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孫文にみる“異質の調和”、そして緒方貞子さんの「内向きは無知につながる」を起点に“価値観”を深掘りする一考察

アドラーは言います。
「人の行動は、その人の考えを源としている……なぜなら私たちは事実ではなく、単に主観的なイメージを受け入れているからである」、と。

「ひとそれぞれ価値観は異なっている…」については、心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を経て定年再雇用としてA課長のチームに配属されたSさんとによる1on1ミーティングで、話題に上ってきました。

今回のコラムでは、この”価値観”について改めて語ってみようと思います。さてどんな展開となるでしょうか。

アイスブレイクは「成功の循環モデル」からスタート!

(A課長)
Sさんとはかなりの回数の1on1を重ねて来ましたが、果たして何回だろうか? と振り返ってみました。

(Sさん)
数えてみたのですか?

(A課長)
スケジューラーをチェックしてみました。去年の11月8日が初回で、今日で29回目となります。ほぼ週イチでやっているので、それくらいになりますよね。

(Sさん)
いや~ それはスゴイ。「千里の道も一歩から」「継続は力なり」ですね。ちょっとオーバーかな(笑)
私はAさんのコーチングをベースとした1on1に大いに影響を受けて、いつのまにかコーチャブルになってきました。私たちはコーチングの3原則の一つである「オンゴーイング」そのものですね。

(A課長)
それはホメではなくフィードバックとして受けとめます(笑)
私はSさんとの1on1が終わった後、気づいたことを毎回メモっているのですが、第1回目は「働きがいのある組織」について語り合っています。

私が管理職研修で学んだ「MITのダニエル・キム教授が提唱した成功の循環モデル」をSさんに紹介しています。

業績責任を担う管理職は、結果が芳しくない状況になると、往々にして肩書がもつ権威に頼ってしまい、部下の意見に耳を貸さず、指示命令が中心になってしまう。
そうなると部下は面白くないし、意見が通らないので、受身的態度となりパフォーマンスが低下する。
したがって、欲しいはずの成果はますます下がっていくバッドサイクルに陥る…
という内容です。

(Sさん)
思い出しました。バッドサイクルは「結果の質」が起点になっている。
私は営業が長いので、実感するところです。とにかく「何とかしなければ!」という思いが強くなりすぎて視野狭窄に陥ります。まさに「貧すれば鈍す」の流れになっていきます。だからこそ、ジタバタするのではなく、部下の意見、感情をしっかり受けとめ「関係の質」を高めていくことに最大注力する! ということでしたね。それがグッドサイクルです。

前回の1on1でも話題になりました『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」(平井一夫/日本経済新聞社・2021年7月)』の中で、平井さんがやり続けたことが、まさにそれです。
「平井流1on1ミーティング」は、「成功の循環モデル」を実践で証明した、ということになります。もっとも平井さんは「成功の循環モデル」という理論は意識していなかっと想像します(笑)

続いて「成人発達モデル」に話題が転じます…

だんだん思い出してきました。私はAさんに刺激されて、心理学に興味を持ち、初回の1on1のあと、理論名にくすぐられて、「ハーバード大のロバート・キーガン教授による成人発達モデル」を調べてみました。「還暦過ぎてもあきらめるには及ばない!」と、自分を鼓舞しています。
2回目の1on1はそれがテーマになったと思います。

(A課長)
そうなんです。私のメモに、Sさんのコメントが残されています。

…大人の場合、価値観がどんどん強固になり、変わろうと思ってもなかなか変わることができない。価値観が「強力な固定観念」となってしまって「行動を阻害」する…

(Sさん)
へーっ、そんなことを言ったのですか?

(A課長)
私は、ビビッときた話は書き留めることにしています(笑)

(Sさん)
なかなか気の利いたことを言っていますね。おっと、マウンティングは慎まないと…(笑)

“異質の調和”と緒方貞子さんのコメントがフィット!

(A課長)
今日の1on1は、この”価値観”を深掘りしてみませんか?
このところ緒方貞子さんについて、Sさんと語り合っていますが、5月20日の1on1で、コーチビジネス研究所の五十嵐代表が提唱する”異質の調和”という概念と、緒方さんのコメントがフィットしているので、確認し合ったと思います。

……どこか違う土地に行って、かなり勝手に「これが望まれている」と言って押しつけることは今でもやっていますよ、いろいろなところで。そうでしょう?……

……例えば、アメリカがアフガニスタンにリーダーを送る場合も、アメリカにとって全部プラスになるような人を置いてもしょうがない。あちら側にとってもプラスになることを理解して協力できる人を送るのが、今度はアメリカ側の責任になるわけです。全ての人が同じような生活をしているわけではないですから……

……内向きはだめですよ。内向きの上に妙な確信を持ってそれを実行しようとすると、押しつけになりますよね。理屈から言えば、そうではないですか。内向きというのは、かなり無知というものにつながっているのではないでしょうか? 違います?……

(Sさん)
「内向きは無知につながる」というのは、緒方さんの名言だ!
緒方さんの価値観は、どこまでもオープンマインドだと思います。「ダイバーシティ&インクルージョン」は、世界全体の集合的価値観としてもっとも崇高な理念だと思うのですが、多くの人は「アタマでの理解」にとどまっているように感じます。カッコつけた言い方だと、ポリティカル・コレクトネス…直訳は「政治的正しさ」ですが、「そうあるべきである!」 という捉え方です。

多くの人はダイバーシティを身体感覚では受けとめていない…!?

(A課長)
価値観は、あらゆる人が日常会話であたり前のように使われる言葉になりました。だからこそ、と言ったらよいでしょうか…Sさんの言うように、ダイバーシティを身体感覚として受けとめていない人が多いような気がしています。
どこまでその「価値観の本質」に迫れるかわかりませんが、チャレンジしてみたくなりました。

(Sさん)
緒方貞子さんという人物を研究し始めた私たちですから、イケそうな気がしています(笑)

(A課長)
では最初に広辞苑で調べてみましょう。

「個人もしくは集団が世界の中の事象に対して下す価値判断の総体」が広辞苑による価値観の定義!

(Sさん)
スケールが大きい捉え方ですね。個人だけでなく集団も入っている。つまり、家族、会社、民族、国家…
前々回の1on1で私は、民族は長い歴史によって「物語・ナラティブ」が形成されている、と話したと思いますが、中国の4年間の駐在生活によって、「民族ってなんだろう…」と考える経験を得ました。おそらく日本に居たままでは、その思考体験は生じなかったと思います。

(A課長)
環境が変わることで新しい考えが生まれてくる…

(Sさん)
毛沢東と蒋介石は水と油の価値観でしたが、その両人とも尊敬する人物が孫文です。孫文は少数民族である満州族が支配する清を倒すべく辛亥革命を起こします。「なぜ清を倒さなければならないのか!」というその思想基盤として「三民主義」を提唱します。民族、民権、民生です。

ただ、その民族の概念は、当初は「滅満興漢」でした。つまり「漢民族国家をつくろう!」です。それが1919年の五・四運動あたりから、西欧列強の帝国主義打倒に軸足が変化していき、対西欧という視点で、広大な中国という地に住む少数民族も含めた「中華民族」という概念をつくり上げていくのです。
そして中華民国が誕生します。

「孫文は“異質の調和”を実行している」、とSさんは解釈した!

孫文はマルクスの影響をそれほど受けていないのですが、中国が一体となって反帝国主義に向かっていくためには、共産党も受け入れる必要があると考え、容共、そして工農扶助を打ち立て、国共合作が成立します。
まさに、コーチビジネス研究所の五十嵐代表の概念である”異質の調和”です。

ところが国民党を引き継いだ蒋介石は、財閥資本の筆頭である宋家との結びつきを強めます。莫大な活動資金の裏付けとなるパトロンの獲得です。

そもそも共産党とは真逆の立ち位置です。したがって、孫文の死後国民党の実権を握った蒋介石は、反共産党色に染まってしまい、毛沢東の共産党と血みどろの内戦に突入していくのですね。

(A課長)
辛亥革命、中華民国成立、国共内戦…中国の近現代史を説明いただきました。国民党のファウンダーである孫文が、中国共産党からも「建国の父」と崇められている理由も納得です。

(Sさん)
ついでに付け加えると、「宋家三姉妹」というキーワードが存在します。中国近現代史を語る上で必須キーワードです。
私は、『宋姉妹~中国を支配した華麗なる一族(伊藤純/伊藤真 角川文庫・1998年11月)』を読んだのですが、出色の歴史ノンフィクションです。

日本の歴史教科書ではあまり描かれない「宋家三姉妹」とは?

長女の宋靄齢は大財閥の当主孔祥熙と、次女の宋慶齢は孫文と、三女の宋美齢は蔣介石と結婚しています。次女の慶齢については、中国の国家副主席を務め、1981年、88歳で亡くなる直前に「中華人民共和国名誉主席」が授与されます。とても美しい人です。

孫文の妻という特別のポジションが、その背景にありますが、国母と称揚されるように、包容力、そして高い政治的能力も有していました。毛沢東の妻であった江青と思わず比較してしまいます。
上海市の西に慶齢の陵墓があるのですが、広大な公園になっていて、私は休日になると、自転車に乗ってよく出かけましたね。

他方、三女の美齢は蒋介石とともに台湾に逃れます。蒋介石の死後は米国に移住、その後台湾に帰国するものの、終生政治的な活動を続け、マンハッタンの自宅で老衰により105歳で亡くなります。

(A課長)
表の歴史は、ともすれば男性側視点で描かれがちですが、「三姉妹」という視点で捉えると、また違った様相の歴史がクローズアップされそうです。
視点の違い…価値観の違い、につながりますね。

(Sさん)
血を分けた姉妹といえども、3姉妹の価値観は大きく異なります。まさに環境によって、それぞれの価値観が形成されていったことが理解できます。

緒方貞子さんは筋金入りのマルチな帰国子女!

(A課長)
Sさんと私は緒方さんに関わる本を読んでいるので、緒方さんの生い立ちはだいたい頭の中に入っていますが、Wikipediaでおさらいしてみませんか。おっ…簡潔に書かれている。

1927年(昭和2年)9月16日、東京府東京市麻布区(現東京都港区)に外交官・元フィンランド特命全権公使の中村豊一・恒子夫妻の長女として生まれる。命名は犬養毅による。父の転勤で幼少期をアメリカ・サンフランシスコ(バークレー)、中国・広東省、香港などで過ごす。

小学校5年生の時に日本に戻り、聖心女子学院に転入、聖心女子大学文学部英文科(現:英語英文学科英語英文学専攻)を卒業(自治会の会長も務める)。その後、父や、聖心女子大学学長のブリットの勧めでジョージタウン大学およびカリフォルニア大学バークレー校の大学院で学び、政治学の博士号を取得した。大学院での指導教員はアジアの政治・国際関係を専門としたロバート・スカラピーノ。

(Sさん)
緒方さんの英語がネイティブレベルだったのは、小学5年生になるまで、海外で過ごした、という帰国子女であったことからうかがわれます。

ところで、Aさんは緒方さんの「ロール・モデル」について話したい、と前から言っていましたよねぇ、 おそらくその人物は私がイメージしている人と同じだと思います。

(A課長)
マザー・ブリット!

(Sさん)
イエス!(笑)

緒方貞子さんの「ロール・モデル」はマザー・ブリット!

(A課長)
戦後の新制大学制度で認可された5つの女子大の一つである、聖心女子大の初代学長です。他の4大学は、津田塾大、日本女子大、東京女子大、神戸女学院大でしたか…
緒方さんは聖心女子大の一期生ですね。

緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で(小山靖史/NHK出版・2014年2月)』のなかにある、著者の小山さんが緒方さんにインタビューするシーンを紹介させてください。

……緒方さんを語る上で欠かせないリーダーシップが、この聖心女子大学時代に、大いに磨かれたのではないかと取材の中で耳にしたからである。そして何より、マザー・ブリットを語る時の、緒方さんの懐かしむような表情が印象的だったからだ。

「マザー・ブリットの影響は大きいでしょうね。ほかのみんなにとっても、すごく大きかったはずです。四年制の女子大学になるのは日本で初めてですから、非常に張り切っておられました。新しい女子大学を作る意味を、一生懸命に私たちに励ましを含めて話してくれたのです。すごい愛情でしたよ。私たちは大きな影響を受けましたね、あの方から。素晴らしい人だったな、本当に稀有な人、というのでしょうね」

この本でインタビューを受ける緒方さんは、一貫しているというか、極めて冷静かつ凛とした態度が崩れません。ですが、このシーンは、無防備…ちょっと違うな、素の姿が自然に出てしまったというか、それくらいマザー・ブリットを敬愛し、影響を受けたということが伝わってきます。

同書の第4章は「リーダーシップの原点」というタイトルで、「マザー・ブリットがどのような人物であったのか」、が描かれます。

「皆さん、頭を使いなさい! 考えなさい!」
「聡明になりなさい!」
「あなた方の生涯は、決して、ほうきとはたきで終わってはなりません!」
「あなたたちは、鍋の底や皿を洗うだけの女性になってはいけません!」
「一度に一つのことしかできない女性になってはいけません!」
「自立しなさい! 知的でありなさい! 協力的でありなさい!」
「あなた方は、社会のどんな場所にあっても、その場に灯をかかげられる女性となりなさい!」

週一回の学長集会で、マザー・ブリットが全生徒に英語で語りかけた内容です。
その活躍ぶりも描かれています。

敗戦後、日本はまだ復興途上にあり、物資も不足していた。マザー・ブリットは学長として奔走し広大な敷地を取得。新校舎、聖堂、修道院、インターナショナルスクールの建設、大学院や新しい学科の設置と、短い期間に聖心女子大学の基礎を確立した。

ある時には、資金を得るため、アメリカ軍のシボレーを進駐軍から調達、シボレーが当たるくじを売ることを考えついた。マザー・ブリットは、試験の前日にもかかわらず、学生たちに、「チケットを銀座の和光の前で売りなさい、外務省で売ってきなさい」とせきたて立てたという。

(Sさん)
3歳目前の身長81センチの緒方さんは、父親、母親、そして弟とともに家族そろってアメリカに引っ越して以来、外交官である父親の転勤で、日中戦争まっただなかの中国でも暮らしています。

アメリカ、中国、そして日本… まったく環境の異なる国の空気を吸い生活をした、というバックボーンは、マザー・ブリットに触れることにより、まさにケミストリーが起こり、“国連難民高等弁務官の緒方貞子”につながっていったのではないでしょうか。

アドラーが語る「偏見の生じない環境」とは…?

(A課長)
アドラーは100年前に、講演で次のように語っています。
人間の本性 人間とはいったい何か(長谷川早苗訳)/興陽館(2020年2月15日)』を引用します。

現在の文化で、女児が自信や勇気を持ちつづけることは簡単ではありません。一方、能力検査では、おもしろい事実が判明しています。14~18歳の女児の一部が、男児を含めたどのグループよりも優れた能力を示したのです。調べてみると、こうした女児の家庭では、母親も、あるいは母親だけが自立した職業についていました。

つまり、女児たちは家庭で、女性の方が、能力が低いという偏見がない状況、または偏見をほぼ感じない状況であったのです。これは、母親が才腕で生計を立てている様子をじかに目にしたことが理由です。そのため、女児たちはずっと自由に自立して育つことができ、女性への偏見につきまとう妨害からほぼ影響を受けずにすんだのです。

(Sさん)
緒方さんが「内向きはダメですよ」と言う閉じた世界のままだと、バイアスであることにも気づかない「強力な固定観念」が形成されてしまう。
緒方さんのように異なる価値観の世界をさまざま体験することで、相対化、俯瞰できる成熟した価値観が育まれていく…
今回の1on1のまとめになりそうです。

Valueは「価値」、Valuesが”価値観”

(A課長)
Sさん、広辞苑の定義はわかったので、英語で「価値観は何だろう?」と思い、今調べてみました。英語のスペルはValuesです。

(Sさん)
えっ、価値のバリューですか?

(A課長)
いえ、複数のsがつくバリューズです。ちなみに“価値”は単数のバリューで、つまり“価値観”はさまざまであり、複数形となる、という発見です。

(Sさん)
お見事! 今日の1on1の〆が決まりましたね。
次回も新たな発見につながる1on1にしていきましょう!

坂本 樹志 (日向 薫)

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