人形の吉徳 300年の重み~株式会社吉徳 12世 山田徳兵衛 社長インタビュー~(2018/09/06)

300年以上続く、その秘密はどこにあるのか、その伝統を引き継ぐ社長はどんな思いで継承されているのか、12世山田徳兵衛社長にお話しを伺いました。

幼少の頃から会社を継承することを半ば「運命」として受け止めていらっしゃったようです。
「僕の代でつぶすわけにはいかない。続けることが一番です。」
とおっしゃっていたその言葉が印象的で、まさに伝統の重みを強く感じました。

将軍様が「吉野屋」と命名

吉徳の創業は正徳元年(1711年)とされています。
初代から5代目までは吉野屋治郎兵衛を名乗っていたといいます。

古くは宝暦年間の雛仲間公用帳、文化10年の江戸問屋銘鑑、文政7年の江戸買物独(ひとり)案内などに見ることができるほか、東西業者の講中が宝暦年間に大阪住吉本社に奉納した巨大な石灯篭二基にも残っているようです。

6代目以後は吉野屋徳兵衛を名乗るようになり、現在の社名はここからきています。

初代が店を開いたのは、浅草見附外の浅草茅(かや)町、現在本社ビルがある浅草橋です。
正徳から享保年間にかけて、茅町一帯には人形、玩具などの店が集まり始め、初代もここで小さな雛人形・手遊び(おもちゃ)問屋を始められたとのことです。

徳川六代将軍家宣公が、このあたりをご通行の折、たまたま店先でご休息になり、「店の名は?」と尋ねられた。
初代が、「店によしずを張っておりますゆえ、“よしずや”と呼ばれております」と答えたところ、
「それではあまりに無風流であろう」と、
その場で懐紙に「吉野屋」としたためられて賜ったとされています。

最大のターニングポイントは、「5節句」の風習継続

明治新政府になって5節句が廃止されることになりましたが、8代目徳兵衛氏が明治政府に嘆願し、庶民の大切な風習として今日まで残ることになったのが、業界存続・繁栄の大きなターニングポイントとなったとのことです。

5節句とは、1年の次の5つの節句のことで、節とは季節の変わり目のことです。

5節句

1月7日の人日(じんじつ)…七草粥を食べて1年の豊作と無病息災を祈ります
3月3日の上巳(じょうし)…「桃の節句」と呼ばれ、女の子の誕生と成長を祝います
5月5日の端午(たんご)…「菖蒲の節句」と言われ、男の子の誕生と成長を祝います
7月7日の七夕(しちせき・たなばた)…織姫と彦星が逢瀬を重ねる星を見守る日として知られています。願いを詩歌にした短冊を竿竹にくくりつけると祈りが届くとされています。
9月9日の長陽(ちょうよう)…菊に長寿を祈る日です。

時代の変化に合わせて商品も多様化 ~ダースベーターが人気商品に~

以前は、玩具の取扱いが7割近くを占めていた時期もあったようですが、関東大震災を機に人形専門店に特化。現在は再び、ディズニーキャラクター商品やぬいぐるみなどの販売量も増え、全販売量の2割程度を占めているとのことです。
特に、ダースベーダーは、鎧兜が当社との親和性も高く人気商品となっているようです。

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