… は、阿呆らし、阿呆らしすぎて阿呆らしやの鐘が鳴って鳴りまくって鳴りまくりすぎてごんゆうて落ちてきよるわおまえのド頭に、とか云って、なぜかこのように最後は大阪弁となってしまうこのような別段の取り留めも面白みもなく古臭い会話の記憶だけがどういうわけかここにあるのやから、やはりこれはわたしがかつてじっさいに見聞きしたことであったのかどうか、さてしかしこれがさっぱり思い出せない。
(『乳と卵(文春文庫)~44ページより引用』)
“きっかけ”によって物事はどんどん変化していく!
心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2023年17回目の1on1ミーティングです。
(Sさん)
村上春樹さんをテーマにした1on1をこのところやっていますが、振り返ってみると、Aさんから3月7日の金曜日に届いたメールからの流れです。それが起点となって、3月15日は新海誠監督を語り合うという、思ってもみない1on1となりました。
その前の2回は私が提案した、植田新日銀総裁と黒田総裁の前の白川総裁がテーマの硬い内容です。“きっかけ”如何で物事は大きく変化するんですね。その後の1on1は、柔らかくも深い語り合いが続いています。私は実にリスキリングを感じています。
(A課長)
そうでした。その2回の1on1は、金融に関するSさんの知見を開示していただく流れになりました。ファシリテーターも含めSさんに任せっぱなしの1on1だったので、「次からは私が…」と思い、新海誠監督がいかにコーチングマインドに富んだ人であるのかをSさんに紹介したくなったんです。「直近3部作より前の新海監督作品を、何でもいいですから1本視聴してみてほしいのですが…」とメールしたんですね。
(Sさん)
1本ではなく新海作品全作を制覇してしまいました。自分ながら驚きましたよ(笑)
(A課長)
私も驚いています(笑)
そこから、芥川賞作家で現在は世界的に評価される川上未映子さんにつながり、さらに村上春樹さん、そして河合隼雄さんを深く感じる1on1が展開されています。
Sさんによる率直な質問というかフィードバックによって、「僕は小説を書くために、日常的にその深い場所に降りていきます。河合先生は臨床家としてクライアントと向き合うことによって、やはり日常的にそこに降りていきます」という春樹さんの言葉が、少しわかったような気がするのですね。いえ、ほんの少しですが…
日常的にその深い場所に降りていく…
(Sさん)
ううん? 私の率直な質問…ですか?
(A課長)
ええ、Sさんは「東洋のラテンであるヒロシマ男」、と自己開示されている(笑)
(Sさん)
はい… それと質問力は関係ありますか?
(A課長)
Sさんっていい意味で鈍感ですよね。いえ、ごめんなさい。本当に「いい意味で」です。
(Sさん)
メイウェンティー! Aさんのことは知り抜いていますから、没問題です。おっと、調子に乗って中国語を使ってしまった(笑)
面と向かって褒められるより、変化球の方が私は好きです。変化球には変化球で返すことができるので… ただ「思わず口にしてしまう」というクセはなかなか治らない。他者を「知り抜いている…」と言ってはダメですね。Aさんから「共感」の深い意味を教えてもらっていますから。
(A課長)
こうやってテンポよく対話が進むのもSさんのコーチング力だと思うんです。どこか広島弁のイントネーションが残る語り口も私は好きだなぁ~
(Sさん)
それって、コンプレックスとまではいかないけど、何とか東京言葉をマスターしたいと結構努力しました。結構イケてきた…と思っていたのですが、妻からは現在でも時折チェックされます。今では話芸の一端で、わざと強調することがありますね。ただ関西弁と違ってマイナーですから、なかなか笑いはとれません(笑)
関西弁は第二日本語!?
(A課長)
関西弁は『チコちゃんに叱られる』でもテーマアップされていましたね。関西圏3000万人が共有する言語であり、「第二日本語」といった視点で番組がつくられていました。
(Sさん)
私も視ました、実に面白かった! NHKのサイトをチェックしてみましょう。
「なぜ関西人はどこでも関西弁をしゃべる?…東京にいてもハワイにいても大声で関西弁をしゃべり続けるまさかの理由とは!?」
とありますね。
(A課長)
私はこの番組が印象に残っていたこともあって、『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「新海誠×川上未映子」』をテーマにSさんと1on1をやってみたい、と思ったのです。川上さんは大阪出身です。
(Sさん)
Aさんの「質問力」の意味が分かってきました。私の「鈍感力」は別として、関西弁だと忖度をあまり感じさせない。じゃあ関西人は無遠慮かというと、そうではなく関西弁という言語の力を借りて、といっても無意識だと思いますが、相手を傷つけることなく、本心が上手に伝わっていく感じです。
(A課長)
Sさんのチャンクアップだ! ネイティブコーチのSさんによって私の言いたいことを整理していただきました。今日の1on1は「関西弁とコーチング」をテーマにやってみたいのですが、いかがですか? 題材は川上未映子さんが書いた小説です。
(Sさん)
もちろんOKです。
(A課長)
ありがとうございます。ではグーグルの検索欄に小説名を入れます。
(Sさん)
何て読むんですか?
「ちちとたまご」かな? それとも「にゅうとらん」でしょうか?
『乳と卵』を題材に関西弁(大阪弁)の深掘りにチャレンジ!
(A課長)
「ちちとらん」と読みます。「訓読み+音読み」ですね。
この『乳と卵』というタイトルは、「豊胸手術」にとりつかれている巻子と、初潮前の不安定な感情にある娘、緑子のメタファーです。近年親子関係…特に母親と娘という「重すぎる関係」に悩みを抱える子供側の視点がよく取り上げられます。川上さんはそれもテーマに組み込んでいます。
物語が始まって早々に、登場する3人のプロフィールとシチュエーションが250文字程度で説明されます。明瞭かつ簡潔であり、読者が3人の造形と物語の流れを思い描けるよう、川上さんがサービスしてくれている印象です。
巻子は私の姉であり緑子は巻子の娘であるから、緑子はわたしの姪であって、叔母であるわたしは未婚であり、そして緑子の父親である男と巻子は今から十年も前に別れているために、緑子は物心ついてから自分の父親と同居したこともなければ巻子が会わせたという話も聞かぬから、父親の何らいっさいを知らんまま、まあそれがどうということもないけれども、そういうわけでわれわれは今現在おなじ苗字を名のっていて、ふだんは大阪に住むこの母子は、この夏の3日間を巻子の所望で東京のわたしのアパートで過ごすことになったわけであります。
(Sさん)
戯曲が「さあ始まりますよ」と、いった感じですね。
(A課長)
Sさんは補足が上手だ(笑)
この小説で川上さんは、句点を極力使わない一文がとても長い文体を用いています。関西弁のリアルなしゃべくりというか、疾走感を生かすために編み出した職業作家としての技ですね。
(Sさん)
Aさんの解説に引き込まれます。TikTokの影響もあるかもしれませんが、一言でいうと「どんな小説」ですか?
(A課長)
そうですね…「カラフルな小説」かな? 前回の1on1で、春樹さんが三十代の半ばころに、「あなたの小説には悪い人が出てきませんね」と言われていたことに対して、春樹さんが自己洞察するところを取り上げました。『職業としての小説家』に書かれています。
『乳と卵』は関西弁(大阪弁)の疾走感を特異な文体で極め尽くした実験的小説!
(Sさん)
やりましたね。確か…ドストエフスキーの『悪霊』に登場する、「変てこな脇役」「カラフルな人々」「けったいな奴ら」のようなキャラクターを自分も描けるようになった、と春樹さんが語るところですね。
(A課長)
ええ、それです。巻子は、そのキャラクターを凝縮したような人物です。『乳と卵』は2008年の芥川賞受賞作です。「文藝春秋3月号」に掲載された小川洋子さんの選評を読んだ時、小川さんのプロとしての視点にも感銘を受けました。ネットで検索してみましょう。
目の前にある、具体的な形を持つ何かを書き表わす時、その輪郭をなぞる指先が、独特の威力を持つ。勝手気ままに振る舞っているように見せかけながら、慎重に言葉を編み込んでゆく才能は見事だった。ただ、読み終えた時、もしこれが母娘の関係を描くのではなく、巻子さんの狂気にのみ焦点を絞った小説だったら……と想像してしまった。(中略)
しかしこれは、全くの余計なお世話である。作者が書きたかったことは、私が想像する以上に多様で複雑であるはずだ。私はただ、この小説が私に与えた衝撃や感動を素直に受け止めることしかできない。
(Sさん)
絶賛ですね。
(A課長)
そうなんです、同じく選者であった村上龍さんも高く評価しています。龍派のSさんもぜひ『乳と卵』を読んでみてください。
(Sさん)
今回もAさんから“きっかけ”をいただきました(笑)
(A課長)
嬉しい限りです(笑)
一人称の語り手である夏子…この人は世間一般を代表する考えの持ち主として設定されています。そして緑子は、母親への切々たる愛情というか本音を日記に正直に綴る一方で、母親には一切口をきかずすべて筆談で、しかもそれは辛辣な表現であふれかえっています。アンビバレントです。日記の緑子は当然ですが一人称です。でも夏子からは三人称の人物として描かれます。
(Sさん)
アンビバレントは、相反する感情が同時に起こってしまい、おさまりどころが見出せないことですね。愛憎が併存してしまい葛藤に懊悩する。
(A課長)
ええ、読者は川上さんが描く緑子によって、その心理状態を体感させてくれます。
巻子は一貫して三人称です。巻子のしゃべくりは多頻度に登場しますが、その言葉だけでしか巻子を捉える術がないので、読者は混乱します。小川洋子さんが“狂気”と喩えるように、かなりヤバい人物です。
(Sさん)
『乳と卵』を読んだような気持になってきました。Aさんの視点は深すぎるようにも感じますが…
(A課長)
感じましたか(笑)
実はコーチングの視点で、読み込んでいったのですね。春樹さん、そして川上さんは小説の世界で、まったく性格、価値観を異にする複数の人物を、隙なく生身の人間として実体そのまま息づかせています。まるで多重人格者のように巧みに、自由自在に、キャラクターをつくり上げています。
コーチングのポジションチェンジで『乳と卵』を読み解く!
(Sさん)
本当にそうですよね。ただ、それとコーチングは関係あるのですか?
(A課長)
ええ、コーチングのスキルに「ホットシート」「ポジションチェンジ」があります。これは、誰も座っていない椅子にあたかも人が座っていると想定して、その人に向かって話しかける、というワークです。その人は、心の中に存在するかもしれないもう一人の自分です。
あるいは、パワハラ研修などで、上司役と部下役が入れ替わって、対話を交わしてみる、といったワークもあります。文字通りポジションチェンジです。もともとは、精神科医のパールズが提唱した「ゲシュタルト療法」の技法を、コーチングにも取り入れたんですね。
(Sさん)
面白そうですね。
一人の人間であっても、自分では気づいていない別の人格が潜んでいるかもしれない。Aさんが以前紹介してくれた「交流分析」や、ユングの「元型」がイメージされます。
(A課長)
『みみずくは黄昏に飛びたつ』のなかに、「小説を書くという体験」について川上さんが春樹さんに訊ねるシーンがあります。
(川上)
…小説を書くという体験を「プログラミング」と「ゲーム」という言葉で比喩されていますよね。(村上)
うん、そういうアナロジーを使って説明することもあります。わかりやすいから。(川上)
自分がプログラミングをして、そのプログラミングをしたことを忘れてプレーする、そして、ゴールまでたどり着けるかどうか自分でもわからない。これは一種の至福を与えてくれると村上さんはおっしゃるけど、この場合のプログラミングに相当するのって、プロットのようなものでしょうか。(村上)
違う。そうじゃないです。(川上)
そのプログラミングについてもう少しお話しを聞かせてください。(村上)
ゲームのアナロジーでいえば、プログラミングする側とプレーする側が、自分の中で完全にスプリット(分断)されているということです。チェスでいえば一人チェスで、こっちで駒を打って、それを忘れて対戦者側に行って、「う~ん」と考え込んで駒を打ち、またこっち側に戻ってきて次の手を考える。そういう風に、意識を完全にスプリットできれば、一人でチェスが愉しめます。それはものすごくエキサイティングなことです。
自分の中でスプリットができるとものすごくエキサイティング!
(Sさん)
スプリット、分断… なるほど。
(A課長)
アナロジーの直訳は類推です。比喩と理解してもいい。
春樹さんはアナロジーのマジシャンであり、「わかりにくい話をわかりやすく」紐解いてくれます。小説家の脳内では、完全にスプリットしている人たちが自由自在に動き回っているんでしょうね。
(Sさん)
Aさん、自分の考えをスプリットすることができれば、コーチングのコーチは「傾聴」につながっていくような気がします。自分の価値観をそのときは忘却できている…
(A課長)
今度は私の方が「なるほど」です(笑)
『乳と卵』の中で、夏子が巻子のしゃべくりを「さっきから感じている違和感は何かとぼーっと考えるに、それは巻子はここにおるわたしに向けてしゃべっているというよりは、なんだかそもそもわたしが見えてすらいないような感じがあり、それが大変にこの雰囲気の空振り感を増幅しているのであって、…」と、捉えている場面があります。
その話を聞きながら、夏子は夏子で「…じっさいに自分が誰かとした会話なのか、単に本で読んだだけなのか、テレビかなんかで耳に入っただけなのかの真相が壊滅的にはぐれておってそんな始末。でも確か、胸おおきくしたいわあ、とある女の子が云って、わたしじゃなくてそこにはもうひとり別の女の子がおって、その女の子がそれに対してネガティブな物言いをしたんやった」、と自分だけの世界に入っていくんですね。
ここから夏子の頭の中で、価値観の異なる架空(?)の二人の女の子が勝手にディベートを始めます。その二人を造形するのは小説家の川上さんです。川上さんがいかにプロフェッショナルであるか…圧倒されます。
私たちの会社は化粧品という商材によって利益を得ています。Sさんも私も、それが価値の提供であり、社会を豊かにすると確信しています。
想像の力で価値観のまったく異なる二人の対話を創作する!
(Sさん)
ううん? 化粧品と『乳と卵』は何か関係があるのですか?
(A課長)
ええ、「化粧ってそもそも何なの?」が、川上さんの視点で語られている気がして、それも一興です。今日の1on1の最後にそのあたりのところを引用させてください。
ただ、段落がまったくなく句点もほとんど使わない文体です。しかも「」と「」で、しゃべっている人物がチェンジする通常の小説形式をあえて使わず、短いト書をはさむだけで、延々と対話が続いていきます。Sさん、その実験的文体は実際に読んでいただくことで体感してみてください。
川上さんは、「異なる価値観が真正面からぶつかった場合、どういう流れで対話が進んでいくのか」を大阪弁で綴ります。テンポよくというか、一瞬の間も存在しない「非難中傷合戦」です。文字通りのどぎつい大阪弁なのですが、どこかユーモアを感じてしまうのは私だけではないと思うのですね。これが大阪弁でなかったら読者である私たちはどう感じるのだろうか… と想像してしまいました。
川上さんは二人を、(胸大きくしたい女の子)と(冷っと女子)と命名します。ト書を使って補っていく技のキレもすばらしいですね。
私はト書をなくし、(胸)と(冷)にして、リライトしてみました。最初だけは文体そのままに、ただちょっと長いので650字をカットしました。ワードに打っているので共有させてください。
え、でもそれってさ、結局男のために大きくしたいってそういうことなんじゃないの、とかなんとか。男を楽しませるために自分の体を改造するのは違うよね的なことを冷っとした口調で云ったのだったかして、すると胸大きくしたい女の子は、そういうことじゃなくて胸は自分の胸なんだし、男は関係なしに胸ってこの自分の体についているわけでこれは自分自身の問題なのよね、もちろん体に異物を入れることはちゃんと考えなきゃいけないとは思うけれど、とかなんとか答えて、すると、そうかな、その胸が大きくなればいいなあっていうあんたの素朴な価値観がそもそも世界にはびこるそれはもうわたしたちが物を考えるための前提であるといってもいいくらいの男性的精神を経由した産物でしかないのよね、じっさい、あなたは気がついていないだけで、とかなんだかもっともらしいことを云って、胸大きくしたい女の子はそれに対して、…(中略約650字)
(冷)
だからその残念に思う気持ちこそがそもそもすっかり取り込まれてんのよ、その感慨を、その愁嘆を、そういう自分自身の欲望の出自を疑いもせずに胸が大きくなったらいいなあ! なんてぼんやりうっかり発言したりするのが不用意極まりないっていうか、腹立たしいっていうか無知というかなんていうかさ、(胸)
は、じゃあさ、あなたがしてるその化粧は男性精神に毒されたこの世界におかれましてどういう位置づけになんのですか、その動機はいったい何のためにしてる化粧になるの、化粧に対する疑いは?(冷)
これ? これは自分のためにやってんのよ、自分のテンション上げるためにやってんの、(胸)
だからあたしの胸だって自分のために大きくしたいってそういう話じゃないの? あんたのそのそのばちばちに盛った化粧が自分のためだっていうのがあんたのさっきの理屈に沿うんならね、だいたいおんなじ世界に生きてこっちは男根主義的な影響受けてますここは受けてませんって誰が決定するんだっつうの。(冷)
何云ってんのよまったく、化粧と豊胸はそもそもがまったく違うでしょうが、だいたい女の胸に強制的にあてがわれた歴史的過去における社会的役割ってもんを考えてみたことあるわけ? あなたのその胸を大きくしたいってんならまずあなたの胸が包括している諸問題について考えるってことから始めなさいよって云ってんの、それに化粧はもともと魔よけで始まったもんなのよ、人間が魔物を恐れてこれを鎮めるために考えられた知恵なのよこれは人間の共同体としての、儀式なのよ、文化なの。大昔には男だって化粧やってるんだしだいたいあんたはそもそもわたしの云ってる問題点がまったく理解できていないわ、話にならない、(胸)
は、じゃああんたのその生活諸々だけ男根の影響を受けずに全部魔よけの延長でやっているってこういうわけ、性別の関係しない文化であんたの行動だけは純粋な人間としての知恵ですってそういうわけかよ、なんじゃそら、大体女がなんだっつの。女なんかただの女だっつの。女であるあたしははっきりそう云わせてもらうっつの。まずあんたのそのわたしに対する今の発言をまず家に帰ってちくいち疑えっつの、それがあんたの信条でしょうが、(冷)
は、阿呆らし、阿呆らしすぎて阿呆らしやの鐘が鳴って鳴りまくって鳴りまくりすぎてごんゆうて落ちてきよるわおまえのド頭に、(夏子)
とか云って、なぜかこのように最後は大阪弁となってしまうこのような別段の取り留めも面白みもなく古臭い会話の記憶だけがどういうわけかここにあるのやから、やはりこれはわたしがかつてじっさいに見聞きしたことであったのかどうか、さてしかしこれがさっぱり思い出せない。
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