戦いだとは思っていないかもしれない。けれども、とにかくわたしにとっては、どちらにも転びうる、解釈されうる、非常に危険なものを扱っているという感覚があります。

オウム真理教だって物語があったわけですよね。もっというと、「物語なんて、小説なんて、そんなの嘘だしくだらないから読まないよ」と言いながら自己啓発本を読んでいる人たちも、自己啓発という名の物語を読んでいるわけです。

(村上)
トランプ大統領がそうですよね。結局、ヒラリー・クリントンって、家の一階部分に通用することだけを言って負けて、トランプは人々の地下室に訴えることだけを言いまくって、それで勝利を収めたわけ。

(川上)
なるほど。

(A課長)
この後、春樹さんが「僕が『物語』という言葉を使って話すときに、その意味をきちんと理解してくれるのは、河合先生ぐらいだった」と語る、日本にユング心理学を広めた河合隼雄さんの「集合的無意識」につながっていきます。

(村上)
…トランプに関しては、僕はまだよくわからないです。しかしヒトラーにしてもスターリンにしても、自分が「悪しき物語」を作っているという意識は本人にはなかったんじゃないかな。彼らにとってはそれは「善き物語」であったんじゃないのかな。自分がこしらえた大きな物語に自分が呑み込まれていくことによって、その同化性からゆがみが生じてきたのかもしれない。それはもう歴史が判断するしかないことだけど。

(川上)
興味深いのは、やはり彼一人では物語が作れなくて、物語というのはいろんな人がいろんな物語を持ち寄って、一つの物語になっていくことでもあるし……。

(村上)
うん、それは集合的なものだからね。

(川上)
それを例えば河合隼雄先生は、『影の現象学』の中で集合的無意識とおしゃっている。ナチスドイツの所業は、そうした集団に生じた影を外部に肩代わりさせた結果であると言っておられて、その話を思い出します。

(Sさん)
Aさん、今朝12日水曜の日経新聞6面、FINANCIAL TIMESオピニオンを読みましたか?

(A課長)
いえ…

(Sさん)
USナショナル・エディターのエドワード・ルースさんの寄稿です。ニューヨーク州大陪審に起訴されたトランプ前大統領が出頭し、そこを後にする姿を追った報道の過熱を取り上げています。

…危険なのは前大統領がこうした状況を好むことだ。2015年の時点では、まっとうな人で翌年の米大統領選本選で後に民主党指名候補となるヒラリー・クリントン氏に勝てると考えていた人はほとんどいなかった。

しかし、メディアは「トランプ劇場」で視聴率が跳ね上がることに気づいた。広告料金を支払わない、無料での媒体露出を候補ごとに比較すると、他のどの候補より抜きん出ていた。

(A課長)
今日の1on1のテーマにとって、ドンピシャのタイミングだ。

(Sさん)
符合そのものです。

フロイトとユングの無意識の違いとは?

(A課長)
川上さんは、河合さんの「集団による影」に触れています。これはユングの「元型」のことなんです。集合的無意識を説明するために「いくつのパターン」として表現しています。ユングは集合的無意識を何とかわかってもらおうと、言語化を試みたのですね。
トランプは、そのなかの「トリックスター」であり、沈潜していた「シャドウ」を見える化させてしまった、と解釈できる。

無意識という不確かな概念をロジカルに説明した最初の人物がフロイトです。ただし、フロイトに傾倒し、フロイトにかわいがられたユングは、フロイトとは異なる「無意識」を提唱してしまうのです。それが「集合的無意識は存在する」という確信です。そのことでフロイトから破門されたというか、袂を分かちます。

フロイトとユングの無意識の違い」については、CBLコーチング情報局でもピックアップされています。フロイト研究の第一人者である小此木圭吾さんとの興味深い対談が描かれていますね。

ちなみに、「集合的無意識」は、collective unconsciousnessの直訳です。ユングは「人類に普遍的に存在する無意識である」と捉えているので、河合隼雄さんは「普遍的無意識」という訳も併用しています。

(Sさん)
Aさん、私は小此木圭吾さんの『モラトリアム人間の時代』を20歳のとき読んで感銘を受けました。初版である昭和53年の単行本です。かなり黄ばんでいますが、今でも書棚の真ん中に居座っています。

(A課長)
そうだったんですか? それは知らなかった。

(Sさん)
小此木さんに心酔して、フロイトの本もかなり読んでいます。私はどちらかというとフロイディアンなんですね。村上龍さんは、はっきりとフロイトの影響を受けています。私に龍派の傾向があるのは、そのあたりもあると受けとめています。

フロイトはロジカルです。フロイトと聞くと「難解」というイメージをもつ人が多いと思いますが、「無意識」に関しては、ユングよりはるかに「明解」です。ただ、今回Aさんが、集合的無意識、普遍的無意識を解説してくれたことで、「無意識」については「ユングの方が深遠だなぁ」と…

影響を受けやすい私は、Aさんが語る春樹さんの「物語」の深みに足を踏み入れています。それを実感します。コーチングとの親和性についても“なるほど!”と理解が深まりました。

(A課長)
ありがとうございます。
春樹さんのメタファーである「地下二階」が、ユングが提唱し、河合さんが解説してくれた「集合的、普遍的無意識」です。春樹さんの「わかりやすい言葉で、わかりにくいことを話そう」という「洞窟スタイル」の真骨頂を今日の1on1で実感できました。
次回の1on1もよろしくお願いします!

坂本 樹志 (日向 薫)

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