隣の人は自分と同じとは思わない方がいいですよ。あなたと私は違うのです。違った部分については、より理解しようとするとか、より尊敬するとかしなくてはいけないのではないでしょうか。“異人”という言葉。あれ、“異なる人”と書くでしょう。人間を見る時には、本当はにんべんの“偉人”でなくてはいけないのですよ。
(『緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で』より)
今回の1on1は、緒方貞子さんについて“語り合いたい”という、A課長とSさんの1on1が展開されます!
(A課長)
前回の1on1の最後に、Sさんが『難民に希望の光を 真の国際人緒方貞子の生き方(中村恵/平凡社・2022年2月16日)』の中にある、緒方貞子さんの言葉を紹介されましたが、同様な意味のことを、コーチビジネス研究所のコラムで読んだ記憶がありました。
私が「コーチングの母」と認識する心理学者のロジャーズを解説したコラムなのですが、10回以上の連載であり、いずれの回のものかわからなかったので、試しに“ロジャーズ コーチング”のワードでググってみました。
(Sさん)
ロジャーズについては、Aさんから耳にタコができるほど、聴いています(笑)
提唱理論の『クライエント中心療法』の3原則である「無条件の肯定的受容」「共感的理解」「自己一致」は、コーチングのプリンシプルを理解する上で、現在も多大な影響力を及ぼしているのですよね。
確か1980年代のアメリカ心理学協会のアンケート調査…「もっとも影響力のある10人の心理療法家」で第一位に選ばれていたことを、誇らしく(笑)話してくれたAさんの表情も思い出します。ノーベル平和賞候補にも選ばれていたとか…
(A課長)
ありがとうございます。
一般検索でヒットするとは思わなかったのですが、ロジャーズを再勉強するつもりで、エンターを押すと、何と126万件のトップに「心理学とコーチング ~カウンセリング理論の歴史とロジャーズ」がヒットし、まさにこの回がその解説でした。ちなみに“ロジャーズ 心理学”でも6番目にヒットしています。
前回の1on1で、Sさんがユングのシンクロニシティを彷彿させる体験を、臨場感たっぷりの語りで紹介いただきましたが、それが私に乗り移ったようです(笑)
2020年11月16日のコラムでした。「共感的理解」についての解説なので、ええっと…このあたりです。
「共感的理解」とは、相手と自分の違いを認識すること…!?
「共感的理解」についても、コーチングにおけるコーチに求められる基本的要件となります。共感とは「ともに感じる」ということですから、簡単ではありません。人はそれぞれ別々の個体ですから、つまり自分ではないので、考え方、捉え方、感受性は当然異なります。ですから「私はあなたと同じ感覚です」とは、言えないのが自明です。厳密に言えば、同じ感覚にはなれないのです。だから「共感“的”理解」なのです。
いかがですか?
(Sさん)
ホントですね!
(A課長)
スクロールしますね。続きは…
クライエントは私ではない。したがって同じではない。その上で、どのように考えているのか、どのように感じているのかを、五感をフルに働かせて、クライエントの気持ち、感じ方を想像します。謙虚に、思い込みを排してクライエントに寄り添うのです。その「努力と思い」がクライエントに伝わって信頼関係が形成されていくのです。
言い換えれば、「私はあなたの気持ちがわかる!」と言い切ることに慎重になる心持が、「共感的理解」につながっていくと言えそうです。
(Sさん)
瓜二つ、といっても緒方さんに叱られないと思います(笑)
緒方さんはコーチャブルな人だった!
(A課長)
私は緒方さんとロジャーズがダブって見えてきました。
これまで緒方さんとコーチングを結び付けて理解したことはなかったのですが、「緒方さんって、コーチングマインドにあふれた人だ!」と私のセンサーが反応し、『難民に希望の光を…』を早速買っています。
そして、Sさんが紹介してくれた緒方さんの語りは、同書最後のブックガイド…緒方さん関連本11冊の一つである『緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で(小山靖史/NHK出版・2014年2月)』の中の言葉であることも知りました。その本も購入しています。
(Sさん)
前回、私は思わず「1on1とは化学反応である」と言いましたが、その捉え方が補強されました。Aさんの内部でケミストリーが起こっている…
実は私も自覚的にケミストリーさせています(笑)
国連UNHCR協会から紹介いただいた『難民に希望の光を…』の帯にはこうあります。
日本初・女性初の国連難民高等弁務官として、10年間、世界の難民のために尽力した緒方貞子。
退任後の数年間、パーソナル・アシスタントとして近くでその姿を見続けた著者が、その生涯と強みを語る、「緒方貞子入門書」
とあり、その横に
とプリントされているのですね。
つまり、2019年10月22日にご本人がお亡くなりになった後に著された、緒方さんへのオマージュとして著された書です。
随所にご本人の言葉が盛り込まれていますが、著者の中村恵さんを通しての緒方貞子像です。緒方さんの凛とした姿が伝わってきます。
ただ、ブックガイドを見ると、ご本人執筆のものもたくさんあるので、伝記とは別の切り口、つまり緒方さんの一次資料というか、学者がベースである緒方さんの文章を体感したくなりました。
そこで購入したのが次の2冊です。
『満州事変 政策の形成過程(緒方貞子/岩波現代文庫・2011年8月)』
『私の仕事 国連難民高等弁務官の10年と平和の構築(緒方貞子/朝日文庫・2017年5月)』
教育は身に付いた経験や知識を全てはぎ落したとき、最後に残るもの!
(A課長)
なるほど…『緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で』も、ご本人の著作ではなく、2013年8月17日に、NHKスペシャルで放映された番組を制作した小山靖史さんが、その取材を通して、TVの時間枠では表現しきれなかった緒方さんのライフヒストリーを描いたものでした。
一次資料といえば、この本の中に、緒方さんが上智大学の教授として教鞭をとられた時の1期生だった方…冨田壽郎さんですね…その冨田さんが小山さんのインタビューに応えたところが、「一次資料の重要性」を熱く語る緒方教授の姿でした。
緒方さんは、学生たちに、学問の方法や学ぶということがいかなることなのかを伝えようとしていた。冨田さんは「先生については、いくつもの言葉を憶えている」と続ける。
「『手に入る一次資料を集めなさい。いろいろ探し回ること自体が勉強なのです。それは、必ずしも論文に反映されなくても無駄になりません』と何度も言われました。ほかに、『教育は身に付いた経験や知識を全てはぎ落したとき、最後に残るものです』という話も印象に残っています。……」
(Sさん)
凄みある言葉だ。私もWikipediaを読んでわかった気になることが多いので、気を付けないと…
この2冊については、まだ途中ですが、圧倒されています。『満州事変…』は、緒方さんがカリフォルニア大学バークレー校に提出した博士論文で、いわば学者としての緒方さんのデビュー作です。
1964年、37歳の時にアメリカで出版されています。もちろん英語で書かれていますから、その日本語版は2年後の1966年出版です。
岩波現代文庫は、緒方さんが「岩波現代文庫版に寄せて」という2011年7月に書かれた「まえがき」のある新しい版で、私が購入したのは2021年1月発行の10刷ですから、いかに読まれているのかが理解できます。
緒方貞子さんの博士論文は「満州事変」に関する世界でオーソライズされた第一級の学術研究書!
(A課長)
どんな印象の本ですか?
(Sさん)
極めて冷静な筆致です。多角的で、かつロジカルです。
私は日本の近現代史について、保阪正康さん、半藤一利さん、福田和也さん… 日本学術会議の任命拒否問題で話題になった東大大学院教授の加藤陽子さんの本も含めて、たくさん読んできました。
いずれの本も「なるほどなぁ~」と感じ入るのですが、緒方さんのアプローチは、それらのいずれとも違っています。
満州事変については、企画立案者の石原莞爾と関東軍高級参謀の板垣征四郎を軸として描かれがちですが、タイトルに“政策の形成過程”とした理由を序章で次のように記されています。論文執筆の目的です。
私は本書において、満州事変当時の政策決定過程を逐一検討することにより、事変中如何に政治権力構造が変化し、またその変化の結果が政策、特に外交政策に如何なる影響を及ぼしたかを究明することとしたい。
このような変化は、対立する諸勢力間の争いの結果生じたものであるが、軍部対文官の対立ということで説明出来るような単純なものではなかった。むしろ、それは佐官級ならびに尉官級陸軍将校が対外発展と国内改革を断行するため、既存の軍指導層および政党ならびに政府の指導者に対し挑戦したという、三つ巴の権力争いとして特色づけられるものである。
(A課長)
なるほど… “逐一検討する”と“三つ巴”がキーワードですね。よく「対立軸」とか、「敵と味方」と言うように、単純化してしまうというか、したくなりますが、緒方さんはそうではなく、プロセスという時間軸で、複雑極まりないアクターの関係性がどう変化していったのかを、一次情報を渉猟して、徹底的にリアルに分析していった、ということでしょうか?
(Sさん)
Aさんの解釈も切れ味鋭いですね。
(A課長)
実は、『難民に希望の光を…』でも、この論文について、カリフォルニア大学バークレー校で学んだ「外交政策決定過程論」に啓発を受けたことが、緒方さんのコメントで挿入されています。
これは、さまざまな政治的、組織的、心理的属性を持つアクターたちが、一定の内外環境の制約のもとで、相互に影響し合いながら政策を選択していく過程(プロセス)とその結果(アウトカム)との関係に焦点をあてた分析枠組みですが、私にとっては非常に刺激的でした。
従来の政治制度論や、圧力団体が政治を動かすといった荒削りの政治過程論ではなく、心理学や社会心理学、行動科学の最新の知見を活用して政策決定のダイナミズムを分析するという、野心的なアプローチでした。
心理学との関連で言えば政策決定者のパーセプション(認知)という変数が重要視されましたし、社会心理学の集団力学論(グループ・ダイナミクス)や組織リーダーシップといった視点もうまく取り込んでいました。
(『聞き書 緒方貞子回顧録』より)
(Sさん)
心理学を学んだAさんにとって、“興奮するワードのオンパレード”じゃないですか!
(A課長)
その通りです! 私は社会心理学を専攻したので、“社会心理学”が2回も登場するこの箇所をSさんに「話すしかない!」と準備していました。もう読みたい本だらけで、時間との闘いです。
ただ、『満州事変』については、前回も話題になったコーチングのキーワードである「チャンクアップ」と「チャンクダウン」をSさんにお願いした上で、その後で読むことにします(笑)
緒方さんは、研究者かつ現場主義を貫く実践家!
(Sさん)
了解しました(笑)
もう一つの本である『私の仕事…』も並行して読んでいるのですが、この本こそ圧倒されます。緒方さんは「徹底した現場主義」であることが伝わってくるのですね。研究者であり実践家です。
チャプター1は「ジュネーブ忙中日記」というタイトルで、全体のほぼ1/3を占めています。“すさまじい”としか言いようのない活動が記されています。
緒方さんが難民高等弁務官に就任されたのは1991年1月ですが、ここには1993年と94年、つまり「世界の緒方」としての評価が確立しつつある頃の2年間を切り取っています。
まさに日記なので、ほぼ毎日の緒方さんの“動きと思い”が、リアルそのままに浮かび上がってきます。
語りたいだらけの内容なので、どれをチョイスしてAさんにお話しすべきか…頭が痛いのですが(笑)、これも次回の1on1でぜひとも紹介させてください。
(A課長)
ありがとうございます。
今回、Sさんとの1on1によって、コーチビジネス研究所の五十嵐代表が提唱する「異質の調和」の重要性を再認識しています。それは、『緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で』の半ばあたりの第5章、「戦争への疑問…満州事変研究」のなかで緒方さんが語る次の言葉に接したことで、その思いを強くしています。
深い愛情と極めて次元の高いリアリズムが一体となった姿が伝わってきます。
緒方さんが語る「異質の調和」とは…
緒方 : 自分の国の将来にとってプラスがあると考えるのは、当然だったと言えるでしょう。けれども、そのプラスというものが、ほかの人びとの非常に甚だしいマイナスにならないようにしなければならない。その時に、どこまで現地の人たちにマイナスになるものが許されるのか、それは考えなければいけませんよね。
どこか違う土地に行って、かなり勝手に「これが望まれている」と言って押しつけることは今でもやっていますよ、いろいろなところで。そうでしょう?小山 : それは、無責任になってしまうことですね?
緒方 : やり方によっては無責任になってしまいます。例えば、アメリカがアフガニスタンにリーダーを送る場合も、アメリカにとって全部プラスになるような人を置いてもしょうがない。あちら側にとってもプラスになることを理解して協力できる人を送るのが、今度はアメリカ側の責任になるわけです。全ての人が同じような生活をしているわけではないですから……
緒方さんはそう言った後、次のように続けた。
緒方 : 内向きはだめですよ。内向きの上に妙な確信を持ってそれを実行しようとすると、押しつけになりますよね。理屈から言えば、そうではないですか。内向きというのは、かなり無知というものにつながっているのではないでしょうか? 違います?
次回もSさんと緒方さんを語ってみたいのですが、よろしいでしょうか?
(Sさん)
もちろんです! 緒方さんワールドをさらに深めておきますので!
坂本 樹志 (日向 薫)
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