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『街とその不確かな壁』×『みみずくは黄昏に飛びたつ』…ユングの「集合的無意識と元型」を想起し、思索する1on1ミーティングです!

「どちらが本体であるか、影であるか、そんなことはたいした問題じゃないと?」
「ええ、そうです。影と本体はおそらく、ときとして入れ替わります。役目を交換したりもします。しかし本体であろうが、影であろうが、どちらにしてもあなたです。それに間違いはありません。どちらが本体で、どちらがその影というより、むしろそれぞれがそれぞれの大事な分身であると考えた方が正しいかもしれません」
(『街とその不確かな壁~646ページより引用』)

心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2023年15回目の1on1ミーティングです。

A課長は『街と不確かな壁』を発売初日に購入しています。

(Sさん)
春樹さんの『街とその不確かな壁』が13日木曜日に発売されましたね。Aさんのことだから、さっそく読まれたんじゃないですか?

(A課長)
はい、ご明察です(笑) その日に買っています。

(Sさん)
私も気になって、宇都宮線の久喜駅とペデストリアンデッキで結ばれている、クッキープラザの「くまざわ書店」にぶらり立ち寄ってみました。
ただその厚みにちょっと怖気づき、「Aさんは間違いなく読むだろうから、その解説を聴こうか…」という判断をしてしまいました。

(A課長)
まかせてください(笑)
全部で661ページですね。最後に珍しく春樹さんの「あとがき」も添えられています。

(Sさん)
どんな内容ですか?

(A課長)
出たばかりですから、ネタバレ無しでやりましょう。というか、ストーリーがわかってしまう内容には一切ふれたくありません。世界中すべての人に読んでほしい小説です。
とても厚い本です。さまざまな伏線といいますか… う~ん、伏線という言葉では説明しがたい「謎」が重層的に張り巡らされています。

(Sさん)
『騎士団長殺し』に登場する免色についての春樹さんの言葉が印象に残っています。前回の1on1で話題になった『みみずくは黄昏に飛びたつ』のワンシーンです。

(村上)
……免色だけは、彼がどのような人間で、何を考えて、どういう生き方をしているのかが、よく見えてこない。

(川上)
書いていても、わからないってことですね。

(村上)
わからない。だって、彼はどうとでも転べるんだもの。本当に得体の知れない存在なんです。僕にだって得体が知れない。だから、彼を中心にいろんなものが動いているという印象が僕にはあります。長い物語には、どうしてもそういう説明不能な存在が必要になってきます。

免色氏のような“得体の知れない人”が次々と登場します…

(A課長)
そうなんです。『街とその不確かな壁』は、そんな人物だらけです。
最後の最後まで読者は「謎」を抱えながら読むことになります。私の場合「このまま進んでいくと、最後はどうなるのだろう…」と心配になってきました。
「この人物のこの言葉、行為は何を意味するのだろう?」という思い、疑問を感じながら、それでも春樹さんを信じて文字を追っていきます。

『1Q84』や『騎士団長殺し』のような活劇というか、「展開を面白くしよう」という春樹さんのサービス精神は、少し控えている印象です。
トーン&マナーは、そうですね…「静寂」かな? それから、春樹さんの「ダイバーシティ&インクルージョン」の想いが伝わってきます。ただしそれは声高に主張されるのではなく、地下水脈です。静かに、とても静かに流れています。

(Sさん)
「違いを受けとめ、そして包摂する」ですね。Aさんの言葉も、抑えている感じが伝わってきます。

(A課長)
そうなんです。リミッターを外してしまうと、「凄い、とにかく凄い小説なんです!」と、ボキャ貧になってしまいそうで、クールダウンを心がけないと… という思いです。

(Sさん)
なるほど。

(A課長)
今私は、「春樹さんを信じて…」といいましたが、『みみずく…』の中に、まさに符合する春樹さんの回答があります。

(川上)
春樹さん自身もわからない、次から次へとどんどん出てくるメタファーを総動員させたような話は、おそらくものすごく脈絡のない話になるじゃないですか? 村上さんのこの作法というか、コツを知らない人が読むと、「何だ、この話は」みたいに感じてもおかしくないのに、なぜそれに読者がついてこられるのか……。

(村上)
どうして読者がついてきてくれるかわかりますか?

(川上)
それは?

(村上)
それはね、僕が小説を書き、読者がそれを読んでくれる。それが今のところ、信用取引として成り立っているからです。これまで僕が四十年近く小説を書いてきて、決して読者を悪いようにしなかったから。

(川上)
「ほら、悪いようにしなかっただろう?」と(笑)

村上春樹さんと読者の間には信用取引が成立している!

(Sさん)
サイコーだ!(笑)

(A課長)
サイコーです!(笑)
『街とその不確かな壁』は、長い一部と二部を経て、クライマックスの三部は600ページから始まります。そうですね、最後615ページから655ページ、全体の6%くらいですが、この40ページですべての「伏線」が全回収されます。コンプリートに!

385ページからギフティッドの少年が登場します。ものすごく精緻に描かれます。前半では216ページから登場する不思議な老人の子易さんがもう一人の主人公ですね。

(Sさん)
不思議…というと?

(A課長)
男性にもかかわらずスカートをはいている(笑)

(Sさん)
ええっ?

(A課長)
最初LGBTQとして描かれるのかなぁ~ と感じたのですが、そうではないんですね。スコットランドの民族衣装キルトは男性のはくスカートとしても有名です。子易さんは「ちょっと変わった格好をしたい」という動機のようでしたから、まあ春樹さんらしい演出ですね。

(Sさん)
……

(A課長)
Sさん、どうしたんですか? 無言ですが…

(Sさん)
ええ… 『街とその不確かな壁』は13日木曜の発売でしたよね?

(A課長)
はい…

(Sさん)
私は前日の水曜に大宮に外出し、昼飯で平凡な町中華に入りました。本を読みながら回鍋肉を食べていると、すぐ隣に大柄の女性が座ったんですね。下を向いていたのでスカートだけが目に入りました。

(A課長)
はい…

(Sさん)
ただ微妙なものを感じたので、不躾にならないようチラっと目を右に向けると…

(A課長)
向けると…

(Sさん)
男性でした。

(A課長)
……

(Sさん)
人間の脳の仕組みは面白いなぁ~ と感じています。想定していないことが無防備な状態で現出すると驚愕します。「うわっ!」と声が出そうになりましたが、我慢できたのは救いでした。

(A課長)
シンクロニシティだ!

(Sさん)
そうかもしれません…
いつの1on1でしたか、ルッキズムがテーマになったとき、私はそれとは距離を置ける人間だと思っていました。それは顕在意識でした。無意識の深みを思い知らされました。

(Aさん)
その人からLGBTQは伝わってきましたか?

男性の巻きスカートは特殊? それとも流行の兆しはありや?

(Sさん)
立派な男性でした。この表現もルッキズムになっちゃうかな(笑)。
Aさんが子易老人のスカートをスコットランドの…と説明してくれましたが、その男性のトータルな風情もそんな感じです。ファッションとして見れば、“さま”になっていました。
ただ、「男性のスカート姿」をリアルな場面で見たのは人生で初めてだったので…

(A課長)
国連難民高等弁務官事務所がテーマになった1on1で、Sさんのシンクロニシティが話題になりましたね。Sさんは“カン”がするどいのかな?

(Sさん)
KKD…「勘と経験と度胸」で仕事をやってきましたから、カンもまずまずかな(笑)

(A課長)
(笑)… 春樹さんについては、地下二階まで降りて小説を紡いでいますから、“何かある”と感じています。『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』の中に、“その感じ”が伝わってくるところがあります。

(村上)
夜中にパッと目が覚めたら、部屋が大揺れに揺れているんです。ぼくは完全に目は覚めていたんですよ。もう歩けないぐらいに部屋中がガタガタ揺れていて、ぼくははじめ地震だと思ったのですね。それで真っ暗な中を這うようにして行って、ドアを開けて廊下に出たら、ピタッと静まるんです。何が起こったのかぜんぜんわからなかったですよ。

これはぼくは、一種の精神的な波長が合ったみたいなものだろうと思ったのです。それだけ自分が物語のなかでノモンハンということにコミットしているから起こったと思ったのですね。それは超常現象だとかいうふうに思ったわけではないですけれども、なにかそういう作用、つながりを感じたのです。

(河合)
そういうのをなんていう名前で呼ぶのか非常にむずかしいのですが、ぼくはそんなのありだと思っているのです。
まさにあるというだけの話で、ただ、下手な説明はしない。下手な説明というのはニセ科学になるんですよ。ニセ科学というのは、たとえば、砲弾の破片がエネルギーを持っていたからとか、そういうふうに説明するでしょう。
要するに、ふつうの常識だけで考えて治る人はぼくのところへ来られないのです。だから、こちらもそういうすべてのことに心を開いていないとだめで、そういう中では、いま言われたようなことはやはり起こりますよ。

一種の精神的な波長が合ったみたいな…超常現象!?

(Sさん)
春樹さんが嘘を言うとは思えないので、リアル感が伝わって来るなぁ…

(A課長)
春樹さんはカウンセリングの治療として河合さんと会っているわけではないので、まさにコーチングセッションです。河合さんはエグゼクティブコーチそのものですね。「下手な説明はしない」ということばに私は感銘を受けています。そして、「そういう中では、いま言われたようなことはやはり起こりますよ」は「受容」です。

『街とその不確かな壁』の中に、ギフティッドの少年に対する母親、父親の態度が描かれています。小さな図書館の館長として勤め始めた主人公が、大きな信頼を寄せる司書の添田さんに尋ね、添田さんが答えます。

「母親はどうなんだろう? あの子のことをどの程度理解しているのだろう? つまり彼の持っている生まれつきの特殊な能力とか、普通の子どもたちとは違っているところを」
「母親は私の見るところ、かなり感情的な方です。彼のことを溺愛してはいますが、おそらくその本質は理解していません。あの子の持っている特殊な能力をうまく伸ばしてやろうとか、それを有効に活用できる場所を見つけてやろうとか、そういう気持ちはあまりないようです」
「だから手元から手放そうとはしない?」
(中略)

「あなたの話だと、あの少年にとって家庭は居心地の良い場所とは言えないように聞こえますが」
「M**くんが何をどう感じているか、私にはもちろん知りようがありません。あの子が感情を表に出すようなことはまずありませんから。でも、そうですね。家庭は彼にとって決して心地よい場所とは言えないだろうと想像はできます。自分にろくに関心を持たない父親と、かまいすぎる母親。そしてどちらも彼のことを真に理解はしていませんし、理解しようという姿勢も持ち合わせていないようです」

(Sさん)
なるほど…
よく母親、父親は「子供のことは私が一番わかっている…」と口にしますよね。私は自分の子どもたちに対しても「共感できる」という言葉を使うことに慎重です。だって子供は“私”ではないですから。ただ、それでも「共感したい」と本当に思っています。

さまざまな関わり合いが存在するなかで、家族というのは、そこに属するメンバーにとって最後の…本当に最後の避難場所たりえるかどうか、特に子供が親に抱く感情である「絶対的な愛」を求める関係性… それを春樹さんはギフティッドに象徴化させ、「“物語”としての思考体験」を読者に呈示している、と受けとめました。

家族こそ最後の避難場所であってほしい、ところが…

(A課長)
私には子供がいないので… でも想像力を働かせてみます。想像力は神様が人間に与えてくれた最大の能力だと思うので。

(Sさん)
春樹さんは…何というか、深いですね。

(A課長)
春樹さんは『街とその不確かな壁』を、マジックリアリズムを意識して書いています。春樹さんのスタイルはもともとそういうものをはらんでいるのですが、今回はそれを精緻に試みている印象です。
マジックリアリズムをWikipediaでチェックしてみましょうか。

マジックリアリズム(英: magic realism)、マギッシャーレアリスムス(独: magischer Realismus)、魔術的リアリズム(まじゅつてきリアリズム)は、日常にあるものが日常にないものと融合した作品に対して使われる芸術表現技法で、主に小説や美術に見られる。幻想的リアリズム、魔法的現実主義と呼ばれることもある。

ギフティッドの少年は、ただのギフティッドではありません。そして幽霊… あっ、これ以上話してしまうとネタバレになりそうだ(笑)

それから春樹さんは河合さんとの交流によって、ユング心理学の集合的、普遍的無意識の世界を“体感”しています。
『街とその不確かな壁』の真のテーマは「ユングの元型」です。特にシャドウです。シャドウである影が離れたり、それがまたくっついたり… 読まないと何を言っているか分からないと思うので、そのあたりのところを引用してみます。これがネタバレだと感じられる人は天才であり、まさにギフティッドだと思うので、大丈夫でしょう(笑)

「ええ、あなたの影はあちら側で元気に暮らしています」
私は言った。「そしてぼくはもう一度、その影と一体になることを求めている」
「そうです。あなたの心は新しい動きを求め、必要としているのです。でもあなたの意識はまだそのことを十分把握していません。人の心というのは、そう簡単には捉えがたいものですから」

(Sさん)
う~ん… 難解だ。読んで解明したい(笑)

『街とその不確かな壁』はコーチングの書であり啓示である!

(A課長)
私は意識、無意識を問わず常にコーチングのことを考えているようです。今回も『壁…』を読みながら、コーチングのことをずっと考えていました。
主人公、そして子易さんの対話は、一貫してコーチングなのです。
今日の1on1の最後に、私がコーチングを濃厚に感じることができた場面を引用させてください。

「落下を防ぐ方法はおそらく見つからないでしょう」と少年は言った。「しかしそれを致命的でなくするための方法は、なくはありません」
「たとえばどんな?」
「信じることです」
「誰かが地面であなたを受け止めてくれることをです。心の底からそれを信じることです。留保なく、まったく無条件で」

坂本 樹志 (日向 薫)

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