ビジネスコーチングとは、ビジネス上の成果や問題解決を主なテーマにコーチングを展開していくコーチングの一分野です。新型コロナウイルスの蔓延によってリモートワークが身近な勤務形態となり、ビジネスシーンが激変しています。ビジネスコーチングは、このような環境の変化も相まって注目されています。
新型コロナウイルスは、世界中の何十億の人々が知識としての情報ではなく、恐怖感も含めたリアルな感覚を等しく共有することになりました(ありえないと思われていた現象です)。「心・精神」のあり方について見つめなおす機運も高まっています。
今日、ビジネスコーチングを含めたコーチングの広がりは、このような背景によっても説明できそうです。
コーチングは、クライエント一人ひとりの中に秘められた能力、アイデア、強みを引き出し、価値ある目標をサポートする関係性です。
コーチングは一般的に、ビジネスコーチングの他にライフコーチング、そしてエグゼクティブコーチングで構成されます。コーチの担う役割も次のような違いが見出せます。
ライフコーチ
個人を対象に、一人ひとりの人生をもっと豊かにすることを目的に、円滑な人間関係の構築や特定のパフォーマンスを向上させていくための気づきの獲得、あるいはダイエットや婚活といった、実にさまざまなテーマをコーチングしています。
エグゼクティブコーチ
エグゼクティブ層(経営者・経営幹部)に対してコーチングを提供するコーチのことです。この場合は「クライエントがエグゼクティブ層」ということですが、他方「コーチ自身が選ばれたコーチである」という意味合いもあります。
今回のコラムではビジネスコーチを中心に深掘りしてみましょう。
ビジネスコーチングに関する典型的な2つの質問とは?
ビジネスコーチ養成講座の受講を検討している人から、次のような質問を戴くことがあります。
「私は企業に勤めて5年経ったころ、子供ができたので退職しました。子育ても一段落したので、コーチングの資格をとろうと考えています。ライフコーチは生活周りの身近なことがテーマになるので私にもできると思いますが、ビジネスコーチは無理かなぁ、と感じています。やってみたいのはビジネスコーチなのですが…」
また、定年を機に、あるいは中高年になって第二の人生にビジネスコーチとしての独立をイメージされている方が、
「私は大手企業の管理職を経験してきましたので、この経験と知見をビジネスの中で悩んでいる方にお伝えできると感じています。ビジネス経験こそがビジネスコーチに求められる大切なスキルだと私は判断しているのですが…」
この2つの質問が発せられる背景(心の内)を考えてみると、前者については「経験がないので自信がない」、後者は「経験があるから自信がある」と、「経験」を基準として、受けとめ方が形成されています。
みなさんは、どのように回答されるでしょうか?
コーチングの体系に大きな影響を与えている心理学者のアドラーは、「経験」が持つ意味を次のように語っています。
アドラーは「経験」により賢くなるとは限らない…と語ります。
経験というのはさまざまな意味に解釈されることを考慮しなければいけません。2人の人間が同じ経験から同じ教訓を引き出すことはほぼないのはわかるでしょう。ですから、人は経験から賢くなるとは限りません。特定の困難を避けることを覚え、困難に対して特定の態度をとるようになるでしょう。
『人間の本性 人間とはいったい何か アルフレッド・アドラー(長谷川早苗訳)/興陽館)』
アドラーの視点で、2つの質問を考えてみてください。
質問者だけでなく多くの方が、ビジネスコーチに限らずコーチにとって「経験」がモノ言う、と受けとめられているのではないでしょうか。
日常の会話で、そのような流れで話が展開していくことについて、私はまったく否定しません。まさに「普通の会話」です。
ただし、コーチングセッションとは「プロフェッショナルな世界」あり、前回のコラムでお伝えしたように「メタ認知」「メタ・コミュニケーション」が求められます。
経験を通じて感じたことは、あくまでもその人の感受性です。コーチはまずそのことをメタ認知で捉えます。
ここで、「共感」と「理解」の関係について、以前のコラムでも綴った内容を再掲させていただきます。
「共感的理解」とは「共感“的”理解」
「共感的理解」はコーチに求められる重要な要件の一つですが、この意味を紐解くと…
共感とは「共に感じる」ということなので、簡単ではありません。人はそれぞれ別々の個体であり自分ではないからです。したがって、考え方、捉え方は当然異なります。ですから「私はあなたと同じ感覚です」とは、言えないのが自明です。つまり厳密に言えば、同じ感覚にはなれないのです。だから「共感“的”理解」なのです。
クライエントは私ではない。したがって同じではない。その上で、どのように考えているのか、どのように感じているのかを、五感をフルに働かせて、クライエントの気持ち、感じ方を想像します。謙虚に、思い込みを排してクライエントに寄り添うのです。その「努力と思い」がクライエントに伝わって信頼関係が形成されていくのです。
言い換えれば、「私はあなたの気持ちがわかる!」と言い切ることに慎重になる心持が、「共感的理解」につながっていくと言えそうです。(2020年11月16日のコラム)
仮に後者の質問者である管理職経験者が、その自信を抱えたままコーチとなり、クライエントであるビジネスマンの悩みに、自身の「経験(対処も成功したケース)」を伝えて、同様なアクションを進言したとしたら、それはコーチングではないのですね。平たく言うと「押しつけ」です。
もっとも、コーチングではなくコンサルタントであれば、これを「一つの知見」として具体的に提供することが、契約企業のニーズにかなっている可能性はあります。
コーチングとコンサルティングは求められる内容が異なります。
そして、前者の質問者が「経験のないこと」に不安を感じて、そのことに囚われてしまう必要もありません。「囚われてしまっていることから自由になること」がプロフェッショナルであるのコーチに求められるからです。
まさに「メタ認知」です。それを踏まえた「コーチとしてのファウンデーション(自己基盤)を確立していくこと」が、コーチとして大切な心構えとなります。
ここで、「ファウンデーション(自己基盤)」の重要性を解説した五十嵐代表のコラム(2019年3月25日)を再掲します。
コーチングにおいて大切なのはファウンデーション(自己基盤)
それでは「ファウンデーション」とは何でしょうか?
建物を建てるときに一番時間をかけているのが基礎工事です。特に高い建物を建てようと思えば思うほど、この基礎工事が重要になります。私たち人間も同じです。なりたい自分になるための土台、それがファウンデーションです。地盤が強固なほど、自分の人生を思い通りに描くことができ、行動できます。具体的には、次のようなことがあげられます。
- 自分を理解し自分を認めてあげる
- 他者との違いを受けとめる
- ありのままの自分を受けとめ自分らしい一歩を踏み出すエネルギーに満たされている
- やりたいことに挑戦できている
いかがでしょうか?
ここで事例を紹介し、考えてみたいと思います。
チーフに求められるのは部下のIT能力を超えることなのか…?
3人の部下で構成されるチームを任されているAチーフの悩みが、「部下のITリテラシーと比べて、自分の能力は少し劣っているのではないか…」であった場合に、担当したビジネスコーチが、たまたまITの専門知識に明るくアドバイスしたい願望も萌し、「じゃあ、何をすればITリテラシーを高めることができるか、をゴールテーマとしてセッションをスタートしましょうか…」と反応してしまうと、深みに欠けるセッションとなりそうな予感を覚えます。
Aチーフは、「IT能力という狭い範囲だけでマネジメントの巧拙が決まる」と思い込んでいるのかもしれません。
「…ということは、ITの専門能力を高め、部下を超えることで、部下からの信頼を獲得できるとお考えになっている、ということでしょうか?」
「AさんがITの高い能力を獲得されたと仮定して、その後のマネジメントスタイルはどのような姿になっているでしょうか?」
「Aさんからは、3人の部下がAさんをどう見ているか… 部下の言葉、そしてAさんが感じている内容のコメントがないのですが、それはなぜでしょうか?」
といった質問を投げかけることで、Aさんの気づきにつながる可能性があります。
ビジネスコーチングは、ビジネスという呼称が付されるので、ビジネススキルに意識が集まってしまいがちですが、その本質はビジネススキルという範囲にとどまることなく、クライエントの思考の傾向が何を背景として形成されているのか、メタ認知、そしてメタ・コミュニケーションにより、共に解明していくプロセスです。
「ビジネスの本質とは?」という命題に関する深いコミュニケーションの交歓を通じて、クライエントとコーチが共に成長していることを実感できている!
これこそがビジネスコーチングの醍醐味ですね。
コーチングは今回のテーマであるビジネスコーチングだけでなく、その裾野は大きく広がっています。引き続きコーチングに関するキーワードを解説してまいります。
坂本 樹志 (日向 薫)
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