『ひとはなぜ戦争をするのか』のアインシュタイン、そして「緒方貞子さんは“上善如水”の人」に関する一考察(2022/06/06)

緒方先生の話しぶりが非常にクールで、淡々と話される方でした。余計なことは言わない。しかし自分の考えはストレートに述べるという印象でした。“冷めた目と熱い心を持ったリアリスト”ともいえるでしょうか。決して空想家や理想家ではなく、もっと現実を自分の目で確認して捉えるタイプの方でした。服装などは地味で、物静かな雰囲気の先生でしたが、言葉遣いは至って上品な“山の手言葉”でした。皆、かっこいいなあと思っていました。

緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で(小山靖史/NHK出版・2014年2月)』のなかで、東洋学園大学教授で一橋大学名誉教授でもある野林健さんが語る緒方貞子さんの印象です。

(A課長)
前回の1on1ミーティングの最後で、今回のテーマを緒方さんの「ロール・モデル」と「ノブレス・オブリージュ」をテーマにしたい、と言いましたが、それは次回にさせていただきたいのですが…

(Sさん)
それは構いませんが、 新しいテーマは何でしょう?

(A課長)
「国際連合とは?」について考えてみたいのです。「もし緒方さんが国連事務総長だったら」というIFが話題になりました。そのあたりも踏まえて…
「セカイ系」の話になってしまいそうですが。

(Sさん)
了解しました(笑)

地球全体を包摂できる真のトップは生まれ得るのだろうか?

(A課長)
国連安保理常任理事国のロシアが、一方的に、戦略性の欠片もない戦争を始めてしまう、という現実を目の当たりにして、一国の利益代表ではなく世界全体を俯瞰するというか、国境という概念を超越した地球全体をインクルーシブする、真のトップの存在を希求したくなります。

機能不全が指摘される国連ですが、緒方さんが、もし事務総長だったら現在とは違うパラレルなIFが現出したのでは、と想像したくなります。
それくらい緒方さんってすごい人だったのではないか…と、想像を膨らましています。

(Sさん)
共感です!
今思い出しました。アインシュタインとフロイトが「戦争」をテーマに、往復書簡でその思いを真摯に語るという『ひとはなぜ戦争をするのか(A.アインシュタイン/S.フロイト 浅見昇吾 訳・講談社学術文庫)』のなかで、アインシュタインが語っている箇所です。
ちょっと待ってください。その本を持ってきます… このあたりです。

破壊の衝動は心の奥底に眠っている。それが…!?

破壊への衝動は通常のときには心の奥深くに眠っています。特別な事件が起きたときにだけ、表に顔を出すのです。とはいえ、この衝動を呼び覚ますのはそれほど難しくはないと思われます。多くの人が破壊への衝動にたやすく身を委ねてしまうのではないでしょうか。
これこそ、戦争にまつわる複雑な問題の根底に潜む問題です。この問題が重要なのです。人間の衝動に精通している専門家の手を借り、問題を解き明かさねばならないのです。

(A課長)
その往復書簡はいつ交わされたのですか? 近現代世界史における究極のビッグネーム同士ですが、まったく分野が異なるのに…その二人が手紙を交換していたというわけですね。

(Sさん)
実は、Aさんが時おり紹介してくれる、コーチビジネス研究所のホームページコラムを私もチェックしてみました。すると、去年の4月6日のコラムが「ロジャーズ、フロイト、アインシュタイン」で、その内容がこの本の紹介でした。興味を憶えて私も買って読んでみました。

(A課長)
なるほど… 合点しました。

(Sさん)
1932年に国際連盟がアインシュタインに、「今の文明においてもっとも大事だと思われる事柄を、いちばん意見を交換したい相手と書簡を交わしてください」と、依頼しています。アインシュタインはフロイトの名を挙げました。

アインシュタインはフロイトに自説を語ります…

(A課長)
1932年は昭和7年ですから、前回の1on1で深掘りした「満州事変」が起こった翌年ですね。その後第二次世界大戦が勃発し、アインシュタインの言うところの「破壊の衝動」が世界を覆ってしまった…とも解釈してしまいます。

(Sさん)
アインシュタインは、第二次世界大戦後に発足した国際連合のような形態を、フロイトに語っています。ただそのイメージは、すべての国家の上に立つスーパー権限を有する国際組織です。

戦前の国際連盟は、米国は参加していなかったし、理想を語れるような状況ではありません。アインシュタインは1932時点で、国際的な平和を実現するための方法を次のように語ります。

国際的な平和を実現しようとすれば、各国が主権の一部を完全に放棄し、自らの活動に一定の枠をはめなければならない。他の方法では、国際的な平和は望めないのではないでしょうか。

(A課長)
主権の全部、とは言っていないので、その一部が何を意味するのか微妙ですね。ただ“完全に”という表現は強いですね。

(Sさん)
アインシュタインもフロイトもユダヤ人ですから、当時ユダヤ人国家は存在していないので、そのような言葉を口にすることが出来たのかもしれません。

(A課長)
う~ん… 国家があたりまえに存在することを、あたりまえの恩恵として空気のように感じている人たちには、理解が及びにくい捉え方なのではないでしょうか。特に私たち日本人には…

民族は長い歴史により「物語・ナラティブ」が形成されていく…

(Sさん)
民族と国家の関係については、人間の尊厳というか人権というテーマにおいて、50年、100年、いやそれ以上の射程で人間が挑んでいかなければならない最大の課題かもしれません。

ミャンマーのロヒンギャは国籍を持つことができない過酷な状況に置かれています。本来守ってくれるはずの国家から、法制上の観点からも迫害を受けています。クルドしかり、長い歴史によって「物語・ナラティブ」が形成されている民族は、国境という人為的なラインで囲まれている国家とはまた別次元の存在です。ある意味で“情念”の世界です。

(A課長)
Sさんの話を聴いて、緒方さんが「UNHCRの歴史を動かした」と言われる決断の内容と結びつきました。『緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で(小山靖史/NHK出版・2014年2月)』の170ページあたりから書かれている内容です。
緒方さんは1991年2月に国連難民高等弁務官に就任し、スイスのジュネーブで業務をスタートするのですが、その2か月後…

1991年4月にイラクのフセイン政権に弾圧されていたクルド人が武装蜂起します。ところが、政府軍に敗れたために、隣国のイランとトルコに難民として逃れます。その数は180万人でした。

イランは、逃れてきた難民140万人を受け入れています。しかしトルコは、国内にいるクルド系の武装勢力に悩まされていたため、受け入れを拒んだのですね。
そのため、40万人のクルド人がイラク国境の山間部に取り残されてしまうのです。「絶望の淵」という表現で語られます。
長く緒方さんの側近を務めたピーターセンさんが語ったところを引用します。

難民高等弁務官に就任した早々に“洗礼を受けた”!

緒方さんは、UNHCRの歴史上、いや、近代史の中でも最大の緊急事態の一つに、いきなり直面したわけです。世界が注目する中、難民高等弁務官として、まさに、“洗礼を受けた”と言えます。

緒方さんは直ちに現場へ向かわなければならないと判断しました。ヘリコプターで、高地にあるイランとトルコの国境を訪れ、一日中歩き回り、立ち止まっては難民に話しかけていました。「どこから来たのか」「なぜここに来たのか」「どんな希望を持っているか」ということを難民たちに問い、その答えにじっと耳を傾けていました。

(Sさん)
緒方さんに関する本を読むと、「聞く人」ということばが随所に出てきますよね。緒方さんにかかわったすべての人が異口同音に語りますから、「真実の姿」であることは間違いない!

(A課長)
ジュネーブの本部に戻った緒方さんは、すぐに幹部を集め、シニア・マネージメント委員会を開催します。その場が、緒方さんが「UNHCRの歴史を動かした」というシーンです。
ピーターセンさんは語ります。

シニア・マネージメント委員会は10~15人で構成されていました。緒方さんと私に加え、各部署の局長が参加していました。

女性は、緒方さん以外に、ヨーロッパ局長と人事局長の二人いたと思います。ほかに、チュニジア人の男性の中近東局長、レバノン人の国際保護局長などが出席していました。まずは緒方さんから、現場を見てきた感想や、イランとトルコの大統領との話し合いについて説明がありました。

そして、会議の出席者に意見を求めました。とても重要な決定でしたから、意見を聞くことが本当に大事だと考えたのでしょう。

今回の論点は、「UNHCRが、まだ国境を越えていない人びと、つまり“国内避難民”と呼ばれる人びとに関与するべきかどうか」でした。
彼らに対して、UNHCRは正式に関与する義務はありませんでしたから。

少し補足しますね。UNHCRは難民条約の規定に基づき、その活動がオーソライズされています。それによる“難民”の定義は、
「人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるか、あるいは迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れた人びと」であり、したがって、国境を越えて自国を出ていない人は、UNHCRの支援の対象外なのです。

シニア・マネージメント委員会全員の意見に傾聴で臨む…

(Sさん)
シニア・マネージメント委員会の場にいた人の語りですから、臨場感が伝わってきますね。

(A課長)
難民高等弁務官に対して、法体制や法律上の助言提供を担当する国際保護局長は、「UNHCRは厳格にその責務を順守すべきです」と強く主張しています。これに賛同して「トルコの国境封鎖を認めれば、UNHCRの難民保護に関するマンデート(責務、権能)は今後間違いなく弱まるだろう」という発言もあったとあります。つまり、難民と定義される状態になるよう、トルコ側との交渉を優先すべきである、という意見ですね。

中東の担当による「柔軟に、難民が現在いる場所で支援する努力をすべきだ」という意見も出ますが、「賛成意見を述べない人や、賛成か反対かの立場をとることに慎重な人もいた」、と書かれています。

全ての幹部の意見に粘り強く耳を傾けた2時間が経過して、いよいよ緒方さんが意思決定をするシーンとなります。
ピーターセンさんの語りが続きます。

全員の意見を聴いた緒方さんが意思決定した内容とは…?

そして緒方さんは「決心した」と言いました。
「私は介入することに決めました。なぜならUNHCRは、被害者たちが国境を越えたかどうかに関わりなく、被害者たちのもとに、そして側にいる必要があるからです」と言ったのです。
国境の反対側で何もせずに待っているのではなく、被害者たちと一緒にいることを望んだのです。これが、彼女が下した、最初の重要な決断でした。

(Sさん)
難民条約とは異なる判断…つまり国連という世界機関でオーソライズされた規定に反する意思決定であり、その最高責任者である難民高等弁務官が自らその掟を破ったわけだから、責任問題というか、就任早々、罷免される可能性もあったわけだ。

(A課長)
不完全であるヒトがつくる法律は、ともすれば制度疲労を起こします。だから状況に合わせて改変させる必要があります。その最たるものが、国連の安全保障理事会の常任理事国が有する拒否権です。しかしながら歴代の国連事務総長は不作為を決め込んでいます。

(Sさん)
Aさんは、以前の1on1で、その拒否権をウルトラ権限と言いましたね。

(A課長)
国連は主権国家である各構成メンバーの尊重を第一とする連合組織であり、事務総長に与えられた権限とは「調整機関としてのトップ」です。

ちなみに“同盟”と“連合”は、その意味する内容が大きく異なります。
国際“連合”という組織は、米国、中国の覇権を争う両大国、そして今回のロシア… これら安保理常任理事国に対して「何ができるのか」と問われると、歴代の事務総長の行動を振り返ってみても、世界は「?」という回答を用意するでしょう。

(Sさん)
歴史が証明している…

(A課長)
“調整”という、一見力を持たない役割だからこそ、私は緒方貞子さんが事務総長であれば、「何かをやってくれたのではないか!」とIFの世界に思考が浮遊していきます。

緒方さんが一貫して追求してきた政策概念は「人間の安全保障」

『緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で』の最後の第9章は、緒方さんが国連難民高等弁務官として、難民支援に当たる中で着目し、その後一貫して追求してきた、新しい政策概念の「人間の安全保障」が綴られています。
緒方さんの言葉を引用します。

人間の安全保障は、人びと一人ひとりに焦点を当て、その安全を最優先するとともに、人びと自らが安全と発展を推進することを重視する考え方です。

安全保障とは、従来、国家がすべきものということを前提に考えられてきたのですが、もはや国家を超えて、『人びと』というものを、保護の対象にしていくことを考えないといけないのです。国家に頼っていれば全てが良くなる時代ではありませんから。(中略)

所属がはっきりしないとか、かつて所属していた国家の形態がかわっていくとか、非常に大きな変化の中で、それぞれの人びとをどう守っていくかかという問題が、私どもの仕事になったのです。

大事なのは……、“人びと”です。人びとというものを中心に据えて、安全においても繁栄についても、考えていかなきゃならないということを痛感しましたね。

国連の場合は国家間機関ゆえに、国と国との話し合いというものが安保理の中にあったのですが、それだけでものが解決するのではなくて、その国の中に、あるいは裏に、人びとがいるということを考えないとダメなのです。
人びとというものを頭に置かないで、威張って国を運営できる時代ではないのですよ。

(Sさん)
最後の一行はしびれました。

(A課長)
私の独自解釈であることを許していただくとして、緒方さんは日本人という看板を超越していると思います。メタ認知で日本を俯瞰できる人であり、かつ、“イズム”から解放されたナチュラルな視野で世界を捉えている人ではないでしょうか。

『緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で』は、「緒方さんに関わった50人以上の人たちに対するインタビュー」+「10時間におよぶ緒方さん(85歳の時)へのインタビュー」をまとめた本です。

15ページから17ページにかけて、関わった人が語る言葉のエッセンスを26項目で抽出していますが、その紹介は次回に譲るとして、今日の最後に、緒方さんの部下だった元外務省の加藤俊平さんのコメントを紹介させてください。

緒方さんは“上善如水”のひと!

私が、緒方さんにいちばん感心するのは。『我がない』ということですよね。『我意がない』ということです。非常に公明正大な方ですよ。『上善如水(じょうぜんみずのごとし)』という言葉がありますけれども、水のようなイメージです。ですからお話をしている、あるいはお話を聞く、そういう時に100パーセント信用できる。これが緒方さんの圧倒的な印象ですよね。だからこそ、さまざまな判断が非常に正確なのだと思いました。“自分”というものを介して何かを判断するとか、そういうことのない人でした。全く客観的に公正になれる人、という印象でしたね。

(Sさん)
老子ですね。“上善水の如し”に続く言葉は、“水はよく万物を利して争わず”です。人としての境地ともいえる姿かもしれない。自然体で生きていく…

(A課長)
私はどのようなときもコーチングのことを考えています。自己基盤であるファウンデーションを確立することがコーチングの目的ですが、緒方さんのことを知れば知るほど、何を目指すべきかが見えてきました。
もちろん緒方さんにはなれません。でも宮沢賢治の『雨二モマケズ』ではありませんが、「そうなりたい!」というイメージが晴れ晴れとしてきました。

次回も緒方さんについてSさんと語ってみたいと思うのですが、いかがでしょうか?

(Sさん)
Aさんからオーラのようなものが伝わってきます(笑)
その感じ方…私も体験してみたいので、緒方さんの世界をさらに探求してみますね。

坂本 樹志 (日向 薫)

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