私がソニーの社長という重責を担って6年。すっかり輝きを失ったかのように思えたソニーを率いた日々は、あっという間に過ぎ去っていった。この時点で、私は社長から退くことを決めていた。言ってみれば、社長として駆け抜けた激動の日々の、まさに総決算を突きつけられる瞬間だった。
財務を預かるCFO(最高財務責任者)の吉田憲一郎さんの顔が見える。私が三顧の礼でソニーに迎えた相棒だ。その吉田さんも私も絶対の信頼を置く、十時裕樹さんの姿もあった。
(『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」/平井一夫』より引用)
心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、2023年6回目の1on1ミーティングです。
『どうする家康』からアイスブレイクがスタートします。
(Sさん)
Aさん、前回の1on1から1週間が経ちました。『どうする家康』の4話が話題になってのアイスブレイクが盛り上がりましたが、5話は視ましたか?
(A課長)
視ましたよ! Sさんが「娯楽作品として視ています」という言葉は新鮮でした。
私は妙なところで真面目性格が出てしまい… これは自己肯定とは違う表現なのですが、「時代考証はどうなの?」といった意識に囚われ、ストーリーに集中できなくなることがあるんです。
「そうか… 娯楽作品として視ればいいんだ!」とリフレーミングできました。
(Sさん)
Aさんは、歴史モノでもある『銀魂2』を最高傑作とリスペクトしましたが、ああいうハチャメチャはどうなんですか?
(A課長)
ええ、あれはコンプリートなフィクションですから。中途半端はよくない(笑)
(Sさん)
なるほど~ 捉え方次第で景色は変わってくる(笑)
5話でも、「どうする家康?」が面白く描かれました。家臣たちは、とにかく持論を述べる。若き家康は悩む。打開策が見いだせない中で、「本多正信を起用すればよいのでは?」と大久保忠世が言います。それに対して皆が猛反発しますが、家康はその提案に耳を傾ける。そして家康は本多正信と会う。
若き家康は傾聴する。そして少数意見を受け入れる…
(A課長)
正信は「忍び」を使うことを家康に進言しましたね。いよいよ服部半蔵の登場です。“半蔵”という名は、歌舞伎役者の襲名のように、服部家の当主が代々名乗っていく名跡です。そのあたりも描かれていましたね。解説する訳ではなく、さりげなく示唆されていました。
(Sさん)
『どうする家康』のシナリオにはコーチングの世界観が組み込まれていますよ。家康はとにかく傾聴する。少数意見にも…
それから忍者と言うと、パターン化された「忍び衣装」の黒衣がイメージされますが、忍びの集団の風体は、雑巾にもならないようなボロボロというか… ですから、却ってリアルを感じます。予定調和を崩してくれるので痛快だ。
(A課長)
大河ドラマの傾向も変わってきましたね。主人公をカリスマとして描くのが定番でしたが、それも崩す。『どうする家康』は「チーム家康」であり、シェアードリーダーシップですから。
『どうする家康』は「チーム家康」のシェアードリーダーシップ!
(Sさん)
今回の1on1もいい流れです(笑)
そのシェアードリーダーシップを活写した記事が、日経新聞2月3日金曜日の1面、そして3面に大きく取り上げられていました。今日の1on1は、そのことをテーマにしたいのですが…
(A課長)
ソニーの社長交代でしょう? ソニーウォッチャーのSさんが見逃すはずはない(笑)
(Sさん)
以心伝心ですね(笑)
前回の1on1は、同じく『どうする家康』のアイスブレイクから、トヨタに話題が転じ、そのトヨタを深掘りする展開となりました。トヨタも社長交代が発表されました。
(A課長)
前回の1on1は2月1日にやりましたよね。トヨタの社長交代が日経新聞で報道されたのは1月27日です。Sさんはあれだけトヨタを語ったにもかかわらず、そのことにまったく触れていない…
(Sさん)
そうなんです。一応理由があります。
(A課長)
その理由も聞きたい。
(Sさん)
ええ、今回ソニーの社長交代もありましたから、語る気持ちが湧いてきました。対比することで両社の企業風土の違いが際立ってくると思います。
(A課長)
私はSさんが、トヨタと日本を被せて語ったところがとても印象に残っています。しっかりメモっています。
スケールを巨視的にして眺めると、トヨタこそ日本そのものを象徴しているリアルな姿ではないか、と感じています。つまり「世界化しているにも関わらず閉じている」のです。
トヨタは「豊田」です。豊かな田んぼです。それを維持するために、みなが助け合います。異端を排除しながら… これはちょっと言い過ぎかもしれませんが、モンスターのような存在になったにも関わらず、名古屋というあまり洗練されていない田舎大都市のイメージが付いて回っているように感じるのですね。
(Sさん)
さっき以心伝心といいましたが、Aさんがメモってくれたそのことが、実は一番言いたかったことです。ありがとうございます。
ただ少し補足させてください。広島出身、埼玉30年居住の私は、大都市名古屋をディスる気持ちは全くないことを…(笑)
(A課長)
ええ、そのときもちゃんと補足されていますよ(笑)
話を戻すと、Sさんの発言からは「ソニーは違う…」というニュアンスを感じますが。
ソニーとトヨタの「世界化」を独自の視点で対比すると…
(Sさん)
ええ、違います。ソニーは日本企業であってもアメリカンですよね。「世界化してかつ閉じていない」というのが、私の感じ方です。
トヨタはとても安定感があります。現在も世界をけん引し続ける自動車、つまりリーディングインダストリーの世界最大企業です。その戦略は定番と言われてきた「全方位」です。
ただ、その“定番”は、VUCAの時代と言われるようになって“かつての定番”となってしまったのではないでしょうか。
生産台数がトヨタの5分の1に満たないテスラの株式時価総額は、1000万台を超え3年連続世界トップの生産を誇るトヨタを、大きく凌駕しています。
(A課長)
ソニーの時価総額ですが、今日の朝チェックしたときは15.20兆円です。10年前は…1兆6616兆円だ。すごい、10倍近く上昇している。
じゃあトヨタはどうなのか? ネットで調べてみると…『東洋経済』が10年前の時価総額を算出してくれている。それを見ると、16.7兆円ですね。為替レートの変動が激しいので、時価総額も目まぐるしく変わりますが、これもさっきチェックしました。30.15兆円でした。つまり10年前のほぼ2倍になります。10倍と2倍… この差は何でしょう。
(Sさん)
そのヒントになる内容が、日経新聞にあるように感じます。トヨタとソニーの社長交代に関する記事です。
さっき対比が話題になりましたが、1月27日がトヨタ、2月3日はソニーを取り上げています。紙面は1面と3面です。1面は新社長のプロフィール、3面はその背景です。テーマは全く同じであり、日経新聞のバランス感覚が伝わってきます(笑)
ただ、記事内容というか、日経新聞の“熱さ”の違いが際立っているように、私は感じるのですね。
10年間で株式時価総額はソニーが10倍、トヨタは2倍…
(A課長)
Sさん、今ネットをいろいろ見ていて気付いたのですが、トヨタは社長交代の記者会見をしていませんね。2023年1月26日に、自社メディアの「トヨタイムズ」内で実施されています。
(Sさん)
ええ、閉じている…とも解釈できます。
(A課長)
ただ一方で、記者会見だと新聞社などのメディアを一端経由して、世間に報道されるわけだから、トヨタはリアルタイムでダイレクトに届けることができている。これはこれで今風ではありますよね。
(Sさん)
ええ、視点の違いによって、さまざまな解釈が成り立ちます。
私はソニーウォッチャーですから、どうしてもソニー贔屓になってしまうので、そこは割り引いて聴いていただければと思います。
3面は顕著な差が出ています。まずボリューム。文字数が異なります。ソニーは全面に近い取扱いですが、トヨタはあまり目立っていない。
タイトル、見出しは…
ソニーが、「ソニー、2トップで再成長」「“起業家”十時氏、時期社長に~EVやメタバース注力」と、華やかですよね。
トヨタは、タイトルというより見出しと小見出しです。「EVシフト後継に託す」「豊田社長“変革、自分には限界”」です。
ソニー新社長の十時氏は“起業家”!
(A課長)
う~ん… 確かにトーンが違っていますね。
(Sさん)
ソニーは未来志向で、戦略が語られているんですね。つまり記者として書けることがたくさんある。ところがトヨタは守りの印象です。トヨタの記事は、豊田章男社長の昔語りがほとんどで、本音かどうかはともかく「自己否定」のオンパレードです。
豊田氏は会見で自身を「古い世代。『車屋』としての限界も感じている。新しい時代には私が引くことが必要だと思った」と語った。豊田氏は周辺に「トヨタの経営の最大のリスクは私が社長であり続けることだ」と漏らし、ここ数年は交代を意識して佐藤氏を重要なポストに登用するなど布石を打った。
(A課長)
その後に続くコメントでは日経があえて()に全方位を入れていますね。
豊田氏は「(全方位戦略などを)理解してもらうのに時間がかかった」と自社ホームページで評価するが、その間ライバルはEVシフトを加速した。「EVの売れ行きは想定以上。効率的な造り方も考えなくてはならない」(トヨタ幹部)
(Sさん)
私は「…評価するが、…」という意味を今一つつかみかねています。佐藤新社長が全方位戦略に理解を示してくれたことを、豊田氏が「評価」したということだと思いますが…
続いてソニーの記事に目を転じたいと思います。3面は次の言葉でスタートします。
ソニーグループの経営が新たな段階に入る。4月、吉田憲一郎会長最高経営責任者(CEO)と十時裕樹社長の「2トップ」体制になる。ソニー本体の経営再建のため、両氏が子会社から復帰して10年、エンタメ・半導体事業を中心に過去最高水準の収益力を取り戻した。電気自動車(EV)参入やメタバース活用などの新たな価値創造に向けて推進力を倍増させる。
ソニーは未来志向! 夢を語り戦略を示す!
(A課長)
記事の中央に、「改革の総仕上げへ十時氏にバトン」のタイトルで、2012年から2023年の10年間が、「構造改革期」「成長の基礎づくり」の2つのステップであったこと。その内容を1年ごとトピックで示し、表にして掲載していますね。
「2012年 平井一夫氏が社長就任」「2013年 吉田憲一郎氏、十時裕樹氏がソニー復帰」と始まる。
(Sさん)
十時新社長は、改革の総仕上げとしての「再成長」を吉田CEOとの2トップで担っていく、というストーリーです。
ここからは、平井さんの著作である『ソニー再生』から引用します。
完全子会社化が完了すると、私は吉田さんにソニーのマネジメントチームに加わってもらえないかとお願いした。何度も話し合ったのを覚えている。
「吉田さんにはソニーに返ってきてもらいたい。私と一緒にチームとして、パートナーとしてソニーの再建という仕事を一緒にさせてもらえないでしょうか」
こんな風に私なりの熱意を伝えたと記憶している。最初は「少し考えさせてほしい」という返事だった。ソニーの完全子会社になっても、吉田さんにはソネットのリーダーとしての役割があると考えたのだろう。責任感の強い吉田さんならそう思うだろうことは、私としても分かっていたことだ。それでもこの人には来てもらわないといけないと思っていた。この人こそソニーの再建という大役をまっとうするために不可欠な相棒なのだ。
それを確信したやりとりがあった。吉田さんは私にこう告げた。
「私はイエスマンになりません。私の方こそそれをお願いしたい」
平井一夫さんは“劉備”、吉田憲一郎さんは“諸葛孔明”!
(A課長)
私は日本が成長しきれないのは、「上に仕える」ことを是とするメンタリティが、バブル崩壊を経て「忖度」にカタチが変わり広がっていったのではないか、と解釈しています。
コーチングに話を移すと、経営層をクライアントとするエグゼクティブコーチングにおいて、コーチは忖度を排して、率直にフィードバックすることが、強く求められます。このことを理解しているエグゼクティブコーチとクライアントである経営層のセッションは、エキサイティングであり、濃密な時間を共有することになります。
(Sさん)
この本を読んで気づいたことは、平井さんは1on1ミーティングを徹底してやっているのですね。35歳で、当時のソニーコンピュータエンタテインメント米国現地法人、SCEAの社長に任命されて以降、大ソニーのCEOまで上り詰め、そして引退するまでの間、1on1ミーティングを延々と繰り返しています。
そしてそこには必ず相棒がいるのです。
SCEAでは、アンドリュー・ハウスさんとジャック・トレットンさんの3人チームです。
(A課長)
もう哲学ですね。
平井さんの哲学は「相棒と共にある1on1ミーティング」!
(Sさん)
はい、その通りです。ですから、平井さんの本は「“究極の”1on1ミーティングの指南書」だと私は受けとめています。
平井さんが三顧の礼で迎えた吉田さん、そして十時さん。この「三本の矢」が、いかに対話を重ね、忖度ゼロの関係を築いていったかについても、しっかり書かれています。
3人の役職にはもちろん上下があります。ただ本を読むと、それがコーチングの3原則そのものであったことが伝わってきます。対等です!
(A課長)
Sさんの想いも伝わってきました。
(Sさん)
平井さんはおそらく、吉田さんと十時さんと一緒に仕事を始めて、早い段階で吉田さんに次のCEOになってもらおうと考えたと思います。吉田さんもそれを感じたでしょう。十時さんも、その次を任されるという予感を抱いたと思います。つまり「ソニーの3本の矢」の間で、暗黙裡に「承継」がイメージされたのではないでしょうか。
「承継」は、大企業、中小企業を問わず、すべての企業にとっての最大テーマです。カリスマ社長によって、そのときは栄華を誇るかもしれません。「でも…」ということですね。
ソニーの「承継」は里山の水路のように自然に流れていく…
(A課長)
今回、トヨタそしてソニーという、日本のナンバー1とナンバー2ともいえるスーパー大企業の社長交代が発表されたことで、これまで1on1ではテーマにしたことのない「承継」を語ることになりました。
ソニーの2トップ体制が、果たしてシナリオ通りにいくかどうかはわかりませんが、ソニーに多くの人が魅了されるのは、ソニーは夢を語り、それを本気で実現しようとしていることにあると思います。
(Sさん)
ソニーはやんちゃです。「ソニーはもうダメなんじゃない…」と思わせて、それがいつの間にか大復活を果たす! 自らどんどん変身しているのです。
10年前は、エレキ事業が4割強を占めていた。それが現在は2割にとどまり、エンタメ事業が5割です。トランスフォーメーションし続けています。
ソニーの根っこは「変革が常態」の“やんちゃな中小企業連合体”!
(A課長)
ソニーは自動車にも参入しました。ティーザーといえるかどうかは別として、スタイリッシュなデザインをまず発表するというのもソニーらしさですね。これでいよいよトヨタとも同業です。
この数日、「日産・ルノーの株式15パーセント相互保有」がマスコミをにぎわしています。それもあって昨日7日に、日経新聞で「日産・ルノー新連合 大流動化の一歩」という記事が掲載されました。内容は、日産とルノーに関することですが、自動車の「100年に一度の大改革」が語られています。
Sさんとの今日の1on1の〆として、引用したいと思います。
車は再びイノベーションの時代に入った。経営学者ピーター・ドラッカーは技術革新について「(異質なものの再結合というだけでなく)経済や社会の形を変えること」と書いた。ルノーと日産の提携見直しはそうした時代に向けた「大流動化」のほんの一歩だ。経済・社会を変える動きが日本の自動車産業から続々と生まれるかどうか。そこが試されている。
坂本 樹志 (日向 薫)
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