心理学とコーチング ~ロジャーズ その3~(2020/12/02)

前回のコラムは、『ロジャーズ選集(上)』のなかの、「第1部 私を語る」を取り上げました。この第1部は、ロジャーズが59歳(1961年)、70歳(1972年)、78歳(1980年)、そして最晩年の85歳(1987年)のときに発表された4つの自伝(4章構成)が掲載されています。そのうちコラムでは、「第1章 私を語る(59歳)」と「第2章 私の結婚(70歳)」のなかのエピソードに触れてみました。

冒頭で自伝を持ってきたのは、ロジャーズがどのような人物であるのか…つまり読者に「その人柄を知ってもらいたい」という、選者の意図であることが伝わってきます。したがって、来談者中心療法についての、テクニックを含めた理論を理解するためには、第2部以降のページをめくっていく必要があります。

今回のコラムは、その理論内容についてひも解いていくことにします。

1942年にロジャーズは米国に大きな影響を与える画期的な著作を発表します。

第2部は選者の以下のコメントから始まります。

1942年に公刊された、カール・ロジャーズの『カウンセリングとサイコセラピー』ほど、アメリカのカウンセリングとサイコセラピーの実践に大きな影響を与えた本はない。この著作の重要性にかんがみ、ここにはこの本から、三つの章を載せることにした。 皮肉なことだが、この本が紹介したものは、セラピーの新しい方法ではなかった。他の人びとも、カウンセリングの分野においても、もっと指示性の低い、もっと解釈の少ないアプローチを唱えていたし、ロジャーズもこうした人びとの貢献を認めていたのである。 ロジャーズがやったことといえば、それはまず、多くの実践者たちが発見しつつあったことを統合することであり、それから、その統合したものを、セラピー過程の新しい記述に変えていく、ということであった。この過程を彼は、「より新しいサイコセラピー」と名付けたのである(第5章)。 次に彼は、「指示的 対 非指示的アプロ―チ」に戦線を設定した(第6章)。(この「対」という言葉は学問的な著作のなかでは、いささか強すぎる言葉である)。この論説でロジャーズは、「指示的」カウンセラーと「非指示的」カウンセラーの具体的行動を対照させながら、これまで見られなかったほど詳細にわたって論じたのである。 それは、セラピストの行動に関する彼の研究の始まりにすぎなかったけれども、カウンセラーやセラピストが、その相談室のドアを閉じてから実際に何をするのかということに、この専門職全体の注意を呼び起こすことになったのである。「指示的なカウンセラーは、平均して、非指示的カウンセラーのほぼ6倍も多くしゃべっている」ということを読んだセラピストは、自分が面接のなかでどれだけ多くしゃべっているか、ということを気にしないわけにはいかなくなったのである。(後略)

『カウンセリングとサイコセラピー』が画期的であった点は、いくつかあるのですが、そのなかの「ハーバート・ブライアンのケース」(第7章)という事例を盛り込んだことが出色と言われています。これは、サイコセラピー8回の面接をすべて録音し、完全に逐語記録され、公表されたものです。本ではその第1回の面接が転載収録されています。

ロジャーズはカウンセリングシーンの全容を世界で初めて公開しました!

実はこれまで、サイコセラピーで実際の内容が公開されたものは世の中に存在していませんでした。医療の世界であり、今日的な意味での守秘義務だから…と解釈されていたどうかは別として、フロイト派にしても「奥義」といいますか、「秘伝」的な意味合いを持たせ、その門下に入ったら教授する、というスタンスでした。ロジャーズはそれを打ち破ったのです。

前回のコラムでもロジャーズのカウンセリング界における「変革者」ぶりをコメントしていますが、この事例は、まさにショッキングな出来事でした。

今日「YouTube」で「コーチング」と入力すれば、さまざまなコーチによる実際のコーチングシーンを動画で視聴することができます。それによって私たちは、「コーチングとは何か」、さらに各コーチのセッションを比較視聴することが可能となり、どのコーチにコーチングを依頼しようか、あるいはどのコーチング機関の研修を受講しようか…という判断材料を得ることができます。

もっともカウンセリングについては、基本的に「医療の分野」ですから、現代においても「YouTube」で気軽に視聴できる、ということではありませんが…
ロジャーズが、医療分野のセラピーにとどまることなく、カウンセリングをより広い世界に広げていくきっかけをつくった…さらにコーチングという新しい分野の扉を開くことになった…その源流をこの逐語記録の公表に見出すことができそうです。

ロジャーズは自らのカウンセリング内容を、こうやって開示し、その面接について微に入り細に入り自ら解説しています。そのなかには、ミスしていることを率直に記述した部分も多く、ロジャーズらしさを彷彿させます。それは次のようなくだりです。

C26について…どうしてカウンセラーはここで割り込んだのだろうか。これは感情の流れを阻止する不必要な指示的質問のように思われる。これはクライエントの短い、沈黙で終わる応答(S28)を引き出しており、カウンセラーは再びかなり指示的な質問でそれを破らなければならないことになる。(後略) C57について…これはこのセッションでの二つ目のミスである。カウンセラーは健全な感情の認識から遠ざかる。「あなたは誰かボールを転がしてくれなければ、と感じているんですね」というような応答ではなく、クライエントの状況に深く入り込むような直接的な質問をしている。(後略)

ロジャーズは、自らの質問の失敗を取り上げ、それがなぜ失敗なのかを具体的に説明しています。 なお、C26、S28 という付番は、面接の流れが簡単に参照できるように、カウンセラー(C)とクライエント=対象者(S)の応答に、それぞれ通し番号を付したものです。

この逐語記録は、明確であり、ビビッドであったので、これまでカウンセリングに携わる専門職の人々は自らのカウンセリングスタイルを緻密に分析する必要に迫られます。ロジャーズはあいまいではない、カウンセリングの流れ(態度)についての一つの基準を世に提示したのです。

クライエントが否定的な感情をすべて吐き出した後に発した言葉とは…?

『ロジャーズ選集(上)』の7章である「ハーバート・ブライアンのケース」を取り上げましたが、5章の「より新しいサイコセラピー」でも事例を取り上げ、ロジャーズは解説しています。これは、母親であるL夫人が彼女の10歳になる息子ジムの悪い行動についての悩みをカウンセラー(ロジャーズ)にぶつけるシーンから始まります。

この第1回目の面接で、ジムが、妹とけんかする、服を着るのを嫌がる、食事中に何やかやと言ってイライラさせる、学校で悪いことをする、家で手伝いをしない、などについてL夫人は30分かけて、次から次へと興奮して話します。発言はいずれも、ジムへの強い批判です。
これについて、ロジャーズは次のように解説します。

・カウンセラーの唯一の目的は、この敵意と批判の感情の流れを妨げないことである、という事実に注目していただきたい。たとえこれらがすべて本当であっても、その子は頭がよく、基本的には正常であり、哀れにも愛情に飢えているだけなのだということを、母親に説得しようなどとはしてはいけない。この段階におけるカウンセラーの全体的機能は、自由な表現を促すことである。 ・カウンセラーは、母親の気も狂わんばかりの感情、絶望的な状態、いらだたしさ、落胆などを、批判することなく、議論することもせず、不当に同情することもなく、受容する。つまり、これらの感情をただ一つの事実として受容し、母親が述べたよりもいくらか明瞭な形で言語化しているのである。 ・その人の否定的な感情が本当に十分に表明されたとき、それにつづいて、成長に向かおうとする肯定的な衝動が、かすかに、しかも試験的に表明される。このタイプのセラピーをはじめて学ぶ人にとって、この肯定的な表現が全体の過程における最も確かで予測可能な局面のひとつであることに気づくことほど、驚きを与えるものはない。否定的な表現が激しく、しかも深ければそれだけ(それらが受容され認識されるならば)、愛、社会的な衝動、基本的な自己尊重、成熟への欲求などの肯定的な表現は確かに起こってくる。 このことは、今引用したばかりのL夫人との面接のなかにはっきりと示されている。敵対感のいっさいが十分に受容された後、彼女にはゆっくりと肯定的な感情が頭をもたげてくる。それは「それでも、ときにはあの子、とても良い子になるんです」というきわめて突然の発言としてあらわれてくる。

クライエントが、ゆっくりとした時間の流れのなかで変容していく…

私は前回のコラムで、「無条件の肯定的受容」に関して、次のようにコメントしました。

『前段でロジャーズは、「他者が、自分と異なる感じをもつことをなかなか許せない」ことを否定していません。否定してしまったら「無条件の肯定的受容」ではなくなり、自分が提唱する理論との矛盾が生じます。では、それにとどまってよいのか…

そうではないことを説明しようとしているのが、その後の言葉です。つまり、まずとにかく受容するのです(それが明らかにおかしな考え方であっても)。それがゆっくりとした時間の流れのなかで(複雑なプロセスを経て)、自分が変容し、そして他人も変わっていくことをロジャーズ自身が体験したのです。ここは論理ではありません。とにかく体験し実感できたのです。』

前回のコラムでは、ロジャーズの実際のカウンセリングセッションに触れていませんので、ロジャーズの言う「クライエントが、ゆっくりとした時間の流れのなかで変容していく」ことについて、腑に落ちる理解につながらなかったかもしれません。今回のコラムで、L夫人という実際の事例を通じたロジャーズの解説をとりあげましたので、腑に落ちる理解に近づくことができたのではないか、と期待しています。

ロジャーズの来談者中心療法、端的に言えば「非指示的カウンセリング」となりますが、それが実際のカウンセリング場面において効果を発揮している、ということが伝わってきます。

次回のコラムでは、『ロジャーズ選集(上)』の第6章である「指示的 対 非指示的アプロ―チ」を取り上げます。選者が、「この論説でロジャーズは、指示的カウンセラーと非指示的カウンセラーの具体的行動を対照させながら、これまで見られなかったほど詳細にわたって論じたのである。」とコメントする内容を、私も“詳細に”解説してみようと思います。

(日向 薫)

 

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