現実の被写体と仮想空間の背景を組み合わせて映像を撮影する「バーチャルプロダクション」と呼ばれる手法が広がっている。ソニーグループは日米で専用のスタジオを新設し、映画やドラマ、CMの撮影用の需要を取り込む。
(『6月17日日経新聞15面(ビジネス2)』より引用)
今回のコラムは、日経新聞の記事内容に触発された、心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を経て定年再雇用としてA課長のチームに配属されたSさんとによる1on1ミーティングです。
予定調和なき二人の世界は果たしてどのようなケミストリーが展開されるでしょうか?
アイスブレイクはフジタスケールの話題からスタートしました!
(A課長)
Sさん、おはようございます。そちらの天気はいかかですか?
(Sさん)
曇りです。夜半から雹が降る、との予報も出ていたので心配しました。今月のいつだったかな… 私の住む埼玉北部は猛烈な雹に見舞われたので、その記憶が鮮明でしたから…
ちょっとググってみます。
ええっと… 群馬県南部から埼玉県北部にかけて、2日に大量の雹が降り被害が大きくなっています。渋沢栄一の故郷である深谷市で「トウモロコシ畑が全滅した!」とありますね。
関東平野の中央から北関東は、わたし的解釈では大陸性気候です(笑) 米国の竜巻街道は、北米大陸中心部の広大な平野であるグレートプレーンズとかぶっていますが、強風、雹、竜巻を伴う激しい嵐が頻繁に発生するのが特徴です。
おっ、NHKのサイトをみると、2012年5月6日に北関東で発生した竜巻は、5秒間の平均風速が70~92メートルのレベルである、フジタスケールF3を記録したようです。
茨城県、栃木県で観測され、死者1名を含む55名の人的被害、全半壊585棟を含む2,400棟以上の住家被害をもたらした日本最大級の竜巻被害、とあります。
(A課長)
地球温暖化の影響も加速している… 気候変動でもまさにVUCAの時代の到来です。
(Sさん)
さすが! アイスブレイクからVUCAというキーワードにつながりました。ではセッション開始、ということで…
Aさん、今日は月曜日ですが、金曜日の日経朝刊の記事に触発されています。そのあたりから1on1を始めたいのですが、いかがでしょうか?
(A課長)
もちろん了解です。
アイスブレイクを経てFINANCIAL TIMESがテーマアップ!
(Sさん)
今回も私の蒙を啓いてくれる、FINANCIAL TIMESのOpinionです。この記事は新鮮でした。
(A課長)
確か、その記事は私の大尊敬するスティーブ・ジョブズから始まっていましたよね。印象に残っています。
米アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏はデザインに明確な方針を持っていた。「シンプルに。とにかくシンプルに」と公言もしていた。独デザイン学校バウハウスの機能美を重視し、その「レス・イズ・モア(少ないほど美しい)」という規範を自らも徹底して追求した。
シビレますね。Sさんはソニーマニアですが、私はアップルマニアです。ジョブズの価値観が浸透しているAppleはデザインだけでなく、PCのMacintosh…現在はMACですが、起動音にも徹底的にこだわっています。Sさんが前回口にした「神は細部に宿る」とは、まさにスティーブ・ジョブズのことです。
起動音は、2012年に米国で、登録商標に認定されるのですね。
(Sさん)
Aさんのアップルマニアぶりもすごいですね~
熱を帯びるAppleマニアのA課長の語りです…
(A課長)
語ります! ご了解ください(笑)
ジョブズは20歳の時にガレージで創業し、AppleⅠを開発します。次世代機のAppleⅡが大ヒットし株式を公開、いきなりの大金持ちです。そしてMacintoshが誕生するのですね。1500万ドルかけた伝説の広告は有名です。
ただし… イケイケのジョブズは強気に出すぎたせいか、生産過剰で在庫がとんでもなく膨らんでしまい、初めての赤字決算に見舞われ、そして自分でつくった会社にもかかわらず、1985年にAppleを追われてしまうのです。
(Sさん)
ここまでがジョブズの人生第1章ですね。
そして1997年にAppleに復帰する。この10年間がジョブズの第2章ですね。
(A課長)
Sさんは隠れジョブズマニアですか(笑)
ジョブズがすごいジョブズに変身していく第2章が始まります。2005年にスタンフォード大学卒業式でのスピーチは伝説となっていますが、ジョブズは、「Appleを追われなかったら今の私はなかったでしょう」と語っています。
Appleを追われたスティーブ・ジョブズは…
ジョブズは屈辱的失敗を経たからこそ、自分を徹底的に見つめ、真のアントレプレナーというか、二段変身によって…すみませんセーラームーンの月野うさぎじゃないですね… 再起動し、復活します。
1986年にジョブズはピクサー社を1000万ドルで買収し、最高峰のアニメスタジオに育て上げます。20年後にそのピクサーをディズニーに売却し、ジョブズは役員に就任するのですが、ディズニーの買収額は74億ドルです。
(Sさん)
ピクサーの前身は、ジョージ・ルーカスが設立したルーカス・フィルムですね。『スターウォーズ』の第1作を私は大学時代に、結婚前の妻と新宿の映画館で観たのですが、使われたCGの臨場感には度肝を抜かれました。
(A課長)
SさんはCGの始まりを知る世代なのですね。なるほど…
(Sさん)
映画という世界が共有する最高のソフトコンテンツとリンクして、CG技術の飛躍的進歩を実感できる象徴的作品が、節目で誕生しています。
ピクサーは『トイストーリー』で、世界初のフル長編アニメを制作していますね。これまた第1作目を観た時は感動しました。シリーズ化したすべての作品を私は映画館で観ています。
2009年の『アバター』は、「映像美という世界観をアニメでもここまで表現できる!」というクリエイティビティを世に証明しました。
我々はメタバースの世界に没入していくのか…?
(A課長)
Sさん、ヘッドマウントディスプレイが軽量化し、日常で違和感なく使用できるガジェットになることは予想の範囲内です。
その視界が『アバター』のような世界で、自身のアバターの立ち居振る舞いも『アバター』のようになれば、眼鏡を掛けている人が、掛けているのを忘れているがごとく、メタバース礼賛者が唱える「一日のほとんどをメタバースの世界で暮らすようになる」、というのもリアル感がでてきますね。
(Sさん)
映画論になってしまいそうな流れを、Aさんの巧みなファシリテーションで引き戻してくれました。ジョブズに戻しましょう(笑)
(A課長)
ありがとうございます(笑)
下野した期間であるAppleを離れていた間のジョブズの活動は実にエネルギッシュです。ピクサー買収以外にも、自ら高性能コンピュータを開発製造するNeXT社を創業します。この第2章がドラマチックなのは、ジョブズなきAppleの経営が傾いていくという流れとなるからです。
エッジの利いたAppleらしさが影を潜め、特に次世代のOS開発について限界が露呈し、結局はジョブズ頼みというか、AppleがNeXTを買収し、ジョブズがAppleのCEOに就任することで、第3章がスタートします。
VAIOはソニーのイメージを進化させた!
(Sさん)
なるほど… ソニーのリーダーシップ2.0の出井さんによる「Apple買収を考えたこともあった」という回想が語り草になっていますが、ビル・ゲイツとのつながりが強かったので、私は「思っただけ」だと想像しています(笑)
ソニーは満を持してPCのVAIO第1号を1996年に米国で発表しています。出井さんのときであり、ソニーに「デジタル・IT」という新しい企業イメージが創られていくのです。
市場を牽引していたNECや富士通のPCとはまったく異なる、ソニーらしさの尖がったPCです。デザインの洗練度は抜群でした。
少し昔の話が続きました。
ところで、AさんはiPhoneが新しくなるたびに買い替えていますが、Appleの術中にはまってしまっているのでは?…(笑)
(A課長)
おっしゃる通りです(笑) マーケティング戦略上の計画的陳腐化です。自覚しています。ただアパレルと違って、技術進化が伴っていますから、買い替えについては自己肯定できています。
(Sさん)
それって、認知的不協和じゃないですか?…(笑)
(A課長)
う~ん、Sさんに1本とられました。
そうだ、きのう日曜日の日経に、「メタバースとファッションの親和性」に関する記事がありましたね。ええっと…12面の「文化時評」です。
三越伊勢丹が仮想都市で開いたファッションショーを取り上げています。仮想空間であれば、売れ残りや廃棄を心配する必要はないですし、優れたデザインのデジタルアパレルをNFTとして売り出すことも可能です。
「NFTとは何か?」そして「ウェブ3.0」が始まっていることをAさんが解説します!
NFTはNon-Fungible Token…「代替不可能で唯一の存在であることが証明されている」という意味です。その裏付けがブロックチェーンです。
仮想通貨…現在は暗号資産に名称が統一されていますが、その技術は当初、まるでイコールのように解釈されました。
今では「唯一性を担保する最高度のデジタル技術」としての認識が定着し、これまでの価値観を覆す新用途開発のラッシュです! そこにさまざまな「価値」が生まれています。
まさに「ウェブ3.0」の到来です。
「計画的陳腐化」というキーワードは死語となるかもしれませんね。
(Sさん)
デジタルネイティブのAさんによって、見事に解説いただきました。
(A課長)
Sさんのソニーマニアぶりに煽られて、ジョブズから少し離れてしまいましたが、コーチの私がSさんにお伝えしたいのは、実はここからです。
(Sさん)
Aさんはどんな時でもコーチングのことを考えている…
(A課長)
これまで、1on1のテーマを1回完結だけでなく、シリーズでもやってきました。そのなかで「リーダーシップ理論の変遷」は、昨年の11月29日から今年の2月28日まで11回取り上げています。
2月13日の1on1では『1兆ドルコーチ(ダイヤモンド社)』のビル・キャンベルに焦点を当てました。そのときには話題にしなかったのですが、ビル・キャンベルはスティーブ・ジョブズのエグゼクティブコーチだったのですね。ジョブズに関するところを引用させてください。
ビルはスティーブのかけがえのないコーチ、メンター、友人だった!
スティーブ・ジョブズが1985年にアップルを追放されたとき、ビル・キャンベルはそれに抵抗した数少ない同社幹部の一人だった。当時のビルの同僚ディブ・キンザ―は、ビルがこう話すのを聞いたという。「スティーブを会社にとどめなくては。あんなに才能のあるやつを手放すわけにはいかない!」
スティーブは彼の誠意を忘れなかった。1997年にアップルに復帰してCEOに就任し、ほとんどの取締役が退任すると、彼は新しい取締役の一人にビルを指名した(ビルは2014年までアップル取締役を務めた)。
スティーブとビルは親しい友人になり、しょっちゅう行き来した。日曜の午後にはパロアルト界隈を散歩して、あらゆるテーマについて意見を戦わせた。ビルは幅広い分野でのスティーブの相談相手であり、コーチ、メンター、友人だった。
(Sさん)
なるほど… 素敵な関係ですね。
(A課長)
本を読むとわかるのですが、部下に対して非常に厳しいというか、天才型で妥協を拒絶するマネジメントのイメージがあるジョブズが、ビルに対しては胸襟を開いています。一般にイメージされるCEOと取締役の関係ではないのですね。
対等…を超えた関係です。う~ん、このあたりのニュアンスは難しい。魂と魂の交流…と言えるかな?
(Sさん)
なるほど… 私の勝手な想像ですが、Appleを離れている期間にジョブズは、自分のマネジメントにおける強みと弱み…SWOT分析のようなことを試みて、それなりに相対化したのではないでしょうか。
ただし、実際の経営では、弱みというか、PM理論でいうラージPが強く出てしまう「独善的スタイル」になることもあったでしょう。自分も分かっているのに、でも抑えられない…
そんなとき、ビルにコーチングしてもらうことで、そうなってしまっている自分に気づき、余裕を取り戻していったのではないでしょうか。
世界ナンバー1の経営者のスティーブ・ジョブズには、ビル・キャンベルというエグゼクティブコーチが必要だったのです。
ビルは黒子に徹した人のようですね。私の好きな言葉である「菊づくり、菊見るときは人の影」を彷彿とさせる人物です。
(A課長)
Sさんの捉え方も沁みるなあ…
FTのコラムニスト、ギャッパーは迷走している…?
(Sさん)
FINANCIAL TIMESの記事の冒頭でジョブズが登場したので、Aさんワールドが展開されました(笑)
私がこの記事に興味をひかれたのは、実はAさんとは別の視点です。この記事を書いたビジネス・コラムニストのジョン・ギャッパーを私は好きになりました。「考えが迷走している」からです。「こうあるべきだ!」ではなく、「迷いに迷って」書いているのです。
タイトルは「EU充電規格統一の是非」です。
スマホに代表される電子機器の充電ポートやケーブル端子がバラバラで、とにかくストレスフルであることを世界中の人が共有していますが、EUはその一因として、Appleの「ライトニング」という独自規格にある…つまり、他社の携帯電話が使用する「USBタイプC」ではないことを挙げているのですね。
ギャッパー氏はこのように書いています。
ジョブズ氏はこの規格統一の動きを歓迎しただろうか。確かにシンプルになるし消費者の使い勝手もよくなる。だがアップルは独自の道を歩み、常にあらゆる要素を念頭に置いて魅力ある商品を開発すべきだとの経営哲学を貫いたことを考えると、彼が今回の規格統一に賛成したとはとても思えない。
(A課長)
私は「見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞く…」でした。
タイトルが、ISOのように規格統一というEUの得意とする政治的思惑の記事だと思い込んで、最初のところしか読んでいないのですね。
(Sさん)
私はこの手の内容が好きなのでしっかり目を通しました(笑)
ギャッパーさんが最後に言いたいことをまとめているのですが…
……こういうわけで筆者も何がベストか判断しかねている。シンプルさも大事だが革新も必要だ。たかが充電の話であってもだ。ワイヤレス化が進んでいるだけに接続ケーブルを巡る問題は重要でなくなるかもしれない。だが考え方は重要だ。
世界で充電ポートの規格が一つに統一されたら素晴らしいと思いがちだ。だがそんなことをすれば新たな革新の機会を失うことになりかねないということを忘れてはならない。
(A課長)
何を言いたいのかわかりませんね(笑)
「あることを追求すると別のことが犠牲になってしまう…困ったものだ」、という結論ですね。
(Sさん)
トレード・オフです。「あちらを立てればこちらが立たず」です。夏目漱石の『草枕』の冒頭を思い出しました。
参考までに、ググっておきましょう。
山道を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹差せば流される。
意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
まさに人生です。
(A課長)
今日の1on1は極めて多彩なセッションになりました。Sさんの最後の山場である口伝が予感されます。
バーチャルプロダクションは映像制作に新たな価値をもたらす!
(Sさん)
ありがとうございます。
金曜日の15面はまたしてもソニーが大きく取り上げられています。大見出しは「ソニー、仮想×実写の撮影場所」です。中見出しは「映像を融合、ロケ不要に」「日米に新設、制作効率化」となっています。
バーチャルプロダクションと呼ばれる「現実の被写体と仮想空間の背景を組み合わせて映像を撮影する手法」を、ソニーが本格的に事業化していく、という内容です。
マツダ「CX-5」のCMがその手法で実際に撮影されていたことを、私はこの記事で知りました。美しい広がりのある映像が、小気味よいテンポで遷移します。その技に感動していたのです。
それが実写ではなく、はめ込み合成とも違うことを知って、「ソニーってスゴイ!」をかみしめています。
「誰しもが共有できる価値」を実感できれば、その「新たな価値」は一気に広がっていきます。これまで飛行機やヘリコプターを使って、手間とコストがかかっていた空撮が、ドローンの登場によって、コペルニクス的転換を果たしたように、FINANCIAL TIMESのギャッパーさんがトレード・オフに悩む次元を超えるイノベーションは起こるのです。
(A課長)
スティーブ・ジョブズの価値観を、また別の視点で考えてみる、ということですね。さらに多彩な1on1になりました。とても一人だけではここまではたどり着けない…
Sさん、次回もよろしくお願いします!
坂本 樹志 (日向 薫)
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