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『日本左翼史』『ロヒンギャ危機』にみる「閉じた世界」に関する一考察

3年越しで外国との接触を断たれた日本人の人々が、外国人の入国に一定の警戒感を抱くのは無理もない。だが、現状維持に安住する鎖国政策を敷いた日本のソフトパワーの衰えは、国の将来に深い爪痕を残しつつある……

日本経済新聞5月11日朝刊の「中外時評(上級論説委員 菅野幹雄)」の中の一節です。

今回の1on1は、Sさんのユング体験からスタートします。

(Sさん)
前回の1on1で、Aさんが国連難民高等弁務官事務所のデータを紹介してくれたこともあり、難民問題を調べてみよう、という内発的動機付けが芽生えています。そして、以前Aさんがユングの“シンクロニシティ”を解説してくれたことを想起する経験をしています。

(A課長)
“共時性”ですね。一般に「意味ある偶然の一致」と説明されます。ユングはそれを「偶然」という捉え方をしておらず、現在の科学では解明されていない“何か”が作用している、と考えました。私たちも「虫の知らせ」といった表現で、「あるある」的に話題に上ることがありますが、ユングはこのことを突き詰めようとしました。
ただ、現時点でも科学的説明には至っていませんが…

(Sさん)
英語表現は、シンクロナイズドスイミングに関連付けて憶えています。私のあいまいな理解を補完していただきました(笑)
もっともスイミングの方は、アーティスティックに名称が変わってしまいましたね。

さて、その経験なのですが…
前回の1on1でのZoomが終わるやいなや、「〇〇ちゃんの大好きな牛乳が無くなったから買ってきてくれる?」と妻に言われたので、駅前のコンビニに自転車で向かいました。日頃妻の指示に対してすぐに反応しない私ですが、孫のことは機敏に身体が動いてしまうのが不思議です(笑)
そのとき、私の頭の中は「難民問題」が占めていました。

そして…駅前に着くと、そこに国連UNHCR協会の人がいて、難民の支援に関するPRをしていたのです!

(A課長)
確かに… Sさん的にはシンクロニシティと受けとめる状況かもしれない。

国連UNHCR協会Our Valuesの第一は「人間の命と尊厳を大切にします」

(Sさん)
もちろん、ロシアのウクライナ侵攻があるので、その流れだとは理解できますが、30年以上、毎日のように立ち寄り続けた最寄駅で、かつこんな田舎の駅で目にするのは初めてです。

国連難民高等弁務官って緒方貞子さんが就任していたよなぁ~」と考えていたジャストのタイミングで、その協会の人が目に飛び込んできました。さすがに肝をつぶしました。別に幽霊ではないのですが…(笑)

それもあって、普段は話しかけるタイプではない私がその人に声をかけています。30分くらい話し込んだと思います。

「UNHCRは難民が発生した場合、即動きます。初動であり“ザッツ現場”です。一方でUNICEFはその後なのですね」というコメントもありました。

ちなみに私が「UNICEF…ユニセフは発音しやすいですが、UNHCRは日本語的に辛いですね」と口にすると、「みなさんそうおっしゃいますが、早口のユーエヌエチアールで通じますよ」という回答でした。

素晴らしい体験でした。初対面でありながら、コーチングでいうラポールが形成されたと私は感じています。

(A課長)
ラポール…「安心して感情の交流を行うことができる信頼関係が成立している状態」ですね。素晴らしい!
今回の1on1のテーマが見えてきました。

(Sさん)
はい、今日の1on1は「難民問題」をAさんと話してみたいと考え、1週間準備しています。協会の人に「お名刺を戴けますか?」とお願いすると、「あまりお渡しはしないのですが…」と言われながらも頂戴し、そこには「ファンドレイジンググルーブ 国連難民支援プロジェクト ファンドレイザー」という肩書が記されていました。
「どのようなお仕事ですか?」と私が尋ねてからの30分は、あっという間のひとときでした。

コーチングマインドによってラポールは形成される!

(A課長)
Sさんがその方と会話している姿が目に浮かびます。虚心坦懐に… Sさんがその方の話に耳を傾け、そして質問している情景が…

(Sさん)
Aさんからは体系だったコーチングを学んだわけではないですが、Aさんより毎回繰り出される(笑)コーチングの本質的な話題に接するうちに、私の中にコーチングマインドが育まれていくのを感じています。
その30分が終わって振り返った時、そのことを実感しました。

「私にとって緒方さんは雲の上の存在ですが、1度だけアフリカの難民支援の現場でお会いしたことがあります…」と、その人は遠慮がちに口にします。

そのエピソードを聴いて、私は「緒方さんって、とんでもなくすごい人だな~」と感動しています。ただ「このことは他言しないでほしいのですが…」と言われているので、話したいのはガマンです。

(A課長)
了解です。コーチングには守秘義務が伴います。Sさんとその方は別にコーチング契約を結ばれているわけではないですが…(笑)
よく「ここだけの話だけど…」と目を輝かせて、「あなただけに話します…」というのは、ほぼウソですね。そうやって信用が崩れていくのですが、多くの人は無頓着です(笑)

Sさんは「難民」、A課長は「左翼」に関する本を話題にします…

(Sさん)
ありがとうございます。コーチングのプロであるAさんは何気ない話にもコーチングが宿っている(笑)

その人から薦められた本があります。『難民に希望の光を 真の国際人緒方貞子の生き方(中村恵/平凡社・2022年2月16日)』です。出版して間もないにもかかわらず、私は2刷の4月15日版を購入しているので、多くの人が手に取っている本ですね。

この本を一気に読んで、間髪入れず購入したのが『ロヒンギャ危機「民族浄化」の真相(中西嘉宏/中公新書・2021年1月25日)』なのですが、これも一気に読みました。気持ちが入ると集中力が高まります。

(A課長)
私も読書体験を話したくなりました。よろしいでしょうか(笑)
前回の1on1で、Sさんがスターリン、そしてフルシチョフの「スターリン批判」のことを話題にされたので、「マルクスを起源とする社会主義、共産主義を解釈する過程で、それをドグマ的に受けとめていくと、どうしてスターリンやプーチン大統領といった人たちが世に誕生してしまうのだろうか…」と、思いが巡ります。

なので、前から気になっていた本なのですが、真説 日本左翼史 戦後左翼の源流 1945―1960(池上彰 佐藤優/講談社現代新書・2021年6月)激動 日本左翼史 学生運動と過激派 1960―1972(池上彰 佐藤優/講談社現代新書・2021年12月)を、この際読んでみようとアマゾンで購入しました。

Sさんではありませんが、この2冊を私はむさぼるように読んでしまいました。“しまいました”というと変ですが、「観念論に支配され相対化ができなくなっていくと、その人たちはどうなっていくのか…?」というプロセスが、「戦後40年間の左翼の歴史」という大河ドラマ… いえドラマではなく現実世界で起こったことが描かれていて、サスペンス小説を読むように“読破してしまった”という訳です。

『真説…』の方は、真っ赤なカバーで、
戦後左派の巨人たち、武装闘争の幕開け、野党の躍進と55年体制。
「左翼」は何を達成し、なぜ失敗したのか。忘れられた近現代史を検証する。

というキャッチコピーが記され、

『激動…』の方には、真っ黒なカバーに、
高揚する学生運動、泥沼化する内ゲバ、あさま山荘事件の衝撃。
左翼の掲げた理想はなぜ「過激化」するのか。
戦後左派の失敗の本質。

という刺激的コピーが踊っています。

「山岳ベース事件」は“現実”に起こったこと!

(Sさん)
「あさま山荘事件」が発生する前に、「榛名山のアジト」でとんでもないことが起こっていたことが明るみになりましたね。確か私が中学生のときで、ものすごいショックを受けています。
Wikipediaでググってみましょうか… ええっと「山岳ベース事件」だったと思います。

本事件は1971年(昭和46年)年末から1972年2月にかけて、新左翼の組織連合赤軍が警察の目を逃れるために群馬県の山中に築いたアジト(山岳ベース)において、組織内で「総括」が必要とされたメンバーに対し、人格否定にも近い詰問・暴行・極寒の屋外に放置・絶食の強要などを行い、結果として29名のメンバー中12名を死に至らしめた事件である。

本事件による犠牲者の続出、脱走者や逮捕者の続出で最終的に5名だけになったメンバーは警察の追跡を逃れる過程であさま山荘事件を起こすことになる。

(A課長)
私はその事件について耳にしたことはあっても、内容の理解はほぼゼロでした。
それが『真説…』『激動…』の2冊を読むことで、この「あさま山荘」と「山岳ベース」の2つの事件によって、「新左翼」の終焉というか、トドメというか、自滅崩壊してしまった、その流れが腑に落ちました。

その描かれ方は、研究分野にどうしても拘束されがちな学者のアプローチを超越する、池上彰と佐藤優という、“汎用的知性溢れる両巨人の語り合い”なのです。お二人の戦後日本の歴史観は、ほぼハーモナイズしていますから、読んでいて心地よかったですね。

(Sさん)
佐藤優さんの知性の幅は広大で、かつマニアックなところがあるので、理解するのに私は骨が折れるのですが、Aさんはいかがですか?

(A課長)
私もSさんと近しいところを感じていました。ただこの2冊での佐藤さんはちょっと違っています。おそらく編集の力もあると思います。つまり「会話そのまま」ではないと勝手に想像しています。

加えて、佐藤優さんの難解な語り口を池上彰さんが分かりやすい言葉で、都度補足していくので、つまりコーチングにおける「チャンクダウン」と「チャンクアップ」が的確に挿入されているのです。

「チャンクダウン」「チャンクアップ」とは?

(Sさん)
「チャンク」は“かたまり”のことですね。それを具体的に紐解くのが「チャンクダウン」、逆に、細分化された欠片を総合化し抽象度を高めていくのが「チャンクアップ」であると、以前Aさんから教えてもらいました。

(A課長)
ありがとうございます。
常にコーチングのことを考えている私は、この2冊の会話もコーチング的セッションとして読んでいます。
いろいろ紹介したいところもあるのですが、『激動…』の最後あたりの会話を紹介させてください。

池上 : それにしても、こうやってふりかえってみても、全共闘の活動がどうしてこうも先鋭化し、最終的に赤軍派や連合赤軍のようなテロ行為、集団リンチ殺人に至ってしまったのか不思議だという人は多いかもしれませんね。

佐藤 : そうですね。ただこれは「そういうもの」としか言いようがないです。
ナショナリズムにおいては、「より過激なほうがより正しいことになる」という原則があります。たとえば北方領土問題では、ロシアが実効支配している四島のうち歯舞諸島と色丹島の二島を返還させるよりは択捉島、国後島も含めた四島返還のほうが正しいということになる。さらにはサンフランシスコ講和条約締結時に日本が領有権を放棄した千島列島や南樺太も含めて全部返せというほうが正しいということになってしまう。

固まった空間の中に限られた人間だけで活動していると、どうしてもそうなるんです。革命運動もそれと同じで、より過激なほうがより正しいということになってしまうから当然に先鋭化する。

池上 : そうですね。閉ざされた空間、人間関係の中で同じ理論集団が議論していれば、より過激なことを言うやつが勝つに決まっている。

佐藤 : (前略)… それに加えて権力というのはもともとあまりに大きすぎる敵で全体像が見えにくいですから、権力よりは革命勢力の内側にいながら権力と迎合する(かのように見える)日和見分子の存在がどうしても目に入ってきてしまう。結果として権力よりも先に反革命勢力を打倒しないと革命は起こせないという思い込みから内ゲバに走っていく。

「閉ざされた空間」では何が起こってしまうのか…!?

(Sさん)
腑に落ちます! 共闘してこそ目的に近づいていくことができるのに、逆方向に進んでいく。
「全共闘」というネーミングに共感を得てスタートした仲間にもかかわらず、閉じた世界であるがためにフィクションである観念論に支配され、俯瞰する力が削がれ、圧搾空気が異常に高まった結果としての自滅ですね。

そうだ…今朝読んだ日経新聞の「中外時評」のなかに、確か「鎖国」という見出しがあったことを思い出しました。ちょっと待ってください… これです。
~「優しい鎖国」の見えない損失~というタイトルです。

新型コロナ対策で、一部緩和したものの、外国人観光客の入国を認めない鎖国ともいえる閉じた政策を続ける政府に対して、一考を促す記事です。

(A課長)
私も読みました。確か政府だけでなく、閉じていることで安心を感じる日本全体のムードを懸念する内容でもあったと思います。

私はその記事のとなりの、イーロン・マスクのツイッター買収に関する「FINANCIAL TIMES」の記事も印象に残っています。
ツイッターというのは、そもそも対話するツールではないですよね。目に留まったところは…ええっと、このあたりです。

……ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマスは「公共圏」という概念を生み出し、それを「社会的地位に関係なく発言できる場」と定義したが、ツイッターはその点でも公共の広場とは言えない。……

ツイッターの実態とは…?

記事タイトルは、「ツイッターは派手な“劇場”」です。小見出しが「増幅される著名人の声」とあり、ハーバーマス氏の言う「ザ・ディスコース(討論)」ではなく“パフォーマンス”である、という趣旨です。

(Sさん)
なるほど… “劇場”と“パフォーマンス”というのはわかるなぁ~ つまり「目立ってナンボ!」の世界ですね。しかも「言論の自由」の裏腹には「ヘイトスピーチ」とトランプ政権が強弁した「オルタナファクト」も混在する… 実に悩ましいですね。
コーチングとは別次元の世界だ…

次回は「緒方貞子さん」について語り合う1on1です!

(A課長)
今日の1on1は、Sさんの提案により「難民問題」に焦点を当てて語ってみよう、という合意のもとにスタートしましたが、『真説…』と『激動…』にインスパイアを得た私の話が中心になってしまいました。申し訳ありません…

(Sさん)
とんでもない! 私は「1on1とは化学反応である」という考えに思い至っています。今日の1on1はAさんと私が流れのままに…村上春樹氏が喩える「自然な思考水路」に導かれていったセッションになったと感じています。そしてコーチングがベースの1on1は、Aさんから「オンゴーイング」であると聴いていますよ。

Aさんの解説で、『ロヒンギャ危機』を招いた国軍の振る舞いが、典型的な「自己中心的な閉じた世界」での意思決定であると、私の中で像が結ばれました。
ミャンマーは「鎖国的な価値観」を未だに抱えた国家であることが伝わってきます。昨年の2月には、またしても国軍のクーデターが発生し、国民民主連盟(NLD)政権の実質的な指導者であるアウンサンスーチーが拘束されています。

次回の1on1は、この『ロヒンギャ危機』と『難民に希望の光を 真の国際人緒方貞子の生き方』に触発された私の思いを披露させてください。
そうですね…その予告編として、緒方貞子さんの言葉を紹介させていただきます。

他者を尊敬・尊重するコーチングの世界観!

“多様性”への対応ですよね。このごろ、多様性というものはポジティブなこととして出されていますけれどもね。では、多様性にどう対応するか… やっぱり尊敬しなくてはいけないのでしょうね。尊敬というのはオーバーかな? 尊重でしょうか。

隣の人は自分と同じとは思わない方がいいですよ。あなたと私は違うのです。違った部分については、より理解しようとするとか、より尊敬するとかしなくてはいけないのではないでしょうか。“異人”という言葉。あれ、“異なる人”と書くでしょう。人間を見る時には、本当はにんべんの“偉人”でなくてはいけないのですよ。

(同書ブックガイド~『緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で(NHK出版)』より)

坂本 樹志 (日向 薫)

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