心理学とコーチング ~行動経済学とコーチング その2~(2021/04/27)

あなたならどちらを選びますか?
A コインを投げて表が出れば100ドルもらえるが、裏が出たら何ももらえない。
B 確実に46ドルもらえる。

カーネマン教授とトヴェルスキー氏の同志的つながりについて語ります。

ノーベル経済学賞を受賞した心理学者のカーネマン教授とトヴェルスキー氏は、1970年代の半ばに、このような質問を作成し、自分ならどう選ぶかを自問自答することに取り組み始めます。

ノーベル賞は存命者に与えられる賞なので、すでに故人であったトヴェルスキー氏は、受賞者ではありません。ただし、カーネマン教授の著作を読むと、トヴェルスキー氏なしのノーベル賞はありえなかったことが実感されます(カーネマン教授の論文の多くはトヴェルスキー氏との共同執筆です)。

深い信頼、そして尊敬を共有する二人の関係に想いを馳せるとき、すぐれた経営者、そしてリーダーには、その人格を含めたトータルな人間的能力を最大に引き出してくれるパートナーの存在があることを(また必要であることを)想起します。

私は昨年5月27日のコラムで「素晴らしい経営者は信頼のおけるパートナーによってつくられる」ことを、ソニーの井深大さんと盛田昭夫さん、ホンダの本田宗一郎さんと藤沢武夫さんの関係に触れてコメントしました。両社の例では昭和色が出てしまいますね(笑)。平成、そして令和となると、私は宮崎駿監督と鈴木敏夫プロデューサー、庵野秀明監督と妻であり漫画家の安野モヨコさんの関係をイメージします。

今日アニメは、日本が世界に誇るソフト・パワーの地位を築くに至りました。サブカルチャーがいつの間にか、日本文化の王道といえるまでの存在です。改めて変化のダイナミズムを実感します。

社会によき影響を与える活動に心から信頼できるパートナーの存在は不可欠!

そして世界に目を向けると…スティーブ・ジョブズ(アップル共同経営者)、エリック・シュミット(グーグル元会長兼CEO)、ラリー・ペイジ(グーグル共同創業者)には、ビル・キャンベルというコーチの存在がありました(『1兆ドルコーチ/ダイヤモンド社』)。語るまでもなく、コラムのテーマである「コーチングとビジネスの融合」にリアル感を覚えます。
どのような分野を問わず、心から信頼のおけるパートナーの存在はその人を豊かにするだけでなく、関係する人たち、そして社会も素敵にしていくことを私は確信しています。

カーネマン教授とトヴェルスキー氏は、毎日たくさんの時間を(オフィスで、ときにはレストランで、そして多くはエルサレムの静かな通りを散歩しながら)、意思決定…特に“直感的な選考”を深く確かめるための会話に費やします。そして5年後に「プロスペクト理論」という論文を書き上げるのです(1979年)。

さて、冒頭の質問ですが、読者の皆さんはどちらを選択されましたか?
別にひっかけ問題ではありません。私はすぐにBを選んでいます。そしてカーネマン教授とトヴェルスキー氏もBでした。

ノーベル賞につながる研究のスタートをカーネマン教授は語ります。

この問題で私たちが知りたかったのは、最も合理的な選択や解釈ではない。直感的な選択、すなわち回答者が迷わず選ぶのを知りたかった。エイモスと私が選ぶ答えは、ほとんどいつも同じだった。この例では、二人ともBである。たぶん読者も同じだと思う。二人の意見が一致し、大方の人も自分たちと同じ意見だろうと自信が持てると(実際、ほとんどの場合にこの自信は正しかったことがあとで確かめられた)、確たる証拠が得られたかのように先へ進む。もちろん、直感を裏付けるデータ集めをあとでしなければならないことはわかっていたが、とりあえずの実験者と被験者の一人二役をしておくと話が早かった。

引用は、『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?/ダニエル・カーネマン 村井章子訳』からのものです。2012年に早川書房より単行本が発刊され、その後文庫化(ハヤカワ文庫)されています。今回のコラムは、文庫版(下巻)の第25章「ベルヌールの誤り」と第26章「プロスペクト理論(Prospect Theory )」を取り上げます。

プロスペクト理論は、リスク下において人はどのような意思決定を行うのか…を解明した理論です。

プロスペクトは、予想、見通し、展望と訳されます。この理論には「リスク下における意思決定の分析(An Analysis of Decision under Risk)」という副題が付されており、この理論を端的に説明しています。カーネマン教授(とトヴェルスキー氏)は、理論は次の「3つの認知的特徴」を備えていると述べます。

第一の特徴は、評価が中立の参照点に対して行われることである。なお参照点は、順応のレベル(AL)と呼ばれることもある。このことは、簡単な実験で実感できる。三つのボウルを用意し、左のボウルには氷水を、右のボウルには湯を入れる。一分間、左手を氷水、右手をお湯に浸してから、両方の手を真ん中のボウルに入れてほしい。すると、同じ水を左手はあたたかく、右手は冷たく感じるだろう。金銭的結果の場合には、通常の参照点は現状すなわち手持ちの財産だが、期待する結果でもありうるし、自分に権利があると感じる結果でもありうる。たとえば、同僚が受け取ったボーナスの額が参照点になることは大いにありうるだろう。参照点を上回る結果は利得、下回る結果は損失になる。 第二の特徴は、感応度逓減性(diminishing sensitivity)である。この法則は、純粋な感覚だけでなく、富の変化にも当てはまる。暗い部屋ならかすかなランプをともしただけでも大きな効果があるが、煌々と輝く部屋ではランプが一つ増えたくらいでは感知できない。同様に、100ドルが200ドルに増えればありがたみが大きいが、900ドルが1000ドルに増えてもそこまでのありがたみは感じられない。 第三の特徴は、損失回避性(loss aversion)である。損失と利得を直接比較した場合でも、確率で重みをつけた場合でも、損失は利得よりも強く感じられる。プラスの期待や経験とマイナスのそれとの間のこうした非対称性は、進化の歴史に由来するものと考えられる。好機よりも脅威に対してすばやく対応する生命体のほうが、生存や再生産の可能性が高まるからだ。

学術論文が硬質な言葉で綴られる訳を考えてみる…

専門用語はどうしても硬質の言葉(加えて漢字表現)に訳されるのが通常です。他方、プロスペクト理論のように原語(カタカナ)のままとする場合もあります。いずれも、「意味の曖昧性を回避する」という背景があるからです。「なぜプロスペクトを理論名としたか」については、カーネマン教授自ら説明していますので、後ほど紹介することにします。

「参照点」「感応逓減性」「損失回避性」も少しわかりにくいですね。「難解な表現」を用いることが、“学術論文の権威性を高める”ことにつながるのかは定かではありませんが、翻訳に限らず、日本語で書かれる論文も同様な傾向を感じます。これは幕末から明治維新にルーツがありそうです。

西周がフィロソフィーを哲学と訳したのは有名な話です。もともと日本には、文語と口語という“二つの言語”が併存していました。文語は「教養」です。現代に通じる「言文一致体」を完成させたのは夏目漱石ですが、森鴎外の格調高い文体に触れると、両者の寄って立つバックボーンの違いに符合させてしまいます(これは、認知のバイアスかもしれませんが…笑)。

ちなみに、哲学という言葉は中国語にはもともと存在しておらず和製漢語です。哲、学、は漢字ですから中国語由来です。ただしこの二文字を合体させ熟語としたのは日本なのですね。例えば、議会、規則、義務、宗教、人民、共和国、共産主義、社会主義、資本主義…、いずれも同様です。中国でも当たり前のように使われています。中華人民共和国が中国の正式な国家名称です。ただ“中華”以外は日本由来の用語なのですね。“中華”は中国のナショナリズムを象徴的に表す2文字ですが、これはさすがに中国固有の言葉です。
日本では開国という強烈な外圧により、いやがおうでも、西欧の概念を早急に日本人の内部にビルトインする必要に迫られました。西周に代表される知識人が、懸命に日本語(漢字を用いて)に翻訳することに取り組んだのです。

文字を持っていなかった日本は中国から漢字を輸入します…

少し脱線しますが、中国語と日本語の異同に関して、私が中国に駐在したときに感じたことを書いてみます。

漢字は表意文字であり、文字を見ただけで概念が浮かびます。そして文字の組み合わせにより、次々と新しい言葉を作り出すことができます。日本語はさらに、ひらかな、カタカナという表音文字もありますので(世界中見渡しても特異な言語/文字ですね)、今日洪水のように押し寄せる外国語の多くは、カタカナとして流通していきます(IT用語はその最たるものです)。

その点、中国語はすべて漢字に変換しなければならないので大変です。私のような日本育ちの人間は、同じ漢字を使う中国語に接したとき、「さすがだなぁ」と感じること、そして「笑みがこぼれること」がたびたびです。例えば、「電脳=コンピューター」は、日本人にとっても納得です。そしてインターネットは「因特網」となり、イントゥワンと発音します。因特は意味ではなく発音が類似、網はネットですから、「因特網」は音と意味の合体語です。

ここで冒頭のカーネマン教授ではないですが、私からも質問させてください。

麦当労、肯徳基、星巴克、は国際的な外食チェーンです。さて…?

<答え>

  • 麦当労(発音:マイダンラオ)→ マクドナルド
    麦は関連する意味を感じますが、当労は音であり表音文字的(まったく意味はありません)に使用。
  • 肯徳基(発音:ケンドゥジー)→ ケンタッキー
    3文字とも音として表音文字的に使用(ただし好ましい意味がイメージされる文字)。
  • 星巴克(発音:シンバークゥ)→ スターバックス
    星は意味、巴克は音として表音文字的に使用。

興味が尽きませんね。
中国語の習い始めに必ずといってよいほど紹介される、同じ2文字でも意味が異なる言葉として「手紙」があります。中国語ではトイレットペーパーのことです。また老婆(ラオポー)は中国語で妻となります。この場合の老は、年寄りという意味とは別に、老には敬うというニュアンスもあるのでそちらですね。ちなみに動物に老を頭につけることが多く、老鼠(ラオシュー)、老虎(ラオフォ)は、老若を問いません。
あと、日本では漢字に複数の発音があることを自然に受けとめますが(音読み・訓読み等)、中国では、個々の文字は一つの音で成り立ちます。銀行(インハンと発音…これも和製漢語)の「行」は数少ない例外の一つで、通常シンと発音されます。短く「行(シン)!」は「よろしい、OKです」の意味。「不行(ブーシン)!」は「だめです!」となります。

子音、母音の種類が多く、かつ四声という一つの文字に4つの声調(イントネーション)が存在すること、文字(漢字)の量が膨大であること(日本の当用漢字は一部にすぎません)によって、音を聞くと該当する特定の文字が浮かんでくる仕組みなのですね。

「プロスペクト理論」は原語の理論名称がそのまま日本でも使われています。

「プロスペクト理論」に戻りましょう。
原語は「Prospect Theory」なので、漢字に変換されずカタカナのままです。カーネマン教授が「Prospect」と名付けた理由については、行動経済学の理論で3番目にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のセイラー教授が『行動経済学の逆襲/リチャード・セイラー 遠藤真美(2016年に早川書房より単行本が発刊、2019年に文庫化)』のなかで次のようにコメントしています。

2002年にダニエルがノーベル賞を受賞することになる論文の初期の版で、当時は「価値理論」と題されていた(もしエイモスが存命であったら共同受賞していただろう)。その後、タイトルが「プロスペクト理論」に変更された。ダニエルになぜタイトルを変えたのか尋ねると、こんな答えが返ってきた。「『価値理論』だと誤解を招くおそれがあるので、あえて何の意味もない名称をつけることにした。もしこの理論が有名になるようなことがあるとすれば、そのとき初めて意味を持つような言葉の方がいいだろうと考えた。それで『プロスペクト』にしたんだ」。

多くの学術論文と比べてカーネマン教授の文章(翻訳も貢献していると思います)は、とてもわかりやすいですね。それは専門用語の解説に、“だれもが実感できるたとえ話”を多く用いているからだと私は解釈しています(この点も行動経済学以外の学者から、ネガティブに捉えられている要因かもしれません)。

今日、行動経済学のメインストリームの講義は、ダニエル・カーネマン教授とエイモス・トヴェルスキー氏が理論のエビデンスとした数多くの問題(質問)や事例(ケース)を、受講生に投げかけることからスタートします。講義はグループ形式の場合、より効果的(促進的)です。メンバー各々が回答の理由を発表しあい、議論が進んでいきます。回答が収斂していく過程で、行動経済学の理論がクローズアップされます。そして講義の終着点として、各自の内部に「腑に落ちる理解」が形成されることになります。

そこで今回のコラムの最後にもう1つ質問をいたします。2人が“直感的な選考”を確かめるために考えた多くの質問なかの1つです。「3つの認知的特徴」を読み込むまでもなく、どちらの答えが多かったのか、想像がつくと思います。

<問題>
あなたはコイン投げのギャンブルに誘われました。
裏が出たら100ドル払います。
表が出たら150ドルもらえます。
このギャンブルは魅力的ですか? あなたはやりますか?

坂本 樹志 (日向 薫)

 

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