日本企業には仕事を通じてスキルを身に付け、昇進していくという考え方がありました。しかし、最近の若年世代からは、ほどほどに仕事し、昇進しないのが「コスパ」が良いとの声も聞かれます。
(日本経済新聞10月28日 31面「やさしい経済学~ 経済が成長する条件⑧」より引用)
心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を長く経験し、定年再雇用でA課長のチームに配属された実践派のSさんとによる、日経新聞10月28日の記事に触発されての1on1ミーティングです。さて、今回はどのような展開となるのでしょうか?
リスキリングとは学び直しのこと。
(Sさん)
Aさん、最近といいますか、岸田内閣が発足してからは特に顕著になってきたと思うのですが、「リスキリング」という言葉が、毎日のように日経をはじめとする新聞に登場しています。日本という国は世界に誇る「教育先進国」と言われてきましたが、これは明らかに「過去」のことであり、失われた30年以前の日本のことだと感じています。
(A課長)
「リスキリングは学び直し」のことですね。大阪大学の堀井教授がシリーズで書かれている「経済が成長する条件」を読むうちに、その根本は「学び続けている人がたくさん存在していること」、と感じるようになりました。
(Sさん)
実にその通りだと思います。Aさんのその解釈を援用すると、30年間停滞している日本というのは、「学び続けている人が減っている」ということになりますが、どうでしょう?
(A課長)
う~ん、決してそうではないと思うのですね。学びの内容がカギを握っていた、ということだと感じています。
28日の日経新聞「経済が成長する条件⑧」の中で堀井教授が、「巨人の肩に立つ」という言葉で、イノベーションを実現させるためには知識の習得が重要であるとコメントされています。
「巨人の肩に立つ」は選りすぐりの箴言!
(Sさん)
「巨人の肩に立つ」は聞いたことがあります。私の理解は曖昧なので、Wikipediaで調べてみます…
出典は、1159年の著作である『メタロギコン』からのようです。
私たちは巨人の肩の上に乗る小人のようなものだとシャルトルのベルナールはよく言った。私たちが彼らよりもよく、また遠くまでを見ることができるのは、私たち自身に優れた視力があるからでもなく、ほかの優れた身体的特徴があるからでもなく、ただ彼らの巨大さによって私たちが高く引き上げられているからなのだと。
「箴言」ですね。この著作からインスパイアを得て、「巨人の肩に立つ」についての解釈が広がっているようです。同じくWikipediaにあります。
この言葉はトサフィスト(ユダヤ教の聖典の註解学者)イザヤ・ディ・トラニ(英語版)(1180年頃 – 1250年頃)のレスポンサ(英語版)(ラビ回答集)にも見ることができる。
博識な賢者にかく問う者があった。「先人は我々自身よりも賢明であったことを我々は認める一方で、先人の見解を批判し、しばしば否定し、真実は我々とともにこそあると主張する。これ如何に。」
賢者答えて曰く、「矮人と巨人、いずれが遠くまで見渡せるか。無論、目が矮人よりも高くに位置する巨人である。しかし矮人が巨人の肩の上に乗せられたならば、いずれが遠くまで見渡せるか。 … つまり我々もまた、巨人の肩にまたがった矮人である。我々は彼らの知識から学び、さらに先へと進む。彼らの知識により我々はより多くを学び、言うべきことを言えるようになるが、これは我々が彼らよりも優れているからではない。」
(A課長)
含蓄に溢れていますね。堀井教授も「新しいアイデアは、それまでの歴史の中で蓄積されてきた膨大な知識や技術を背景として生まれることが多いのです」と、この箴言を紐解かれています。それに続くコメントは「スキル」がテーマです。
米国ではスキル偏向的技術進歩が起こっているという研究もあります。新技術はスキルを持つ労働者を必要とするので、スキルのある労働者の需要が増え賃金が上がる一方、スキルのない労働者の需要は増えず、賃金格差が開くのです。
堀井教授の趣旨は、日本の場合「スキルを必要とする新技術の採用や開発が進んでいないと思われます」ということなのですね。
スキルという英語は、あまりにも使い慣れているというか、わかったような気になりますが、「巨人の肩に立った」小さき人が、巨人の縦横無尽ともいえる知恵を、懸命に学ぶことで獲得できる磨き上げた技術… このように私は受けとめました。
スキルとは希少価値を有する固有の知識であり技能!
(Sさん)
スキルには「高い能力」という漠然とした表現とは違って、「希少価値を有する固有の知識であり技能」というニュアンスもありますよね。堀井教授が「米国ではスキル偏向的技術進歩が起こっている…」と紹介しています。“偏向”は「偏っている」という、少しネガティブなイメージですが、どうもそのような単純な捉え方ではなく「尖がっている」、つまり「希少価値がある」ということを堀井教授は言いたいのでは? と感じています。
日本は、「護送船団方式」がどうしても教育のベースにあると思います。子供に対する親の教育観は、日本が「あなたはどうして人と同じことが出来ないの?」であるのに対して、米国は「なぜあなたは人と違うことが出来ないの?」である。と何かの本で読んだことがあります。
「みんなと仲良く一緒に伸びていこう!」は、「護送船団方式」もあって、バブル景気までは、何とか機能したと思います。
私の頃の話です。大学で勉強したことはどうでもよい… とまでは言うつもりはありませんが、採用面接に当たって、文系の学生の場合は、獲得したスキルではなく「バランスのある性格」が問われていたと思います。ですから多くの文系学生は、「大学生活 = サークル活動」でした。
「社会人としてのスキル養成は会社が面倒をみる…みてくれる」という、閉じた組織である会社内部の「共依存関係」が日本社会の価値観だったのです。
日本の社会人教育は、会社と個人の共依存…?
(A課長)
Sさんの話を聴くうちに、同じ日の日経新聞「大機小機」を思い出しました。ちょっと待ってください…
タイトルは「岸田首相、熱くなれ」です。「岸田政権が今の政治スタイルのまま続くと、3つの傾向が強まる公算が大きい」との懸念を示し、提言を試みた内容です。その3番目が「人への投資」であり「リスキリング」です。
岸田氏は「人への投資」を新しい資本主義の第1の柱だと明言する。ならばリスキリング(学び直し)と、労働移動の円滑化に政治生命をかけてはどうか。
5年で1兆円の財政支援に加えて、解雇の金銭解決制度の導入や裁量労働制の拡充にまで踏み込むなら、改革の意味は増す。反対論も強いに違いないが、その攻防こそが「岸田買い」の材料になる。
(Sさん)
転職市場が活性化しつつあるようですが、正規と非正規の格差問題をはじめとして、労働市場の硬直化が、その背景にあります。この日本の価値観はなかなか強固だ…
(A課長)
だからこそ、「国家戦略として取り組まなければならない!」ということですね。そして転職によって、ステップアップしていくイメージが広がっていくことも求められる。だからこそ、「各人が新たな希少価値、付加価値を装備するためのリスキリング!」がテーマアップされることになる。
(Sさん)
前回の1on1で、Aさんが副業で始めているエグゼクティブコーチングの、実際のセッションの中での事例を紹介してくれました。そのとき「コーチング資格の意義」を実感したのです。「コーチングにはスキルがある!」ということをです。
(A課長)
それはどのシーンだったでしょうか?
Sさんが実感したコーチングスキルとは?
(Sさん)
ええ、Aさんがクライアントである中小企業経営者に質問し、その方が回答に窮したところです。
私が「Aさんがその経営者だったらどう答えますか?」と、訊ねたところです。
(A課長)
ああ… そこですね。
(Sさん)
Aさんは、稲盛さんの箴言である「人間の無限の可能性を追求する」「チャレンジ精神をもつ」を引き合いに出し、次のように説明してくれました。
コーチングにおけるコーチは、クライアント自身が気づいていない可能性を引き出すために、クライアントの現状より1ランク上と思われる行動をリクエストします。その内容はクライアントの持ち味により、直感をはたらかせます。
この解説はまさにスキルです。
プロコーチとは、「体系化されたコーチングのスキルを修得し、それを自在に引き出し駆使することが出来る人」であると認識した瞬間です。
私のことをAさんは「ネイティブコーチの素養がある」と言ってくれましたが、私にはとても無理です。
Aさんの影響もあって、資格としてのコーチングにとても興味を抱いています。コーチングのスキルとは何か? “ざっくりと”教えていただけますか。
コーチングのスキルは体験してみて初めて実感できる!?
(A課長)
ありがとうございます。
そもそも資格とは、その資格取得者が「一定のプロフェッショナルな技能」を修得していることにつき、お墨付きを与えられた、ということだと思います。それがスキルですね。
ただし、コーチングのベースは、対話という誰もが当たり前のように使っている行為ですし、個々のスキル名称も平たい言葉、つまりその言葉に接しても「解明しなければ…」と構えてしまうような専門用語は、それほど多くありません。
ですから、「資格としてのコーチングのプロフェッショナル性」がなかなか伝わりにくいとも感じています。
ただし、コーチングのスキルはとても深いものがあります。
(Sさん)
そうですよね… 最近TikTokをよく視聴するせいか、短い時間で把握したいという願望もあって“ざっくり”知りたい、と言ってしまいました。
エグゼクティブコーチのA課長が語るコーチングのスキルとは?
(A課長)
当然だと思います。「簡潔にコーチングのスキル体系を説明できる」というのも、プロのコーチに求められるスキルだと思うので、その観点で紹介してみます。少し緊張しますね(笑)
スキルの体系は大きく6つで構成されます。リフレーミング以外は日常でも頻繁に用いる言葉です。ただし、コーチングにおけるそれぞれのスキルを学んでいくと、誰もがその“深み”を知ることになります。
最初は「承認」のスキルです。
相手に安心して話してもらうために、相手の存在をそのまま受けとめ、認め、関心を持つことです。評価や他の誰かと比較することではありません。
次いで「傾聴」のスキルです。
コーチングにおいて最も重要で、かつ基本となるスキルです。相手のために聴くことであり、相手の話に意識を集中させ、心の声を聴きとることが目的です。この「傾聴」に関しては「スキルを超えたスキル」と表現したいと思います。「聞」ではなく「聴」の漢字を使うところに意味があります。
「聴」は、表意文字としての「漢字の力・素晴らしさ」が、見事に表されている一文字です。つまりコーチングの「傾聴」は、「コーチが耳だけでなく十の目と心によって、声音を超えたクライアントの心の声を感じとること」です。
そして「質問」のスキルです。
「承認」「傾聴」の延長として、相手の中にあるものを引き出すことです。相手内部の曖昧なものを明確にしていくために、多様な種類で構成されるスキルです。資格を学ぶ過程で、コーチングのスキルがいかに多彩であるのかを知ることになります。
「フィードバック」のスキルは忖度を交えません。
感じたこと、見えたこと、聴こえたことを、そのまま相手に伝えることです。「質問」のスキルと併せて、相手の“気づき”を促します。
「リクエスト」のスキルは、さきほどの「1ランク上」もそれに当たります。
相手の視点を増やし、心理的な壁を超えるための働きかけです。目標達成の原動力となり、飛躍的成長を促すスキルです。
「リフレーミング」のスキルは、俯瞰する視点を呼び起こします。
社会的な拘束力となっているような枠組み(フレーム~常識や当たり前だと感じていることなど)を外して、違う枠組みで見ることを促すことです。新たな視点がもたらされます。
(Sさん)
ありがとうございます!
Aさんがエグゼクティブコーチでなければ、私は今もコーチングのことを誤解していたかもしれません。どのような世界も先入観をもつことなく俯瞰した目、メタ認知が重要であることに気づかされます。
それから、私は典型的な文系であると自己定義しているので、ことあるごとに「文系」と口にしてしまいますが、同じく日経新聞28日の第二部「高校生向け特別版」にある、池上彰さんのコメントを読んで、この「文系」へのこだわりも「思い込み」であると気づかされます。
今日の1on1の最後は、池上さんのメッセージで〆たいと思います。
「リスキリング」という言葉を聞いたことがありますか。就職後、社員が働きながら学び直すことを意味します。「再びスキルを身に付ける」という意味です。新しいビジネスの手法や技術革新に対応できるようにする狙いがあります。いま、世界の有力企業が研修に力を入れています。
進学しても、就職しても学び続ける際に大事なポイントがあります。文系、理系の壁を越えて学ぶ「文理融合」の姿勢です。現代世界が抱える課題を理解し、未来への解を考えていかねばなりません。予期せぬ変化を乗り越えていくには文理の壁を破る知恵と視点が欠かせなくなっているのです。
坂本 樹志 (日向 薫)
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