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権限を持つリーダーに、なぜ「自分を見つめる時間」が必要なのか ─パワーハラスメント問題から考える、エグゼクティブコーチングの役割─

最近、横浜市の山中竹春市長をめぐるパワーハラスメント問題が大きく報じられています。
第三者による調査を経て複数の言動がパワーハラスメントと認定され、市長自身も一連の事態について謝罪し、自らの言動や認識を振り返る発言をしています。

この問題そのものについて、ここで評価や批判をするつもりはありません。
私がエグゼクティブコーチとして注目したいのは、こうした出来事をきっかけとして、「権限を持つリーダーが、自分自身の在り方をどう見つめ直すのか」という問いです。

リーダーになるほど、自分のことが見えなくなる

経営者や役員、組織のトップに立つ人ほど、自分自身を客観的に見ることは難しくなります。なぜでしょうか。

一つには、立場が上がるほど、周囲から率直なフィードバックを受ける機会が減っていくからです。

本人は「少し厳しく言っただけ」と思っている。しかし、部下には「強く叱責された」と受け止められている。本人は「成果を出してほしいという期待」を伝えたつもりでも、相手には「威圧された」と感じられている。

こうした認識のずれは、どの組織でも起こり得ます。特に大きな権限を持つ人の場合、同じ言葉であっても、その影響力は一般の社員とは大きく異なります。

「そんなつもりではなかった」という言葉だけでは済まされないのが、リーダーという立場なのです。

ハラスメント研修で必要なのは「正しい振る舞い」を覚えることだけではない

ハラスメントが問題になると、多くの組織では「ハラスメント研修」を実施します。もちろん、それは重要です。何がハラスメントに該当するのか。どのような言動に注意すべきなのか。法律やルール、具体的な事例を学ぶことには大きな意味があります。

しかし、それだけで人の行動は本当に変わるでしょうか。

「怒鳴ってはいけない」
「威圧的な言葉を使ってはいけない」
「相手の人格を否定してはいけない」

こうした知識を得ることと、実際の場面で自分の行動を変えられることは、必ずしも同じではありません。

なぜなら、その言動の奥には、その人自身の価値観や信念、感情、成功体験、焦り、不安などが存在しているからです。

たとえば、

「トップである自分が答えを出さなければならない」
「結果を出せないのは本人の努力が足りないからだ」
「自分も厳しく育てられてきた。それが成長につながった」
「これくらい強く言わなければ、人は動かない」

そうした無意識の前提が、自分のコミュニケーションをつくっていることがあります。

だからこそ必要なのは、行動だけを修正することではなく、「なぜ自分はそのように反応するのか」まで立ち止まって見つめることです。

ハラスメント問題でのコーチングの役割

コーチングは、誰かから「あなたはこう変わるべきだ」と指導される場ではありません。

国際コーチング連盟(ICF)は、コーチングを、クライアントの可能性を最大化するための思考を刺激する創造的なプロセスにおけるパートナーシップと位置づけています。つまり、コーチが答えを与えるのではなく、対話を通して本人が自分自身を深く見つめ、自ら気づき、自ら選択していくプロセスです。

たとえばエグゼクティブコーチングでは、こんな問いを扱うことがあります。

「あなたの言葉を、部下はどのように受け取っていると思いますか」
「あなたが感情的になるのは、どんなときでしょうか」
「その瞬間、あなたは何を守ろうとしているのでしょう」
「あなたが部下に求めているものは何ですか」
「その期待は、本当に言葉になって相手に伝わっていますか」
「あなたの存在は、組織にどんな影響を与えているでしょうか」

そして、さらに深いところでは、

「あなたは、どのようなリーダーでありたいのですか」

という問いに向き合っていきます。

コーチングは「免罪符」ではない

ここで、一つ明確にしておきたいことがあります。

コーチングを受けることは、過去の行為を帳消しにすることではありません。

問題となった行為について説明責任を果たすこと、被害を受けた人への適切な対応を行うこと、必要な制度的・組織的改善を行うこととは、切り分けて考える必要があります。

コーチングは、それらに代わるものではありません。

むしろコーチングが担えるのは、本人が自らの行動とその影響から目をそらさず、

「なぜ自分はそうしたのか」
「自分の何が周囲にこのような影響を与えたのか」
「これから自分はどう変わるのか」

を継続的に考えていくことです。

本当の変化とは、「もうやりません」と宣言することではなく、自分の内側にある行動の源泉まで見つめ、日々の関わり方を変えていくことではないでしょうか。

権限が大きくなるほど、「鏡」が必要になる

私はこれまで多くの経営者や経営幹部の方々と対話してきました。

その経験から強く感じることがあります。

それは、優れたリーダーほど「自分には見えていないものがある」という前提を持っているということです。

自分が正しいと思っていること。
自分では当たり前だと思っていること。
良かれと思って行っていること。

そこにこそ、本人には見えない「盲点」があります。

しかし、社長や組織トップに、

「社長、それは違うと思います」
「その言い方は、社員を萎縮させています」
「社長が話し始めると、誰も意見を言わなくなっています」

と率直に伝えてくれる人は、どれだけいるでしょうか。

立場が上がれば上がるほど、そのような人は少なくなります。

だからこそ、リーダーには自分自身を映し出す「鏡」が必要なのです。

エグゼクティブコーチは、その鏡の一つになり得ます。

「問題が起きてから」ではなく、「問題が起きる前」に

今回のような出来事を考えるとき、もう一つ大切な視点があります。

それは、コーチングを「問題を起こした人が受けるもの」にしてはいけないということです。

本来、エグゼクティブコーチングは問題行動を矯正するためだけのものではありません。

むしろ、

経営者に就任したとき。
役員になったとき。
大きな組織を任されたとき。
事業が急成長して自分の影響力が急激に大きくなったとき。

そうしたタイミングで、自分自身のリーダーシップを定期的に振り返る機会を持つことに、大きな意味があります。

健康診断と同じです。

病気になってから初めて身体を調べるのではなく、健康なときから定期的に状態を確認する。

リーダーシップについても同じことが言えるのではないでしょうか。

リーダーの変化は、組織の変化になる

組織文化は、制度や理念だけでつくられるものではありません。

トップが何を語り、何を問い、何に怒り、何を認め、どのように人の話を聴いているのか。

社員はそれを驚くほどよく見ています。

だからこそ、リーダーが自分自身の在り方を見つめることは、単なる「個人の成長」にとどまりません。

リーダーが変われば、対話が変わります。
対話が変われば、人と人との関係が変わります。
関係が変われば、組織文化が変わっていきます。

今回の出来事を、一人の政治家の問題としてだけ捉えるのではなく、私たち自身への問いとして考えてみたいと思います。

自分の言葉は、相手にどのような影響を与えているだろうか。
自分の立場や権限が、周囲の人を萎縮させてはいないだろうか。
耳の痛いことを、自分に率直に言ってくれる人はいるだろうか。

そして、

「私は、どのようなリーダーでありたいのか。」

この問いに向き合い続けること。

そこに、これからの時代のリーダーに求められる大切な姿勢があるように思います。


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国際コーチング連盟認定マスターコーチ(MCC
日本エグゼクティブコーチ協会認定エグゼクティブコーチ
五十嵐 久

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