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リーダーシップ理論の変遷(1)~行動論のPM理論で1on1を展開してみる!~

「織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、三者のリーダーシップの共通項は?」と問われて、
あなたは何と答えるでしょうか?

多くの経営者、そして識者に「リーダーシップとは?」と尋ねると、おそらくさまざまな回答が返って来ると想像します。それでも多くの研究者が、リーダーシップを定義すべく取り組みを重ねており、さまざまな理論が登場しています。

もっともその理論は、発表された時代の価値観、空気によって形づくられたところもあり、社会環境が変化する過程で、理論もまた変遷しています。
まずは理論の流れをみてみましょう。

リーダーシップ理論の変遷

<リーダーシップ特性論(~1940年頃)>

1940年頃までの理論と言われています。遡ること中国では諸子百家、日本においては17条憲法をつくった聖徳太子が現実感を伴うリーダー像として描かれた最初だと感じているのですが、この特性論でリーダーシップを捉えています。理論のはじまりの年代が書かれていないのはそのためです。

残されている文献をたどると、そこには「すぐれたリーダーはどのような特性を有しているのか…」というリーダーのもつ個人的な資質に焦点が当てられています。すなわちこの特性論は、大昔から1940年頃まで一貫して続いていた、と解釈可能です。

「すぐれた資質を持っている人がリーダーになるのだ」
「リーダーはつくられるのではなく、もともとその人が有している能力に起因する」
という視点です。

今日では「理論とは別物である」とされる捉え方ですが、現在もこの考えを支持する雰囲気はありそうですね。

「偉人伝」はどうしても、全体観としてその人を「ヒーロー・ヒロイン」として描きます。世間でいうところの「成功者」に対して、トータルな人格が「素晴らしい」とイメージしがちです。ハロー効果であり、後知恵バイアスです。

私たちには、どこか「カリスマを求めたい」という気持ちがあるのでしょうか。ビジネス本の多くは、この「カリスマ性」を色濃く打ち出していますから…

<リーダーシップ行動論(1940年代~1960年代)>

“行動”と名付けられているところに注目です。
リーダーの資質を問うのではなく、「優れたリーダーはどのような行動スタイルをとるのか…」というアプローチです。行動は結果として現れるので、成果を導くための機能は何なのか? を探っていきます。したがって機能であり、その能力は開発可能である、と捉えます。

ブレイク & ムートン「マネジリアル・グリッド理論」
三隅二不二「PM理論」

に代表されます。

<リーダーシップ条件適合理論(1960年代~1970年代)>

リーダーシップのスタイルに関する研究で、その集団の置かれている状況によって、有効なリーダーシップスタイルは異なるという理論です。

F・フィードラー「コンティンジェンシー・モデル」
R・ハウス「パス・ゴール理論」
P・ハーシィ & K・ブランチャート「SL理論(Situational Leadership Theory)」

に代表されます。

<カリスマ的リーダーシップ論(1970年後半~)>

1970年代後半から提唱され始めたリーダーシップです。
カリスマというと「特性論」をイメージするかもしれませんが、この理論は「フォロワーからカリスマと認知されることによって、リーダーはカリスマとなりうる」という考え方です。

「J・コンガーとR・カヌンゴの研究」を取り上げます。

<変革型リーダーシップ理論(1980年代~)>

1980年代頃から提唱が始まったカテゴリーで、「生産性や効率性をいかに高めていくか」がテーマの中心であったリーダーシップ研究が、変化の激しい状況を受けて、「組織変革」「フォロワーの意識改革」こそが、リーダーシップに求められる重要なファクターである…という焦点のシフトがその背景にあります。
リーダーシップ論だけにとどまらない広がりを持ちます。経営ビジョン、経営戦略、組織改革…といったテーマも包含する内容ですね。

「P・コッターのリーダーシップ論」を取り上げます。

<今日注目されているリーダーシップ理論>

条件適合理論、そして変革型リーダーシップについては古びることなく今日でもその有効性が認められています。ただし、VUCAの時代が実感として受けとめられる今日だからこそ、クローズアップされるリーダーシップが登場しています。コーチングとの親和性が伝わってくる理論です。

「ロバート・K・グリークリーフのサーバントリーダーシップ」
「シェアード・リーダーシップ」

が注目されています。

さて、ここから前回でも実施したバーチャル1on1を展開してみますが、リーダーシップ論の変遷は、とても1回の1on1で完結できそうにないので、以後もシリーズでコラムにしてみようと考えています。
初回の1on1は「行動論」、特に三隅二不二の「PM理論」を軸にミーティングを進めることにします。

「ダイバーシティ&インクルージョン」で1on1がスタート!

<A課長>
前回の1on1で、「成人発達理論」の“段階”に違和感を覚えたSさんの語りによって、私も気づきを得ました。漠然と考えていた“包摂”という言葉が浮かんできて哲学に思いを巡らせたところです。西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」まで想起してしまいましたよ。

<Sさん>
包摂… 素晴らしい言葉ですね。ダイバーシティ&インクルージョンは、ダイバーシティが前面に出てしまいがちです。私はインクルージョンに惹かれます。というのは、多様性はポリティカルコレクトネスとして多くの人が知的に理解しているように感じるのですね。それに対してインクルージョンは包摂であり包み込む、です。この言葉は実感を伴います。まさに身体感覚というか、自問自答できる言葉じゃないでしょうか。
… 真面目に語ってしまった。ちょっと青臭いなぁ~(笑)

ところで今回のテーマなのですが、前回ミーティングの最後に「哲学にしませんか?」と言ってしまいました。実は… 勉強不足なので別のテーマに変更したいのですが…

<A課長>
了解です。 私も「望むところです」と応えましたが、哲学を語れるようになるのはまだ先の話だなぁ~ というのが本音です。
またこれでSさんに救われました(笑)

<Sさん>
私は別に救世主ではありませんよ(笑)
それでは… 企業、組織にとっての根幹テーマといえるリーダーシップはいかがですか?
若い頃、三隅二不二のPM理論を勉強した時、納得したものです。係長、課長になってからは「やっぱり実践だよ」という思いが強くなって、理論はほとんど勉強していません。ただ、松下幸之助さん、本田宗一郎さん、ソニーの盛田さん…そして稲盛さんのフィロソフィーとかは、結構読んでいます。
理論は再現性が問われる…とのことですが、星の数ほどある企業にはそれぞれ文化があって、リーダーシップこそもっとも理論化が困難なテーマだと感じています。

<A課長>
なるほど… Sさんの今の発言は言い得て妙です。星の数ほどある企業それぞれに固有の文化がある、さらに部署によってもメンバー構成によっても、効果的なリーダーシップは異なる… という考えを多くの人が持っていると思います。
実はそのことを理論化したリーダーシップ論もあるのですね。逆説的ですが…

<Sさん>
面白いですね~ そういえば…リーダーシップ論はドラッカーを勉強しました。ドラッカーのことを「実証的ではない」という学者もいますが、私にはとても響きます。
学者に対して私は、「そんなに重箱の隅をつつかなくてもいいじゃない!」と思ってしまうところがあります。ただ、虚心に学ぶことも大切なので、この機会に心理学を学んだAさんの力を借りて整理したくなりました。よろしくお願いします。

<A課長>
ありがとうございます。
アカデミズムの世界はどうしてもカテゴリー化してしまうところがありますよね。私も「境界って誰が決めるのだろう…?」と感じるところはあります。ここは結構深いテーマですね。
リーダーシップ論はとてもすそ野が広いので、初回の1on1は対象理論を絞ってみませんか? 「その理論についてどこまで深掘できるか…」をゴールイメージとしてやってみる、というのはいかがでしょうか?

<Sさん>
望むところです(笑)
PM理論は多少とも語ることができます。PM理論でやってみましょう。

今回のテーマは「PM理論を深堀してみる」です!

<A課長>
合意形成です(笑)
まずはSさんから理論内容についての紹介をお願いします?

<Sさん>
了解です。PM理論では、この表が必ず出てきますね。

リーダーシップを、目標達成機能である「Performance」と集団維持機能の「Maintenance」の2軸に区分し、その強弱の組み合わせで4パターンに分類しています。強く出ているのをPとM、弱いのをpとmとし、PM型、Pm型、pM型、pm型に象徴化させています。そして調査の結果、「PM型」を最も好ましいリーダーシップスタイルとしました。

立てた目標の達成にこだわり、かつその達成に向けて集団のまとまり、チームワークにも留意してマネジメントしていく、というリーダーシップです。両方とも弱いpm型はリーダーシップとはいえませんが…

<A課長>
ありがとうございます。

<Sさん>
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という、日本人ならそのキャラクターについて概ね共有できている3人を例に、このPM理論を説明することが多いですね。一般的には、信長は「Pm型」、秀吉は「pM型」、そして家康は「PM型」といわれています。

<A課長>
そうなのですね。260年間継続した「幕藩体制」を築いた家康は、マネジメント、リーダーシップの鑑といえるかもしれません。NHKの大河ドラマ「青天を衝け」でも、北大路欣也が演じる家康を理想像として描いていますからね。
ただ… 私はこのPM理論は参考にとどめることにしています。

<Sさん>
ううん? PM型は理想ではないと…?

<A課長>
いえ、理想です。理想そのものです。だからこそ、少し距離を置きたいと思っているのです。アドラーは理想の前に自己をつけて「自己理想」という概念を提示しています。
理想とはそもそも現時点で自分が獲得していないものです。これに向かって努力していく、ということは誰しもが思い描くことですし、これによって素晴らしい人格の陶冶につながっていくことはあります。ただし、この「獲得していないもの」を切望するのが強すぎる、それに「こだわりすぎること」で、それが獲得できていない自分に対して「自信が持てない」、「劣等感を抱いてしまう」ということをアドラーは言っているのですね。

<Sさん>
う~ん、アドラーですか…

<A課長>
PM理論が提唱するリーダーシップはスーパーマンです。オールマイティの人物像ですよね。ポジティブシンキングもメタ認知で捉えた方がいいように感じます。
日本エグゼクティブコーチ協会会長でコーチビジネス研究所の五十嵐代表の「背伸びをしてポジティブシンキングになる必要はない」というコラム(2019年3月21日)を読んだのですが、なるほどなぁ~と、腑に落ちました。

<Sさん>
Aさんの解説に私も「なるほどなぁ~」と合点しました(笑)
それからPM理論は、リーダーシップの機能をシンプル化しすぎているようにも感じますね。信長、秀吉、家康を、目標達成機能と集団維持機能の2つの軸だけでとらえることができるだろうか、と感じています。
「理論はシンブルであればあるほどエレガント!」との捉え方もあるようですが…

<A課長>
実は膨大な行動項目を挙げて情報収集しています。それを帰納的に分析していくうちに、2つの軸が浮かび上がってきた、というプロセスですね。経営分野で日本発の理論は限られていますが、当時世界に認められた研究成果です。したがって、エレガントな理論といえるかもしれませんね。
ただ、出来上がった理論に実際の人物を当てはめてみると…

秀吉は、信長に見いだされ出世していく過程は、絵にかいたような「pM型」です。ですが、天下を取って以降はどうなのか…?
信長は独裁者の典型とみられがちですが、秀吉を見出したように、身分というフィルターに囚われておらず、そして組織の凝集性を高める能力はすごいものがありました。
また、秀吉の振る舞いを嘆くねねへの手紙は…温かみに満ちています。ですから本能寺の変」という結果によって、皆が思い描きたいイメージが定着したようにも感じます。

あと家康は、天下を取るまでさまざまな経験を重ねています。老境になっての天下取りなので、まさに「鳴くまで待とうホトトギス」でした。だからこそ、その性格はきわめて複雑です。忍従の経験が家康をつくったといえますし、かなり強い根っこの「Pm型」である自分を、家康自身がメタ認知で相対化させ、意志の力でもって「PM型」というテクニカルとしてのリーダーシップ使えるようになったのではないか… と私は感じるんですね。

確かに両方を合体させれば、「PM型」となります。時と場合によって「使い分ける」リーダーシップだったのではないでしょうか。

<Sさん>
いや~ 勉強になります。Aさんの“決めつけない話しぶり”は新鮮です。

<A課長>
ありがとうございます。妻からは「はっきり言ってよ!」と叱られることが多いのですが… 断定するのが怖いのかもしれません(笑)

1on1の進め方については、実は勉強しています。ところがSさんと話していると、そんなことは忘れてしまいます。チクセントミハイのフロー体験を実感します。「集中しすぎて浸食も忘れてしまう…」といった精神状態のことですが、言葉のマジシャンであるSさんによって、その感覚に浸ってしまいました。

<Sさん>
Aさんこそ1on1の申し子ですよ… あっ、これはホメではないですから(笑)
次回もリーダーシップ論での1on1を続けてみたいですね。
よろしくお願いします。

坂本 樹志 (日向 薫)

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