アドラー心理学は常に新鮮な気づきを与えてくれます。
私も折に触れ、アドラー、およびアドラーの後継者が書いた著作を引っ張り出して、自分を省みるのですが、そのたびに新鮮な気づきを得ることができます。面白いもので、昔読んだ本を再読すると、当時とはまったく違うパラグラフに目が留まったり、初読時は「すばらしい作品だ!」と興奮したその昂りを追体験しようと思って手に取ったところ、「色あせた作品」と感じてしまうことがありますよね。
アドラーは「ライフスタイルは変わっていく」と言います。経験を積み重ねることで、人は「世界の捉え方」も変わっていくのかもしれません。
私の場合は、アドラーを読み重ねていくと、その思想が「遠ざかる」どころか、どんどん「迫ってくる」のです。しみじみと「そうなんだよなぁ」と腑に落ちてくると言いますか、精神の機微にしみ込んでくる感じです。
前置きが長くなってしまいました。今回のアドラーは、「自己理想」から始めることにしましょう。
アドラーの「自己理想」とは?
アドラーは「自己理想」という概念を取り上げ(この表現を創りだしたのはアドラーだと言われています)、ひも解いていきました。
さて、みなさんはこの言葉から何を連想しますか? 「理想」とありますので、肯定的な意味、そして「それに向かっていくことの大切さを語っている」と受けとめるかもしれません。ところがアドラーは、「自己理想」をシンプルには捉えていません。
『現在の自分を変えたり、よりよい世界を創ったり、より大きな可能性を心に描こうとする私たちの能力は自己理想の中にありますが、それと同時に、私たちが自分自身を失望させ、生地獄に住むようになり、夢に描いていたものを達成していないことで、自分を責めてしまうのも自己理想のせいなのです。(現代に生きるアドラー心理学/ハロルドモサック&ミカエルマニアッチ・一光社2006年)』
自己理想は、現在自分が獲得していないものですから、これに向かって努力していく、ということは誰しもが思い描くことですし、これによって素晴らしい人格の陶冶につながっていくことはあります。ただし、この「獲得していないもの」を切望するのが強すぎる、それに「こだわりすぎること」で、それが獲得できていない自分に対して「自信が持てない」、「劣等感を抱いてしまう」ということにアドラーは関心を持ちました。
自己理想は「私は~すべきだ(またはすべきでない)」という文脈に縛られている?
『現代に生きるアドラー心理学』の中に、次のような一節がありました。
『…典型的な自己理想の特徴を表す文脈は次のようです。「場所を確保するために、私は……すべきだ(またはすべきでない)」、「~の一員であるためには/意義あるためには/人から評価してもらうには/自分のことに気づいてもらうには、私は~すべきだ(またはすべきでない)」、「自分を考慮してもらうには、私は~すべきだ(またはすべきでない)」などです。人格形成の長期的目標は自己理想につながります。それには命令的な特徴があり、予定通りいかないと、エリスが「破局的な見込み」と呼んだ感覚が育ってしまいます。(現代に生きるアドラー心理学)』
ここで登場するエリス(1913年~2007年)は、米国の臨床心理学者で「論理療法(Rational Therapy)」というカウンセリング技法を創設しています。カウンセリングの分野において特に米国では、ロジャーズ(来談者中心療法の創設者)に次いで大きな影響を与えている、との調査結果(1982年)も発表されています(ちなみに第三位はフロイト)。私もエリスの理論には大きな影響を受けていますので、いずれコラムで紹介したいと思います。
アドラーに戻りましょう。
「自己理想が劣等感の原因になりうる」ことをアドラーが指摘しています。
続いて、アドラーが提起した、「劣等性」「劣等感」「劣等コンプレックス」を取り上げます。
以前のコラム『心理学とコーチング~フロイト、ユング、アドラー~(6月2日)』で、コンプレックスについて、以下のようにコメントしました。ここはアドラー心理学を理解するために重要なところなので、再掲させていただきます。コンプレックスという言葉を心理学用語として初めて使ったのはユングですが、アドラーはその概念を拡張したのです。
『…コンプレックスという言葉は日本語では「劣等感」をイメージしますが、この場合「複合的な感情」と理解してください。コンプレックスという概念は心理学の中心概念であり、フロイト、そしてアドラーも積極的に用います。
特にアドラーは、初の出版である『organ inferiority(1907年)』でその概念を提示し深めていくのですが、その著書の日本語訳は『器官劣等性の研究』です。「特定の臓器が欠損するなどするとそれを補おうとする機能が働く」という内容で、生物学的な基本機能を心理学的な観点に置き換えて発展させていきます。organは「器官・臓器」で、inferiorityは「劣等性」なので直訳ですね。
そしてアドラーの理論は「劣等コンプレックス(inferiority complex)」とあえて“劣等”を付すので、日本語的に正確です。なお日常の会話で「それってコンプレックスじゃない」と言う場合、「劣等感」の意味で使っていますから、心理学としての捉え方とは異なることを理解してください(そうでないと狭い視野にとどまってしまいます)。』
「劣等性」「劣等感」「劣等コンプレックス」は意味が異なります。
それぞれの定義は以下の通りです(現代に生きるアドラー心理学)。
(1)劣等性
客観的なものです。それは外的基準をもとにして測ることも可能で、もし外的基準が身長であれば、ある人の身長の優劣は簡単に決定されます。外的基準として、マイケル・ジョーダンをバスケットボールの基準におくなら、彼より下手な人は劣っているといえるのです。このような劣等性は背景に影響され、状況によって決定され、必ずしも価値によって決定されるわけではありません。
(2)劣等感
主観的な評価で、必ずしも情動的感覚とは限りません。また現実との関係性を持つ場合もあれば、そうでない場合もあります。もし、誰かと比べて背が低くても、それを理由に自分の方が劣っているとは感じる必要はないのです。劣っていると思ってもいいし、そう思わなくてもいいのです。もし、自分が劣等感を感じていても、それを何かで埋め合わせたり、隠したりしてしまえば周りの人もそれに気づかないかもしれません。
(3)劣等コンプレックス
劣等性に対する主観的感情を行動で示すことです。自分が劣っていることをあえて周りに知らせようと、自分の劣等コンプレックスを提示することもあります。
いかがでしょうか。私は「腑に落ちる」という表現をよく使いますが、心理学を学んでいると、この感覚が頻繁に訪れます。上記(2)劣等感 のところで、…劣っていると思ってもいいし、そう思わなくてもいいのです…とあります。「劣等感はよくない!」「劣等感を感じてはいけない!」とは、多くの人が抱く感情です。要は「思い込み」なのですが、アドラーに限らず心理学は、この「思い込み」を外してくれます。フロイトでいうところの「超自我」であり、ユングの「無意識の広がり」です。
アドラーは、この両者と違い、一般の人が日常生活、社会生活で通常に覚える感情について、それを合理的に解釈してくれることが特徴であり、だからこそコーチングに直接的に適用が可能なのです。
劣等感を持っていない人はいないでしょう。もしそのように感じている人がいるとしたら、劣等感を抑圧しているか、防衛機制を働かせて上手に(?)回避するテクニックを体得している人かもしれませんね。
前回のコラムで、アドラーがライフスタイルを4つに類型化していることに触れています。理想(自己理想ではなく)は、「理想/共同体感覚タイプ」としており、他の3つを、建設的か非建設的、または破壊的という基準で分けています。
『アドラーは、「正常なライフスタイル」などはなく、予期しなかったことが起こって「弱点」が表に出るまでは、どんなライフスタイルでも適切であると考えました。圧力を加えられるとどんな構造物も歪みが出るように、人格も同様であると考えました。従って行動については役に立つ、立たないという二面的な概念の代わりに、建設的・非建設的または破壊的というように考えることにしました。建設的な行動とは、人々が協力しながら社会的に有益な方法で目的へと進む行動のことを言い、非建設的な行動とは、目的に向かってはいても他者には有益とは言えず、しかし、害にもならない行動のことを言います。また目的のためには、周りに有害になる行動を破壊的行動と言います。そのスタイルでは、他者も自分も傷ついてしまいます。(現代に生きるアドラー心理学)』
今回のアドラーは、「自己理想」と「劣等性・劣等感・劣等コンプレックスの概括」をテーマに解説いたしました。次回は、「劣等性・劣等感・劣等コンプレックス」をさらに深掘りしてまいります。
坂本 樹志 (日向 薫)
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