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「日銀前総裁白川方明氏のIMF寄稿全文」を読み解くことで「一次資料とは?」の理解につながった1on1ミーティングです!

日本では、消費者物価上昇率は加速していますが、他の先進国よりもはるかに遅いペースです。これは主に、「長期雇用」という独特の慣行によるものです。特に大企業の日本人労働者は、上司が何としてもレイオフを回避しようとする暗黙の契約によって保護されています。これにより、将来の成長に本当に自信がない限り、恒久的な賃上げを提案することに慎重になります。それは低インフレにつながります。
(白川前日銀総裁のIMF寄稿『Time for Change』をグーグル翻訳にて引用)

心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2023年9回目の1on1ミーティングです。

日銀前総裁白川氏のIMF英文寄稿が注目を浴びています!

(Sさん)
白川前日銀総裁がIMF…国際通貨基金のホームページに寄稿にされたことが日経新聞に取り上げられています。
前回の1on1で、植田日銀総裁候補の所信聴取をテーマにしましたので、その続編ということでやってみたいのですが…

(A課長)
いいですね。前回Sさんに解説いただいたことで、これまであまり考えることのなかった日銀の政策に興味を感じるようになりました。その記事でしたら私も読んでいます。

(Sさん)
よかった… 「Aさんが興味を持ってくれた」というフィードバックは、ホッとすると同時に、私へのプレゼントです(笑)
今日もモチベーションが上がってきました。

(A課長)
こちらこそ、です(笑)
IMFへの寄稿は3月1日だったと思うので、日経新聞には、2日と3日に記事になっていますね。「日経新聞がいかに注目したのか」が伝わってきます。そのことは白川前総裁の影響力の大きさを物語っている。
アーカイブを開いてみましょうか… 桃の節句の3日の方が分析を深めていますね。

(Sさん)
ええ、植田総裁候補も含めた直近3代の日銀総裁の顔写真を添え、白川前総裁の寄稿をところどころ引用しながら、日経新聞としての主張を盛り込んでいますね。

(A課長)
Sさんはその主張をどう捉えていますか?

(Sさん)
はい… 何度も読み返したのですが、日経新聞の主張が強く出ているなぁ、という印象です。白川前総裁の寄稿からの引用が断片的ということもあって、寄稿の全文を読みたくなりました。

引用解説は断片的であり寄稿の全容は把握できない?

(A課長)
ジャーナリズムにありがちの我田引水、ということですか?

(Sさん)
いえいえ… ジャーリズムはさまざま存在します。取材された人が「私の言いたいことはそんなことではない!」と、驚くような内容になってしまうケースもあると聞いていますが、今回は、純粋に全文を読みたくなった、ということです。
私は日経新聞のファンですから(笑)

そこでIMFのホームページを開き、サイト内検索で「masaaki shirakawa」と入力するとすぐ出てきました。ちなみにIMF日本語版のホームページでは、「masaaki shirakawaに該当する結果なし」と出てしまうので「?」ですけど…

白川前総裁の寄稿は英文です。開いてみますね。

(A課長)
かなりのボリュームだ。

(Sさん)
私は英語が大の苦手なので、全文をグーグル翻訳しています。グーグルの翻訳レベルの進化はすごいなぁ、と感じています。違和感を覚えないなめらかさですね。

全体を読んで感じたのは、ウエイトを占めるのは世界の中央銀行、特にアメリカを中心とした先進国中央銀行の政策の振り返りです。IMFなので当然と言えば当然ですけど、ついついドメスティックな視点で捉えてしまう(笑)
「ゼロ金利政策」そのものは否定していません。そのあたりをまず引用しましょうか。

実際、日本は他の経済圏よりずっと前に金利のゼロ下限に到達しました。しかし、これが政策上の深刻な制約であったとしたら、日本の成長率は主要7カ国(G7)諸国よりも低くなっていたはずです。それでも、2000年(日本銀行の金利がゼロに達し、中央銀行が非伝統的な金融政策を開始した頃)から2012年(中央銀行のバランスシートが膨張し始める直前)まで、日本の一人当たりGDPの成長はG7平均と一致していた. )。日本の生産年齢人口1人当たりGDPの伸びは、同期間にG7の中で最も高かった。

グーグル翻訳の水準は進化し続けている!

(A課長)
ゼロ金利は「非伝統的な金融政策」ということですね。それは2000年から始まっている。 つまり白川氏が日銀総裁であったときもゼロ金利だった、ということか… “黒田バズーカ”の印象が強いので、ちょっと思い違いをしていました。

(Sさん)
白川氏が日銀総裁であった期間は、2008年から黒田総裁に替わる2013年までの5年間です。ただ、任期を迎える4月8日の前に辞職を発表し、3月19日付で退任されています。リーマン・ショック後の景気低迷に対して、その責を問う声が白川総裁に集中した印象です。バッシングの嵐でした。リーマン・ショックの勃発は2008年9月15日です。大変な時期に総裁に就任されていたわけです。

(A課長)
確か、第二次安倍内閣の誕生が白川氏の退任と被っていましたよね。

(Sさん)
その通り。安倍さんが復活し再登場したのは2012年12月26日です。日本全体にメシアを求める空気が臨界点に達したタイミングだったと、振り返っています。
その役割を安倍首相と黒田総裁が任じ、世論の過大な期待を受けて、お二人がゴールデンコンビを演じざるを得なかったようにも感じています。

インパクトの強い情報によって、その前の記憶が塗り替えられることはありますね(笑)
黒田総裁が導入したのは「マイナス金利」です。2016年です。黒田総裁の政策は一言で表現すると「異次元緩和」です。

「異次元緩和」について、白川氏がどうコメントされているかは後に回すとして、1980年代半ばから20年を次のように俯瞰されています。

おそらく中央銀行は、1980 年代半ばに始まった 20 年ほどの安定した成長と安定したインフレの「グレートモデレーション」の間、単純に安易にやりすぎたのかもしれません。この時期に独立した中央銀行が実施した金融政策の成功についての一般的な話は、幸運と偶然の状況に帰結した可能性があります。世界経済は、発展途上国や旧社会主義経済のグローバル市場経済への参入、情報技術の急速な進歩、比較的安定した地政学的環境など、有利な供給側要因の恩恵を受けました。これらの要因により、低インフレと比較的高い成長が共存することができました。中央銀行の仕事は、政治的な権限をあまり必要としませんでした。

グレートモデレーションとは金融市場が超安定状態にあること!

(A課長)
「グレートモデレーション」が日本語に訳されていませんね。

(Sさん)
ええ、金融の専門用語になっているようです。野村證券のホームページにある証券用語解説集をチェックしてみましょう。

グレートモデレーション
世界経済の緩やかな成長とインフレ率の低位安定を背景に、株式や債券などの変動が小さく金融市場全体が安定していた時期のこと。2000年代半ばから2008年のリーマン・ショック前までの数年間を指す。「大いなる安定」または「超安定化」とも呼ばれる。後に米連邦準備理事会(FRB)議長となったバーナンキ理事(当時)が2004年に同タイトルで講演を行ったことで広まった。

(A課長)
野村證券の用語解説は「バーナンキ理事の講演のタイミングから広まった」、としていますが、白川氏は世界をより俯瞰して捉えているようですね。1980年代半ばからすでに始まっていた、という視点です。

(Sさん)
ちなみに日本は1991年から1993年にかけて、地価、株価の急落によってバブル崩壊が起こりますから、白川氏は、日本のことは語っていません。あくまでも世界を俯瞰してのレポートです。

さて、黒田総裁の「異次元緩和」を白川氏がどう評価しているのか? ですが、日銀には触れているものの「他の多くの国でも同様であった」と、これも世界全体として捉えています。

2013年以降の数年間における日銀の「大規模な金融実験」は、中央銀行のバランスシートがGDPの30%から120%に拡大したことを物語っています。インフレ面では、影響はわずかでした。成長面では、その効果も控えめでした。これは日本だけでなく、2008 年以降、型にはまらない政策を採用した他の多くの国でも同様でした。

インフレ面での影響はわずか、成長面の効果は控えめ…

(A課長)
この箇所を日経新聞は取り上げていますね。どう書かれているかな?

では黒田緩和をどうみるのか。白川氏は「壮大なる金融実験」と呼んだが、インフレもその成長も「その効果は控えめであった」と総括した。そのうえで長期の緩和は「急速な高齢化と人口減少という構造要因による成長の停滞を循環的な弱さだと誤解してしまった」と断じた。

う~ん… 日経は「総括」、そして「断じた」という表現を使っている。白川氏は「2008 年以降、型にはまらない政策を採用した他の多くの国でも同様でした」、とコメントしていますが、日経新聞はそこには触れていない。

(Sさん)
白川氏は「中央銀行のバランスシートがGDPの30%から120%に拡大したことを物語っています」と、日銀の事例を挿入しています。私は白川氏の意図はここにあるように思うのですね。さりげない触れ方ですが、「異次元緩和」の最大の副作用であり、最高難度の出口戦略が問われる現象です。つまり、定義的には財政ファイナンスとは違うものの、国債の異常な膨張がその背景にあります。

そして白川氏は、次のようにコメントを繋ぎます。

これは、非伝統的な金融政策がまったく効果がないという意味ではありません。タイミングによっては、非常に強力になる可能性があります。その好例がフォワード ガイダンスです。これは、中央銀行が長期金利に影響を与えるために、政策金利の意図した方向性を市場に示す強力なシグナルです。経済が弱い場合、市場参加者は金利がとにかく低いままであると予想するため、フォワード ガイダンスはあまり効果的ではありません。

しかし、経済が需要または供給に対する予期せぬショックに見舞われた場合、低金利を継続するというフォワードガイダンスは突然、拡張的かつインフレ的になりすぎる可能性があります。これは、私たちが今見ているものを部分的に説明するかもしれません。

(A課長)
「しかし、…」からの内容は、「今見ているもの…」、つまりプーチンロシアのウクライナ侵攻という「予期せぬショック」が何をもたらすか、ということですね。

(Sさん)
私もそう解釈しています。白川氏は、フォワード ガイダンスのメリット・デメリットを、バランスをもって説明している。

フォワードガイダンスは方向性を市場に示す強力なシグナル!

(A課長)
ジャーナリズムはときに世論を誘導しようとして、アジテーションというか…「〇〇しなければならない」「〇〇すべきである」といった、断定表現をとることが多いと思います。白川氏は、それとはかなり違う。

(Sさん)
Aさん、他のジャーナリズム、マスコミが白川氏の寄稿をどう捉えているかチェックしてみましょうか。

(A課長)
比較研究ですね。やってみましょう。

(Sさん)
各氏ともタイトルは、それほど変わりませんね。「壮大な実験」、あるいは「壮大な金融実験」を見出しに使っています。

(A課長)
ちなみに原文は「great monetary experiment」ですね。直訳ですが、社会学、社会心理学では「社会実験」という表現をよく使うので、私は特に違和感を覚えません。ただ日本語の「実験」からは「試しにやってみた…」というニュアンスもなくはないので、各紙はそこを掬っているような気がします。

「新型コロナ禍」も世界が共有した「壮大な社会実験」です。もちろんそれは「誰かが意図してやってみた」という人為的なものではなく、まさに人知を超えた現象でした。

(Sさん)
白川氏の筆致は、各紙が指摘しているようなトーンではないと感じます。Aさんも冷静沈着だ(笑) いくつか引用してみましょう。まず読売新聞から…

「変化の時 金融政策の基礎と枠組みを再考する機は熟した」と題する論文は、IMFのホームページで1日に公開された。白川氏は、長期の金融緩和が「より根本的な改革が必要な構造的問題に対する応急処置となった」とし、急速に進む高齢化や人口減問題などへの対応を遅らせたとの見解を示した。黒田氏が4月に退任する直前のタイミングで批判した形だ。

(A課長)
「批判」という表現をとっていますね…

(Sさん)
毎日新聞は…

そのなかで白川氏は、黒田氏が実施したマイナス金利や大量の国債購入など異例の金融緩和策について、「物価上昇の面から見て影響は控えめだった。そして経済成長の面から見ても同じく効果は控えめだった」と評価。「必要なときに金融政策を簡単に元に戻せるとの幾分ナイーブな思い込みがあったのではないか」と指摘した。

超低金利の継続を予告するフォワードガイダンス(先行き指針)など黒田氏が導入した非伝統的な金融政策にも疑問を投げかけ、足元の悪性インフレを助長する一因になったとの厳しい見方を示した。

(A課長)
「厳しい見方…」という、まさに厳しい表現だ。私は白川氏の筆致からは、そう感じられないけど…

寄稿の真意とマスコミ各社の受けとめ方にズレはありやなしや?

(Sさん)
朝日新聞はちょっと違っていますね。検索すると出てくるのは、吉岡桂子編集委員が白川氏にインタビューした記事です。1月31日にアップされたようです。IMFへの寄稿は、この朝日新聞のインタビューが動機につながったのかもしれない。

私は「朝日新聞Digital」の有料会員ではないので、残り3419文字を残す最初の30行で判断するのは、バランスを欠くかもしれませんが、タイトルは…

日銀・白川前総裁が語る10年前と金融緩和「あれが私の限界だった」

となっていますから、白川氏は当時を振り返って反省とも感じられるコメントを語られているわけです。

(A課長)
解釈ですよね。確かにジャーナリズムは「社会に訴える」ことをミッションにしていますから、理解できないわけではないけど… いろいろ考えさせられます。

(Sさん)
寄稿の最後を、グーグル翻訳で確認してみましょう。

National differences
Finally, we must pay attention to national differences in the way each country designs its framework for monetary policy. Different employment practices, for example, generate different wage dynamics and for that matter different inflation dynamics. In Japan, consumer inflation is accelerating but at a much slower pace than in other advanced economies. This is mainly because of the unique practice of “long-term employment”: Japanese workers, especially at large firms, are protected by an implicit contract under which bosses try to avoid layoffs at all costs. This makes them cautious about offering permanent wage increases unless they are truly confident about future growth. It translates into lower inflation.

国民の違い
最後に、各国が金融政策の枠組みをどのように設計するかについて、国ごとの違いに注意を払う必要があります。たとえば、雇用慣行が異なれば、賃金のダイナミクスも異なり、インフレのダイナミクスも異なります。日本では、消費者物価上昇率は加速していますが、他の先進国よりもはるかに遅いペースです。これは主に、「長期雇用」という独特の慣行によるものです。特に大企業の日本人労働者は、上司が何としてもレイオフを回避しようとする暗黙の契約によって保護されています。これにより、将来の成長に本当に自信がない限り、恒久的な賃上げを提案することに慎重になります。それは低インフレにつながります。

(A課長)
「非伝統的な金融政策によるグレートモデレーション」を、グローバル化が進展する過程で、世界の中央銀行が共有していったことが理解できました。
それによってグローバルサプライチェーンが構築され、その恩恵をもっとも享受したのがGAFAであり、テスラといったアメリカの企業です。日本だって恩恵を受けている。ただプーチンロシアのウクライナ侵攻で世界の景色が一変したわけです。

白川氏の寄稿は日本の最大かつ本質的問題を指摘している!

(Sさん)
黒田総裁の10年は過ぎ去ったことですから、今そのことをほじくってもしょうがないと思うのですね。「復活安倍首相+黒田総裁」がスタートしての数年間は、日本全体が全肯定ともいえる雰囲気でした。

白川氏の本意は、黒田総裁の10年を批判することではなく未来への提言です。最後で、日本の最大かつ本質的問題を指摘されます。だからこそ、構造改革を訴えているのです。
寄稿文冒頭で掲げたタイトルは「It’s time to rethink the foundation and framework of monetary policy」です。

金融政策の基盤と枠組みを再考する時が来ました!

(A課長)
Sさんと語り合った、去年の11月14日の1on1、そして前回3月1日の1on1の結論そのままだ。

「賃金が持続的に上昇する経済構造を創出する!」「そのことに覚悟を持って取り組む!」これこそが日本全体の喫緊かつ最大テーマということですね。

最後の〆は、白川氏の金融マンとしての矜持が感じられます。

Inflation targeting itself was an innovation that came about in response to the stagflation of the 1970s and early 1980s. There is no reason to believe it is set in stone. Now that we know its limitations, the time is ripe to reconsider the intellectual foundation on which we have relied for the past 30 years and renew our framework for monetary policy.

インフレ ターゲティング自体は、1970 年代から 1980 年代初頭にかけての深刻なスタグフレーションに対応して生まれたイノベーションでした。それが石に設定されていると信じる理由はありません。その限界を知った今、私たちが過去30年間頼ってきた知的基盤を再考し、金融政策の枠組みを一新する時が来ました。

(A課長)
Sさん、付け足しですが、グーグルは「set in stone」「石に設定されている」と訳しています。この場合「もはや変えられない」と意訳した方が妥当ですね。

(Sさん)
なるほど… グッドだ(笑)

(A課長)
恐縮です(笑)
今、緒方貞子さんの言葉を思い出しています。上智大学の教授であった緒方さんが、一次資料の重要性を教え子に説く言葉です。かなり前に実施したSさんとの1on1で話題になりました。ちょっと待ってください…

去年の5月20日に実施した1on1ですね。『難民に希望の光を 真の国際人緒方貞子の生き方(中村恵/平凡社・2022年2月16日)』のなかの一節です。

緒方さんは、学生たちに、学問の方法や学ぶということがいかなることなのかを伝えようとしていた。冨田さんは「先生については、いくつもの言葉を憶えている」と続ける。

「『手に入る一次資料を集めなさい。いろいろ探し回ること自体が勉強なのです。それは、必ずしも論文に反映されなくても無駄になりません』と何度も言われました。ほかに、『教育は身に付いた経験や知識を全てはぎ落したとき、最後に残るものです』という話も印象に残っています。……」

手に入る一次資料を集めなさい。いろいろ探し回ること自体が勉強なのです!

(Sさん)
今日の1on1は、前回に続き、世界の金融政策、そして日本の根本課題という壮大なテーマに挑む1on1になりました。どうなることか… と思いながら始めましたが、Aさんが緒方貞子さんの言葉を引用してくれたそのことこそが、私が言いたかった内容であると腑に落ちました。気づきを得ています。

(A課長)
ありがとうございます。2回続けてSさんの知見を学ぶ1on1になりました。甘えてばかりもいられないので、次回は私がファシリテーションさせていただきます。ネタを仕入れておきます。
Sさん、引き続きよろしくお願いします!

坂本 樹志 (日向 薫)

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