変革型リーダーシップは、1980年代頃から提唱が始まったカテゴリーです。変化の激しい状況を受けて、「生産性や効率をいかに高めていくか」がテーマの中心であったリーダーシップ研究が、「組織改革」「フォロワーの意識改革」こそが、リーダーシップに求められる重要なファクターである…という焦点のシフトがその背景にあります。
したがって、リーダーシップ論だけにとどまらない広がりを持ち、経営ビジョン、経営戦略、経営組織…といったテーマも包含する内容です。
今回のコラムは、その代表理論である1988年に発表された「ジョン・コッターのリーダーシップ論」を取り上げます。
コッターの慧眼は、インターネット革命による変化が常態化する1990年代を先取りし、止まらない世界に適応するために企業、組織自らが変革し続けていくこと… その実現はリーダーシップにかかっている、と主張したことです。
そして、リーダーシップにおける最も重要な要素は「リーダーの掲げるビジョン」であるとし、「変革を実現する為の組織改革の8段階」を提唱しています。ビジョンに関するところを太字にしてみました。
<変革を実現する為の組織改革の8段階>
第1段階…危機感の醸成と徹底
第2段階…既存チームとは異なる変革を強力に推進するチームを結成する
第3段階…変革のビジョンを策定する
第4段階…変革のビジョンを組織内に浸透させる
第5段階…ビジョン実現を阻む障害を取り除くために変革チームを強力に支援する
第6段階…目に見える短期目標の設定と実行、成果に対する表彰と褒奨の授与
第7段階…成果による信頼獲得を踏まえ組織体制を見直しプロセスを連続化させる
第8段階…変革を自明のこととして定着させるべく変革型リーダーシップを育成継承
今回もこれまでのコラムに引き続き、定年再雇用のSさんと心理学を学びコーチングの資格を持つ若手A課長に、1on1を展開してもらうことにしましょう。
新聞紙上にソニーが多く取り上げられています!
<Sさん>
新聞紙面をはじめマスコミが取り上げる企業はGAFA…最近はマイクロソフトのMも加えてのGAFAMばかりで、グローバルの視点で日本企業が登場しません。忸怩たる思いを抱いていたのですが、そんな中でソニーの露出が増えています。嬉しい限りです。
<A課長>
世界最大手のファウンドリであるTSMCとの合弁工場ですね。それからEV、電気自動車への参入を吉田会長兼社長が表明しました。夢のある話です。
<Sさん>
私はソニーウォッチャーを自認していますから、「やるな!ソニー」という思いです。創業者である井深さん、そして盛田さんがまさにカリスマ的リーダーであった1970年から1980年代にかけてソニーはグローバルに輝いていました。
そのソニーは2000年以降長期低迷となります。「どうした?ソニー」が延々と続きます。
<A課長>
私はSさんと世代が違うので、ソニーがすごい会社だというイメージはないのですね。その象徴としてウォークマンの世界的大ヒットが語られますが、技術的なインパクトはそれほどでもないのでは… と感じていました。
私はプレステというより、ジャパンクールの先駆けをつくったニンテンドーのマリオで育った人間なので…
<Sさん>
確かにアップルが2001年に売り出したiPodと比較してしまうと技術的な印象は薄いですね。ただウォークマンの凄さは、カセットテープという規格の大きさは変えようがないので、音質という本質的な機能を落とすことなく、どこまでカセットテープサイズに近づけるか… その限界に挑戦したところなのですね。そのため録音機能をカットしています。マルチ機能に縛られてしまいガラパゴス化に陥る日本企業が多いのですが、これは盛田さんが最終的に意思決定した、と言われています。
<A課長>
それは知らなかった…
ウォークマンは和製英語…!?
<Sさん>
それからウォークマンは和製英語です。当時世界ブランドになっていたソニーが、正式な英語ではない変なカタカナ語を使うのは… と否定的な見解が多かったと言われています。盛田さんは英語をネイティブのように話せる人でしたが、そのウォークマンに最終的に決めたのも盛田さんなんですね。
<A課長>
つぎつぎに逸話がでてきますね。成功体験を得てしまうと、それを守ろうとするのが人の常です。前回1on1で紹介した、コンガーとカヌンゴのカリスマ的リーダーとして認知される要因である「型にとらわれない行動」「現状にとらわれない」、を裏付けていますね。
<Sさん>
盛田さんの発想力はすごいですよ。
それからもう一つ、成功体験の呪縛として象徴的なのが、儲け頭の商品… ボストンコンサルティンググループが提唱したPPM、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントでいうところの「金の成る木」を維持しようと、自社競合…カニバリゼーションを避けようとします。
ビジョンは文書化されるだけではダメ…!?
それを盛田さんはよくわかっていて、「一番売れている商品がダメになる技術、商品を開発しろ!」と社内を鼓舞していたのですね。トップがそう言ってくれると、前例踏襲を意識することなくイノベーションに挑戦できます。
失礼… 分析型のPPMは1970年代の戦略策定論なので、古い概念を持ち出してしまいました。
ソニーの設立趣意書は「自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」です。鼓舞する言葉は、設立趣意書を受けています。ビジョンは文書化されるだけではだめで、トップが語る日頃からの言葉に宿る、と感じています。
ビジョンはメンバーに腑に落ちる言葉として実体化させる必要があります。盛田さんのコミュ二ケーション力はすごいですね。
カリスマ的リーダーと変革型リーダーはビジョン重視!
<A課長>
コンガーとカヌンゴが、カリスマ的リーダーの最初の要因として挙げた「戦略ビジョンを打ち出す」にも嵌っています。
リーダーシップ理論の変遷については「カリスマ的リーダーシップ」の次に登場するのが「変革型リーダーシップ」です。「ジョン・コッターのリーダーシップ論」がまさにそれで、8つのステップを踏んで、企業内に定着させていくプロセスを理論化しています。
<Sさん>
なるほど… これもビジョン重視だ。
ウォークマンはエンドユーザーが手にする最終商品なので、マーケティング上のブランド・ネーミングが重要なファクターとなります。
ソニーがフィリップスと共同開発したCDや、2001年にJRのSuicaに導入されて以降、広がっていった非接触ICカード技術は、ソニーらしさを体現する画期的技術です。ところが、非接触ICカードはフェリカのブランドで訴求しているものの、カタチのない技術であり機能なので、ブランド名を知っている人はほとんどいないというのが実情だと思います。
<A課長>
CDはアップルのiPodの登場以来、今ではほぼ消滅した感じですね。昭和の演歌を愛する人たちが、なんとか購入してくれている印象です。
レコード針のナガオカの今…
<Sさん>
私は、中学生の頃父親が買ってくれた『ワールド・クラッシック 不滅のカラヤン名演集』の30㎝LPレコード15枚セットを今も持っています。ノスタルジアもあって、最近よく聴きます。レコード針の微妙な雑音が郷愁をくすぐります(笑)
CDが登場した時、レコード針で圧倒的シェアを持つナガオカはつぶれるんじゃないか、と心配しました。
<A課長>
ナガオカ、ですか…?
<Sさん>
Aさんは知らないと思います(笑)
ドーナツ盤時代の音楽を愛する者にとっては身近な会社でした。最近インターネットで検索してみると、技術力を生かしてレコード針以外にも、超硬合金刃物、測定機器用端子、ダイヤモンド工具、測定プローブ各種…といった製品群でしっかりとした地歩を築いているようです。
会社案内にある「NAGAOKAの歴史」を見ると、旧ナガオカの歴史と、新ナガオカグループの歴史が縦に二列で書かれており、“旧”では1974年まで毎年とはいわないまでも頻繁な記述があるのに、その後に出てくる年は1990年となっています。その年から“新”の歴史が始まっています。「ICソケット開始」とあります。
その次は、1999年と9年間空いて「新工場落成 (株)ナガオカに社名変更」とシンプルな一行、続いての表示は2016年「高音質オーディオ機種 新ブランド 美音『VINON』設立」です。
私は書かれていない空白の年月、つまり行間を想像してしまいます。企業存続のために想像を絶する努力… 絶体絶命の危機に直面した時のリーダーシップ、そしてフォロワーである社員、ステークホルダーの気持ちと行動… 勝手にストーリーを頭の中に描いてしまいます。
<A課長>
私はSさんの40年の会社人生を勝手に想像してしまいました。Sさんもいろいろな思いと行動を経て、今の語りがあるんでしょうね…
2000年以降のソニーは大企業病に陥っていた…
<Sさん>
自分の世界に入ってしまい失礼しました(笑)
中小企業庁による「中小企業者の定義」は、「資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人」なので、資本金が7500万円のナガオカは中小企業です。
私はあの大ソニーが長期低迷に至ったのは、まさに大企業病だと感じています。
創業者の井深さんと盛田さん、そして大賀さんはアニマルスピリットを持ち続けていました。ところが、名実ともに大企業となってからの世代は実感がわきません。ソニーに内在していたアニマルスピリットが薄まっていったように感じます。
<A課長>
なるほど… ソニーの凋落はそのあたりに原因を見出せそうですね。
ひょっとして、設立趣意書にある「…理想工場」、つまりメーカーである、という存立基盤が今思えば障害になった…?
<Sさん>
私もそう感じています。ただそれをわかっていた人が1995年にソニーのトップに就任します。出井伸之さんです。
私は創業者の井深さん、盛田さん、そして東京芸術大学声楽科を卒業しベルリンフィルのカラヤンとも親交のあった大賀さんまでを、ソニーのリーダーシップ1.0と受けとめています。ちなみにそのカラヤンの最期を、偶然とはいえ看取ったのが大賀さんであることをウィキペディアで知りました。驚きです。
その大賀さんの後を継ぎ、「デジタル・ドリーム・キッズ」というスローガンを掲げ、「インターネットは隕石だ!」と象徴的なワードで変革の必要性を訴えた出井社長が、ソニーのリーダーシップ2.0です。四半世紀前ですね。
ソニーの歴史は戦後日本経済の歴史を辿る写し鏡なのか…!?
<A課長>
なるほど… ただそこからソニーは長期低迷を辿る。
<Sさん>
そうなんです。出井社長は25年前にAVやIT機器といったハードをネットワークで連携させることをイメージします。ソニーは盛田さん、大賀さんが1989年に米国のコロンビア映画を当時の為替レート4800億円で買収していますから、コンテンツも持っています。ちなみにこの金額は、日本企業による米国企業買収の過去最高額でした。
ところが買収したコロンビア・ピクチャーズはヒット作に恵まれず、1994年7~9月四半期の連結決算でのれん代の約3150億円を一括償却することになります。通常のれん代は20年の均等償却なので、5年後ですから3150億÷15年=210億円、つまり…
「今後の売上と利益見通しでは、200億円以上を15年継続して費用化できるメドが全く立ちません。大変申し訳ありませんが、このタイミングで全額を費用化させていただき、再スタートを切らせてください…」というお詫びの宣言です。
ソニーとは不思議な会社です。1民間企業に過ぎないのですが、ソニーという会社の動向が日本経済全体の変化とダブって語られるように感じます。「ソニー経営者の意思決定の流れを研究すると戦後から今に続く日本の歴史が見えてくる…」というカンジでしょうか。
買収の年である1989年はバブルのピークでした。12月29日の大納会の日、日経平均株価が史上最高値の38915円を付けています。そこから失われた20年、いや30年が始まるのです。
私はその頃まだ20代だったので、マネージャークラスのお金の使い方を見て、「何だかタガが外れているなあ~」と感じたものです。バブルの直接的な恩恵を受けていないこともあり、ちょっと冷めた目で見ていました(笑)
とにかく日本全体がユーフォリアでしたね。
一括償却を決めたタイミングで出井さんがソニーのトップとして登場します。逆風からのスタートです。いよいよバブル崩壊であることを日本全体が共有化する時期でもあるのですね。
中国のバブルはそろそろはじける…?
<A課長>
日本にもそのような時期があった、という話は聞くものの、私たちの世代にとっては歴史書の記述を見るようでまったく実感がわきません。この10年くらいに中国の人たちが経験している感覚かなぁ、と想像しています。
<Sさん>
中国、なるほど… 私が中国上海に駐在したのが2006年からの4年間なので、そのあたりから中国バブルが始まった印象ですね。アリババを象徴するネット通販Tモールは2008年スタートです。天猫ですね。中国語ではティエンマオと発音します。
それが直近2021年「独身の日セール」の10日間だけで9兆6千億円です。とんでもない規模です。
格差是正にカジをきった中国政府に遠慮して、派手なイベントを行っていないにもかかわらず、対前年で2割アップしています。
ちなみに、この“遠慮”は日本人にはなかなか理解しづらいのですが、中国には法令とは別の「潜規則」という、明文化されていないにもかかわらず、広く認知、共有される裏規則のようなものがある、と聞いています。
法令は「表」であり、白か黒かとなりますから、この「潜規則」は中国流の柔軟対応といえるかもしれません。忖度とも異なる概念です。
A課長は似非1on1が実施されている社内の状況を嘆くのですが…
<A課長>
「潜規則」という言葉は知りませんでした。Sさんとの1on1のおかげで、とても貴重な…といいますか、この場でしか知りえないカスタマイズな情報を得ることができていると私は感じています。
これまで会社は、評価面談の年2回実施をルール化していましたが、多くの管理者が「1on1はそれとどう違うの?」という半信半疑の思いで始めています。
さらに忙しくなって、「負担しか感じられない1on1ミーティング」がここかしこで行われているのではないか…?
ちらほらと聞こえてくるささやきで、私はそのように想像しています。
私はSさんで救われました。Sさんによって、私たちの企業の歴史だけでなく、日本と言いますか、よりスケールの大きい歴史の教訓を学ぶことができています。
<Sさん>
いやいや恐縮です。それってホメですかねぇ~ コーチングは基本的にホメないときいていますよ。あっ、これをホメと感じてしまう自分こそ独りよがりの反メタ認知かな(笑)
ところでソニーグループ決算概要によると、直近2021年3月期のグループ全体売上は9兆円で利益は経常、当期とも1兆円超えです。
2022年の見通しについては、映画分野の売上を1兆1400億円、営業利益は830億円としています。利益は3年連続で800億円を超えていますから、1989年買収時の毎年ののれん代は余裕で落とすことのできる状況になっているのですね。
『鬼滅の刃』を始めとして優良コンテンツがどんどん誕生する好循環です。
1月11日の日経新聞の社説に、ソニーのEV参入が大々的に取り上げられています。ソニーモビリティという新会社の設立に関する内容です。ソニーがいよいよ私たちにジャパニーズ・ドリームを見せてくれるのでは… と期待が膨らんでいます。
いよいよ創業の時代、中小企業の時代が到来する!
<A課長>
今回の1on1の締めの言葉と受けとめました(笑)
<Sさん>
もう少し長広舌を続けます(笑)
日本は外圧がないと変われない、と言われますが、黒船来航に度肝を抜かれて目を覚まし、明治維新を起こします。渋沢栄一という農民出身者が大活躍する環境が生まれました。
そして現在です。新型コロナウイルスという人類全体が共有する外圧は日本人の価値観を変えることになります。
ハーバード大学在学中の1975年にマイクロソフトを立ち上げ、その後中退しているビル・ゲイツはガレージで創業しています。これに刺激を受けたのか、アップルのスティーブ・ジョブズ、グーグルのラリー・ペイジとサーゲイ・ブリン、アマゾンのジェフ・ベゾス… 彼らの創業秘話にガレージが出てきます。
日本にもやっとそんな時代が到来する、と私はわくわくしているんですね。
東大をはじめとする優秀な学生が国家公務員ではなく、ベンチャーを選び、創業する時代が現実になってきました。『下町ロケット』ではありませんが、まさに中小企業の時代です。
1on1の醍醐味はケミストリー!
<A課長>
Sさんやめてください、転職したくなりますから(笑)
リンダ・グラットンの『ライフシフト』を読んで、影響も受けています。私はコーチングの時代が到来しているように感じているのですね。私にも何かできるのではないか… そんな予感が萌し始めています。
<Sさん>
1on1によって、Aさんと私にケミストリーが起こっているのかもしれませんね(笑)
坂本 樹志 (日向 薫)
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