アドラーについては、「アドラー心理学の理論」に基づいて、オーソドックスな解説を心がけてきました。
今回のコラムは「インターミッション」という意味合いを持たせたいと思います。そこで恐縮ですが、以前私が執筆した『格闘するコーチング/日向薫・かんき出版2003年』を引用させていただきます。
この本は、コーチングを専門にしている方々ではなく、コーチングにあまりなじみのない人たち、という前提(想定は30~40代の主任係長世代)で書いていますので、少し肩の力を抜いていただけるかな、とも感じています。
「思い込みの世界から自由になる」とは…
『この本のキーワードは「思い込みの世界から自由になる」です。極端に言えば、この本はこれがすべてです。このことについてあらゆる視点からアプローチしていきます。具体的には、カウンセリングの一理論である「論理療法」を柱としていますが、それは追々解説します。(中略)たとえば民族、宗教の異なる人と接する場合、我々は相手に対して謙虚になれます(逆に傲慢になる方もいらっしゃいますが…)。
これは「相手は自分たちと異なった文化をもっているから思考・行動パターンが違っているのは当たり前だ」と解釈(無意識・自然に)しているからです。イスラム教徒がラマダンで断食しているのに接しても「イスラム教の人だからそうなんだよね」と自然に受けとめます。ところがそうでないコテコテの日本人が「私は今日から思うことがあって1週間断食します」と宣言すると、「何考えているの? そんなにガマンすることないじゃない。変な人…」となるのが一般的です。したがって、「いまどきの新入社員は、30~40代の主任係長世代である我々とは異なる価値観の世界で生きている」と解釈すればよいのです。
彼らと接して、憤りを感じてしまうそのメカニズムを解明してみましょう。まずいえることは、部下のことを、価値観を共有している“仲間”だと無意識に「思い込んで」いる点です。仲間にもかかわらず掟とは異なる思考、言動、行動をとる…だから腹が立つのです。
このようなパターンと類似なものに、親の子どもに対するとらえ方があります。最も近い存在だからこそ、冷静になれないのもまた現実で、「子供のくせに何で口答えするんだ」と声を荒げる親はたくさんいます。
この前提として「子供は自分の血を分けた存在であり支配下にあり、素直であるのが当たり前のことなのだ」という「思い込み」が存在します。子供は「血を分けている」ということで「親の言うことをきく」のではなく、実は「親の言うことをきく理由がある」からそのような態度をとっているのです。
その理由は、「口答えすると殴られる」「言うことをきいていると何かご褒美がもらえる」「親の話に納得し“なるほど”と思っている」など、さまざまあるでしょう。いずれにしても「相手は自分と一緒なんだ」という「思い込み」から、いろいろな問題が発生してしまうのです。』
私たちはどうしても「思い込み」にとらわれてしまいます。ただこの「思い込み」が強く出てしまう事象や対象が一人ひとり異なっているわけで、これがアドラーの言う「ライフスタイル」です。
スパゲッティは音を立てて食べてはいけない!
少し恥ずかしいのですが、スパゲッティを食べる際に、考えごとをしていたり、自分ひとりで食べるときは、どうしても音を立ててしまいます。そしてもう一つ付け加えると、妻の前で食べる場合は、意識して音を立てないで食べることを心がけています(10回に1回くらいは失敗しますが)。というのも、結婚前、付き合い始めて1年くらいたった時に「スパゲッティは音を立てて食べるものじゃないわよ」と言われ、それがマナーであることを知ったのです(21歳の時でした)。
1年間もそのことを話してくれなかったのは、少しばかり(?)遠慮していたようで、さすがに言っておかなければ、とのことでした。
考えてみれば、ショーペンハウアーの「ヤマアラシジレンマ」(以前のコラム『アドラー その2』)にあるように、「付き合う(結婚生活も同様)」ということは、相手のクセのうち、自分にとっての不快指数が高いものを相手に告げて何とか是正してもらう、一方で相手から指摘された要求を可能な限り是正する、ということです。
「恋愛」とは、好きになった相手から好きであるという態度(報酬)が返ってきたとき、無上の喜びを感じることのできる関係性です。「恋愛状態になると、どんなモノグサな人も、世界一のマメ人間に変身する」は、私のささやかな格言ですが、アドラーの言う「動因」が高いレベルで発動する状態です。
恋愛こそ頑迷なライフスタイルをチェンジするチャンスなのかもしれませんね。
さて「スパゲッティを音を立てないで食べる」という行為について、論理療法で少し分析してみましょう。その特徴は以下の通りです。
論理療法で「スパゲッティを音を立てないで食べる」ことの意味を分析する。
(1)人間は目で見える世界(これは物理的な現象世界です)を、どう受けとっているか(感情の世界です)、その「受けとり方」によって世界を築いている。これがライフスタイルです。
(2)スパゲッティを目の前で音を立てて食べている人に対して「不快である」と感じているのは、通常の解釈をすれば、「音を立てる(音がする)」という物理現象=出来事(Activating Event : A)が、「不快だ」という感情(Consequence : C) を起こさせている、となります。
(3)ところが論理療法は、そうではなく「スパゲッティは音を立てないで食べるべきだ」という「受け取り方(思い込み)」が「不快感」を発動させる、と捉えます。すなわちAとCの間に、考え(Belief : B)が介在することで、次の感情が起こっている、と解釈します。一般に論理療法で「ABC理論」と呼ばれているのは、このプロセスを指します。
(4)論理療法では、受け取り方には2種類あり、まともな受け取り方「ラショナル・ビリーフ(rational belief)」、おかしな受け取り方「イラショナル・ビリーフ(irrational belief)」と呼称します。カウンセリングのセッションでは、「その受け取り方に論理的必然性はありませんよ(イラショナル・ビリーフ)」と指摘し、「○○○がまともな受け取り方ですから、あなたが正しいと思い込んでいること(イラショナル・ビリーフ)は、実は誤った受け取り方なので、そのために悩む必然性はありませんよ」と、立ち直りに向かわせていくのです。
コーチングの具体的場面を紹介しましょう。以前のコラム『「自分は思い込んでいない」という思い込み???(2019年6月2日)』のなかの事例を再掲します。
「率先垂範こそマネージャーのあるべき姿」…はセオリーなのか?
「部下を指導するにあたって“率先垂範”が何よりも重要だ!」と考えているAさんがここにいるとします。Aさんは、部下をぐいぐい引っ張り、お客様に対するプレゼンも自分ですべてやってしまいます。ところが…チームの成績は上がりません。部下の動きからも覇気が感じられません。Aさんは悩みます。そんなAさんからコーチングしてほしいと依頼があったとします。
コーチ:「Aさんにとっての率先垂範とはどういうことだと思いますか?」
Aさん:「先頭に立って模範を見せることですよね?彼に任せても失敗するだけだから、私のやり方を真似てほしいと思って、いつもやってあげているんです。」
コーチ:「彼に任せても失敗するだけと言いましたが、何回やらせてみました?」
Aさん:「そういえば、まだ1回もやらせていないですね。」
コーチ:「Aさんは優れたプレゼンターだと思いますが、初めの頃はどうでしたか?」
Aさん:「私も最初の頃は今のようにうまくできていたわけではありません。試行錯誤を繰り返しながらでしたね。部下にも私のやり方を見て真似してほしいと思いましたが、私も先輩の良さを取り入れつつ、やりながら今の自分の型を作ってきたのを、すっかり忘れていました。・・・」
いかがでしょうか?
このコーチング・セッションでは、特に「論理療法」を意識しているわけではありません。
Aさんが悩んでいる内容について、「どうすることが部下の一番の成長につながるのか、部下の立場に立って考えることが必要である」ことをコーチがAさんに伝えています。
結果的には、「率先垂範こそが正しい」と思い込んでいるイラショナル・ビリーフを、「部下を信じて任せること必要ですよ」というラショナル・ビリーフに、意識を変えていくことを説いているのです。
スパゲッティと音の関係は、果たしてイラショナル・ビリーフなのか?
さて、コラムの終わりが近づいてきました。せっかくスパゲッティで始めたインターミッションなので、最後もスパゲッティ談義で〆ることにします。
スパゲッティはイタリアの郷土料理です。「音を立てないで食べる」というスタイルと共に日本に入ってきたと考えられます。
一方で、日本そば(特にモリやザル)をつるつると食べたらどうでしょうか? テレビの旅番組などで、外国籍の人が、日本そばを食べる際に、どうしても音を立てて食べることができないシーンを取り上げて、その場にいる店の人や関係者の微笑む姿を映し出す、ということが定番で見受けられます。
不思議なもので、妻も「日本そばは音を立てないと食べている感じがしないわよね」と言うのですね。
スパゲッティに戻りますが、マッチョな男性を好む女性が、スパゲッティを音を立てないで食べる男性を見て、「お行儀はいいけど、何だか男らしくないわね」と受けとめるだろうことは、大いにありそうです。
「スパゲッティと音」が果たして、イラショナル・ビリーフかどうかは、何ともいえませんが、論理療法との関連を理解していただけたとしたら、今回のコラムの目的は達成です。
次回のコラムは、引き続きアドラーを取り上げてまいります。
坂本 樹志 (日向 薫)
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