ソロー残差の正体は何でしょう? ソロー残差は、同じだけの労働者が同じだけの量の資本を使っても、以前より多く生産できることを意味します。同じ設備で同じように仕事をしているなら生産は増えないでしょう。ソロー残差があるということは、設備の性能が上がったり、仕事のやり方が改善したりするなど、何らかの形で生産性が上がっているはずなのです。
(日本経済新聞10月21日 31面「やさしい経済学~ 経済が成長する条件③」より引用)
心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、稲盛さんの『京セラフィロソフィ』を語る8回目の1on1ミーティングです。
「ソロー残差」とは、資本や労働の増加で説明できない謎の部分。
(A課長)
おはようございます。24日月曜日になりました。8時半からのZoomですが、よろしくお願いします。早速テーマですが、21日金曜日の日経「経済教室」の紙面に、気になる記事を見つけました。左下の「やさしい経済学」です。
(Sさん)
ネットのアーカイブを見てみます。ええっと…タイトルは「経済が成長する条件③」ですね。
(A課長)
内容は、「ソロー残差」という経済学のキーワードの解説です。私は経済学部ではないので、聞いたことのない用語ですが、大阪大学の堀井教授が“やさしく”解説されているので、何となく理解できました。
(Sさん)
ソロー残差ですか? ちょっとググってみましょう…
“大雑把に”というコメントを付した数式は、「技術進歩率=経済成長率-資本の成長の貢献-労働の成長の貢献」で表される、とありますね。つまり引き算だから「残差」ということですね。他のサイトは… 学術的過ぎて、とても読む気にならない(笑)
(A課長)
そうなんですよ。ですから深掘りは放棄しました。「やさしい経済学」の堀井教授の記述を頼りに、今日の1on1をやってみたいのですが、Sさん、いかがでしょうか?
(Sさん)
了解です。ソロー残差は、米マサチューセッツ工科大学のソロー教授の名前から来ているようですね。
(A課長)
導き出される技術進歩率は、「経済成長のうち、資本や労働の増加で説明できない謎の部分」とあります。
堀井教授は「ソロー残差があるということは、設備の性能が上がったり、仕事のやり方が改善したりするなど、何らかの形で生産性が上がっているはずなのです」と説明しているので、定量というより定性的な内容であると解釈できます。
仕事のやり方…「創意工夫」というモノではないコト。これはなかなか数値化できないところだと思うのですが、明快に「技術進歩」であると指摘しているのが注目です。
生産性の上昇を経済学で「技術進歩」と呼んでいるようですから、定性的な何か… 設備や人員の増加に頼らないでも、創意工夫によって生産性の向上は起こりうる、という結論がソロー残差である… と金曜日の「経済が成長する条件③」を読んで受けとめたのですが、モヤモヤは残りました。
(Sさん)
ホッ、としました。正直なところ、まだついていけていません(笑)
(A課長)
ですよね。
Sさん、今朝24日の日経新聞に続きがありました。「経済が成長する条件④」です。目を通されましたか?
(Sさん)
まだですが… モヤモヤが解消されることが書かれていましたか?
「内生的成長理論」は、新技術により多様性の連鎖が起こり、経済成長が持続することを解明した。
(A課長)
ええ。2018年に米スタンフォード大学のポール・ローマ―教授が「内生的成長理論」でノーベル賞を受賞し、謎が解明されたようです。
次のように書かれています。
研究開発で新しい種類の資本(設備や機械)が開発されると、多様性が増え技術進歩が発生します。コンピューターやインターネット、人工知能(AI)などの技術が生まれ、それに対応した設備や機械が開発されるといったことです。
(Sさん)
稲盛さんの『京セラフィロソフィ』につながってきました。前回の1on1は、セラミックスという素材の可能性を知り抜いていた稲盛さんが、箴言にある「常に創造的な仕事をする」ことで、素材に新たな付加価値を与え、新市場を開拓していったヒストリーを確認し合いました。
(A課長)
そういうことです。その過程で、新しい研究機器や製造設備を開発することになります。これは定量化される資本増加です。つまり、技術進歩があるから資本の増強も行われる訳で、いわば両輪ですね。
(Sさん)
Aさんの解説で、さまざまな要素がつながってきましたね。継続的な「創意工夫」により、京セラが飛躍的な成長を遂げることが出来たのは、『京セラフィロソフィ』の存在が大きいのではないでしょうか。
「京セラは何のために存在しているのか」、という「目的」のPである「パーパス」を稲盛さんは熱く語ります。そのパーパスに向かって「素直な心」で取り組むと、そこに「付加価値」が生まれます。Vの「バリューズ」です。ただ人は弱い。安きに流れるのが人です。稲盛さんは仏の言葉、そして人の道を説きます。それは「原理原則」であり、Pの「プリンシプル」です。
「PVP」とは「Purpose + Values + Principle」!
(A課長)
「PVP」だ。私が学んだコーチングスクールは(株)コーチビジネス研究所です。そのスクール・コンセプトは…
「エグゼクティブコーチの養成に特化した独自のプログラムを展開」
「Purpose(目的)、Values(価値観)、Principle(原理原則)を知り、提供できる」
「エグゼクティブとコーチングできる機会の提供」
「様々な事例の公開とツールの提供」
です。どんどんつながります。
(Sさん)
Aさんが紹介してくれた「コーチングは怪しい!?」というタイトルのコラムを読んでみました。コーチングが広がっていることは理解できましたが、その本質を誤解している人も多いようですね。「言葉を尽くして説明する」ことも必要であることを実感します。
(A課長)
日本エグゼクティブコーチ協会の会長でもある五十嵐代表は、「最新コーチングスクール事情~コーチングスクールの正しい選び方、学び方、活かし方のすべて」というコラムも書いています。ぜひ読んでみてください。
(Sさん)
了解しました。
(A課長)
「創意工夫」というと、ソニーグループとホンダの新会社であるソニー・ホンダモビリティが、このところ頻繁に取り上げられていますね。ソニーウォッチャーのSさんですから、1on1でも話したくて、うずうずしているのではないですか?
(Sさん)
ご明察です(笑)
京セラの「創意工夫」をずっと話してきましたから、そろそろソニーの「創意工夫」も話題にしようと思っていました。
日経新聞の10月14日には「ソニー・ホンダ EV 25年受注」のタイトルで、大きく取り上げられています。発売が具体的に発表されたことで注目を集めています。
2025年に“くるま”の常識を覆すEVが誕生する!?
ソニーグループとホンダが折半出資する電気自動車(EV)新会社、ソニー・ホンダモビリティは13日、自動運転のEVを発売すると発表した。2025年にオンラインで受注を始める。自動運転や車内で楽しめるゲーム、音楽などの機能が充実する高付加価値の車にする。機能の裏付けとなる画像半導体やソフトウエアを自陣営で開発できるのが強みだ。米テスラなどが先行するEV競争に踏み出す。
「ソニーが“くるま”をつくる!」ということでワクワクしています。25年発売車は、一定条件下で運転操作が不要になる「レベル3」ですが、完全自動化の「レベル5」も想定より早く到来するのではないでしょうか。そうなると運転する人は不要ですから、車内は完全なくつろぎスペースになります。移動するプライベートシアターが現実化する訳で、まさにソニーのコアコンピタンスど真ん中の未来ですね。
だれもが共感できる付加価値であるバリューズの提供です。“くるま”の概念のコペルニクス的転換です。
30年前のソニーの「ものづくりのプリンシプル」とは?
(A課長)
前回の1om1で、『京セラフィロソフィ』の78の箴言には、「ものづくりはかくあるべし!」という箴言が豊富に含まれていることをSさんが指摘しました。ええっと… 14ほどチョイスされましたね。プリンシプルです。それが明快であれば、研究者、技術者はブレることなく前に進むことが出来る。
ところでソニーには、「ものづくり」についてのプリンシプルのようなものはあるのでしょうか?
(Sさん)
あると思います。ただ公開されていないかな? いやまてよ…
かなり古いのですが、ウォークマンが発売され大ヒットしたとき、ソニーのことを調べていて見つけたものがあります。ちょっと待ってください… ペーパーに残していました。
<ソニーものづくり基本理念>
- 何でも半分にできると思え!
- サイズは中身に関係なく決めてしまえ!
- 目標は単純明快! 割り切りも明快!
- ダメ元の精神的余裕、悲観は禁物!
- 検討しないでOKの返事をしろ!
- つくる前に、まずカタチをデッチあげろ!
- 仕事は忙しいヤツに頼め!
- ホテルのブレスト、達成するまで返ってくるな!
- おもしろいアイデアは上司に内緒でコトを進めよ!
- 乾いたタオルでもしぼれば水が出ると思え!
30年以上前なので、現在は当然変わっていると思いますが、実にソニーらしい。稲盛さんは仏教の精神がベースにあり、それが言葉になっています。ソニーは米国で花開いた企業ということもあり、どこかアメリカンですよね(笑) それでも『京セラフィロソフィ』と通じるものがある。
『京セラフィロソフィ』の中で、類似の箴言を探してみましょうか?
<『京セラフィロソフィ』より9つの箴言を抽出>
「ものごとの本質を究める」
「自らを追い込む」
「常に創造的な仕事をする」
「人間の無限の可能性を追求する」
「チャレンジ精神をもつ」
「もうダメだというときが仕事のはじまり」
「見えてくるまで考え抜く」
「成功するまであきらめない」
「独創性を重んじる」
このあたりでしょうか。
稲盛さんは、3Mが中小企業から大企業に飛躍していくプロセスを詳述されていますが、京セラもソニーも、大きく違わない。つまり、継続してイノベーションを興す企業の本質は、万国共通ということだ。
(A課長)
Sさん、「ソニーのものづくり」10訓の7番目、「仕事は忙しいヤツに頼め」については、実際のコーチングで体験しています。副業がオープンになって、土日を中心に中小企業のオーナーとのコーチングセッションを本格的に始めているのですが、その際のことです。
ある中小企業の経営者が、「私は忙しそうな部下にあえて仕事を振っています」と言うので、私が「何故ですか?」と質問すると…
「彼は忙しいからこそ、時間の使い方を知っている。つまりテキパキ仕事を進める能力に長けています。仕事量が増えていくと、ぐずぐずしている暇はないので着手も早いし、動きに無駄がなくなります」
と、その訳を語ってくれました。この話をしたときの経営者の表情は、とても嬉しそうでした。ただ私は少し違和感を覚えたのです。
クライアントである企業経営者の風情に違和感を覚えたAさんは…
(Sさん)
ううん? 今度は私がAさんに質問します。「それは何故ですか?」
(A課長)
ええ… その経営者は部下を選別しているような気がしたのです。「優秀な部下を見出す能力に長けている」という自信が背後にあるような印象です。そこで私は質問しました。
「その部下はとても優秀な人だと思うのですが、そうでないと感じている部下に対して、〇〇さんはどのように働きかけているのですか?」
(Sさん)
どう答えられました?
(A課長)
回答に窮しておられました。「回答は次回のセッションまでに考えておきます…」ということで、そのときのコーチングは終えています。
(Sさん)
そうでしょうね~ ではAさんがその経営者だったら、どう答えますか?
エグゼクティブコーチのAさんは、どう問いかけるのか?
(A課長)
ええ、そこはまさにコーチングの人間観です。稲盛さんの箴言にも含まれている「人間の無限の可能性を追求する」「チャレンジ精神をもつ」です。
コーチングにおけるコーチは、クライアント自身が気づいていない可能性を引き出すために、クライアントの現状より1ランク上と思われる行動をリクエストします。その内容はクライアントの持ち味により、直感をはたらかせます。
「〇〇君の仕事ぶりを見ていると、まだ発揮されていない潜在能力を感じるなぁ~ 例えば、〇〇君がある仕事を終えるのに“4時間かかるだろう”と、まず想定したとして、その次に、“じゃあ、半分の2時間でやってみよう“という目標を立ててみる。4時間は思い込みかもしれない。2時間という目標を決めると、その時間内で業務を分解して、それぞれの時間配分まで考えることになる。そこに工夫が生まれると思うよ。出来るかもしれないぞ…」
といった問いかけになるかもしれません。
(Sさん)
なるほど… コーチングの資格を持つ人は違いますね(納得の風情)
(A課長)
学びによって、そしてコーチングの実践を重ねることで、とにかく考えることがクセになりました。その結果、だんだん見えてくるものがあります。自分自身も不思議だなぁ、と感じています。稲盛さんの箴言である「見えてくるまで考え抜く」です。
(Sさん)
本当にそうですね。
技術進歩というと、カタチのあるモノをイメージしますが、例えばディズニーランドの画期的なオペレーションも技術進歩です。シュンペーターのイノベーションの定義である「新結合」は、モノだけでなく、新しいサービスの形態、提供の仕方なども含まれています。
飲食業に、店員がテーブル席に注文の品を運ぶという業務を省く「セルフサービス」方式が本格的に登場したのは、マクドナルド1号店が銀座三越にオープンした1971年です。
セルフサービスは、それまでは店側の業務であった行為を顧客に振っている、言い換えれば「ボランティアで参加させている」わけです。
「気づかないうちに提供者側の思惑通りになっている」、という行動経済学の術中にはまってしまった、という解釈も成り立ちます(笑)
マクドナルドは、米国国民食である別のハンバーガーショップで、かなり待たされたことに腹を立てた創業者が、「あらゆるオペレーションでスピードを追求する」というコンセプトで始まった業態です。ですから「味」は二の次だったのです。
マクドナルドの創意工夫は「徹底的なスピードの実現!」
(A課長)
マックは「スピード」に焦点を当てることで、貴重な「時間」を生み出している、とも解釈できますね。
リスキリングがテーマの時代になっています。個々人は、そのための「空いた時間」をつくり出す必要があります。「空いた時間」は、捉え方によって創造できるはずです。
それから、ITに対する苦手意識をもっている文系の人も、それこそ「思い込み」の可能性もあります。稲盛さんではないですが、嫌いだった無機化学に対して、気持ちを切り替えて「素直な心」で取り組んでいるうちに、いつの間にか特技となった。そこから稲盛さんのヒストリーが始まっています。
下剋上、番狂わせ、うっちゃり…
(Sさん)
Aさん、もう一つソニーの話をしてもよいですか? 22日土曜日の日経新聞Deep Insightで中山淳史コメンテーターが、ソニーの吉田憲一郎会長兼社長に触れています。
覇権の奪還、下剋上。番狂わせ、うっちゃり、形勢逆転…。主導権が取引やサービスを提供する新興企業や個人に引き戻されて、そうした言葉が躍る可能性が出てくる局面だ。
ではソニーやホンダなど日本のIT、自動車大手はそれにどう臨むのか。カギを握る要素とは何だろう。ベールに包まれた部分は多いが、ソニーの吉田憲一郎会長兼社長が5月の経営説明会でしていた話がヒントになるかもしれない。ソニーが目指すのは必ずしもGAFAM的な巨大プラットフォーマーではなく、「クリエーターに寄り添う会社」だという。
Web3の世界では、エンターテインメントも非代替性トークン(NFT)も、個々の作り手、売り手が力を持ちうる。つまりゲームや音楽などの「クリエーター」が重要性を増す時代だ。
(A課長)
コーチングは、クライアントに寄り添い、伴走します。ソニーとつながっています。そして、時代が大変化していることが的確に記述されている。会社という閉じた組織ではなく、新興企業、そして個人を核に世界が動いていくということです。
フレキシビリティという強みを持つ、中小企業の時代の到来です。形勢逆転のチャンスです!
今回も面白い展開の1on1になりましたね。「ソロー残差」と「内生的成長理論」から「稲盛さんのPVP」、そして、「ソニーのものづくり基本理念」に広がりました。最後は「時間の創造」です。
これからもSさんとの1on1で、リスキリングをやっていきたいと思います。
(Sさん)
まさにコーチングの「オンゴーイング」ですね。
坂本 樹志 (日向 薫)
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