前回は、ライフスタイルはどのようにして形成されるのか? ライフスタイル形成に影響を与える要因とは何なのか? というテーマについてアドラーの考え方を解説しています。では、それが理解できた次のステップはどのように展開していくのでしょうか?
『この世に二つとして同じライフスタイルは存在しません。それは指紋のようにそれぞれ異なり、雪の結晶のように類がなく、空に浮かぶ雲のようにさまざまと違います。アドラーは、「同じ家族でも生まれる順番や家族布置の違いによって、子供たちは同じように育つことはなく、常に新しいパターンが生まれ、展開する」と言いました。ライフスタイルが異なるように人間も異なるのですが、あらゆる面において全く異なるわけではありません。私たちは共通する面も持ち合わせているのです。
私たち一人ひとりは違いますが、認識できる共通点もあるのです。心理学者が一世紀以上も研究し、また、哲学者や作家たちが永遠に追求しているように人間は他の人々の行動を予測し、次に何が起こるか推測するのです。アドラーが記したようにアドラー心理学者たちの鍵となる研究の一つは、推測の技術ですが、アドラーは晩年においても、この技術の診療における創始者としてフロイトの功績を讃えました。(現代に生きるアドラー心理学/ハロルドモサック&ミカエルマニアッチ・一光社2006年)』
前半の流れは、前回のコラムで繰り返しお伝えしたトーンですが、後半になると「あれっ?」と感じるかもしれません。実は、アドラーは「類型化」を全否定しているのではなく、アドラーらしい「類型化」を試みています。
アドラーはフロイトの“推測に関する探偵的技術”を極めて高く評価しています
多くの点でアドラーとフロイトの考え方は異なっていますが、決別した以降も、アドラーは、フロイトの優れているところをしっかりと記述しています。フロイトは、「類型化」が理論の基盤であるというスタンスであり、アドラーはそれを導き出すフロイトの能力を高く評価しているのです。
『フロイトと私は科学的な相違点がたくさんあるが、彼が必死の努力で多くを明らかにしてきたことに私はいつも賛同してきた。特に彼が、実証哲学主義的な(materialistisch一唯物論)神経学の地位を揺るがし、補助的な科学でしかなかった心理学に医学への門戸を開かせたことは、彼の推測に関する探偵的技術に次ぐ功績である(現代に生きるアドラー心理学)』
アドラーのフロイトに対する評価は少しアイロニーを含んでいるような気がしますが、アドラーが間違いなくフロイトの凄さを実感しているのが最後の下りである、“推測に関する探偵的技術”です。実際、フロイトの評価として世界的に最もオーソライズされている“補助的な科学でしかなかった心理学に医学への門戸を開かせたこと”を凌駕している、と讃えているわけですから。
フロイトが理論を導き出すプロセスは、多くの症例を見て共通点を探していく、というより、数少ない個別的な症例から、その意味、理由は何なのかを、深く探究していくという特徴があります。博覧強記な知識はもちろんのこと、ユダヤ教やキリスト教からも自由でしたから、当時の知識人一般に備わっていた“常識”に縛られてもいません。したがって解明した結論は、誰しもが驚くべき内容だったのです。
実際、エディプス・コンプレックスを見出したのは、「馬恐怖症の少年ハンスの症例」です。もちろん、これだけで理論が確立したわけではないのですが、フロイトが説明する「意味づけ」が見事である、ということで多くの人が納得し、賛同したのです。
アドラーの言う“フロイトの探偵的技術”とは、「一を聞いて(診て)十を知る」ということなのかもしれません。
アドラーは共同体感覚の度合いと活動量で、ライフスタイルを4つに類型化しています
A「理想的/共同体感覚タイプ」
アドラーの根本思想は「共同体感覚」です。これについては、さまざま解説されていますが、一言で説明すると「利他の精神」だと私は解釈しています。このAタイプは、共同体感覚も豊かで、かつ活動的です。ネーミングの通り、アドラーが理想として描いているライフスタイルです。そして他の三つのタイプとは違って、唯一破壊的な性質がない、としています。後の三つのタイプは、建設的か非建設的、または破壊的という基準で分けています。
B「ゲッタータイプ」
活動の量は多くなく、共同体感覚も低いレベルのタイプです。もっとも、自分が求めるものに対しては関心が高いのですが、それを他者に依存し、他者にやらせようとするタイプです。
C「独裁的タイプ」
活動の量は多いのですが、共同体感覚に欠けており、他者を支配し、自分の思う通りにさせようとします。
D「逃避的タイプ」
何かに立ち向かうことを回避し、距離を置こうとします。「ゲッタータイプ」と似ており、共同体感覚も活動の量も少ないタイプです。
アドラーは、基本的に類型化には反対でした。特定の疾患の徴候で人間を分類することはできない、という立場です。ただ、自分が打ち立てた理論を閉じたものにとどめるのではなく、多くの人に知ってもらう、そして関心を持った人を教育していくためには、理論の基本である「分類し体系化していく」、そして「受け手が勝手な解釈や誤った受け取り方を防ぐ」ために、法則性についてのガイドラインを提示することに理解を示していたのです。
このことから、アドラーに薫陶を受けた後継者、さらに広がっていくアドリアンたちは、むしろ積極的とも感じる「類型化」を試みています。
ライフスタイル分析とは?
代表的なのは、ニックネームを用いた分類です。モサックは14の類型を示しました。現在では、そのうちの代表的な5~6のタイプでライフスタイル(ゲッター、コントローラー、ドライバー、ベイビー、エキサイトメント・シーカー、プリーザーなど)を当てはめ、それぞれのタイプがライフタスクと呼ばれる「人生の課題」に直面した際、どのような行動を示すのか、その行動は、ライフタスクをクリアしていく場合に有効に機能していくのか、それとも失敗する確率が高まるのか、といった分析が行われます。これが「ライフスタイル分析」であり、アドラー心理学における有効なメソッドとなっています。
アドラー心理学は、「ライフスタイルは変えることができる」というスタンスに立ちます。もっとも、ライフスタイルは、「ルールを司るルール」であり、簡単に変えられるものではありません。アドラー心理学はそのことを十分に理解した上で、それでも誤った意識、行動の変容に注力します。
最後に、カエルをプリンスにする「勇気づけ」を語ります
アドラーについて、4回シリーズでコラムを進めてきました。最後にアドラーの「勇気づけ」を取り上げようと思います。「勇気づけられることで人は変わることができる」とアドラーは言います。
『アドラー心理学では、カエルをプリンスに変容させるプログラムを勇気づけとして記述します。勇気づけられた人は、自己と人生に対する信頼を身をもって示します。極端な楽天家ではないし、完璧を追求することもなく、普通に勇気づけられた人は、進んで自己を信頼して人生の課題を直視し、結果が分からないか、あるいは否定的な結果に直面しても、全てを信頼して危険を引き受けます。
後者を個人心理学では勇気と呼んでいます。勇気(courage)は語源的に勇気づけ(encouragement)と関連があります。(中略)アドラー心理学はその上、失敗(敗北)と失敗者(敗北者)であること、行為と行為者、宗教用語では罪と罪人を区別します。毎日、誰もが何かに失敗します。それにより私たちが敗者になることはありません。梅毒の初めての治療薬を発見して、1908年にノーベル賞を受賞したパウル・エーリッヒで例証します。
その薬、サルバルサンは非公式に606として知られていました。その前に605の実験薬が失敗したからです。また、三割の打率を誇る野球選手は莫大な俸給を要求できます。ヒットを1本打つたびに二回以上凡退していてもです。敗者とは自分が敗者であると信じているか(劣等感情)、敗者であるかのように振る舞う(劣等コンプレックス)人のことです。私たちが他者を勇気づければ勇気づけるほど、自分自身を勇気づけることになるのは確かです。他者がプリンスもしくはプリンセスに変容することを助けることで、私たち自身もプリンスもしくはプリンセスになります。親や教育者、セラピストならば、意味することはわかるでしょう。勇気づけによる心理療法の実践が、患者さんとセラピストの双方にとって実りあるものとなるからです。(現代に生きるアドラー心理学)』
坂本 樹志 (日向 薫)
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