人間は「一心同体的」にはなれるが、残念ながらいつも「一心同体」にはなれない、という事実によるものである。あるいは一時的には、なれても、いつもそうだということはない、と言ってもいいだろう。人間はやはり、一人一人個別なのである。
(『大人の友情』(河合隼雄)より引用)
心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2024年8回目の1on1ミーティングです。
アイスブレイクは「H3ロケット2号機の打ち上げ成功」
(A課長)
H3ロケット2号機の打ち上げが成功しましたね。
(Sさん)
感無量です。Aさんとは、H2Aロケットに搭載された「SLIM」が日本初の月面着陸に成功した際に語り合った1on1で、私は、「H3の初号機は失敗した。だからこそ、2号機の打ち上げは成功する!」と発言しています。その通りになりました。
(A課長)
Sさんの慧眼です(笑)
(Sさん)
いえ、願望そのものでした(笑)
(A課長)
Sさんからは、宇宙開発にロマンを強く感じているのが伝わってくる。
去年の8月16日の1on1では、Sさんは『君たちはどう生きるか』を、私は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を推す、という語り合いになりましたが、その際、Sさんは、畑村洋太郎さんの『失敗学実践講義』を引用している。内容は、2003年に打ち上げられたH2Aロケット6号機の打ち上げ失敗の詳細です。
(Sさん)
そうでしたね。H3ロケットはH2Aの後継機ですが、「SLIM」を搭載したのは、H2Aの47号機。そして、今年1月20日に打ち上げられたのが48号機で、もちろん成功しています。6号機のみが失敗であり、成功率は驚異的な97.9%です。
(A課長)
企業に求められるのは、「事業を起こし、収益を上げ、その得た収益を再投資し、持続的成長につなげていくこと」です。つまり、「成功を循環させていくこと」ですが、宇宙開発という長期的かつ壮大な事業を概観すると、「失敗のない成功はあり得ない」ということが理解できる。
失敗のない成功はあり得ない!
(Sさん)
まさに… そのことをAさんとは、しっかり共有してきました。H3ロケット2号機の打ち上げ成功については、新聞各紙が、2月18日に1面で大きく取り上げています。読売新聞は2面、そして社会面の29面でも掲載しています。大見出しは「H3 ようやく産声」で、「中止、失敗」を経て、その延長に成功があることが語られている。
今日のアイスブレイクは、加藤遼也記者による囲み記事の、「“ロケット屋”苦難の35年」の内容をAさんに紹介しようと思います。
(A課長)
タイトルに引き寄せられますね。お願いします。
(Sさん)
JAXAの岡田匡史プロジェクトマネージャーのヒストリーです。「失敗を何度も経験する“生みの苦しみ”を味わいながら、日本のロケット開発を長く支えてきた」と、記事はスタートします。
航空学専攻を目指し、東京大学に合格したものの、「周りの優秀さに、勉強する気がなくなった」。3年進級時に希望の学科に入れず、「このままじゃダメだ」と一念発起。一から勉強し直すために留年して念願のロケット研究の道に進んだ。
熱中したハンググライダーの落下事故で長期入院し、留年も経験されています。「弱い人」であると自己分析し、「失敗した人の気持ちがわかる」と、言葉にされている。
JAXAの「ロケットエンジニア心得」には、「忙しさの傍らでも、ロケットの未来を考えよ」とある。1号機失敗後、この言葉を使って、開発陣を鼓舞して原因究明と対策の陣頭指揮をとった。自身の経験とこの1年間を振り返り、「エンジニアは失敗すると、ものすごく強くなる」。
昨年度末に定年を迎え、1年ごとの再雇用の身となった。エンジニア人生の最終盤での打ち上げ成功で、「将来へのバトンはつながった」と話す。
H3ロケットの「中止」と「失敗」の会見を再現してみる…
私は今、読売新聞の「中止、失敗」という見出し表現を口にしましたが、この「中止」と「失敗」の記者会見も、岡田匡史プロジェクトマネージャーが臨まれている。JAXAの案件は国家的プロジェクトです。その時の心境は筆舌に尽くしがたいものがあったでしょう。YouTubeでもアップされていますから、Aさんにもぜひ視てほしい。
「中止」についての会見は、TBS NEWSの「JAXA担当者が涙の会見 H3初号機打ち上げ中止<ブースターに着火せず>」を共有しますね。
1分2秒の動画ですが、岡田さんが涙をガマンできなかったところを、15秒くらい切りとっています。絞りだされるコメントは…
見守ってくれた方々が大勢いらっしゃいますので…申し訳ないと思っていますし…(涙)…我々もものすごく悔しいです…
「失敗」は、「H3ロケット打ち上げ失敗 2段目エンジン着火せず“指令破壊”」をタイトルにした、中京テレビNEWSです。
岡田さんは、2分11秒のところから登場します。
地元の方々をはじめとして多くの方々に見守っていただいた中で、このような結果になってしまいまして、申し訳なく思っています…
こうして、今回の成功が導かれたわけです。
さて、アイスブレイクはこれくらいにしておきましょう。ビジネスコーチングに関する、私からの質問タイムです。Aさん、よろしくお願いします。
(A課長)
はい、了解しました。
(Sさん)
前回の1on1で、Aさんは私に、「優れたコーチと、そこに至っていないコーチの差は何だと思いますか?」と質問しています。オープンクエッションです。
それに対して私は、「“コーチングの3原則”が血肉化しているコーチではないですか…」と答えています。Aさんがコーチ、私がクライアントの「ビジネスコ―チング」が、こうやって始まりました。
Aさんは、私の回答に対して、「“血肉化”という表現はメタファーですね。抽象的に感じますが、その言葉を紐解くと、どう説明できますか?」と、すかさず質問していますよね。今度は、チャンクダウンを私に求めた。一瞬「うっ、」となったのですが、少し時間を稼ぐために、「コーチングの質問になってきた」と、つないで…(笑)
「頭で考えようとするのではなく、身体の隅々に“そのこと”が宿っているので、自然にクライアントに寄り添うことが出来るコーチ。クライアントのことを五感で把握し、自在にコーチングのスキルを駆使することができるコーチ… といったイメージかな?」
と、何とか言葉にしています。
クライアントを五感で把握し自在にコーチングスキルを駆使する!
(A課長)
ええ、リアルな「ビジネスコーチング」を意識してやっています。モードを切り替えました。
(Sさん)
考えた末、その言葉が口から出てきた後、プロのピアニストがイメージされたのです。Aさんが繰り出す質問によって、無意識の層から「言葉」が浮かび上がってきた感じです。潜在意識にあったのでしょう。
「喩えていうならば、プロのコンサートピアニストです。完璧に暗譜し、作曲家の意図と、自分が表現したいことを融合させ、そうして自然体で曲に身を委ねていく。『次は何の音だっけ?』なんてことは、微塵も考えていない。すぐれたコーチは、『次は何の質問をしたらよいだろうか?』と邪念が生じることがない」
Aさんは笑いながら、「なるほど… 私の肚にも落ちてきました」と、嬉しいフィードバックを返してくれました。
(A課長)
ここは、「セッションの振り返り」ですね。次のセッションにつなげていくための大切なステップです。評価であるエバリュエーションを意図しながら実施することです。コーチングは双方向ですから、Sさんが今、こうやって私にフィードバックしてくれると、コーチである私も学ぶことが出来る。
「振り返り」はエバリュエーションも意図して実施する
(Sさん)
ありがとうございます。
前回の1on1は、実践的なビジネスコーチングとなりました。「コーチングはティーチングと異なるが、クライアントの要請を受けて、コーチは“提案”や“情報提供”を行なってもいい」と、Aさんは言った。もやもやが解消されました(笑)
さて、今日のテーマなのですが、「自分の強みと弱点を自覚すること」と考えています。ビジネスコーチになった時、当然その「強み」を生かしていきたいと思うので、Aさんにコーチになっていただき、今日の1on1が終わるころには、「気づき」として感じられるようにしたい。それがゴールです。
(A課長)
わかりました。早速始めましょう。
Sさんは、ご自身の「強みと弱み」をどう受けとめていますか?
(Sさん)
そうですね… 「共感力は強いかな」と思います。コーチングのベースは「受容と共感」ですから、コーチとしての基本要素は満たしているのでは、と自己肯定しています。
弱点については、やはり「傾聴」ですよね。聴いているうちに、アドバイスしたくなっちゃう(笑)
(A課長)
なるほど… 弱みについては、Sさんは自覚されているようなので、「強み」に絞って、やってみましょうか。いかがですか?
(Sさん)
お願いします。「私の共感力は果たして強みなのか?」ということですね。Aさん、どう感じていますか?
(A課長)
コーチングは、Sさん自らが「答え」を見つけていくことですから、その質問には、お応えできません(笑)
ただ、「自分を客観視できるようになる」ことが、コーチには求められるので、自己分析のために、CBLコーチング情報局をチェックしてみましょうか。サイト内検索欄に、「コミュニケーション能力」と、入力してみましょう…
いくつか出て来ましたが、「コーチングの学びは、自分のコミュニケーション能力を知ることから始まる」を開きます。コーチングにおける「コミュニケーション能力」を3つに整理しています。
コーチングもコミュニケーションを広く捉え、その力を、「聴く力」「表現する力」「関わる力」の3つに整理し、学ぶにあたって自分がどの力を得意としているのか、プロのコーチになるためには、どの力を伸ばすことが必要なのか、まずは自分の能力を知ることが求められます。
「コミュニケーション能力」には「聴く力」「表現する力」「関わる力」の3つがある
(Sさん)
なるほど… 「共感力」については、「表現する力」と「関わる力」の両方にかかっているようですが、私は「表現する力」が前面に出ていると感じる。
表現する力が高い人
自分について語る力、自分の考えや感情を素直に表す力が高い人です。このタイプの人は、初対面であっても、すぐに相手との関係性をつくり上げることができます。自己開示によって、相手の人も心を開きやすくなるからです。
ただその反面、自分本位のコミュニケーションになりがちです。つまり相手を理解しようとする気持ちよりも、自分をアピールすることにエネルギーを使ってしまう傾向があります。
う~ん、言われてみると、「自分をアピールすることにエネルギーを使っている」ようにも感じる。自己開示は、自然にやっているから、この文面は腑に落ちるというか、腑に落ちてしまった(笑)
(A課長)
(笑)…今日はアイスブレイクで、JAXAの岡田匡史プロジェクトマネージャーのヒストリーを、Sさんが紹介してくれました。ちょっと感じたことなのですが、いつものSさんであれば、その感動を、もう少し私に話されたのではないか、と想像しています。なぜ、アイスブレイクを切り上げ、ビジネスコーチングの質問タイムを始めたのか。
Aさん、いかがでしょうか?
(Sさん)
なるほど… 感動が生じるとそのことを話したくなって、これまでは、アイスブレイクといいながら、長々と話していますね。確かにそうだ…
今日はAさんにコーチングをしてもらうのが目的なので、そこはガマンしたかな? 言われてみて気づきました。
(A課長)
ありがとうございます。私の疑問も少し解けました。では、続いての質問です。
Sさんはクライアントではなく、コーチであるとしましょう。アイスブレイクは、今日のように「H3の打ち上げ成功話」は、そのままで、その後でSさんがコーチングをスタートさせると、どんなセッションがイメージされますか?
(Sさん)
私がコーチですか? アイスブレイクの内容は一緒… ということですね?
う~ん、感動を引きずってしまうかもしれない。その「感動」を、クライアントと「共有」したくなるというか、「共感」を求めるかもしれない…
コーチが感動を引きずったままコーチングをやってしまうと…
(A課長)
今Sさんの回答を聴いて、「CBLコーチング情報局」に最近アップされた内容を思い出しています。ちょっと待ってください…
タイトルは、『ヴェニスの商人』の「一心同体の友情」は、真に受けない方が良い…です。
紹介したいのは、この箇所です。
このように考えると、一心同体の友情などは不可能に近いのではなかろうか。『ヴェニスの商人』ではそれが可能として描かれているが、それは途方もない僥倖や知恵などが重なりに重なってこそのことである。
なかなか成就し難いことを、一挙に達成されたかの如く感じるとき、人間はセンチメンタルになる。「一心同体」だというので、涙、酩酊、握手、抱擁、いろいろなことが起こるが、少し醒めた目でみるとき、あんがい、一人一人は別人だと認識されるかもしれない。
(Sさん)
『ヴェニスの商人』ですね。大感動でした。シェイクスピアは天才です!
(A課長)
私は読んでいないので、感動は体験できていないのですが、このエッセイを書いた河合さんは、多くの人が、シェイクスピアの描く男二人の「一心同体」の関係に感動するだろう、ことをふまえた上で、“その感動”から、少し距離を置いています。
(Sさん)
距離を置く…?
(A課長)
人は、自分の「推したいこと」が話題になると、俄然張り切ってしまう。そこに感動が伴うと、相手に対して、「押しつけ」と自覚することなく、熱心に説いてしまいます。
河合さんは、臨床心理学者であり、カウンセラーとしてのプロ中のプロです。コーチングも「人間関係における専門職」ですから、河合さんが語るように、セッションにおいては、「人と人の間の適度な距離感」は保っておくことが求められるということです。
なかなか言葉では言い表しにくいところですが…
人と人の間の適度な距離感を保つ…
(Sさん)
う~ん… 私がこのままビジネスコーチになってしまうと、「パッション溢れる特異なコーチ」になってしまいそうだ、難しい…
(A課長)
はい、本当に「難しい」と思います。この『ヴェニスの商人』を語る河合さんのエッセイを踏まえて、「CBLコーチング情報局としてのスタンス」が語られます。
CBLコーチング情報局は、「共感」と「共感的理解」の違いを紐解いています。優れたプロコーチは、「一心同体」のセンチメンタルに陥ることなく、「クライアントは自分とは異なる他者」であることを、しっかり受けとめます。その上で、その人をまるごと受容し、寄り添っていくのがコーチングである、と最後にお伝えして、今回の解説を終えることにします。
今日、Sさんが提起したテーマは、「自身の強みと弱みを客観化する」ということでした。そのことは、Sさんが自己実現に向かっていくプロセスだと思います。河合さんは「自己実現は苦しみを伴う」と言います。
プロコーチになろう! と決めたSさんは、そのプロセスを歩み始めたのだと思います。
(Sさん)
苦しみ…ですか? 私はベートーベンが語ったという、「苦悩を突き抜ければ、歓喜に至る」ということばが大好きで、シンドクなると、この言葉を思い浮かべ、自分を鼓舞しています。今日の1on1は、少々シンドイところですが、一応ゴールにたどり着いた感じを抱くことができています。これがコーチングなんですね…
(A課長)
Sさん、今日の最後に、私が感じていることをフィードバックさせていただいてもいいですか?
(Sさん)
はい、もちろんです。
(A課長)
私は、Sさんと2年以上1on1を重ねていますが、Sさんからは、どの人からも感じたことのない「楽天性」が伝わってきます。「すごいなぁ~」と、いつも思っています。私は、交流分析でいう大人のAがベースとなっている性格だと自己分析しています。それと違って、Sさんは、自然で自由なFCがコアにある。少し羨ましいんです。
Sさんがコーチになった場合の最大の武器は、「楽天性」ではないでしょうか。でもSさんは、その楽天性を決して他者に押しつけようとしていない。ご自身がオリジナルであることを自覚されていますから(笑)
(Sさん)
するどいなあ… オリジナルにはこだわりがあります(笑)
「角を矯めて牛を殺す」ことのないよう心がける!
(A課長)
私は「角を矯めて牛を殺す」という言葉は深い、といつも感じています。そうならないようコーチングセッションを進めることを心がけています。ですから、Sさんの強みである「楽天性」を生かしたビジネスコーチにぜひとも挑戦してください。
(Sさん)
ありがとうございます。広島オトコですから、その言葉をそのまま受容させていただきます(笑)
(A課長)
今日のフィードバックは、ちょっと客観的になれなかったかもしれない。この反省を次のセッションで生かしてみます。次回もよろしくお願いしますね。
坂本 樹志 (日向 薫)
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