第7回：「孤独」に伴走するという仕事 ─経営者の誰にも言えない想いに寄り添う─

エグゼクティブコーチの存在は、まるで“ 無言の避難所”

「相談できる人がいないんだよね」
「話せば話すほど、相手に気を遣わせてしまう」
「本音を言える場所がない」
これは、エグゼクティブコーチとして活動していると、何度も耳にする言葉です。
どれだけ表向きには成功して見える経営者であっても、その内側には、深い孤独が流れていることが少なくありません。多くの経営者は「会社の顔」としての役割を担っています。社員、取引先、株主、家族――さまざまな利害関係者の間に立ち、バランスをとりながら、毎日数多くの決断を下さなければなりません。

しかし、そこには重大なジレンマがあります。「どんなに悩んでも、それを外に漏らせない」という孤独です。社内で弱音を吐けば、不安をあおることになりかねない。社外に打ち明ければ、信用不安につながる。家族に話しても、心配させるだけで解決にはならない。だからこそ、「ひとりで抱えるしかない」という重さを、多くの経営者が感じています。そんなとき、エグゼクティブコーチの存在は、まるで無言の避難所のようになります。どこにも吐き出せなかった思いや答えの出ない問いを否定も評価もされずに語れる場所。そこには、ビジネスパートナーとも部下とも家族とも違う、「何者にもならなくていい」対話の時間があります。

「人としての回復」が、結果的に経営判断の質を高めていく

ある企業オーナーとのセッションで、彼はふとこんなことを漏らしました。
「みんな“社長”として接してくるけど、たまに“ただの自分”に戻りたくなるんだよ。」
この言葉には、経営者の本質的な苦悩がにじんでいます。
成功の影にあるプレッシャー、決断することの重責、そして何より、「誰にも頼れないという感覚」が、深く根を張っているのです。
コーチは、その孤独に共鳴しながら、静かに伴走します。
アドバイスをするのではなく、答えを急かすのでもなく、ただ、その人が「人として」ありのままに語れる空間を守り続ける。
その過程で、経営者は少しずつ、自分の輪郭を取り戻していきます。
役職や肩書ではなく、「自分はどうありたいのか」「何に誇りを持ちたいのか」という核心に、少しずつ触れていくのです。
そして不思議なことに、その「人としての回復」が、結果的に経営判断の質を高めていくのです。
余計な防衛や無意識のプレッシャーがほどけていくことで、より柔軟に、より本質的に、組織や未来を見つめる視点が育っていきます。

エグゼクティブコーチングは最も人間らしい営みでもある

これからエグゼクティブコーチを目指す方に伝えたいのは、「何を言うか」よりも、「どうそこに居るか」が問われるということ。誰にも話せなかったことを、初めて語れるようになるその瞬間に、経営者は、言葉では言い尽くせないほどの信頼を、コーチに置いてくれます。

孤独に寄り添うという仕事は、目に見えにくく、成果として測りづらいかもしれません。
でもその価値は、対話の後に訪れる静かな変化として、確かに現れてきます。
経営者の孤独に伴走できるコーチが、今、あらゆる組織に必要とされています。
そしてそれは、一人の人間として、もう一人の人間に真摯に向き合うという、最も人間らしい営みでもあるのです。

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国際コーチング連盟認定マスターコーチ（MCC）
日本エグゼクティブコーチ協会認定エグゼクティブコーチ
五十嵐 久