心理学とコーチング ~フロイト、ユング、そしてアドラー~(2020/06/02)

心理学を学ぶにあたって、必ず登場するのが、フロイト、ユング、そしてアドラーです。3人とも医学者であり、心理学の源流は「精神医学」と言われています。もっともアドラーは眼科を専門として医学課程を修了しています。そして内科の医院を開業していますので、このあたりも精神科医の2人と違う理論を打ち立てた背景といえるでしょう。

3人は独自性の高い理論を打ち立てた心理学の巨人です。

3人は、フロイト1856年~1939年、ユング1875年~ 1961年、アドラー1870年~1937年の生涯を送っています。フロイトはユングより19歳、アドラーより14歳年長であり、フロイトを師とする関係でスタートしています。3人は当時としては画期的な理論を提唱していますが、その後それぞれの後継者、門下生により、理論の不十分なところ、あるいは他者からの反論や指摘を受けて、理論が補われることで発展、拡大していきました。

心理学に限らず社会科学とされる学問分野では「学派・グループ」が形成されることが多いのですが(もっとも心理学の中には自然科学の範疇とされるカテゴリーも存在します。それくらい幅広い学問といえます)、フロイト派はフロイディアン、ユング派はユンギアン、アドラー派はアドリアンと呼ばれています。このことは、ユングもアドラーもフロイトのもとから袂を分かった、ということであり、そこには3人の「人間観」に対する違いが見て取れます。

コーチング分野の始まりと発展の過程とは?

ただし今日では、それぞれの学派が垣根を有して交流を拒絶しているわけではなく、相互に切磋琢磨し、取り入れるところは取り入れ、また第三者的な人物やグループが別の視点でそれぞれの理論を再構成していく、という変遷をたどっています。
私の捉え方ということで許していただければ、コーチングという分野は、後者の人たちによって始まったカテゴリーだと感じています。そのことで学問という枠組みを超えた自由度を得て、発展・拡大してきたのではないでしょうか。
さて本題です。3人の打ち立てた理論、考え方を解説してまいりましょう。

フロイトは「精神分析の創始者」

フロイトを語る場合、まず「精神分析の創始者」ということが挙げられます。精神科医としてヒステリーの研究に傾注し、その治療法につき試行錯誤を経て「自由連想法」という技法を確立しました。
ヒステリーは無意識や抑圧に起因するもので、そのことを患者自身が“自覚”することで症状が軽快に向かう。そして、無意識や抑圧がどうして形成されたのか? これを探るため、長椅子にリラックスした状態で横たわっている患者に、高度な技法を用いた質問を投げかけます。
患者は徐々に過去を回想していくのですが、回想が連鎖していく終着に「幼少期の体験」という共通点があることに気づきます。アダルトチルドレン、トラウマ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)といった用語は、いずれもフロイトが提唱した理論に基づいていると考えられます。

精神分析の具体的な流れは、患者が自由に連想を始める環境を整えることからスタートします。先に「高度な技法を用いた質問」と述べましたが、リラックスしてもらうために、どのような声かけをしたらよいのか…このことも技法に含まれます。

患者の自由連想が始まります。分析者は要所で質問をし、そしてコメントします。これを繰り返すことで、無意識の層に迫っていくわけです。コメントには「うなづき」に近いものから、患者が気づいていないことを指摘するなど、さまざまなバリエーションがあります。後者のコメントが「解釈」と呼ばれるものであり、最もプロフェッショナリズムが求められるところです。仲間内の会話の中で(特にお酒が入ると)、相手の一言二言を聞いて、いきなり「あなたは●●だから、▲▲すればよい、そうすればあなたの悩みは解決する」と断定口調で、自信たっぷりにコメントすることが往々にしてありますが、精神分析との違いは明瞭ですね。

フロイトは患者の「幼少期の体験」の中に、両親に対する複雑な感情が存在することを見出します。これが後に「エディプス・コンプレックス」として理論化されるのですが、分析者は、患者が精神分析を通じて両親に抱いている強い感情が分析者、あるいは他者に向けられる「感情転移」を把握し、さらに無意識に抑圧している強い感情が顕在化するのを恐れる「抵抗」を適切に処理しながら、無意識の意識化につなげていくのです。ヒステリーは、無意識に抑圧された感情が身体に表出している病理現象であり、それが意識化されることで「気づき(言語化)」が生まれ、患者の症状は消えていきます。

フロイトが提唱した「自我の構造とは?」

続いて、フロイトの代表的理論である精神(心)を「エス・自我・超自我」の3層で説明する構造論を紹介しましょう。フロイトがこの理論を確立するまでは、そもそも曖昧模糊である精神(心)について納得できる説明が世の中に存在していませんでした。フロイトはその心について、実は3つの異なる層で構成されており、それぞれが干渉しあうことで、固有の態度が形成されるとしています。

・「エス」…無意識の層

エスとは“それ”という意味で、無意識領域のことです。「~がしたい」「~がほしい」といった欲求の解放を求める「本能衝動の座」です。それは「快楽原則」であるため、基本的に制御すべき層であるとフロイトは指摘しています。

・「自我」…意識の層

心の中心領域であり、外界と接触して、知覚・思考・判断・学習・記憶などを機能させている層です。現実を的確に把握し適応しようとする意識の領域であり、「現実原則」に基づき外界とエスを仲介する役割を担います。このことから「知性の座」と呼ばれています。

・「超自我」…無意識と意識の両領域にまたぐ層

幼児期の両親のしつけや社会的規範が内在化されてできる領域です。「~してはいけない」「~しなければならない」という、いわゆる道徳的判断を下す領域です。

この3層は、すべての人で機能していると説明しています。ただし、両親やパートナーとの関係、そして社会規範への適応がノーマルとはいいがたい状況に陥ると、自我に歪みが生じそれが無意識に抑圧されます。それがヒステリーなどの症状として表れるということです。

ユングの初期の画期的業績は「言語連想検査」の開発

ユングは、ドイツ、オーストリアとの国境に位置するスイスのボーデン湖畔にある牧師館で生を受けています。父親はプロテスタントの牧師であり、宗教に包まれた環境がユングの成長に大きな影響を与えました。

フロイトとの関係は、1906年にユングがフロイトに手紙を書いたことから始まります。ユングはスイスの精神科医として治癒が困難な精神疾患の治療法を研究していました。ユングは「言語連想検査」の実験を行っており、これは被験者に複数の単語を提示し、その単語に対して何を連想するのかを答えてもらうというとてもシンプルな検査です。「聡明さとか、発想の豊かさを検査するものではないので、思いつく言葉を素直に言ってみてください」、ということを伝え始まります。相互に関係のなさそうな単語が次々に繰り出されるのですが、自分が被験者になったつもりで想像してみてください。ある単語について連想しそれを言葉にするまでに時間がかかってしまう、ということがあるでしょう。言いよどむこともあるかもしれません。この実験は、そこに着目します。被験者の内面に、こだわりや抵抗を感じる“何か”が潜んでいることを推定するのです。「琴線に触れる」という表現が思い浮かびますね。

「コンプレックス」の正確な意味とは?

ユングはこのことから、被験者の心理にその言葉に関連するコンプレックスがあると考えたのです。コンプレックスという言葉は日本語では「劣等感」をイメージしますが、この場合「複合的な感情」と理解してください。コンプレックスという概念は心理学の中心概念であり、フロイト、そしてアドラーも積極的に用います。特にアドラーは、初の出版である『organ inferiority(1907年)』でその概念を提示し深めていくのですが、その著書の日本語訳は『器官劣等性の研究』です。「特定の臓器が欠損するなどすると、それを補おうとする機能が働く」という内容で、生物学的な基本機能を心理学的な観点に置き換えて発展させていきます。organは「器官・臓器」で、inferiorityは「劣等性」なので直訳ですね。そしてアドラーの理論は「劣等コンプレックス(inferiority complex)」とあえて“劣等”を付すので、日本語的に正確です。なお日常の会話で「それってコンプレックスじゃない」と言う場合、「劣等感」の意味で使っていますから、心理学としての捉え方とは異なることを理解してください(そうでないと狭い視野にとどまってしまいます)。
この「言語連想検査」は、時間や態度という明快な判断基準が示されたことで心理学的な画期的成果とされています。その後改良が続けられオーソライズされた心理テストとして確立しています。

「自我」を図式化したフロイトと図式を書いていないユング

さて今日に至るまで、ユングをユングたらしめているのは「自我の捉え方の独自性」です。特に「無意識層」については、フロイトの自我構造と本質的に異なっており、この考え方の違いからフロイトとユングは決裂したと言われています。

ここで、日本におけるフロイディアンの第一人者である小此木圭吾氏(1930年~2003年)と、ユンギアンとして日本にユングを広め浸透させた最大の功績者である河合隼雄氏(1928年~2007年)の対談を『フロイトとユング(第三文明社 1989年)』から紹介しましょう。

河合
「フロイディアンの場合の自我とユンギアンの場合の自我の考え方が違いますね。あれはどう考えたらよいのでしょうか。」

小此木
「フロイトの自我の方が、わりあい常識的なんじゃないですか。もともと常識的に使っていて、それがだんだん用語化していったというんじゃないかと思います。だから、使い方もずいぶん荒っぽい。自己意識みたいな意味にも使っているし、セルフ(self)という言葉とほとんど区別なしに使うこともありますし、それから、自己保存、本能、自我本能というのか、それこそアドラーがいっているような、自己の主張というのか、自己の生存というのか、そういうものの主体としての自我の使い方もありました。ところが1923年の『自我とエス』での自我・エス・超自我の図式になって初めて一つの用語として決まったわけです。」

河合
「しかし、心的装置論というんですか、フロイトの図式の変遷ね、非常に面白いですね。だんだん変わってくるでしょう。ユングは結局、自分では図式は全然書いていないですね。後でわれわれとか弟子が勝手に図式を書いていますが。」

小此木
「その点、フロイトの場合には、もうはっきり、自分で図式を書いていますものね。」

河合
「それも変遷していますよね。」

小此木
「フロイトの場合、理論形式ということになると、最終的にメディカルな、あるいは神経学的な一つのモデルがあったし、脳の解剖学のようなものがあったのです。(後略)」

精神分析のグローバル化を目指したフロイト

フロイトはその生涯において、精神分析を普遍的な科学として確立することを目指しました。フロイトはユダヤ人であり、フロイトの周りには多くユダヤ人が参集しています。ところがフロイトは、1930年の国際精神分析協会の設立に当たって、その初代会長にスイス人のユングを推薦するのです。精神分析がユダヤ人の学問とされていたのをグローバルなものにしていくという意思表示の一つだとも言われています。

先に挙げた『フロイトとユング』のなかで、フロイトの宗教観について小此木氏が語っているところを紹介します。

小此木
「(前略)…つまり、ユダヤ文化でもドイツ文化でもない自分の文化を創り出さなければいけないという問題意識ですね。ですから、母親の問題が出てこないというのは、ユダヤ人意識、ユダヤ人のお母さんという問題があるんじゃないかな。フロイトの家はユダヤ教の中のプロテスタントみたいだったらしいですね。つまり進歩的ユダヤ人だったわけです。そしてフロイトにとっては、反宗教というのは反キリスト教であると同時に反ユダヤ教なんですね。ユダヤ教の律法主義的なものに対する反発、もう一つは自分たちを迫害するキリスト教に対する反発。宗教とはフロイトにとってこの二つしかなく、両方とも敵になっていた。」

今回のコラムでは、フロイトの「精神分析」とユングの「言語連想検査」を紹介し、両者の「自我」と「無意識」の捉え方の違いを説明しました。フロイトの理論は、『両親やパートナーとの関係、そして社会規範への適応がノーマルとはいいがたい状況に陥ると、自我に歪みが生じそれが無意識に抑圧される』というものです。そこで次回は、そのことが描かれている“ノンフィクション”を取り上げ、”私なりの感じ方”をお伝えしてみようと思います。

(日向 薫)

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