心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2024年6回目の1on1ミーティングです。
コーチングの資格取得を意識すると目的・目標が輪郭を帯びる!
(A課長)
今回の1on1から、Sさんが、コーチングについて質問し、私が答えるというパターンでやってみよう、ということになりました。
(Sさん)
はい、コーチングの資格を取ろうと決めると、漫然とコーチングを捉えていたのが、変わってきました。
(A課長)
どのように?
(Sさん)
以前、アドラーについて、Aさんが言葉にした内容を思い出しています。「自分には目標がない、目的を描けないで漫然と生きている」と、多くの人は口にするが、アドラーは「そのような人はいない」と否定した…
(A課長)
「目的論」ですね。
(Sさん)
ええ、「コーチングの本質を理解したい」という目的を、潜在意識のなかで自分は抱えていたようです。それまで、あまり考えていなかった「資格」のことが、なぜか意識に昇ってきました。資格は「お墨付き」です。そうなると、具体的な目標が生まれます。受身ではなく、Aさんに質問したいことが、どんどん増えてきた。
(A課長)
前回の1on1の後半は、もうその流れとなっていました。Sさんの質問は、いきなりのチャンクアップだったので、少し緊張しました。おかげで、私も勉強になりました。
(Sさん)
タイパはチャンクアップに言い換えられる、という訳か。これも学びだ(笑)
さて、「それでは質問させてください!」と、アイスブレイクなしで始めてもいいのですが、前回の1on1は、いきなりスタートしたので、今日は、しっかりアイスブレイクをやってみようと思います。
(A課長)
アイスブレイクは、リラックスするための「世間話」ですが、「しっかりと気合を入れる」という言い方は… Sさんらしくて面白い(笑)
『哀れなるものたち』がアイスブレイクの話題に…
(Sさん)
アイスブレイクにかこつけてしまったかな(笑)
日本経済新聞の日曜版に挟み込まれる「NIKKEI The STYLE」の16面、「Advertising」に、引き付けられたんです。「“らしさ”から自由になる!」という見出しで、映画『哀れなるものたち』が、全面で取り上げられています。
1月26日に公開された映画ですが、早々に観ていたので、嬉しくなりました。
(A課長)
話題になっているようですね。「哀れなるものたち 興行収入」で、ググってみましょうか?
なるほど…「絶賛の嵐」とある。
(Sさん)
「エマ・ストーンが18禁の映画に?」という、少し邪な思いもあって、足を運んだ、というのもあります(苦笑)。ところが…
(A課長)
ところが…?
(Sさん)
どんどん引き込まれ、圧倒されました。レギュレーションとしての18禁は、一応理解できましたが、そんなものは超越してしまう「大人の映画」です。
この感動、その想いを、エグゼクティブコーチのAさんに熱く語ってみたい。ただ、新海監督作品を語り合った時、映画に関しては、お互いが観た上で対話しないと、双方向にはならないことを共有しました。ですから、『哀れなるものたち』の話題は、ここで止めます。
(A課長)
了解しました。私が観てから語り合いましょう。楽しみだ。
(Sさん)
ありがとうございます。それから、この映画を観たあと、かなり前の映画なのですが、『罪と女王』というデンマーク映画を思い出したんです。Aさんは、「アマゾン・プライム」と契約していると思うので、その映画も観ておいていただくと、語り合いがより深まると思います。
デンマーク映画の『罪と女王』を想起したSさん
(A課長)
デンマーク映画ですか… わかりました、観てみよう。
(Sさん)
『哀れなるものたち』を、日経新聞は「“らしさ”から自由になる!」を見出しに使っています。それには続きがあります。「純真な物語の美と興奮」です。
それに対して『罪と女王』は、「完璧な人格が崩壊し、少年が犠牲になる悲劇に、打ちのめされながら釘付けとなる」が、公式サイトのキャチコピーです。聡明で、公私とも成功を収めているマダムが、あるとき、性衝動を抑えることに失敗し“罪”を犯す。
『哀れなるものたち』のヒロインは、身体は大人ですが、中身は赤ちゃん、そして幼児です。この造形については、Aさんが以前解説してくれた、交流分析を思い出しました。
(A課長)
エリック・バーンですね。人の内部には、大きく3つの象徴的な自我状態… 親であるParentの頭文字をとったP、大人であるAdultのA、そして子ども、ChildのCが存在する、と提示しました。Pはさらに、厳格、毅然、叱咤といった厳しく指導する親のCPと、優しさ、保護、面倒を見るという養育的親のNPという対比的な2つに分類しています。Cも天真爛漫そのもののFree ChildのFCと、親に従順なAdapted ChildであるACに分けられるとしています。
人間は、この5つの自我状態を内包していると捉えます。ただし、個性として、いずれかの自我に偏りはあるものの、多くの“大人”は上手にバランスさせることで、自我の安定をつくりだしている、という理論です。
(Sさん)
ありがとうございます。“さらり”と説明いただいた(笑)
『哀れなるものたち』のヒロインは、究極のFCです。バランスも何もない。それをエマ・ストーンが完璧に演じます。
交流分析は、フロイトが創始した「精神分析の口語版」と呼ばれているようですが、『罪と女王』のヒロインは、これも以前Aさんが解説してくれたフロイトの理論… 何だったかな? それを使うと、腹に落ちてくる印象です。
(A課長)
「構造論」でしょうか…
(Sさん)
それだ!
バーンの「交流分析」とフロイトの「構造論」を援用すると…
(A課長)
フロイトは、人の心を、性衝動や暴力性といった無意識の本能であるエスと、それを上手に制御していく自我の2つの層で、まず捉えます。ただ、自我が弱いとエスに負けてしまう。それではマズので、超自我という、生育過程で取り込まれたパワー… 例えば宗教や親の強烈な躾といった、本人も自覚できない力によって制御しようとする。フロイトは、そのように理論化しました。
濱野ちひろさんの『聖なるズー』を引用しながら、フロイトの構造論を説明している、コーチビジネス研究所のコラムが印象に残っています。
(Sさん)
わかりました、読んでみよう。
『罪と女王』の前半で、ヒロインは女性として、母親として、そして社会的成功者である、パーフェクトな人格として、描かれます。ところが…
(A課長)
ところが…?
(Sさん)
性衝動と言いましたが、ふっと、心が揺れ動いてしまい“罪”を犯してしまうのです。エスである「性愛」の力に、そのときの自我が負けてしまった。そこから、だんだん不穏な空気が漂ってきます。
ヒロインは、元々「超自我」によって人格を形成してきたことが類推されます。だから「完璧な大人」なんです。でも、ヒロインは追い詰められる。ここからは、守るべきものを徹底的に守ろうとするヒロインの“リアル”が、画面いっぱいに描かれます。夫との駆け引きは… まあ凄い! トリーヌ・ディルホムの演技は圧巻です。
「フロイトの超自我」は、行き過ぎると怖い… それを感じさせる映画でした。
『哀れなるものたち』と『罪と女王』のテーマは対極であり、世界観もまったく違います。でも共通する「何か」を感じたんです。
対極であるにも関わらず共通する「何か」とは?
(A課長)
「相補性」でしょうか?
(Sさん)
そう、それです! 生きている人間は、「善と悪の二分法」ではとても捉えられない。言い換えると「善にもなるし、悪にもなりえる」ということです。Aさんからは、腑に落ちる言葉が、“さらり”と返ってくる。コーチングですね。
(A課長)
私はいつもコーチングのことを考えていますが、それがSさんに移ったようだ。
「相補性」はコーチングにもつながります。全てのクライアントは、多面性そのものである人間ですから。
(Sさん)
このまま続けてしまうと、アイスブレイクだけで今日の1on1が終わってしまいそうだ。本来のテーマである、コーチングをやりましょう!
(A課長)
了解です。最初の質問は何でしょうか?
(Sさん)
はい。私は、最終的にAさんのようにエグゼクティブコーチを目指そうと思いますが、まずはビジネスコーチングをやってみたい。改めてですが、「ビジネスコーチングとは?」をAさんに訊ねます。
ビジネスコーチングの目的は「人と組織の可能性の最大化」
(A課長)
今日は、コーチビジネス研究所・CBLのホームページを引用しながら進めてみましょうか。「ビジネスコーチング」を開きますね。冒頭の説明は…
ビジネスコーチングとは、主にビジネスでのより高い成果を上げることや職場の問題解決を目的としたコーチングです。そしてこのビジネスコーチングを行っているコーチをビジネスコーチと呼んでいます。経営者(社長・役員など)に対するコーチングは、エグゼクティブコーチングにてご案内させて頂いています。
(Sさん)
目的は明快だ。「人と組織の可能性の最大化」とある。目指す内容も10の項目で具体化されていますね。
- 業績(売上や利益)目標の達成
- エンゲージメントの高い組織づくり
- リーダー、マネージャーの意識・行動変容
- リーダーシップ、マネジメント力の向上(意識変革、部下の育成等)
- 効果的な1on1ミーティングの進め方研修
- 社内コーチの育成
- 離職率の改善(モチベーションアップ、人間関係改善)
- メンターコーチの育成
- 新入社員や内定者に対するコーチング研修
- 組織診断、研修効果の測定
- ビジネスコーチングプログラム
(A課長)
このように多岐にわたります。ビジネスコーチングは、ライフコーチングと違って、企業などの要請で、実施されることも多く、クライアント企業のニーズによって、これ以外のテーマにも広がっていきます。
(Sさん)
コーチングを用いてのチームビルデングなどもイメージされますね。
続いての質問です。私がビジネスコーチを目指すうえで、気をつけなければならないポイントを教えてください。
「ビジネス経験を忘却してみる」…その意味するところとは?
(A課長)
ポイントですか… そうですね。Sさんに限らず、ビジネスコーチをやり始めて最初の頃に陥ってしまうパターンがあります。それは、「自らのビジネス経験をどこか基準にしてコーチングをやってしまう」ことです。
ビジネスコーチを目指す人は、会社員や、ビジネスを実際に経験している人がほとんどだと思いますから。
(Sさん)
ええ、ビジネスの経験を踏まえ、何らかの自信を持っている人がプロコーチになっていると思います。自信がなければ、コーチになろうと思わない(笑)
(A課長)
まさに、その通りです。何をなすにも「自信は必要」です。ただ、経験というのは、その人固有のことですから、「自分の経験」と「自信」がリンクしてしまうと、コーチングはうまく機能しない。つまり、「経験を忘却することも大切」なんです。
クライアントはコーチとは別の人格です。コーチングの肝は「傾聴」です。クライアントのすべてを「受容」し、クライアントの言葉そのままを、じっくり聴くことができるのが、真のプロコーチです。
そのことが体感できていないコーチは、いつの間にか「誘導」するコーチングになってしまう。
(Sさん)
私もそうなってしまうそうだ(笑)。もっとも私の場合は「しくじり先生」が前面に出てくると思いますけど。
(A課長)
ええ、その場合は、わかりやすい「誘導」にはなっていないかもしれませんが、「失敗」のパターンも人それぞれです。Sさんの「しくじりポイント」と、クライアントのそれは、まったく違うかもしれませんよ。行動を起こそうとするクライアントに対して、ブレーキをかけてしまうかもしれない。「強み」も「しくじり」も、クライアントが自問自答を通して、自らの気づきによって見出していくのがコーチングです。
コーチの成功・失敗体験は「誘導」につながる可能性もある…
(Sさん)
う~ん、失敗体験の語りも「誘導」になる場合がある… 深いですね。
次の質問は、仮定としてのケースを挙げてみます。Aさんだったら、どのようなセッション展開をイメージされるかを知りたい。
クライアントは、高度なIT技術が要求されるチームのリーダーであるEさんとします。Eさんは、「部下のITリテラシーと比べて、自分の能力は劣っているのではないか」と感じており、少し自信を失っています。それもあって、Eさんは最初のセッションで、ゴールを、「自分のIT能力が、部下よりも高いレベルとなるよう努力し、それを実現する」と設定しました。
Aさん、いかがでしょうか?
(A課長)
数多くのコーチングセッションを経験して、気づいたことがあります。「何事も最初が肝心」であるように、目標であるゴール設定はものすごく重要です。設定内容如何で、数回のセッションが無駄になってしまうこともあります。お金をいただいてコーチングを実施するプロコーチは、そうなるのを回避しなければならない。
もちろん、テーマとゴールはクライアントが決定します。ただ、そのゴールは、本当にクライアントが望んでいることなのか、「本質的な目的」に至るプロセスなのか… そこは徹底的に確認した方がよいですね。
IT技術は見える化が可能だと思うので、「そのレベルを向上させる」というゴールの意味は理解できます。行動につながりやすいし、Eさんがそのレベルを獲得できると、自信も生まれるでしょう。
(Sさん)
Aさんは、私に謎をかけているようだ。Eさんのゴール設定に、Aさんは疑問を感じている?
ゴールの先にある「未来のイメージ」は明確になっているか?
(A課長)
いえ、内容を聴いた時点では、疑問は生じません。私の場合は、そのゴール内容を受けとめた上で、「それではEさん、そのゴールを達成し、自信が生まれたとして、どのようなマネジメントをチームとして展開されますか?」と、未来のイメージを質問します。
その答えはさまざまでしょう。答えによっては、疑問と言いますか、さらに質問したくなると思うので、コーチングセッションらしくなっていくと、思うのですね。
(Sさん)
Aさんは、コーチングの実践が豊富ですね。伝わってくる…
(A課長)
ITなど「技術」がコアとなっているチームを率いるチーフ、課長クラスがもつイメージに、「自分のテクニカルな技量を上げることで、マネジメント能力も高まる」と思っている人は多い。もちろん、相乗効果となって、チーム、組織のパフォーマンスが向上することもあります。ただ、「IT能力という狭い範囲だけで、マネジメントの巧拙が決まる」と思い込んでいると、メンバー一人ひとりの個性を把握し、それぞれがもつ潜在能力を開花させていくリーダーシップ…「成熟したマネジメント」ですが、そこにはなかなか至ることが出来ない。
Sさんは部長職が長かったので、さまざまな経験を重ねられています。プロのビジネスコーチになるためには、その経験を棚卸してみるといいと思います。メタ思考を意識して、相対化していくと、コーチとしての強み、そして補強しなければならないところが、浮かび上がってきます。
セッションは、コーチとしての学びの場でもありますから、セッションごとの振り返りを、クライアントと共に繰り返すことで、コーチも成長できます。クライアントも、リフレクションによって、成長が実感されるようになります。
「学びは裏切らない」、学び続けることで成長がもたらされる!
(Sさん)
ありがとうございます。実際のコーチングセッションがイメージされてきました。コーチングに限らず、学びに終わりはない。自明のことです。
次回も、Aさんの体験を開示してください。おっと、私の個性と照らし合わせて、Aさんの経験は、メタで受けとめます。Aさんに誘導されないように心がけますから(笑)
坂本 樹志 (日向 薫)
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