今回のテーマは、条件適合モデルへの帳を開いたフィードラーの「コンティンジェンシー理論」を発展させ、部下の技能(パフォーマンス)と意欲(コミットメント)の高低に応じて、リーダーシップスタイルを変幻自在に変えていくことを説いた「SL理論」を深掘りしてまいります。
SLとはSituational Leadership の頭文字であり、状況対応型リーダーシップと訳されています。条件適合モデル…という分野名称は少し硬い訳ですが、状況対応はわかりやすい表現ですね。
部下の技能と意欲の組み合わせをD1~D4の4つの状況に整理し、それぞれに相応しいリーダーシップスタイルをS1~S4で提示しています。
前回はSL理論を語るはずの1on1が、いつの間にか「コーチングの3原則」にテーマがシフトしたという経緯でした。
今回の1on1(バーチャルです)は、「リーダーシップ理論の変遷」の3回目として、定年再雇用のSさんと心理学を学びコーチングの資格を持つ若手A課長に、SL理論を語ってもらうことにします。
『新1分間リーダーシップ』の紹介から1on1がスタートします。
(Sさん)
部長職で定年を迎えた私が、再雇用としてAさんのチームに配属され、部下として1on1に臨むことを通じて、改めて自分が管理職として部下に接してきた日々を思い返しています。こうしてAさんとの1on1を続けていくことで、新鮮な気づきを得ることができています。
(A課長)
新鮮な気づき… 素敵な言葉ですね。
(Sさん)
今回のテーマであるSL理論については、少し時間があったので、理論提唱者であるケン・ブランチャードと、パトリシア・ジガーミ、ドリア・ジガーミとの共著である『新1分間リーダーシップ』を読んでみました。翻訳版としてダイヤモンド社から2015年に出版されています。ストーリー仕立ての対話形式です。ソフトカバーで薄めの本だったので手に取りました(笑)
(A課長)
私はケン・ブランチャードの同じダイヤモンド社の『リーダーシップ論(完全版)』は読んでいますが「1分間シリーズ」は読んでいないので、ぜひとも紹介してください。
ちなみに『リーダーシップ論(完全版)』は450ページのボリュームです(笑)
(Sさん)
Aさんがそうくると思ったので、準備しています(笑)
以前出版された『1分間マネージャー』…これは世界的ベストセラーとのことですが、この主人公が“新1分間マネージャー”と名前を変えて登場します。働きすぎの起業家が、多様なチームメンバーの力を最大限引き出していく方法を“新1分間マネージャー”から学んでいく姿を時系列で追っていくという筋書きです。
無手勝流と自認していた自分のリーダーシップのある局面を見事に説明してくれているなぁ、と感じる一方で、別のシーンでの私のスタイルは、部下の置かれていた状況とアンマッチのまま対応していた、と思い返したり… とにかく新鮮な感覚で読み通すことができました。
「SL理論はエレガント」とAさんが称する意味が、分かったような気がしています。
エレガントとは「あいまいではなくシンプル」ということ…?
(A課長)
私は国語や暗記ものの科目が苦手だったのですが、数学は好きでした。最近、数式の美しさを語る本とかが増えていますが、さまざま複雑な現象を、最も抽象的といえる記号だけで説明してしまう数学という世界に「すごいなぁ~」と感じていたのですね。
(Sさん)
そういう意味では私は典型的な文系です。大学も文学部ですし… 記号に置き換えられた瞬間に思考が止まってしまいますから(笑)
ただ国語と社会は得意でしたよ。枝葉末節の記述に親和性を感じる方です(笑)
SL理論は複雑極まりない人間の行動を、技能と意欲の2つ変数に絞りその高低のパターンで、対象者の置かれている状況を説明しているのですが、文系脳の私も腑に落ちる理解ができました。
(A課長)
そうなんですね。エレガントと格好つけて表現しましたが、シンプルかつリアルに適用できる捉え方です。
(Sさん)
Aさん、この図表を見てくれますか? 『新1分間リーダーシップ』の98ページの図表に、文系脳の私も理解できるよう、いろいろ手を加えてみました。
まず図表タイトルなのですが、著作では「SLⅡモデル リーダーシップスタイル」とだけになっています。
SLにⅡがついているのは、1960年代に開発されたハーシー&ブランチャードのSL…状況対応型リーダーシップ…をより精緻化して1985年にSLⅡとして発展させている、と説明されています。ちなみに「SLⅡ®」とありますので、登録商標のようです。
そのタイトルを「対象者の状況・発達レベル(D1~D4)に合わせるリーダーシップスタイル(S1~S4)」と変えて、Dが対象者の状況・発達レベルの4つの類型化であり、Sはそれに柔軟に対応していくリーダーシップスタイルであることを、図と関連付けました。
(A課長)
なるほど。インターネットで「SL理論の画像」を検索すると、膨大な図表が出てきますが、図表のデザインを変えたものがほとんどなので、Sさんの図表はユニークですね。
(Sさん)
文系の人間がつくってしまう図表です(笑)
それから、Dは部下の「技能」と「意欲」の組み合わせが、図の下で右から左に向かう枠で囲ったところの高低でだんだん変化していくことを表しています。
(A課長)
その発達に対応するリーダーシップスタイルがオレンジ色のカーブであるパフォーマンス曲線ですね。あれっ? 矢印になっていませんが…
右下の象限のS1である「指示型」から始まり、S2の「コーチ型」に向かって登っていき、S3である「支援型」、そしてS4の「委任型」に下がる、という矢印で表されるのが一般的だと思うのですが。
(Sさん)
それは発達曲線でもあるからですね。
ある人が担当する業務について経験を積み精進することでD4の「業務知識にも精通+意欲も高い」状況に至ります。そうなるとリーダーシップスタイルもS4の「委任」、すなわち判断、意思決定も含めて「お任せ」のスタイルで臨むと、その人はより高いパフォーマンスを発揮する、ということです。
まさにその通りです。ところがその人が人事異動により、経験したことのない新しい業務を担当しなければならない状況となった場合、S1の「指示型」リーダーシップが求められることになります。
指示という日本語は命令といったニュアンスを感じますが、ここでいう指示は教えてもらい学ぶことで業務を一から習得していくということです。「お任せ」にされてしまうと、本人は辛い状況になってしまいます。
つまり、状況によっては同一人物が4象限のすべてにプロットされることもある、となります。同書でもそこはしっかり書かれていますから、矢印はあえて消してみました。
(A課長)
納得です。一般化した図表をスタンダードとして受けとめ、考えることを止めてしまうと誤解が生じるかもしれませんね。
(Sさん)
それから… 私の文系が出ているところは、ブルーの四角で囲った象徴表現を各象限に組み込んだところです。
インターネットで「SL理論」に関するさまざまな紹介に目を通してみたのですが、たとえば部下の置かれた状況がD1だとして、「技能は低く意欲は高い」という説明にとどまっており、リアル感がピンとこないのですね。
同書もそのリアルな状況を図表内では説明していませんが、さすが本家本元のブランチャードさんの本です。その状況を「意欲満々の初心者」と象徴化させているのですね。
次のように会話が交わされます。
「ある目標ないしタスクでD1の発達レベルにあるとしたら、その人は“意欲満々の初心者”です。やる気にあふれていますが、経験が足りません。そのタスクないし目標に取り組むのは初めてで、いろいろな意味で、自分に何が足りないかさえわかりません。要するに実力不足です」
「熱心でやる気満々ということは、学習意欲も旺盛ということでしょうか」
「そのとおり。期待と好奇心でいっぱいで、簡単にマスターできると信じています。自分の汎用スキルを使えばすぐに覚えられると考え、難しいとは思わないのです」
Sさんは「意欲満々の初心者」であった過去を語ります。
このくだりを読んだとき、新入社員のころを思い出しました。最初に人事労務部門に配属され、社員の借り上げ社宅の契約や、住宅資金の貸し付けに関する抵当権設定業務などを担当していたので、上司から勧められたこともあり宅建の資格を取ったのですね。その過程で民法などの法律に興味を覚え、関連する上位の資格…不動産鑑定士を取ろう! と意欲に燃えました。難解な資格であることはわかっていたのですが、某受験対策会社の講座に申し込んでいます。
そして出席して早々に…「太刀打ちできない」ことを悟ります(笑)
受講生のレベルがものすごく高く、講師の質問にもスラスラ答えます。私は質問されてもちんぷんかんぷんで立ち往生するばかりでした。 その時のなさけなさと恥ずかしさは忘却不可です。結局数回だけ出席し通学を放棄してしまったのです。結婚したばかりの安月給にも関わらず高い受講料だったので、妻から猛烈に非難されたことを思い返し、今冷や汗が出てきました。
(A課長)
面白い…と言ったら申し訳ありませんが、「意欲満々の初心者」のリアル感が伝わってきました(笑)
“知らない者の強さ”というか、痛い目を経験していない初心者だからチャレンジできる、というのも真実味があります。
そして技能が徐々に高まっていくことで現実を知る、ということですね。だからD2の段階になると「期待が外れた学習者」という訳だ…
(Sさん)
その次のD3は、経験を積み技能が高まっていることで会社にしっかり貢献できている状況です。ただし失敗も経験することで、慎重にもなります、だから「慎重になりがちな貢献者」なのですね。同書で、D3の人への対応であるS3について次のようなやりとりがあります。
「……意思決定も自分でしたい方ですが、私にくらべると自分の考えに自信がもちきれないところがあります。もっと自信をつけ、タスクへの情熱を取り戻す必要があり、それには支援型スタイルが役に立ちます。ただし、どんな場合にも支援型が有効というわけでもありません」
「例えば?」
この後、1分間マネージャーは、夫婦関係がおかしくなった友人の例を話題にします。二人を説き伏せて「結婚カウンセラーのところへ行った方がよい」とアドバイスしています。二人は面倒見のよい、しかし指図をしないカウンセラーのもとを訪れます。
1分間マネージャーは「どんなカウンセラーのところへ行くかまでは尋ねなかった」と前フリしているのですが、これが伏線になっています(笑)
「それでどうなったのです?」起業家は身を乗り出した。
「ふたりは1時間あたり200ドルもの料金を払い、やることといえばお互いに罵り合うだけでした。その間、カウンセラーは何もせず、ひげをなでながら言いました。『フーム。どうやら怒りがあるようだ』。ふたりはカウンセリングを3回受け、離婚しました」
この後のやりとりについては割愛します。「D3は支援型で対応すべきです!」と、言い切っていないところが私は気に入りました(笑)
(A課長)
割愛したところを想像すると愉しくなりますね。
(Sさん)
1分間マネージャーは柔軟ですよ(笑)
そして最後のD4は一つの境地である「自立した達成者」となります。対応していくリーダーシップスタイルのS4については最初に説明したとおりです。
(A課長)
図表の中に、リアル感が伝わる状況を盛り込んだということですね。確かに、この説明があることで、図表がいきいきとしてきた感じです。
(Sさん)
ありがとうございます。
SL理論は、意欲という内面的な動きという説明しがたい要因を技能レベルという数値化も可能な客観的要因と関連付けることで、その人が感じている「状況」を一般化できるところまで精緻化することに成功しています。つまり「あるある」が実感できるのです。
それぞれ状況が異なっている部下に対して、同じような働きかけでよいのか… 当然「違うでしょう」となります。
その違いを「指示的行動」と「支援的行動」の配分で示すのですね。そして曲線として描いているところが、対応の範囲というか幅を感じることができて「なるほど…」と腑に落ちる理解につながります。
(A課長)
最後に残ったのがS2のコーチ型リーダーシップになりますが、『新1分間リーダーシップ』の中で、どのように説明されていますか?
(Sさん)
S2については次のようなやりとりがあります。
「コーチ型スタイルの場合は、相手の意見を聞いて、双方向のコミュニケーションをはかるわけですね。そして最終的な判断はマネージャーがくだすのですか」
「もちろんそうです。ただし相手の意見も聞きます。部下の意見のほうがすぐれている場合もありますから、支援は十分に行います。マネージャーは、部下がリスクを恐れず斬新な発想をするように奨励しないといけません」
「スタイル2とは、チームメンバーの意見を聞くということですね。……」
(A課長)
実務能力を高めていくプロセスなので当然ティーチングも含まれますね。もっともingがついているコーチングはより広い概念です。
ブランチャードの『リーダーシップ論(完全版)』の冒頭、「我々はなぜ本書を書いたのか」の中にある次のコメントに私は引き付けられています。
我々がこの本を書いた理由はいくつかある。第一に、すべての人がより高いレベルのリーダーにどこかで出会えるような時代がくることが、我々の夢だからだ。利己的なリーダーは過去のものであり、世界中のリーダーが、ロバート・グリーンリーフのいう「奉仕第一、リーダーシップ第二」の人ばかりになるだろう。我々はその夢を実現するために、この本を書いているのである。
グリーンリーフの著作に『サーバントリーダーシップ』があります。リーダーシップスタイルをSL理論として描いたブランチャードが、“夢である”と称揚しリスペクトしているのが、グリーンリーフが唱える「奉仕第一」のリーダーシップということなのです。
Sさんと1on1のテーマを「リーダーシップ論の変遷」として語り合いましょう、と方針を定め始めていますが、コーチングを学んだ私の最も共感するリーダーシップ論はグリーンリーフなのですね。自らもリーダーシップ論を提唱しているブランチャードが同様に感じてくれていることに「わが意を得たり」と嬉しくなりました。
グリーンリーフについては、「1on1リーダーシップ論の変遷」の完結編として、もう少し後にやってみるということで、いかがでしょうか?
(Sさん)
いいですねぇ~
『新1分間リーダーシップ』の最後のあたりに、1分間マネージャーに学んだ起業家が次のように語るシーンがあります。
あなたから教わったのは、人間を肯定的に見るのが大前提だということ、だれもがハイパフォーマーになる潜在力をもっているということです。だから、部下がどれだけ指示や支援を必要としているかによって、むしろリーダーの方が行動を変えるべきなのです。
そしてブランチャードの化身ともいえる1分間マネージャーは、第6章の「今やっていることを分かち合う」の冒頭で、双方向コミュニケーションの重要性について、熱い言葉で次のように言い切ります。
部下などというものは存在しません。その人が“下の者”だったら雇う必要などないのです! 私のほうも“上司”などではありません。だから、SLⅡリーダーになりたいのなら、自分が何を意図しているのかを伝えないといけないのです!
(A課長)
熱いですねぇ~
Sさん、ありがとうございます。SさんがここまでSL理論を深掘りされているとは… コーチングを学ぶ者として、Sさんのアプローチに触発されました。
(Sさん)
こちらこそ、です。今後の1on1でもリーダーシップについて、どんどん深めていきましょう!
坂本 樹志 (日向 薫)
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