前回のコラムの最後に取り上げたロジャーズの言葉は、『ロジャーズ選集 カウンセラーなら一度は読んでおきたい厳選33論文(H.カーシェンバウム, V.L.ヘンダーソン編/誠信書房(2002年2月15日第3刷)』のなかの一節です。
この選集は上下2巻、併せて600ページを超える大著です。理論だけでなく実際のカウンセリングシーンやロジャーズの思想、そして「私を語る」というテーマの講演等、ロジャーズのすべてが盛りこまれている、とも言えそうな構成です。今回のコラムは、この本を取り上げてみようと思います。
ロジャーズは他者を受容するということについて深く洞察しています。
前回のコラムの最後に引用した、
「私が他人を受容することができると、それはとても報いられるものである」
の後は、以下のような言葉が続きます。
他人とその感情を心から受容することは、理解することと同じようになまやさしいことではない。
私に敵意を持っている人を本当に許せるだろうか。彼の怒りが彼の本当のものであり、正当なものとして受容できるのだろうか。人生観がまったく異なっている人を受容できるだろうか。
私に大変な好意を持ち、尊敬し、私を人生のモデルにしようとしている人を受容できるだろうか。これらすべてのことが、受容の中に含まれており、だからそれはたやすく得られるものではない。現代文化では、「誰でも私と同じように感じ、考え、信じなければならない」とすべての人が信じることが、ますます一般的になってきたと思う。自分の子どもたちや親たち、配偶者たちが、特定の論争や問題について、自分と異なる感じをもつことをなかなか許せない傾向がある。
またクライエントや学生たちが、私たちと異なる行動をしたり、自分の経験を自分流に解釈したりすることを許さない。国家レベルでは、わが国と異なった考えを他国がもつことを許せないのである。しかしこうした人間の独立性、あるいは各自の経験を自分流に使い、そこに自分流の意味を見つける権利があること……このことが人生の最も貴重な潜在力のひとつであると私は考えるようになった。
人間ひとりひとりが、極めて現実的な意味で、自分自身という島である。人はみずから進んで自分自身になろうとし、自分自身であることを許されるならば、そのときはじめて他の島に橋をかけることができるのである。そこで、私が他人を受容できるとき、それをもっと具体的にいえば、彼の感情や態度、信念などを彼の生きている現実のものとして受容できるならば、私は彼がひとりの人間になる援助をしているのである。このことにはとても大きな価値があると思われるのである。
「他人を受容することができると報いられる」ということばを聞いて、「うん、そうだ」と思える人がとれだけいるでしょうか。
私のこの「座右の銘」の一行だけで、ロジャーズの思いが伝わるとはとても思えないので、それに続くロジャーズの語りを引用してみました。ロジャーズの言葉は、自らがいろいろな機会を通じて「逆説的」とコメントするように、一見ではわかりにくい内容です。
他者が、自分と異なる感じをもつことをなかなか許せない。私たちと異なる行動をしたり、自分の経験を自分流に解釈したりすることを許さない。
このコメントに触れたとき、どう感じるでしょうか。ネガティブな考えともいえ、「それはよくない」と否定し、戒めようと思うのが通常の反応だと思います。
ところがロジャーズは「人間の独立性」ととらえ、さらに「自分流に意味を見つける権利」であるとし、肯定します。
そして、この「現実的な意味で、自分自身という島」であることが、「人生の最も貴重な潜在力」であると評価し、その上ではじめて「他の島に橋をかけることができる」と言うのです。
伝わりにくいだろう自分の気持ちを「東洋的な観点」と語るロジャーズ。
ロジャーズの言葉を続けます。
次の体験はとても伝えにくいものである。私が自分自身や他人のなかの現実にひらかれていればいるほど、ことを急いで「処理」しようとしなくなってきている。私が自分の内部に耳を傾けようとし、私のなかに進んでいるその体験過程に耳を傾けているとき、そしてまた、その同じ傾聴の態度を他人にも広げようとするとき、それだけ私は、複雑なプロセスを尊重するようになってきている。私は、ただ自分自身になること、他人がその人自身になるように援助をすることにますます満足するようになった。このことが、聞きなれない、ほとんど東洋的な観点と思われるだろうことはよく承知している。
前段でロジャーズは、「他者が、自分と異なる感じをもつことをなかなか許せない」ことを否定していません。否定してしまったら「無条件の肯定的受容」ではなくなり、自分が提唱する理論との矛盾が生じます。では、それにとどまってよいのか…
そうではないことを説明しようとしているのが、その後の言葉です。つまり、まずとにかく受容するのです(それが明らかにおかしな考え方であっても)。それがゆっくりとした時間の流れのなかで(複雑なプロセスを経て)、自分が変容し、そして他人も変わっていくことをロジャーズ自身が体験したのです。ここは論理ではありません。とにかく体験し実感できたのです。
ロジャーズは、この心の中の不思議な動きについて、他者に何とか伝えようと、言葉を選びながら語ります。それでも「果たして理解してくれるだろうか、共感してくれるだろうか…」と感じているのでしょう。「東洋的な観点」と、禅問答“的”であることの自覚を含めて言葉を続けます。
他人のために何かをやってあげないならば人生とは何のためにあるのだろうか。私たちの目的のために、他人を型に押し込まないなら、人生に何の意味があるのだろうか。私たちが学ぶべきと考えていることを教えないなら、いったい人生は何の意味があるのだろうか。私たちと同じように考え、感じさせようとしないならば、人生には意味があるだろうか。
ロジャーズは、「たいていの皆さんは、心の中でこのような態度を持っていることと思う」と語ります。
アグレッシブです。使っている言葉もあえて「押しつけがましい表現」を選択しているように感じます。
このように多くの言葉を費やして、「私の最も生々しい経験、自身の私生活や専門職の生活から学んだ最も深い経験」として、一つの到達点を語るのです。
自分自身や他人の現実を理解し受容しようとすればするほど、それだけ変化が起こり出してくるように思われる。非常に逆説的なのであるが、誰でも進んで自分自身になろうとすればするほど、自分が変化するばかりでなく、自分と関係する人たちもまた変化していくのである。
来談者中心療法における、カウンセラーに必要な3つの態度条件である、「無条件の肯定的受容」「共感的理解」「自己一致(純粋性)」は、ロジャーズ理論の核ともいえるものです。
ロジャーズが独自性の高い理論を打ち立てたその背景に、自身の経験を通じて「自分の心が何を感じているのか」を究めようとしたことが伝わってきます。そして「その感じ」がどのようなときに「変化する」のか、どのように「自分が変わっていく」のか、そして「実際に変わったのか」を、他人事ではなく、忠実な自分事として確信できるまで、自問自答を繰り返してきたのですね。その徹底ぶりが、ロジャーズ自身の語りから伝わってきます。
そして自分が「“本当に”変わったとき」、他者も「変わっていく」ことを確信したのです。
ロジャーズは「自己開示」を自身の終生の哲学としました。
ロジャーズは、この自分の思いを知ってほしいと、言葉を尽くし語り続けます。「自己開示」です。
最後に、「私はもう47年余りも結婚生活をつづけているが読者に私の結婚生活についてお伝えしたいと思う」という言葉から始まる、70歳のときに執筆した内容(タイトルは「私の結婚」)を取り上げます。
妻ヘレンとの出会いから、70歳の現在の気持ちについて、時系列でその時々の思いを綴っています。最後のくだりを紹介すると…
私が、自分たちの結婚でいえる最も意味深いことは(あまりうまく説明できないが)、お互いがいつも、相手の成長を喜び、熱望しているということである。私たちは個人として成長してきたし、その過程の中で一緒に成長してきたのである。
まさに、社会学上の概念であるロマンチック・ラブですね。
40代のときの重大な危機についても虚心に語ります。
もっと重大な危機があった。それはある重症の分裂病(2002年の出版なので旧の病名です)の若い女性とかかわっていたときに訪れた。長い治療期間を費やしたにもかかわらず良い結果が得られなかったセラピー関係から起こったと思われる。
そのことを話すと長くなるが、彼女を助けなければと思い詰めたので、私が彼女の自己から私の「自己」を切り離すことができないところまできていた、ということを述べておけば十分だろう。私は文字どおり、私自身を失ったし、自分自身の境界を見失った。
私を助けようとする同僚の努力もあまり役に立たなかったし、私は気が狂うのではないかと(それももっともだと思うのだが)思うようになった。
ある朝、研究室へ来て1時間ばかりたってから、私はすっかりパニック状態になった。私は家まで歩いて帰り、ヘレンに「ここから出ていかなきゃいけない、ずっと遠くへ」と言った。ヘレンはもちろん、私がどういうことになっていたのかある程度わかっていた。
彼女の答えは、私の心を和らげた。彼女は「いいわ、すぐいきましょう」と言った。私の仕事を引き継いでもらうための電話を何本かしてから急いで荷造りをして、2時間も経たないうちに道路に出ていた。その後6週間以上帰らなかった。
私はよくなったり、悪くなったりであった。それから帰ってきて、同僚の一人からセラピーを受けることになり大変助かった。しかし、私のいいたいことは、このときヘレンは、最悪の状態を乗り越えている。私は狂っていないと確信していて、あらゆる方法で私に援助の手をさしのべてくれたことである。
わあ! 私はこのようにしてしか感謝の念を表現することができない。これが私の危機にいつもそばにいてくれたという意味である。私は彼女が何か苦しんでいたり、悩んでいたりすることがあったら、同じようにしたいと思っていた。
「逆転移」です。プロのカウンセラーにとって、絶対回避しなければならない態度です。ところがロジャーズはそうなってしまった自分を赤裸々に語ります。その原因は患者である女性との関係から生じており、妻であるヘレンにとっても過酷な状況です。
その妻ヘレンの存在によって、ロジャーズは元の世界に戻ることができました。ロジャーズがヘレンへの感謝の思いを、読者に伝えようと必死になっていることが伝わってきます。
私は今ここで、「ロジャーズさん、あなたのお気持ちは私に十分に伝わっています!」とメッセージを送ることにします。
今回のコラムは、ロジャーズの言葉を通じて、ロジャーズ理論の背景にある“何ものか”にアプローチしてみました。どこまで接近できたかは、不確かなところですが、次回もロジャーズについて語ってみようと思います。
坂本 樹志 (日向 薫)
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