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マイクロソフト経営陣の一人ひとりが、仲間に向かって静かに自分を語る「初めてのSLTミーティング」が実現した

私は1992年にマイクロソフトに入社した。自分には世界を変えるミッションがあると信じている社員がたくさんいる企業で働きたかったからだ。それから25年になるが、一度も後悔したことはない。マイクロソフトはパソコン革命を起こし、伝説的な成功を収めた。旧世代の企業でこれに匹敵するのはIBMぐらいだろう。しかし、競争相手を遠く引き離して数年も疾走を続けると、何かが変わってきた。よい方向への変化ではない。革新的な仕事がお役所的な仕事に、共同作業が内部抗争に変わり、競争から落後し始めたのだ。
(『Hit Refresh~マイクロソフト再興とテクノロジーの未来(8ページ)』より引用)

旧世代の企業でマイクロソフトに匹敵するのはIBMぐらい

マイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏の著作『Hit Refresh』は、「……サティア・ナデラがチームに加わると、事態が一変した。かれは謙虚であり、先見の明があり、現実的で、わが社の戦略にもするどい疑問を投げかけた。また、……」と、最大級の賛辞を贈る、ビル・ゲイツの「序文」から始まります。それを受けて、ナデラ氏の語り(自伝)はスタートします。その書き出しを引用してみました。

『Hit Refresh』を読み込みながら、サティア・ナデラ氏の人生を「コーチングの視点」で描いてみよう、と始めたコラムシリーズも、今回で5回目(野中郁次郎さんの同書紹介を含めると6回目)となります。
コーチングのベースは、1対1のOne on Oneですが、モチベーションだけでなくリーダーシップや組織運営に導入することで、大きな効果が発揮されることが明快になっています。今回の解説は、「ナデラ氏のチームビルディングはコーチングだ!」と深く感じたこともあり、そこにフォーカスし、アプローチしてみようと思います。

歴史の教科書が時系列で著されるように、自伝も幼少期から記憶を掘り起こし、年代を追いつつ書かれるのが一般的です。『Hit Refresh』も、その流れを踏んでいます。4月24日のコラムに、「マイクロソフトCEOサティア・ナデラ氏の『Hit Refresh』は、インドのハイデラバードから幕が上がります」というタイトルを付し、CEOに就任して3年しか経ていないにも関わらず、なぜナデラ氏が自伝を書いたのか、その動機に迫ってみました。

ナデラ氏は、CEOに就任早々「SLT変革の実験」に着手します!

もっとも、同書の「書き出し」は、少年期を過ごしたハイデラバードではなく、CEOに就任して早々に取り組んだ「SLT(マイクロソフト経営執行チーム)の変革」が語られるのです。4月24日のコラムでも軽く触れているので、再掲します。

CEOに就任して間もなく、私はきわめて重要なある会議で「実験」をしてみることにした。マイクロソフトの経営執行チーム(SLT)は毎週会議を開き、大きなビジネスチャンスや難しい判断について意見を戦わせ、見通しや検討を行っている。(冒頭の2ページ目を引用…著書8ページの記述)

その「実験」とは何か? 
ナデラ氏は、マイケル・ジャーベイス氏を招聘するのです。

CEOに指名される直前、地元のアメリカンフットボールチームであるシアトル・シーホークスがスーパーボウルで優勝し、多くの社員が感銘を受けた。その時、興味を抱いたのは、シーホークスのコーチであるピート・キャロルが、心理学者のマイケル・ジャーベイスを雇っていたことだ。(12ページ)

さて、何がはじまるのだろう…と、ワクワクしますね。読むうちに引き込まれました。見事な「つかみ」です。

「実験」は、キャンパスのはずれの、テーブルも椅子もない広々とした気さくな雰囲気漂うスペースで実施されます

金曜日早朝、SLTのメンバーが集まった。だが今回は、いつもの堅苦しい重役会議室ではなく、本社キャンパスの反対側にある、ソフトウェアやゲームの開発者がよく使う気取りのないスペースを選んだ。広々としていて、気さくな雰囲気が漂っている。(12ページ)

ワシントン州のレドモンドにあるマイクロソフトの本社は、広大な敷地にさまざまな社屋が立ち並んでおり、圧巻です。キャンパスは、森とも言えそうなたくさんの木立に囲まれています。「実験」は、その一角で行われたようです。
ちなみに、ワシントン州の州都シアトルは有名ですが、レドモンドにあるマイクロソフトの場所が気になって、チャットGPTに質問すると、以下の答えが返ってきました。

米マイクロソフト(Microsoft)本社は、ワシントン州レドモンドに位置しています。シアトルからは約25km~30kmほど離れており、バス(サウンド・トランジット・エクスプレス)、Uber、レンタカーでアクセスできます。電車では行けませんが、バスの運賃は片道$3.25と安いです。シアトルからバスで約50分ほどで到着します。

ナデラ氏は、「仕事は後回しにしてしばらくここにいてほしい」と、会議を始める前に皆に告げます。ナデラ氏は期待と同時に、これからやろうとすることを皆が受け入れてくれるか…不安を感じていたからです。

心理学者であるジャーベイス氏の提案に、気まずい沈黙が…

最初のエクササイズで、ジャーベイスは私たちに、非日常的な経験をしたいかと訊ねた。すると参加者全員が「したい」と答えた。次に彼は、志願者に起立するよう促した。だが、誰も起立しようとしない。一瞬、気まずい沈黙があったが、やがて最高財務責任者のエイミー・フッドが志願した。(13ページ)

これまでとは違う「予定調和」がイメージできない「何か」が起こりそうな場合、さすがのマイクロソフト経営陣も、しり込みしたようです(笑)
ナデラ氏もジャーベイス氏が何をやるかは、事前に聞いていなかったようで、その瞬間の空気を次のように描写しています。

ジャーベイスは不思議に思った。なぜわれもわれもと志願しないのか。これは、能力の高い人たちの集まりではないのか。非日常的なことをしたいと誰もが言っていなかったか。だが私たちは、携帯電話もパソコンもないため、足元を見たり、ぎこちないほほ笑みを同僚に向けたりするだけだった。(13ページ)

「A1B2C3……」

ジャーベイス氏が指示したことは、「間に数字をはさみながらアルファベットを唱える」ことでした。A1B2C3……といった具合です。エイミー・フッド氏が、それを始めてからの雰囲気も興味が湧いてきますね。ナデラ氏は次のように分析(類推?)します。

それは表情や態度に表れていた。ばかにされるのではないか、失敗するのではないか、この部屋の中で一番頭のいい人間に見えないのではないかという不安があったからだ。あるいは、自分はこんなゲームをするようなつまらない人間ではないという傲慢さもあった。私たちは、「そんなくだらない質問をするな」という言葉をよく耳にして育ってきた。(14ページ)

『Hit Refresh』を取り上げての「コーチング解説」は5回目です。実は、その初回において、今回取り上げている「書き出しの8ページ」を紹介しようかな、と考えてみました。ただ、「アンチ・クライマックス・オーダー」よりも、ナデラ氏はどのような人であるのか? ナデラ氏のことをある程度知っていただき、感じられた後に、クライマックスを配する順序の「クライマックス・オーダー」の方針で臨むことにしました。
同書を通読した中でも、やはり最初のこのシーンは感動的です。ナデラ氏の「つかみ」を改めて感じています(笑)

ジャーベイス氏によって、纏っていた鎧はいつのまにか脱がされていた…

さて、ジャーベイス氏はこの空気の中で、どう振舞ったのか?
ナデラ氏は、シアトル・シーホークスがスーパーボウルで優勝したのは、シーホークスのコーチであるピート・キャロルに、ジャーベイスがコーチングのコーチとして付いていたからではないか、と語っています。
私は、ナデラ氏のこの見立てに共感します。

しかし、ジャーベイスは熱心に参加者を励ました。するとメンバーもようやく安心し、笑い声をあげるようになった。外では真夏の太陽のもと、どんよりした雲が輝きを放ちはじめた。私たちは、ひとりずつ話を始めた。(14ページ)

ナデラ氏のぽつり文学的表現の後に続く、次からのシーンが、「マイクロソフトの経営執行チーム(SLT)変革のはじまり(第一歩)」です。
ジャーベイス氏は、コーチングのアイスブレイクをやり切りました。経営陣一人ひとりが纏っていた鎧は、いつの間にか脱がされていたのです。

経営陣の一人ひとりは、仲間に自分のことを静かに話し始めた。初めての経験だった…

ナデラ氏も自分を語るのですが、その前にメンバー一人ひとりは何を話したのか…引用します。

メンバーはそれぞれの思いや人生観を語った。家庭と職場の双方で、自分がどんな人間であるかをよく考えるよう求められた。職場での自分と私生活での自分をどう結びつけているか。一人ひとりが、自分の気質について、精神的源泉となっているカトリックの教義について、自分が学んだ孔子の教えについて話をした。親として奮闘していること、職場や娯楽の場で大衆に愛される製品を生み出そうと絶えず努力していることを伝えた。私はこうした話を聞きながら、マイクロソフトに入社して以来、仲間から仕事の話ではなく本人自身の話を聞くのは初めてだったことに気づいた。部屋を見回すと、中には目に涙をためている人もいる。(14ページ)

ナデラ氏に順番が回ってきました。その言葉を引用し、今回の「コーチング解説」を終えることにします。

私の要素のすべてがCEOという役職のなかで一つになった!

やがて私が話をする番になった。私はさまざまな感情に包まれながら話を始めた。それまで私は、自分の人生について、両親、妻や子どもたち、仕事について思いを巡らせていた。現在に至るまでには長い道のりがあった。私の心は、人生が始まった頃にまでさかのぼった。子どもの頃はインドで過ごし、若くして米国へ移住した。やがて結婚し、特別な支援を必要とする子どもの父親になり、世界中の数十億もの人々が利用するテクノロジーを設計するエンジニアになった。熱烈なクリケットのファンで、昔はプロの選手を夢見たこともある。こうした私の要素のすべてが、CEOという新たな役職の中で一つになった。わが社が抱える問題を解決するには、この部屋に集まったメンバーや、マイクロソフトで働く社員の力を必要になる。それと同じように、この役職には、私のあらゆる情熱、スキル、価値観が欠かせない。(15ページ)

坂本 樹志 (日向 薫)

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