アドラーは大人向けのカウンセリングだけでなく、児童教育に強い関心を持ち、後継者たちもアドラーの考え方を引き継ぎ、発展させていきました。
今日、アドラー心理学では、児童教育の方法について、
「勇気づけ」
「子どもが行う不適切な行動の4つを理解すること」
「自然の結末と論理的結末の使用」
の3つの要素を取り上げ、説明しています。
今回のコラムは、児童教育について解説してまいりましょう。
親が伝えたいメッセージを子どもはどのように受け取るのか?
アドラーは「子どもというのは、独自の世界の受け取り手であり、また創造者である」と捉えます。
まずは、このことを物語る面白い例話を紹介しましょう。
『六歳と五歳の二人の兄弟がいた。二人はつねづね悪い言葉を使ってみたくて、兄は「こん畜生め」という言葉を、弟は「ケツ野郎」と言える日を待ち望んでいた。そしてとうとうその日を迎えた朝、二人は母親に朝食の用意ができたことを告げられたあと、あわててキッチンに駆け込んでテーブルについた。母親が二人に朝食は何が欲しいかと尋ねた。すると六歳の兄は、「シリアル(朝食用の穀物加工食品)を出せ、こん畜生め!」と間髪入れず答えたので、母親に平手打ちをくらい、恥ずかしくて泣きながら自分の部屋に駆け込んだ。母親は恐ろしい形相で今度は弟の方に何を食べたいか聞いた。すると弟はふるえる声で、「シリアルだけはいりません、ケツ野郎……」と答えた。(現代に生きるアドラー心理学/ハロルドモサック&ミカエルマニアッチ・一光社2006年)』
思わず笑ってしまいます。
まず、二人の兄弟は、「こん畜生め」と「ケツ野郎」という言葉が、社会的に使ってよいかどうかの程度を理解できていない、という点です。平たく言うと、「下品度」が甚だしい言葉にも関わらず…ということをです。
テレビや保育園で発せられた、これらのことばを聞いた際に、意味そのものはあまり理解できていなくても、シチュエーションを“カッコいい”と受けとめたのかもしれません。
そして、この母親が日ごろ、どのような態度で二人の兄弟に接しているのか定かではないのですが、ただ、いつも平手打ちをくらわせているのであれば、兄は泣きながら部屋に駆け込むことはないでしょうし、弟もそれほど驚くことなく、別のことを母親に告げたでしょう。
つまり、日ごろの母親とは違う厳しい態度に接して、二人とも驚き、恐怖を覚えたのです。そして最後の弟の言葉である“ケツ野郎…”(この笑い話の“オチ”ですね)については、母親の恐い態度の意味するところを「シリアルを食べてはいけないのだ!」と受けとめた、ということですね。
子どもと同じ目線で世の中を見ることができたら、それはとても素晴らしいこと!
一方の母親は、あまりにも下品な言葉を発した兄に対して、瞬間的に反応したといえます。母親は「そのような汚い言葉を使ってはいけません!」というメッセージを送ったつもりが、弟は「シリアスは食べちゃあいけないんだ!」と解釈したのですね。
子どもの観察は“するどいなぁ”と感じさせられる反面、“とんでもない解釈”に驚かされることも、また事実です。
子育てとは相互関係です。親は子どもに対して教育を施す立場ですが、 “子どもと同じ目線で子ども一緒になって同じ感覚で楽しめる親‘’ 、というのがとても素敵だなぁ、と日頃より感じています。
ひと呼吸を置かないすぐさまの母親の“態度(教育方針?)”が、今後二人の生育にどのような影響を与えるのか…想像してみるのも一興ですね。
世の中は「勇気をくじく」要素に満ちている…
3つの要素について、まず「勇気づけ」について、現実の世の中は、多くはその逆であることを『現代に生きるアドラー心理学』ではコメントしています。
『世の中には、人々にやる気を失わせる非常に多数の要素が存在します。社会的にはそのような状況は、戦争やそれから生じる脅威、貧困、飢餓、犯罪、多種多様な形の差別として現れ、人々はそれらの問題に対する解決を求められます。家族のレベルでは、育児活動における親の期待、要求、モデリング、そしてきょうだい間の競争が隠れた原因として子供たちの勇気をくじきます。教育システムはそれ以上に子どもたちの勇気をくじいています。こうした勇気くじきの影響を受けながら、子どもたちは、バーン「Berne,E.」の言葉でいう、「勝者」(「プリンス」もしくは「プリンセス」)、あるいは「敗者』(「カエル」)として育つのでしょう。』
アドラー心理学は、このような世の中だからこそ、「勇気づけ」を社会的関係と教育に不可欠なものである、と強調しているのです。「勇気づけ」については、以前のコラム『アドラー その4』でも取り上げていますが、アドラー心理学では広い概念で捉えており、その考え方が以下の流れで浮かび上がってきます。
子どもはどうして不適切な行動目標を選んでしまうのか?
「不適切な行動の4つの目標」
有益な場所を見つけようとする過程で勇気をくじかれると、子どもたちは「4つの不適切な行動目標」のうち一つを遂行しようとする、とアドラー心理学では捉えます。その4つとは以下の目標です。
<目標1>注意を得ること
<目標2>権力を求めること(権力闘争)
<目標3>復讐を実行すること
<目標4>無気力を誇示すること
「勇気づけ」の反対である「勇気をくじかれる」も幅広く解釈されます。「やりたいことが妨害されている」「望むことが与えられない」「とにかくムシャクシャする」、といった子どもに現れている状況を想定していただくことでもかまいません。アドラー心理学では、子どもが選ぶ上記目標1~4について、なぜそれを選ぶのか、その「目的(目標)」を探る方法を、3つ挙げています。
(方法1)子どもが不適切な行動を行った後に、何が起こるか観察する。
アドラー心理学は、目的論に立ちます。すなわち「全ての行動には目的がある」ということですから、不適切な行動にも目的があり、それによって起こる現象が彼らの目的である、と類推するのです。つまり、「周りの大人が受け取る反応」を子どもたちは求めているのかもしれない、ということです。
(方法2)不適切な行動によって大人がどう感じているかをチェックする。
子どもの行動で大人が「困った…」、あるいは「面倒を見てやらなければ…」と感じるのであれば、目的は<目標1 注意を得ること>かもしれません。大人がもっと強い反応、例えば「怒り」を覚え、それを子どもにストレートに伝えた場合(伝え方はさまざまあるでしょう)、それによって子どもは<目標2 権力闘争>を選ぶかもしれません。<目標3 復讐>は、それをされた大人はダメージを受けます。<目標4 無気力の誇示>は、引きこもりを想定してみてください。大人にさまざまな反応が起こることは必定ですね。
(方法3)単純に子どもの不適切な行動を正そうとした場合に、何が起こるかを観察する。
“単純に”というところがポイントです。もちろんアドラー心理学では、子どもの問題行動を最終的に改めさせることを目的にしますから、そのプロセスについては“単純”ではありません。ここでいう“単純に”正そうとする行為によって、子どもは少しの間、その行動を止めるのですが、その後問題行動を繰り返す場合が多いのも事実です。問題行動は、大人の関心を呼び起こします。本当に大切なことは、大人が関心を持った後の、子どもに対する関わり合いの内容です。この方法によって、次のステップが見えてくるのです。
アドラー心理学の「勇気づけ」と「結末の使用」の関係とは?
「自然の結末」と「論理的結末」
翻訳語なので、少し分かりにくいかもしれません。「自然の結末」とは、大人があえて関与しないで、極端に言えば「様子を見る」にとどめる、ということです。親として当たり前に感じることは、「子どもが苦労しないように」「子供が病気にならないように」「子供の成績が上がるように」手を差し伸べてあげることです。ただ、このことで親が気づくことなく「過干渉」「甘やかし」となってしまい、子どもの“本来発揮できる力”まで削いでしまっている可能性がある、ということです。この積み重ねが問題行動につながっているのかもしれません。
とはいえ「自然の結末」ですべてのケースが解決できるわけではありません。社会には、その構成メンバーが共同して、コンフリクトを発生させないよう形成されているルールが存在します。それから逸脱している場合には、その社会秩序を認識させ、問題行動を改めることが、結果的に本人自身のメリットにつながっていくことになるのです。これが「論理的結末」です。
アドラー心理学の「勇気づけ」とは、この「結末の使用」であり、単純な「励まし」とは異なることが理解いただけたと思います。
次回も引き続きアドラーを解説してまいります。
坂本 樹志 (日向 薫)
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