第4回：問いとは、クライアントに委ねる“鏡”である

問いは単なる“情報を引き出す手段”ではない

コーチングと聞いて、多くの人が最初にイメージするのが「問い(質問)」です。
的確な質問、気づきを促す問い、答えに導く問い――
それらはたしかにコーチングの中心的な要素であり、訓練によって磨かれる技術でもあります。
しかしながら、ICF認定マスターコーチ（MCC）のレベルにおいては、問いは単なる“情報を引き出す手段”ではなく、「在り方」の延長として自然に生まれるものであり、クライアントに委ねられる“鏡”のようなものとして扱われます。
コーチが「何を問いかけたか」よりも、「どのような意図と空気から、その問いが生まれたか」の方が、はるかに重要なのです。

問いの“質”は、コーチの“在り方”を映す

問いの内容がどれほど洗練されていても、その背後にある意図が「導こう」「正解に近づけよう」というものであれば、クライアントは無意識のうちに“コントロールされている”と感じます。
たとえば、「なぜできなかったのですか？」という問いには、隠れた責めが宿っていることがあります。「どうしたら改善できますか？」という問いには、焦りや修正の意図が透けて見えることがあります。
反対に、
「その経験は、あなたにとってどんな意味を持っていましたか？」
「今、その感覚に名前をつけるとしたら、何と呼びたいですか？」
といった問いには、クライアント自身の内面への信頼と余白を委ねる姿勢がにじみます。

問いの“言葉”は、しばしば同じように見えても、問いの“出どころ”によって、その力はまったく異なるのです。

“導く問い”ではなく、“委ねる問い”

問いを「導くためのツール」と考えると、コーチはつい焦ります。
「もっと深い気づきを得てもらいたい」「的を射た質問をしなければ」――
そのようなプレッシャーが、問いを“コーチの都合”に変えてしまいます。
MCCのコーチは、問いを“操作”しません。
問いとは、“共に見つめるための鏡”です。
それは、クライアントが自分の内面に向き合うとき、そこにそっと差し出される静かな灯のような存在です。
良い問いとは、クライアントが自分で立ち止まり、自分で内省し、自分の中にある声とつながっていく、そのプロセスを支える、「手渡された静かな余白」なのです。

対話の中から“立ち上がる問い”を聴く

問いは、事前に準備するものではありません。
対話の中で、場の空気とクライアントの在り方から“立ち上がってくる”ものです。
あるクライアントが、「最近、仕事がつらい」と語ったとき、コーチがすぐに「何が原因ですか？」と問えば、それは問題解決の誘導になります。
しかし、クライアントの声に少し震えがあったとすれば、コーチはその震えの奥にあるものに耳を澄まし、「……その“つらさ”は何かのサインでしょうかね？」と静かに問いかけるかもしれません。
それは、感情に寄り添い、今ここに生まれているものを“共に見つめる”問いです。
このような問いが、クライアントの本音や無意識の声に光を当てるのです。

「問いを持ち帰る」ことで、対話は続いていく

MCCのセッションでは、クライアントが「問いを持ち帰る」ことがあります。
それは、答えをその場で得ることよりも、“その問いを抱えて生きてみる”、“問いが自分を探し続ける”、そんな時間を生きることの方が、はるかに深い学びと変容をもたらすことがあるからです。
あるクライアントが、セッションの最後にこう語りました。
「今日も答えは出なかったけれど、“この問いを大切に持っていたい”と思えた。そこに価値があった」。
これこそが、問いを“解決のための道具”ではなく、“自分自身に出会うための導き”として扱っている証です。

問いは、コーチの“信頼のかたち”

問いとは、相手を揺さぶるものではなく、信じて任せるための“行為”です。
「あなたは、あなた自身の中に答えを持っている」――
その信頼が、問いの形をして差し出されるのです。
コーチングとは、問いかけることではなく、問いを共に“生きること”。
そしてマスターコーチとは、「問いの力」ではなく「問いの余白」を信じられる存在なのだと思います。

変容を生む問いの4層（事実／感情／意味／存在）

最後に「変容を生む問いの4層（事実／感情／意味／存在）」をご紹介します。変容を生む問いの4層は、クライアントの自己理解と内的変容を促進するための、問いの深まりと構造を示す枠組みです。
多くのコーチングが「事実」や「行動」にとどまり、クライアントの本質的な変化には至らないことがあります。真の変容は、「存在」＝“私とは何か”という根源的な問いに触れたときに生じます。

コーチの問いがどの深さに届いているかを可視化し、セッションの質を高めるために、次の4層モデルを意識すると良いでしょう。

変容の問い 4層モデル

層	内容の焦点	主な問いの例	コーチングの効果
①事実層	起こったこと・外的状況	何があったのですか？	状況の整理認知のクリア化
②感情層	その出来事への感情的反応	その時、どう感じましたか？	感情認識自己受容の促進
③意味層	その出来事に付けた意味・信念	それはあなたにとって何を意味しますか？	自分の枠組みや価値観に気づく
④存在層	自分の在り方・本質的な問い	あなたはどんな存在でありたいですか?	自己変容、アイデンティティの再構築

コーチングの本質に迫る方法の一つとして、リベラルアーツ教育に取り組んでいます。
興味のある方は是非ご参加ください。

詳しくはこちら：答えのない時代に対処できる力を養う「リベラルアーツ×コーチング」シニアエクゼクティブコーチ養成講座

国際コーチング連盟認定マスターコーチ（MCC）
五十嵐久