今回は「発達心理学」にスポットを当てようと思います。(前回のコラムでは「家族心理学」をとりあげました。)人の問題行動を考える場合に、その生育過程における経験や周囲との関わり方が何らかの鍵を握っている、と指摘されています。このことにつき「発達心理学」は一つの回答を与えてくれます。
人が成長する過程において、その発達は一様ではありませんが…
人間は赤ちゃんとして生まれて以降、成長していくのですが、1歳、2歳、3歳…とその発達ぶりには目を見張るものがあります。「身の上相談」は新聞やネット等メディアにおける「鉄板」コンテンツですが、
そのなかに定番ともいえる以下のような投稿があります。
<投稿者>
私には現在2歳の娘(一人っ子)がいます。これまで母子手帳に基づくスケジュールに沿って検診を受けてきました。検診には「発達が順調かどうかの検査」が組み込まれています。1歳半検診で、言葉を話し始める平均的なタイミングからの遅れを指摘されました。「個人差があるので、現時点では何とも言えませんが、話しかけることをしっかりやってみてください」と先生は励ましてくれましたが、今もママとは言ってくれません。大丈夫でしょうか?
ハイハイから伝わり立ち、そして言葉を発する時期…初めて子供をもつ親にとって、少しでも遅れが指摘されると「発達障害だったらどうしよう…」と、考え込んでしまうことは十分理解できます。もっとも兄弟姉妹も多く3世代同居がメジャー、かつ親戚づきあいも頻繁であった二昔(ふたむかし)前は、身近なところに同世代の乳幼児が多く存在したこともあり、個性の違いを実感できていました。したがって、上記の悩みを感じる度合いは低かったように思います。実際、1歳半の段階で発語がままならなかった子供が、3歳頃になると、遅れを挽回するどころか、「3歳でこの言い回しはスゴイ!」「こんな単語どこで覚えたのだろう…」という驚きの連続で「心配は杞憂だった」、がむしろ大勢を占めるといえそうです。
「発達が順調かどうかの検査」は副産物として、このような心配を生み出してしまう(?)のかもしれませんね。発達心理学の前提には「人間が成長する過程において、期間ごとに達成すべき課題がありそれを獲得していくことでバランスのとれた社会的存在となっていく」、という考えがあります。フロイト、クライン、ピアジェなどにより発展してきました。期間の区分や、どの年代に着目するか、で理論に違いがあるのですが、ここではエリクソンが提唱した「心理社会的発達論」を取り上げたいと思います。
エリクソンは、人生を「乳児期」から「老年期」まで8つの段階に分けて、それぞれの期間に特有な課題を整理しました。
その段階ごと、周囲の人たちとの相互作用のあり方により「課題がクリアされ発達に成功」すればよいのですが、「課題のクリアに失敗し発達が停滞」してしまうと「心理社会的に危機が訪れる」と指摘しました。そしてここがエリクソンらしさなのですが、各段階での成功と停滞を「○○VS.△△」と、対立概念で表記し「なるほど~」とわかりやすい説明をしてくれます。
<エリクソンの心理社会的発達段階>
段階 | 年齢 | 主たる相互作用 | 心理的課題 (成功 vs. 停滞) |
---|---|---|---|
乳児期 | 生後~ | 母親 | 基本的信頼 vs. 不信 |
幼児前期 | 18ヵ月~ | 両親 | 自律性 vs. 恥、疑惑 |
幼児後期 | 3歳~ | 家族 | 積極性 vs. 罪悪感 |
学童期 | 5歳~ | 地域・学校 | 勤勉性 vs. 劣等感 |
青年期 | 13歳~ | 仲間・ロールモデル | 自我同一性 vs. 自我同一性の拡散 |
成人期 | 20~39歳 | 友人・パートナー | 親密性 vs. 孤立 |
壮年期 | 40~64歳 | 家族・同僚 | 生産性 vs. 自己停滞 |
老年期 | 65歳~ | 人類 | 自己統合 vs. 絶望 |
主たる相互作用は、その段階において大きく影響を与える対象、と理解してください。
「私の人生において常に母親の存在が大きな影響を占めています。それはどの年代でもそうでした…」と感じる人がいると思います。その受けとめ方については、肯定できるところですが、エリクソンは「社会的発達のためには、関係する他者の拡大は必須であり、関わるべきウエイトは変わっていくことがしかるべき」と捉えます。つまり「母親」をずっと慕うことは素敵なことですが、この「母親」への固着が強くなると…ちょっとマズいよなぁ~ということが理解されるのです。
家族構成の捉え方は時代と共に変化していきます。
二昔前の日本では「妻が夫の両親と同居する」ことが実態として大勢を占めていました。文化的に共有されていたといえるでしょう。ところが今日では、夫婦仲にコンフリクトが起こる最も「あたりまえ」のケースに変化しています。
夫の母親は「私と一緒に住む必要はないから…」と息子である夫に伝えます。でも夫は「それは本心ではない、お母さんは僕と一緒に住みたがっている、そんなお母さんをないがしろにするわけにはいかない。妻も僕の気持ちを分かってくれるはずだ」という解釈で妻に同居を提案します。夫の気持ちはわからないわけではありませんが、妻の心情に想像力を働かせる以前に自分の価値観を優先する“分かってくれるはずだ思考”にとらわれているようです。妻が同意してくれれば問題はありませんが、一般的にはこの夫の“分かってくれるはずだ思考”にずっととどまった場合には…ちょっと夫婦仲が心配ですね。
少し脱線しました。
今日「アイデンティティ」という英語が普通に使われています。日本語では「自我同一性」と訳されます。
「“自分らしさ”に特に疑いを持つこともなく自然に振舞えることを認識できている」、と解釈できるでしょうか。「自分探しの旅」というワードは、このアイデンティティという言葉との関わりを強く感じます。
エリクソンは特に「青年期の段階」に着目し、アイデンティティ・クライシスの概念を広めました。日本で英語表記が使われるようになったのは、エリクソンの影響といえるでしょう。
「ひとり親と子供から成る世帯」は全世帯の1割を占めます。
エリクソンの発達段階は、分かりやすいのですが、この表とは異なる現実が生じた場合はどうすればよいのか、つまり「決定論」と受けとめなければならないのか、という疑問が生じます。
例えば「私は子供が2歳の時に離婚して現在はシングルマザー、4歳の男の子を育てている」といったケースで、「“両親がいることが子供にとって大切なこと”と言われるけど、そんなことわかっている。私だって努力した、でも毎日とんでもない喧嘩ばかり…それを見ている子供がおびえてしまって…だから離婚した」という現実との整合です。
このような明快な理由での離婚ではなく、さまざまな背景により多様な離婚が存在します。現実に「ひとり親と子供から成る世帯」は全世帯の1割まで増加しており、それぞれの家庭は、それぞれのやり方で生活を構築しています。「乳児期~幼児後期は母親、両親、家族の存在が重要」であることは十分理解できますが、家族の形態は大きく変化しています。何事も「最適解」を作り上げてしまうと、自縄自縛の隘路に迷い込んでしまうことになりがちです。
「原因論」は、いまここにある不適応が生じている理由の解明には役立ちます。とにかく「よくわからない状況」に陥ってしまうと人は不安にさいなまれます。その理由について「腑に落ちる」理解が得られれば、落ち着きを取り戻すことができるでしょう。問題は「じゃあどうすればよいのか?」、ということです。つまり「目的論」が問われるのです。
心理学とコーチングの関係、そしてコーチングの素晴らしさとは…
私は心理学を学んでいて「気を付けなければいけないなぁ」と常日頃より感じています。私の思いを繰り返しお伝えするとしたら…
「理論は最大公約数であり、個々の事象はさまざま。理論に描かれた“理想”にとらわれすぎて、そこに呪縛されるとしたら何のための学習かわからない、そして理論は一つではない。心理学をベースとするカウンセリングの理論も実にバリエーションにあふれている。フロイディアン、ユンギアン、アドリアン…それぞれ学派のようなグループで語られるけれど、各々が影響を受け合い、理論そのものも変遷している。優秀な孫弟子同士が交流して、初代の提唱者とは異なった理論も広がっている。それがまた心理学の面白いところだ」、というスタンスを心がけています。
そして私が、コーチングが素晴らしい、と感じるのは、「学問・理論に縛られていない」ということです。心理学やさまざまな学問、そして理論を吸収し、でも特定の学派にとらわれすぎることなく、クライエントのパフォーマンス向上にフォーカスして、そのサポートに注力していく、というのがコーチングの“態度”です。
引き続き肩の力を抜いていただき、心理学とコーチングのコラムにお付き合いのほど、お願いいたします。
坂本 樹志 (日向 薫)
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