その時にどういう言葉が出てくるかと言うと、「(JALは)だからつぶれるんだ!」という極めて厳しい… 僕それ、そうだと思います。お客様にとってみたらそういう気持ちになられるんだと思うんですけど、そういう毎日が続いたら社員はどうかって言ったら、それはもう会社に行きたくなくなると思いますよ。
(日本航空・大西会長が語る「破たんしたJALをV字回復させた意識改革・組織改革とは?」)
心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、稲盛和夫さんの『京セラフィロソフィ』を語り合う3回目の1on1ミーティングです。
テーマが自覚できると「内発的動機」が起動する!
(A課長)
前回の1on1の最後に、「次はJALの再建について話してみましょう」と合意し、今日を迎えています。充実の1週間でした。
(Sさん)
Zoomごしに伝わってくるAさんの表情が嬉しそうだ。
(A課長)
そうですか(苦笑)
1週間後の今日、何を話そうか…といろいろ調べました。テーマが自覚できれば、内発的動機が芽生えるんだなぁ、ということを再確認しています。身体も頭も勝手に動いてくれる感じです。またしてもアドラーの「目的論」と符合させてしまいます。
(Sさん)
なるほど… 今日話すことの輪郭が定まり、充実感を覚えている、という訳ですね。
(A課長)
そうなんです。「流通業態の変遷」について、Sさんと数回にわたって1on1をやっていますが、その初回にSさんの博覧強記ぶりに圧倒され、受け身になってしまいました。「これじゃあイカン!」と思い直し、横浜の流通業態の変遷を宿題と設定し「次回発表します」、と宣言しています。そして8月15日にその成果というか、報告させていただきました。
本牧育ちの私は、マイカル本牧については肌感覚があるので、破綻までの経緯を徹底的に調べてみよう、と決めて資料を渉猟しました。
マイカルの負債総額は1,9兆円であり、戦後最大の破綻であることを知ったのです。そのことをSさんに話すと、強い関心を持ってくれました。成功体験です。「知らないことでもその気になって調べると興味がわき、先入観も溶けてくる…」という自己肯定感につながっています。「イケるぞ!」といった感覚です。
JALの負債総額は2兆3221億円でした。事業会社ではそれまでマイカルが最高額でしたが、それを抜いたのがJALです。
会社更生法が適用されたJALの負債総額は2兆3221億円!
(Sさん)
共感します。私もさまざまなきっかけによってどんどん変わることができました。英語は全然ダメで、海外事業には一生縁がないと思っていましたが、新規事業を立ち上げ、その2年後に社長からいきなり「大陸の中国に進出したい。Sさんに行ってほしい」と言われ、海外事業部に異動しました。寝耳に水の出来事です。
(A課長)
Sさんは中国で、貿易会社と美容会社2社を設立され、それが基盤となって現在の中国事業の拡大につながっている。そういえばSさんは中国語をしゃべれますよね。
(Sさん)
いえいえ、仕事レベルではほぼ使えません(苦笑) ただ4年間中国に居ましたから、生活は一人でもストレスは感じることはなくなりました。
本社からの駐在は、私と外国人正社員のOさんの2人で、Oさんには副総経理をやってもらったのですが、彼女に仕事以外まで頼るのは申し訳ない気持ちがして、スタートから「プライベートは自分で!」と強いることで、頑張りました。そう決めたら、景色か変わって見えてくるのですね。
(A課長)
景色…ですか?
(Sさん)
ええ… 中国人って中国語が結構下手だなぁ、ということです。
(A課長)
なぞかけ…ですか?
(Sさん)
という訳ではなく…
中国は国家政策として14億人に普通語…プートンファを学ばせます。日本では北京語と言われることが多いですが、実際には大連あたりの発音です。北京語は巻き舌のような音が強くて、正統的な普通語とは違います。
それから上海には上海語という、まったく異なる体系の方言…いや外国語が存在します。普通語は日本人をリーベンレンと発音しますが、上海語はサッパニンです。でも漢字は一緒です。上海人は上海語にプライドを持っていますから普段は上海語です。私と話したり、ビジネスになると、普通語に見事に切り替えます。
日本人にはなかなか理解できないと思いますが、漢字はどの方言も一緒で構文も違いません。つまり漢字の文字を共通にしながら、地方ごとにバラバラの発音言語が広がっているのです。
中国の各方言は外国語レベルの違いがある…
(A課長)
リーベンレンとサッパニンですか? 全然違う。
日本語は表音文字のひらかなとカタカナがあるので、発音が異なる方言は、漢字ではなく表音文字で表すことが出来るけど、中国語は漢字しかないということなので、そういう現象が起こるわけだ。考えてみれば、日本語の漢字は音訓で統一されていますね。
(Sさん)
そうなんです。私は成都や重慶に何度も行っていますが、現地の人が話す普通語は、どうも普通語には聞こえません。Oさんは「一生懸命普通語を話してくれているようなのですが、私も結構辛いです」と言うので、私の耳もまあまあかな、と思いました(笑)
「普通語の発音は私の方がうまい!」という、自己都合の肯定感をいしずえとして、「まずはそれなりのレベルを習得してから」という日本人の価値観を捨て去って、めちゃくちゃな中国語をしゃべっているうちに、何とか通じるようになってきました。
それから中国がいいなぁ、と思ったのは、私のめちゃくちゃな中国語に対して、評価の眼差しが一切返って来ないことでした。特に上海は、多くの地方出身者や外国人が集まるダイバーシティの一大集積地です。外国語も含めて上手下手を問わない「言葉は通じればよい」、というシンプルなところを皆が共有している印象です。親密ではない他者については興味が薄いともいえますが、「とにかく人の目を気にする」日本人の感性とはまったく違う文化が存在することを実感しました。
巨大な中国では外国語を特別な言語として意識していない…?
(A課長)
なるほど…
(Sさん)
何でこんな話になったのか… またまた脱線です(恐縮の体)
(A課長)
「脱線歓迎です」と、Sさんには言っていますので、恐縮無用です(笑)
アイスブレイクはここまでとして、JALが破綻から再生に向かっていく、その流れを調べてみました。
稲盛さんがJAL会長に就任するにあたってのキーパーソンは、民主党政権下の前原誠司国土交通大臣です。2009年9月に民主党政権が誕生し、国土交通大臣に就任した前原さんが動きます。同月の25日に当時の産業再生機構のメンバーであった高木新二郎、冨山和彦さんなどを中心に、5名からなる前原大臣直轄の「JAL再生タスクフォース」が発足し、資産査定などに当たる実務メンバーも含めた100人が、JAL社内で資産査定を開始します。
タスクフォースは再生計画の確定を急ぎます。ただし関係者間の利害調整に頓挫し、タスクフォースそのものは、調査報告を提出した10月末で解散となり、JALの再建は企業再生支援機構に委ねられることになるのですね。
稲盛さんは、地元京都大学出身で選挙区も京都の前原さんとは深いつながりがありました。稲盛さんは前原さんの後援会長もやっていたのです。
(Sさん)
断り続ける稲盛さんに三顧の礼というか、真剣に就任をお願いしたのが前原さんというのは知っていましたが、後援会長の関係であったとは… それは知らなかった。
歴史にIFを持ち込むのはいかがなものか、ですが、稲盛さんでなければその後のJALは全く違う運命をたどったと思います。
前原国土交通大臣が語るJAL再建の意義に稲盛さんは共感した。
(A課長)
私の勝手な想像ですが、前原さんでなければ稲盛さんは受諾しなかったのではないか、と思います。稲盛さんが後に話されたことですが、家族も含め周囲はみな反対したそうです。「晩節を汚すことになる」と、心配した人もいたようですね。
京セラ、そして第二電電とは全く違います。創業ではなく、つぶれた巨大会社を国に助けてもらいながら再建する、というわけですから。
よほど前原さんの説得に意義を感じたのでしょう。フラッグシップ、そして2兆円を超える負債の会社を二次破綻させてしまうと、国家の信用にまでその影響が及ぶことを理解し、強い危機感のもと受諾されます。その際の条件は報酬を受け取らない、ということでした。
2010年2月1日に、稲盛さんが会長、大西賢さんが社長に就任します。同年8月31日に更生計画案が提出され、関係大臣会議が開催されています。出席者は、仙谷官房長官、前原国土交通大臣、野田財務大臣、荒井国家戦略担当大臣です。
国際線で4割、国内線は3割の縮小。48000人の人員を32000人に削減する、といった内容が盛り込まれた計画です。企業再生支援機構がこの更生計画を東京地方裁判所に提出し、11月30日に裁判所で認可され、計画はコミットメントとなります。
4割~3割の路線大幅縮小、16000人(全社1/3)の人員削減…
(Sさん)
更生計画の内容は企業再生支援機構が策定したと思うのですね。16000人の人員削減について、稲盛さんは主体的には関与していないと想像します。ただその結果責任は稲盛さんが負うことになります。
大西社長の場合は特殊な状況だからこそ選ばれた社長だと思います。破綻したJALを会長の稲盛さんの意を受けて、社長業に邁進した大西社長は、子会社の社長でしたよね。そのままだったら絶対JALの社長になっていない人だと思います。
(A課長)
大西さんのことをご存じですか? 私もSさんと同じ印象です。
私はYouTubeで、会長になった大西さんがJAL再建について講演されている動画を見つけました。
日本航空・大西会長が語る「破たんしたJALをV字回復させた意識改革・組織改革とは?」
https://www.youtube.com/watch?v=2NSt8zcYtbI&t=4059s
大西さんは整備畑をずっと歩まれ、直前は離島のアクセスを担う、鹿児島が本社のJAC、日本エアコミューターの社長でした。
傍流と言うか、マージナルなところでお仕事をされていたと感じています。それが戦後の財閥解体じゃないですが、会社更生法の適用によって全役員が退任する… つまりパージされたわけですが、運命のめぐりあわせによって、大西社長が誕生することになります。
JAL破綻が、稲盛会長・大西社長という特筆すべき新体制を生んだ!
(Sさん)
その動画は視てないなぁ。Aさんは調べ始めると徹底的ですね。動画はどれくらいの長さですか?
(A課長)
1時間23分です。
(Sさん)
うわっ、後で視てみます。
(A課長)
大丈夫です。私は全部丁寧に視聴しました。その上でSさんに紹介するところをチョイスしています。はじまって1時間6分からの約1分半のお話です。
1時間23分のうちの1分半… たったの1.8パーセントです。稲盛さんのことが何度も登場する、たくさんの素晴らしいお話とは違うこの箇所を選んだことで、「私の感受性が丸裸にされる」という自覚があります。別のお話しも付け加えたい誘惑にかられています。
でもTikTokじゃないですが、ぎりぎり1分半と定め、「私がSさんにもっとも伝えたい大西さんの言葉は何だろうか…」と考え抜いた末、決めたところです。
感情が高ぶった大西会長の1分半の語りとは…
つぶれた会社ですから、社員は心折れそうになる毎日。あの…先ほど言ったように、44万人の株主のみなさん、それから5千数百億円の借金棒引をお願いするする会社。当然、当然、その最初のうちですよ、日本航空に好感を持っている方って、ほとんどいらっしゃらない。だから、空港に来られて、カウンターでいろいろ手続きがあるわけですよね、そうすると、うちの社員が多少手間取ったりしますわ。
そのときにどういう言葉が出てくるかと言うと、「だからつぶれるんだ!」という極めて厳しい…僕それ、そうだと思います。お客様にとってみたらそういう気持ちになられるんだと思うんですけど、そういう毎日が続いたら社員はどうかって言ったら、それはもう会社に行きたくなくなると思いますよ。
だけどそのなかで本当に、10人におひとり、もっと少なかったかもしれないけれど、本当に思いがけない言葉が…「頑張ってね」「応援してる」という言葉がかけられたときに社員に何が起こるかっていったら、立っていられるやつなんてほとんどいない! 泣き崩れる! バックオフィスに入って、ぶぁ~!
(間)…本当にそういうふれあいっていうのかな、人の心がどう動くかっていうのが、やはり経営トップは、それがわからないと絶対ダメだって本当につくづく、当時思いました。
(Sさん)
Aさんの気持ちをしっかり受けとめます。
その1分半か終わると、大西さんはマイクを外して小さな声で、司会者に「ごめんなさい」って言ってますよね。感情が高ぶったことで余所行きじゃない大西会長が顔を覗かせている…
(A課長)
Sさんも気づきましたか? コーチングセッションを思い出しています。日頃冷静なクライエントが私の質問の、ふとした言葉に感情をともなった反応するんですね。私にとっては何気ない言葉なのですが、そのクライエントにとっては重大な意味を持つ言葉だったのです。大企業JALの大西会長は、当然のこととして公式の場では感情を抑える術はもっている。でもこの話をするとき、そのカウンター業務の従業員の姿が立ち上ってきて、思わず感情がゆれてしまった、ということだと思います。
感情が揺さぶられたとき、その人の本当の姿が表れる…
(Sさん)
Aさんは前原さんのお話をされましたが、JALに巣くっていた価値観を根本から変えたのは稲盛さんです。でも私は思うのですが、「稲盛さんのおかげ」と世の中が一辺倒でそう自分を評価することとは別の視点で、JALに携わった3年間を振り返っていたと思います。
JALをめぐるさまざまな人たちに「JALを絶対再建してみせる!」という目的の共有化が早期に形成されたこと。そこに自分は貢献できた。でもその後は「各人がそれぞれの役割を自らの意志で担い、自律して動いてくれた」、と稲盛さんは総括したのではないでしょうか。
『京セラフィロソフィ』の内容をJALの3年間でもやり続けることができた、とホッとされている稲盛さんの姿が目に浮かびます。
JAL再建にあたっては京セラ・第二電電と違って、自分が先頭に立ってやっていこう、という気持とはちょっと違っていたのでは? と私は感じています。
つぶれたJALの再建という緊急事態下におけるトップとは…?
(A課長)
ううん? その理由というか、Sさんの思うところを紐解いていただけますか。
(Sさん)
JAL再建のトップでありオーナーは国、そして企業再生支援機構であることを稲盛さんは認識しています。ただ強い権限だけではJALをまともな会社に再生させることはできない。その中で稲盛さんは「自分ができることは何か」を徹底的に突き詰められたと想像します。その帰結は、自らつくった『京セラフィロソフィ』だったのではないでしょうか。
(A課長)
そういうことか…
(Sさん)
会社更生法が適用されると、最初に実行するのは猛然なリストラです。固定資産の多くを占める機材の売却は心が痛むことはないでしょう。問題は社員です。基本は割増退職金による希望退職の募集です。そこには膨大なコストが伴います。その費用は企業再生支援機構の支援額3500億円などから捻出されます。ただJALの場合、整理解雇も実施しているのですね。この係争はつい最近まで続いていました。
3500億円はプレゼントではなく、更生法はまともな会社にしていくのが目的であり、JALは再上場をゴールとしていますから、その3500億円も利益を上げて返済することが求められます。
(A課長)
理解できました。納得です。
サービス業の最初の顧客は従業員!
(Sさん)
大西会長の動画を視聴して感じたのは、過酷な環境だからこそ生まれただろう従業員への愛情です。その時のJAL社長は、パイロットを35年やり続けた後役員に就任し、そして大西さんからバトンを渡された植木義晴社長です。植木さんも従業員への愛情こそが最も大切である、と必ず言葉にします。
現在JAL会長である植木さんの動画もYouTubeにたくさんアップされています。大西さんとはまた違ったタイプの方ですね。ゆっくりと静かな語り口で癒されます。「従業員愛」は常にその言葉の中に宿っています。
大西さん、植木さんという両トップが自然体で「愛情」を語る姿。これこそ、稲盛さんがJALに浸透させた「心の経営」なのだと思います。
メーカー、そして流通業は、商品という人ではないモノの価値をお客様に提供する企業体です。他方、サービス業であるJALは、コンタクトパーソネルである従業員のふるまいが価値であり、お客様はそれを感じてお金を払います。もちろん機材である飛行機の環境、快適性もカギを握っていますが、それもパイロット、フライトアテンダント、さらには整備の人たちによって、実現されることになります。
大西社長がお話しされるように「まずは社員の心に寄り添うこと」… サービス業にとって「最初の顧客は従業員である」というインターナルマーケティングの原点を、私たちはJAL再建のプロセスを学ぶことで、その真理に迫ることが出来たのです。
(A課長)
「流通業態の変遷」の次は「人の時代」をテーマに語りましょう、と8月29日の1on1で私は提案しています。稲盛さんの訃報が報道されたのは8月31日ですから、その時Sさんは、『京セラフィロソフィ』は頭の中になかったと思います。自然につながったような気がしています。
Sさん、旧JALの経営理念を調べています。そして新しい会社となったJALの経営理念、そして「JALフィロソフィ」の内容を比較してみました。想定はしていたものの、その違いに驚かされます。
企業理念の最初に、「従業員」を掲げる大企業が日本にどれくらい存在するのか、調べてみたくなりました。そして「JALフィロソフィ」は血肉化した真のクレドである! との思いに至っています。
<旧JALグループ企業理念>
JALグループは、総合力ある航空輸送グループとして、お客さま、文化、そしてこころを結び、日本と世界の平和と繁栄に貢献いたします。
(1)安全・品質を徹底して追求します
(2)お客さまの視点から発想し、行動します
(3)企業価値の最大化を図ります
(4)企業市民の責務を果たします
(5)努力と挑戦を大切にします
<新JALグループ企業理念>
JALグループは、全社員の物心両面の幸福を追求し、
一、お客さまに最高のサービスを提供します。
一、企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します。
公明正大で、大義名分のある高い目的を掲げ、これを全社員で共有することで、目的に向かって全社員が一体感をもって力を合わせていくことができると考えています。
坂本 樹志 (日向 薫)
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