心理学とコーチング ~行動経済学とコーチング カーネマン教授の『ファスト&スロー』の序論を語ります~(2021/06/02)

本を書く人なら誰でも、読者が自分の本から得た知識をどんな場面で活用するのか、頭の中に思い描いているのではないだろうか。
私の場合には、それは、オフィスでの井戸端会議である。意見を交換し噂話に盛り上がる、あれだ。

「序論」はカーネマン教授の想いが、“ギュッ”と凝縮されています。

前2回のコラムで、太宰治の『走れメロス』と『新ハムレット』について試論を展開しました。今回のコラムは、行動経済学で最初のノーベル賞を受賞したカーネマン教授の『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?(早川書房)』を題材に、オーソドックスに筆を進めてまいります。

行動経済学をテーマにしたコラムは今回で6回目です。その2回目のコラム(4月27日)で同書の下巻に収録されている「プロスペクト理論(第26章)」に触れています。上下巻で850ページ、序論+全38章+結論(謝辞、解説、原注、付録B、付録A)の構成の同書を引用しながら、行動経済学とビジネス、そしてコーチングを語っていこう、という方針はスタートで決めていました。

その最初に何を語るかは、少し迷ったのですが、ノーベル賞の選考委員会が経済学賞(2002年)の業績として挙げたプロスペクト理論は、決して難解なものではない…と、私は感じていたこともあり、まずはその紹介を…という判断のもと、取り上げました。

さて今回です。行動経済学について少し脱線しつつも、回数を重ねたところで、カーネマン教授の想いが凝縮されている「序論」を綴ってみようと思います。

冒頭の引用は、そのスタートです。私は、この「井戸端会議」から、以前勤めていた会社の「喫煙ルーム」を想起しました。タバコを吸う担当取締役とそこでよく遭遇する部下が、「今日取締役が〇〇〇について、■■■って言っていましたよ。今度の立案で、■■■という表現を盛り込めば経営会議で通ると思います…」と、嬉しそうに語るその表情を思い出しています。

担当取締役は、「喫煙ルーム」で紫煙をくゆらせるとわきが甘くなる…ということをその部下が察知しており、そこで質問すると結構本音で応えてくれる、ということをつかんでいたのですね(笑)
カーネマン教授がアナロジー(わかりやすい例えで説明すること)として、「井戸端会議」を使っています。その趣旨は次の通りです。

「井戸端会議」は言い得て妙!ですね。

なぜ、井戸端会議に狙いを定めたのかといえば、他人の失敗を突き止めてあれこれ言うほうが、自分の失敗を認めるよりずっと簡単でずっと楽しいからだ。自分の信念や願望を疑ってみるのは、ものごとがうまくいっているときでも難しい。しかも、それを最も必要とするときに一段と難しくなる。だが、ちゃんと事情を通じた第三者の意見が聞こえてくれば、いろいろと得るものが多いことだろう。

「井戸端会議」は、本音を交し合うのが通常です。そこには忖度はなく、「ねばならない」という自己理想(昨年8月10日のコラム/アドラーその5)からも自由ですから、「内省につながる場」として、カーネマン教授は、その意義を語っているのです。
カーネマン教授は、続いて「判断と選択」についての見解を述べます。心理学者らしい話の展開です。

事情通の噂話からは、人間が犯すエラーの顕著なパターンが見つかると期待できる。エラーの中でも特定の状況で繰り返し起きる系統的なエラーはバイアスと呼ばれ、予測が可能だ。たとえば自信たっぷりの美男子が講演会の壇上に上がったら、聴衆は彼の意見に本来以上に賛同すると予想がつく。このバイアスには「ハロー効果(Halo effect)」という診断名がついているので、予測することも、認識し理解することも容易になっている。

ハロー効果は心理学者のソーンダイクが1920年に発表した論文に由来します。

ハロー効果について、昨年2月18日のコラム「対人認知その2」で取り上げているので、再掲しておきます。

<ハロー(後光)効果>

ある一面の優れた能力を対象者の全体能力としてとらえてしまう傾向のことです。その優れた能力を、例えば「偏差値の高い某大学出身者」であることを根拠にしてしまうと、ステレオタイプ的認知と重なってしまうことになります。

そしてハロー効果とは逆のバイアスに陥る場合も生じます。

<逆ハロー効果>

ハロー効果は対象者を実力以上に評価してしまう場合ですが、逆とあるように、対象者の一面の欠点を全体に拡大し評価してしまう傾向です。事業や芸術の分野で大成功した人たちが、全体観を持ったバランスある人たちばかりか、というと決してそうではなく、むしろ特化した能力を最大限発揮し、欠点とされる部分を自らコントロール、あるいは理解者を得てその欠点をサポートしてもらえる環境があったことで偉大な発明につながった、という事例はたくさんあります。

この後でカーネマン教授は、本書で論じるテーマについて概説します。

本書で論じることの大半は、直感のバイアスと関係がある。とはいえ、医学書が病気に注意を払うからと言って健康を否定するわけではないのと同じように、エラーを取り上げるからといって人間の知性を過少評価するつもりは毛頭ない。 私たちの大半は、たいていは健康で、判断や行動もほとんどの場合まずまず適切である。日常生活を送るうえで、ふだんはとくに迷わず印象や感覚に従い、自分の直感的な判断や好みがだいたいは正しかったと自信を持っている。だが、いつも正しいわけではない。私たちは、まちがっていながら自信たっぷりのことがよくある。そんなとき、客観的な第三者なら当人より間違いを発見しやすい。 井戸端会議に私が期待することをまとめておこう。まずは他人について、そして最終的には自分自身について、判断や選択のエラーを突き止め理解する能力を高めることである。そのために、本書ではより正確で適切な語彙を紹介していく。そして少なくともいくつかのケースでは、エラーの適切な診断によって、不適切な判断や選択が引き起こしがちなダメージを防ぐ治療法を提案できると考えている。

私は「AIDMAの法則」の流れ通りに同書を購入しています(笑)

850ページの同書を手にしたとき、そのボリュームに圧倒されますが、私は、導入である序論の「井戸端会議」、そして太字にした箇所に引き付けられました。これらの文言によって、私はマーケティング施策でいうところの「AIDMAの法則」の最初の段階である「A」が喚起されたのです。つまり、カーネマン教授の意図にはまった、ということですね(笑)

「AIDMAの法則」は、マーケティングの基本的(古典的)キーワードです。マーケティング活動が成功し、最終的に購入につながった場合(最後のAction)の心理の過程を分析すると、それぞれがポジティブになっているとわかるのです。逆に購入につながっていないケースでは、どこかの段階でネガティブな心理が生じているのであり、その原因を探り対策に生かしていきます。 その流れは次のプロセスで説明されます。

A(Attention:注意・注目)→I(Interest:興味関心)→D(Desire:欲求)→M(Memory:記憶)→A(Action:行動・購入)

少し脱線しました。
私が「行動経済学」をコラムのテーマとして取り上げることにしたのは、行動経済学が実際のビジネスにおいて、特に「意思決定」について有意義な知見を与えてくれること、そして、行動経済学の人間観とコーチングの人間観に共通するところが見いだせること、等がその背景にあります。ただ、それ以上に私がカーネマン教授、セイラー教授のことを紹介したくなるのは、パートナーであるところのトヴェルスキー氏について熱く語っているところに強く共鳴するからです。

このコラムシリーズは、コーチングが有する素晴らしさ、そして可能性を読者のみなさまにお伝えすることが目的です。たからこそ、カーネマン教授やセイラー教授がパートナーによって、どんなに力づけられているのか、パートナーなき場合には自分たちの業績は絶対的に生み出すことができなかった、そのことを何度も繰り返して語る両教授の人柄そのものに、私は感銘を受けるのですね。

太字にした「第三者」としての役割を、心の底から信頼できる友人やパートナーが担ってくれたとしたら…その人の人生は真に幸せであることを私は確信しています。

本日のコラムの最後に、「本書のルーツ」と見出しを付して、カーネマン教授が語っている箇所を引用することにします。

カーネマン教授とトヴェルスキー氏の交歓が目に浮かぶようです。

本書では、判断と意思決定に関して私が現在持っている知識を披歴する。これらの知識は、ここ数十年ほどの心理学的発見を通じて形成されたものだ。だが、そもそものルーツは1969年の幸運な出会いに遡る。
この年、私は同僚に、セミナーでゲストスピーカーとして何かしゃべってくれと頼んだ。
当時私はエルサレム・ヘブライ大学の心理学部で教えていたのだが、教授陣の中で意思決定に関する若手有望株と目されていたのがエイモス・トヴェルスキーだった。エイモスを知る人の多くは、これまでに会った中でいちばん優秀な頭脳の持ち主だと断言する。それほど頭がよく、しかも話し好きで、カリスマ性も備わっている人物だった。 大量のジョークを頭の中にしまい込んでいて、それを当意即妙に使いこなすすばらしい能力にも恵まれていた。だからエイモスがいたら、退屈するなんてことはない。当時エイモスは三十二歳、私は三十五歳だった。(中略) 私たちは、研究で扱う統計問題の現実的なシナリオを用意するなど調査の準備をし、エイモスが数理心理学会の参加者から回答を集めてきた。回答者の中には、統計の教科書の執筆者も数名含まれている。予想通り、専門の研究者も私たちとさほど変わらない反応をしていた。 つまり、標本サイズが小さいにもかかわらず、現実の世界を忠実に再現していると過大評価しがちだったのである。彼らは、(架空の)大学院生が集めるべき標本の数についても、ひどくお粗末なアドバイスをした。たとえ統計の専門家であっても、直感ではうまく統計処理はできないということである。 これらの発見について論文を書くうちに、私たちはウマが合うとお互いに感じた。エイモスはいつだって愉快で、彼といると私も愉快になる。だから私たちはまじめな研究をしながら、延々と楽しい時間を過ごすことができた。 こうした喜びがあるおかげで、私たちはいつになく忍耐強くなった。まったく退屈を感じないときは、完璧をめざして努力するのもじつに容易になる。そして、何より重要なのは、私たちがどちらもお得意の武器を使わなかったことだろう。私たちはどちらも批判や議論が好きだが(エイモスのほうがとくにそうだが)、共同研究をしていた数年間というもの、相手の発言を頭から否定するようなことは、二人とも一度もしなかった。いやむしろ、自分の漠然としたアイデアをエイモスがクリアにしてくれることを、私は大いに楽しんだ。 エイモスは私より論理的に思考し、方向感覚が正しく、理論形成に長けている。私はより直感的だ。もともと知覚心理学を学んでいたので、この学問領域から多くのアイデアを拝借した。私たちはお互いに容易に理解できる程度には似ていたが、お互い相手を驚かせる程度にはちがっていた。私たちは平日の多くの時間を共にする日課を決め、よく散歩しながら議論を戦わせた。その後の十四年間、共同研究は私たちの生活そのものであり、どちらにとっても生涯最高の一時期となった。

坂本 樹志 (日向 薫)

 

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