前回のコラムは「リーダーシップ行動理論」を取り上げました。その代表理論である三隅二不二の「PM理論」を中心に解説しています。
行動理論とされる理論にはこの他にも、レヴィンの「リーダーシップ類型論」、リッカートの「マネジメント・システム論」、ブレイク、ムートンの「マネジアル・グリッド論」などがあります。それ以前の特性論は、“論”が付されているものの、「理論」の要件を満たしていたとは言えず、この行動理論の登場によって、リーダーシップが社会科学として認識されるようになる刮目すべき分野となりました。
ただし、一旦「理論」としてオーソライズされたとしても、次の瞬間から「その理論」に疑問を持つ人が現れ、巧みな論理構成を駆使してその理論が含有する矛盾が指摘され、「別の新たな理論」に塗り替えられてしまう… ということが起こります。
リーダーシップ研究についてその役割を果たしたのが、フィードラーの「コンティンジェンシー理論」です。
理論が変遷していく大枠の分野を、特性論 → 行動理論 → 条件適合理論… と前回コラムで説明しています。「コンティンジェンシー理論」が登場することで、行動理論が前提としていた「理想のリーダーシップとは?」というアプローチが覆されてしまいます。
リーダーシップ研究における記念碑的な理論なのですね。
それでは前回に引き続き、部長職を歴任し現在は定年再雇用(平社員)のSさんと、心理学を学びコーチングの資格を有する若手A課長による1on1ミーティングで、この「条件適合理論」を解説してみましょう。
そもそも唯一最善のリーダーシップは存在しない!
<A課長>
前回の1on1はSさんの巧みなファシリテーションで熱く語ってしまいました。今回もワクワクするセッションになりそうで楽しみです。よろしくお願いします。
<Sさん>
こちらこそ!
私はこれまで「理論」と呼ばれるものに対して少し斜に構えていたのですが、Aさんのおかげで自分の固まっていた価値観を見直すきっかけとなりました、リスキリングでありリカレントです。ネットで心理学や経営学に関する理論を再勉強しています。おっと、カタカナワードを使ってしまいました。ちょっと見栄を張っているかな…(笑)
でも不思議ですよ。この歳になって知的好奇心が覚醒しています。
<A課長>
まさにVUCAの時代を迎えて、あらゆる世代が常に学ぶことを要請されています。老若男女は関係なしです。
<Sさん>
早速フォローいただきありがとうございます(笑)
<A課長>
えっ? いえ… そんなつもりで言っているわけではありません。
<Sさん>
その発言もAさんらしさがにじみ出ていて愉しくなります(笑)
<A課長>
(苦笑)……
<Sさん>
今回のテーマはリーダーシップ理論の変遷で、行動理論の次の条件適合理論ということですね。解説を是非ともお願いします。
<A課長>
わかりました。この条件適合理論からリーダーシップ理論が大きく拓けてきた印象です。私はこの理論群を学ぶことで視野が広がった、と感じています。
Sさんはアドラーの「自己理想」に共感します!
<Sさん>
Aさんが前回の1on1でアドラーの「自己理想」について話してくれましたが、行動理論の理想的リーダーシップを説明されると少々疲れますね。理論を説明されるまでもなく、PM型がすぐれたリーダーシップスタイルであることは「当然だよなぁ」と感じます。
習得可能だとしても、それに向かって「頑張りなさい! 」と言われているようで… 特に人間関係で「〇〇しなければならない」に憑依されてしまうと… シンドイものですよ。
私は病気になるタイプではありませんが、一生懸命勉強するまじめな人の中には挫折感を抱いてしまい産業医に助けを求める… というケースも出てくるような気がします。
<A課長>
Sさんの本音を語る… に接すると都度考えさせられます。経験を積んだ人のリアル感が伝わってきます。
<Sさん>
Aさんの承認ポイントは私をくすぐりますね。
<A課長>
そうやってフィードバックをいただけるのでノってきます(笑)
分野のネーミングからわかるように「条件に適合させるリーダーシップ」です。
ところで、行動理論がリーダーシップを発揮するところの“場”について触れていないことに気づきませんでしたか?
<Sさん>
“場”ですか? ということはリーダーにとってのチーム、組織、企業ということですね。
<A課長>
そうです。わかりやすい例を挙げましょうか。今Aさんが言うように、リーダーがそれを発揮する場をイメージすると会社の組織やチームを思い浮かべると思いますが、教育現場を想定してみましょう。
小学校と大学、そうですね… 大学も大学院のMBAコースにしましょうか。先生の役割はリーダーです。両者のリーダーシップのあり方は行動理論でカバーできるでしょうか?
<Sさん>
高度な論文をスラスラかける大学の先生が、“動物園”のような小学生の学級を教えるイメージはちょっと思い浮かばないですね。
<A課長>
そんな小学生に対しても、わかりやすく抜群の教え方をされる大学の先生はいらっしゃいます。では、その大学の先生は小学生と院生に対して同じトーンで講義というか、教えているのか…というと、想像はつきますよね。
MBAコースには社会人クラスもあります。経験豊富、そして知的能力が高い院生と、知識そのものが備わっていない小学生…つまり未成熟な対象とでは、効果が期待できる教え方は異なるのが自明です。
<Sさん>
行動理論は確かに“場”といいますか、組織の特徴、属性についての見解が出てきませんね。組織、企業には文化があるので、ある会社で成功したリーダーシップやマネジメントが別の会社でそのまま適用できるか、というと… なかなか難しいものがありますね。
条件適合理論はリーダーシップを発揮する“場”の違いに着目する!
<A課長>
「条件適合理論」はそのあたりに着目した理論です。まずは「コンティンジェンシー理論」からです。これは「条件適合理論」に含めるのではなく、独立した理論として捉える向きもあります。リーダーシップ研究に多大な影響を与えました。
その理論を一言で説明すると「唯一最善のリーダーシップは存在しない!」です。
行動理論が目指した「理想型の探求」を覆したところが新鮮でした。そして「組織のあり方」を研究することになる… さまざまな組織は一律ではないというリーダーシップ論と組織論がリンクしていく流れとなります。
<Sさん>
私はマネジメントを長くやってきましたから、私なりの感覚を持っています。ただ無手勝流というか自分スタイルでやってきたなぁ、と振り返っているのですね。
<A課長>
マネジメント、そして組織論にもさまざまな理論が存在します。改めて1on1のテーマにしましょうか?
<Sさん>
次々とテーマが生まれてくるので愉しくなります。コンティンジェンシー理論はよく知らないので、Aさんに深掘ってもらいましょう(笑)
<A課長>
チャレンジしてみます(笑)
コンティンジェンシー理論は、業績を上げるリーダーシップと組織状況の関係について解明を目指したアプローチです。
その組織の置かれている課題状況によってそのスタイルは違っていた、ということが浮かび上がります。その状況に関する変数をフィードラーは3つ設定しています。
<3つの状況変数>
(1)リーダーが組織の他のメンバーに受け入れられている度合
その組織でメンバーに支持されているかどうかです。
(2)仕事・課題の明確さ
業務目標、手順、成果が明確で、構造化されているかどうかです。
(3)リーダーが部下をコントロールする権限の強さ
メンバーの採用・評価・昇進・昇給に関する影響力の度合いです。
それぞれの組織状況が好ましいか否か? で把握していくのですが、この変数が高い場合はリーダーシップが発揮しやすく、そうでないケースは、仮に有能だと評価されているリーダーであってもその能力がなかなか発揮できない、としています。
ここまでは「なるほど…」と言うか、まあ当たり前だなぁ、と感じるところです。
LPCは「最も望ましくない仕事相手」のことです。
フィードラーは、この3つの変数に、LPC(Least Preferred Coworker)という指数を組み合わせます。LPCの直訳は「最悪の同僚」です。「最も望ましくない仕事相手」という対象をイメージしてもらい、その対象の捉え方でリーダー像を大きく2つに分類します。
対象を仕事以外でもネガティブというか、厳しく評価するタイプのリーダーを「低LPC(課題動機型)」と設定し、他方仕事上ではそのように感じていても、仕事を離れればそれほど低く評価しないタイプを「高LPC(関係動機型)」とします。
<Sさん>
その2タイプの設定だと結論が見えてくるような気がします… ただPM理論より複雑な設定というか、組み合わせであり、意外な結果が出たことで学界を驚かせた…ということも想像されますね。
<A課長>
さすがの推理です。2つにどうやってタイプ分けするのか… 質問票の回答に基づき判別していきます。各質問はかなり練られており「なるほど…」と感じさせる内容になっています。
<Sさん>
LPCの高低ということですが、PM理論のPが強く出ているのが<低>であり、Mが強く出ているのを<高>としている印象です。
<A課長>
そう解釈してもよいと思います。ただ次のステップがフィードラーらしさです。「組織の業績」は次の数式で導き出されるとしたのですね。
「組織の業績」=「LPC」×「状況変数(リーダーと集団の関係・課題の明確さ・リーダーの権限の強さ)」
状況変数も捉え方によってキリがなくなるので「リーダーにとっての恵まれた環境の程度」を3つのスケールで捉えています。とても恵まれている<高>、普通の<中>、そして厳しい環境の<低>です。
その3つの組織状況とLPCの2タイプがどう組合されれば、「組織業績」が向上したのか、という調査です。
<Sさん>
つまり、<高><中><低>のそれぞれの環境に対するかみ合わせにふさわしいのは、課題動機型の低LPCなのか、それとも関係動機型の高LPCがフィットするのか… ということですね?
<A課長>
YES! です(笑)
Sさんはどう思われますか?
<Sさん>
これはむつかしいぞ… 恵まれた環境というのは… 部下が前向きでリーダーも受け入れられている環境だから、お任せスタイルというか関係動機型の高LPCのリーダーシップによって組織全体も活性化するような気がするなぁ~
いや、だからこそ課題動機型がさらに業績を上げるかもしれない。もっともこのリーダーは嫌な部下を遠ざけるタイプのようでもあるし…
単純に判断することはできないですね。
<A課長>
Sさんの疑問はもっともだと思います。
ちなみに調査の結果、つまり一連の調査スキームから導き出された結論は次の通りです。
1.恵まれた<高>環境 →「課題動機型(低LPC)」
2.可もなく不可もない<中>環境 →「関係動機型(高LPC)」
3.恵まれていない<低>環境 →「課題動機型(低LPC)」
<Sさん>
う~ん、謎ですね。
恵まれた環境になると異なるタイプのキャラクターに替わってしまう…!?
<A課長>
フィードラーも謎を感じたようです(笑) 最初の論文発表後も追加でさまざまな調査を行い、その成果を発表しています。
フィードラー自身、そして他の研究者も「そうだろう…」と認めたのが、3の恵まれていない混とんとした環境と2の普通の環境では、両リーダーシップともそのキャラクー通りに振舞うが、1の恵まれた環境の場合は振る舞い方が逆転するというのですね。
<Sさん>
謎が深まりました(笑)
<A課長>
そうなのです。この謎により多くの研究者が刺激を受けてリーダーシップ研究が一気に広がっていくのです。その謎は謎として、画期的だったのはリーダーシップスタイルと“場”であるところの環境の関わり合いを解明しようとしたところです。
その結果は「唯一最善のリーダーシップというのはそもそも存在しない!」という発見につながりました。
「PM型にならなければダメだ!」という「思い込みの呪縛」から、多くの人を救ったと言えるかもしれません(笑)
ただし、キャラクターを前面に出し、かつLPCの<高><低>という側面で理論をつくり上げようとしたところに無理があったのかもしれません。
<Sさん>
なるほど… 脳科学者の中野信子さんが『ペルソナ』の中で、「わたしはモザイク状の多面体である」と言っていましたが、人の性格をみんながイメージできるよう決めつけるのには無理があるのかもしれません。
私も大きく分ければ、LPCのどちらかに分類されると思います。ただ外面(そとづら)が求められる環境と、家族という自分の素をすべて出し切れるありがたい環境での振る舞いが同じかというと絶対違いますから。モザイク… これは断言できます!
<A課長>
Sさんの迫力ある宣言に脱帽です(笑)
フィードラーによって「条件適合モデル」が一気に開花します。次回はP. ハーシィ & K. ブランチャードの「SL理論」を取り上げたいと思います。私はとてもエレガントな理論だと感じています。
いかがでしょうか?
<Sさん>
エレガント…いいですねぇ~ セッションを盛り上げましょう!
坂本 樹志 (日向 薫)
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