「リーダーシップ理論の変遷」の4回目は、カリスマ的リーダーシップを取り上げます。
カリスマ的リーダーという言葉は、カリスマがキリスト教の「神の賜物」に由来することから、一般的には超自然的な力、非日常的な力を有する特別な資質、能力をもつリーダーとイメージしがちですが、1970年代後半から登場するリーダーシップ理論の枠組みでは、「フォロワーからの信頼を受け、認知されることでカリスマ的リーダーになりうる」と捉えられます。
コンガーとカヌンゴのカリスマ的リーダーシップとは…?
では、何をもってそのリーダーはカリスマとして認知されるのか… リーダーの行動が問われる訳ですが、コンガー(J. Conger)とカヌンゴ(R. Kanungo)が発表した研究が注目されています。
<カリスマと認知されるための具体的な行動>
① 戦略ビジョンを打ち出す
② 環境変化を察知する
③ 型にとらわれない行動
④ リスクを甘受する
⑤ フォロワーの感情を察知する
⑥ 現状にとどまらない
これらが、カリスマと認知されるために重要である、として特にビジョンを重視します。
さてここからは、これまでのコラムに引き続き、定年再雇用のSさんと心理学を学びコーチングの資格を持つ若手A課長に、1on1を展開してもらうことにしましょう。
箱根駅伝の青学大総合優勝から1on1がスタートします!
<Sさん>
箱根駅伝は青山学院大学が総合Vを達成しました。タスキをつないでいく駅伝はまさにチームプレイですし、和を自然に受け入れている我々日本人にとって… いや日本人全体にしてしまうと語弊がありますね… 私にとっては、自分が箱根を走っているような気持の一体感を感じることができます。まさに人間ドラマでした。
<A課長>
Sさん、熱いですね~
<Sさん>
Aさん、以前私のチームで活躍してくれていたT君ですが、これまで箱根で数多くの優勝を誇ったX大出身であったのはご存じですか?
<A課長>
T課長はX大なのですか? Sさんが部長のとき、もっぱらSさんの懐刀という印象でした。どこかカリスマ性をもっていますよね。リーダーシップ能力にも定評があって、最も部長に近い存在だと言われています。
<Sさん>
彼は中途採用組ですが、面接でのコメントに私は引き付けられました。
「高校ではインターハイで上位の成績ということもあり、当時黄金期であったX大に進学しました。2年の時に箱根の10人に選ばれたのですが… 大会直前に故障してしまい、裏方として4年をまっとうし卒業しています」、というのですね。
<A課長>
どんな思いだったのでしょう…?
<Sさん>
まさかこの自分が… と絶望に近い状態がしばらく続いたそうです。退部することも考え、そのような葛藤を経ながらも、皆のサポート役に徹しようと肚を決めたと言うのですね。私は、彼の“決めた”ということばに力を感じました。
<A課長>
Sさんの言いたいことはこういうことでしょうか… 「起こってしまったこと、どうしようもないことをグジグジ考えてもしようがない。できることをしっかりやっていこう」との思いが、T課長の言葉から伝わってきたと。
そして、その原体験が現在のT課長をつくっている…
<Sさん>
明瞭なフィードバックです(笑)
T君は、「自分の故障の原因は監督のせいだ」と思い続けていたと語りました。
「故障は練習のし過ぎが原因なのですが、体調が思わしくないときも監督が強いるハードトレーニングの結果だとうらみました。でも… 猛練習は自分がレギュラーになりたい一心であり、自分が選択した結果であると気づいたのです。監督は時にブレーキをかけてくれていたこともありました。とにかく復帰が絶望的なことが受け入れがたく、他者…そのときは最も身近な監督に責任を転嫁していたのです」
アドラーの「自己決定論」とは?
<A課長>
アドラー心理学の中心概念に「自己決定論」があります。人が生きていく過程で困難な状況に遭遇すると、往々にして「自分が招いた結果ではなく他者のせいである」と責任転嫁をしてしまいますが、アドラーは「自分の行動は自分が選択しており自らの決定である。他者を責めるのはお門違いである」と言うのです。
<Sさん>
なるほど… 私は今であればそう実感できますが、アドラーは厳しいですね。ただ2年前の日大アメフト部の危険タックル事件はどうなんでしょう? 「クォーターバックを潰してこい!」と言ったコーチの言動が焦点になりました。「怪我をさせてこい」とは言っていないようです。
当事者であるM選手の謝罪会見、そして日大の監督やコーチの記者会見では、日大広報部の司会者の対応が物議をかもしています。
私は企業不祥事に関する危機対応の研修も受けていますが、その司会者はその知見に欠けているなぁ、と感じたものです。とにかく日本中を巻き込んだ異例ともいえる喧騒となりました。
<A課長>
「アイヒマン実験」と呼ばれる、権威者の指示に対して人はどのように振舞ってしまうのか、という有名な社会心理学実験があります。
「記憶に関する1時間程度の実験」ということで20歳~50歳の男性が報酬付きの被験者として集められます。くじで実験者と生徒役が選ばれるのですが、募集された人間はすべて実験者となるよう仕組まれており、実験を指示する教師と生徒はサクラなのですね。
生徒は別室で単語に関する問題が与えられます。間違うと教師役が生徒に電気ショックを与えるよう、被験者である実験者に指示します。間違った答えの都度、その電気ショックのボルトを上げていく、という設定です。
「アイヒマン実験」から驚くべき結果が導き出されます!
<Sさん>
いや~ とんでもない実験ですね。
<A課長>
60年前の実験です。もちろん実際には電気ショックは与えられません。現在では倫理的な観点からこのような実験は否定されています。ただ驚くべきというか、恐るべき結果が出ました。
<Sさん>
えっ? ということは…
<A課長>
実験者にはあらかじめ75ボルトの電圧を経験させます。私は漏電で100ボルトの家庭電圧を経験していますが、結構こたえました。
実験者には、別室のサクラ役の生徒の声だけが聞こえるように設定してあります。実験は45ボルトからスタートし15ボルトずつ上げていきます。
生徒役は300ボルトが迫ると苦悶の金切り声を出し、300ボルトになると壁を叩き、その後は無言になる、という迫真の演技をします。
教師役は声音を変えず冷静に指示し続けます。「どのような結果になっても責任は私が取りますから、電圧を上げ続けてください…」と。
<Sさん>
引っ張りますね~ 結果を教えてください。
<A課長>
失礼しました。設定条件を説明しておかないと正しく伝わらないような気がして…
結果は、被験者の65%が最高電圧の450ボルトまで押し続けています。
アイヒマンは、数百万人のユダヤ人を絶滅収容所に送る責任者でした。ドイツが敗戦するとアルゼンチンに逃亡し身を隠します。イスラエルのモサドに逮捕されたのは1960年ですから、イスラエルもすごい執念です。
世界中が注目したアイヒマン裁判は翌1961年行われます。そのときのアイヒマンは、小心な一公務員といった風情だったのですね。
心理学実験はアイヒマン裁判の翌年に実施されています。普通の人が一定の条件下では残虐とされる行為を行ってしまうのか… という検証が目的でした。
ちくま学芸文庫から出版されているハンナ・アレントの論文集である『責任と判断』を最近読んだのですが、今回Sさんに紹介したくて持ってきました。その中の一節に次のような言葉があります。
第三帝国の殺人者たちのことを思い出していただきたいのです。彼らは非難の余地のない家庭生活を送っていただけでなく、余暇にはヘルダーリンの詩を読み、バッハの音楽に耳を傾けるのを好んでいました。そしてほかの誰にも劣らず、知識人にも犯罪を犯す傾向がそなわっていることを証明したかのようでした……
「自己決定論」には“選択”というニュアンスが含まれている…
<Sさん>
日大アメフト事件から、すごい話になってきました。
アドラーの自己決定論からすると、危険タックルを行ったM選手の心の弱さが指摘される、という流れになりそうですが、アイヒマン実験の結果を見るとリーダーによっては、つまり権威をまとったリーダーのもとで仕事をすると、平凡な市民であってもその権威によって歪んだ行為も受け入れてしまう、ということになる…
<A課長>
アドラーの自己決定論のある側面を強調しすぎると、Sさんの捉え方になるかもしれません。ただしアドラーは決して硬直した考えではありません。
決定というと強い言葉ですが、アドラーは選択という言葉を使います。つまり受身だと思っていても、ある範囲のもとで選択の自由を有するという表現です。そして選択の自由を無限の選択とは言っていないのですね。
<Sさん>
ホッ、としました(笑)
T君の話に戻すと、自分の失敗体験を踏まえて、3~4学年の科目選択で科学的トレーニング法に関する科目を多くチョイスし、徹底的に勉強したというのですね。大学もその分野については当時から先端をいっていました。そして監督に新しいトレーニング方法をどんどん提案したようです。監督も素晴らしいですね。それを取り入れてくれた、とT君は言います。結果的にX大学は箱根で優勝します。T君は箱根メンバーではないにも関わらずキャプテンに選ばれます。
<A課長>
T課長にはそのような背景があったのですね。私はカリスマ性をT課長に感じる、とい言いましたが、コンガーとカヌンゴのカリスマ的リーダーシップからの連想です。
T課長は決して、オレがオレがというタイプではないのですが、いつのまにか周りは自然にリーダーとして受け入れてしまう、といったイメージです。提案についても静かな口調で感情的ではありません。そしてアイヒマン実験の教師のように「責任を取る」ということを口にしません。ところが部下の失敗もいつのまにかT課長が責任をとってくれており、それを感じた部下はモチベーションが自ずと上がってくるのです。
<Sさん>
T課長のことをよく見ていますね(笑)
<A課長>
実はT課長を私はロールモデルとして研究しています(笑)
<Sさん>
彼にはビジョンがあります。彼と酒を飲むと、自分のチームだけでなく会社の将来について私にいろいろ語ります。なかなか鋭いですよ。
おそらく今年部長に昇格すると思いますが、彼と仕事をした部下は心理的安全性を感じることができて、忖度感情がなくなっていきます。他チームからすれば、生意気な奴らだなぁ~ と感じているようですが(笑)
青学大の原監督はサーバントリーダーシップ…?
<A課長>
少し前でしたか… 日経新聞で原監督のインタビュー記事に目が留まりました。箱根を前にして優勝最右翼の監督ですから、新聞社側も鉄板コンテンツです。そして総合優勝ですから絵にかいたような流れですよね。
原監督のコメントを紹介する記者の視点も秀逸で「原監督はすごいなぁ~」としみじみ感じさせられました。ただ私が印象に残ったのは、記者が原監督のことを、サーバント型リーダーと表現していたところです。
<Sさん>
サーバントリーダーシップについては、確かAさんが最も信頼を寄せている理論だと前回の1on1で話してくれましたよね。
<A課長>
そうなんです。ちょっと嬉しかったというか…
そして1月4日の日経の青学優勝の記事タイトルは “「自ら律する」群抜く強さ” です。内容は、プロトレーナーの中野ジェームズ修一氏も登場するなど、間違いなくカリスマの原監督であるのに、俗にいうカリスマ色を抑えているというか、そういう構成です。
組織としての成熟、自らを律するチーム、という表現でした。
<Sさん>
カリスマという言葉だけを聞くと、強権的なイメージも伝わってきますが、なかなか奥深いですね。今回もリスキリングです。Aさんとの1on1はエキサイティングですよ。次回もよろしくお願いします。
<A課長>
ありがとうございます。こちらこそ!です。
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