今回のコラムは、ユングの「無意識」を深堀りしてみようと思います。
無意識をフロイトは構造論で示し、図式化したことは以前のコラムで紹介しました。その図式とは、卵型の楕円を描き、中央を横切る破線で上下に区分し、下方を「エス(無意識的)」としています。面積の配分でいえば、「自我」よりも小さくなっています。
ユングは、無意識には「個人的無意識」と「普遍的無意識」の二つが存在する、としています
一方ユングは河合氏が語っているように自らは図式を書いておらずイメージとしては明快に伝えていないのですが、『無意識の構造/河合隼雄』(中公新書)の中で示された図式では、完全な球体を精神(心)の全体とし、その頂点、いわば北極点にあたるところに小さな丸い点を置き、そこを「自我」としています。そのまわりに遠慮がちなスペースで囲った範囲を「意識」としているのですが、残りのスペースが「無意識」で、割合的には9割以上を占めています。そしてその「無意識」は上層の「個人的無意識」と下層の「普遍的無意識」に分かれており、この「普遍的無意識」は球体全体の半分を占める割合で描かれているのです。ユングの理論はこの「普遍的無意識」の存在を前提としてすべてが構成されているといっても過言ではなく、この無意識を理解することがユングに迫る必要十分条件である、と私は受けとめています。
ここでは「普遍的無意識」としていますが、「集合的無意識」と表現される場合もあります。この点について、河合氏が『フロイトとユング(第三文明社 1989年)』の中で以下のように説明しています。
<小此木> 「(前略)フロイトの場合にはこのように、モデルが意識・無意識・前意識と、自我・超自我・エスと、二つあるんですが、わりあい単純明快なんですね。それに比べるとユングの場合は図を見ても、複雑とは言わないまでも、かなり推敲されたものじゃないですか。」
<河合> 「フロイトとパラレルにいけば、ユングの方がむしろずっと簡単みたいなもので、自我と、そして無意識と、それが個人的無意識と普遍的な無意識に分かれているだけといっていいくらいです。超自我という考えはありませんしね。(後略)」
<小此木> 「コレクティブ・アンコンシャスネス(collective unconsciousness)は集合意識ですか。」
<河合> 「といったり、普遍的無意識と訳したりしていますけどね。私は「普遍的」にしているんです。コレクティブというのは、パーソナルに対してあるわけです。ところが初め、集合とか集団というと、なんかこう無意識の集まりがあるというか、そういうふうに誤解されたりしたんで、人類に普遍的とかいう意味で普遍的無意識としたのですが、いい訳語はないかと、実はまだ迷っているのです。(後略)」
「普遍的無意識」は生まれる以前から、人類に共通して備わっているもの…?
私も普遍的無意識の方がしっくりくるかな、と感じています。この普遍的無意識という概念についてはユンギアンはじめ多くの識者が説明しています。
そもそも、フロイトが提唱した無意識は、幼少期の体験という生後に獲得した外部刺激という“実体”が抑圧されることで意識に浮上していない、という状況で説明していますが、ユングは、生まれる以前に遡って生後に得る外部刺激とは別の無意識がある、と言うのです。そしてそれは人種や文化を超えて共通したパターンとして元々備わっているもの、としました。
『知の教科書 ユング(講談社選書メチエ 2001年)』より、ユングの無意識について説明した箇所を以下に抜き出してみましょう。
「(前略)…このように無意識を位置づけたのは精神分析の祖、フロイトであるが、ユングの心理学も個人の範囲ではフロイト理論を土台としている。ただし、フロイトが「無意識」を原始的、衝動的な内容で混沌としている領域だと考えたのに対し、ユングは、無意識は自然であり、一定の秩序があること、無意識の働きには目的性や創造的な意味がありうることを示した点が大きく違っている。精神症状、失錯行為、夢、ファンタジーといった、自分でも思いがけないこころの内容を垣間見るとき、無意識の自律的な働きを思い知ることになる。
ユングは夢やファンタジーを研究するうちに、個人の生育史や記憶に帰すことのできる個人的無意識だけでなく、人類が連綿と受け継いできた心的内容である集合的無意識が存在することを見出した。集合的無意識の世界には、人類が種として生得的に持っている認識の傾向や、行動のパターンが蓄積されている。神話のモチーフや物語の構造、人間関係のパターンには時代や民族を超えた一定の型があり、夢の分析や心理臨床ではこれらとよく遭遇する。集合的無意識のなかに存在する、こうした生得的なパターンを発現させる傾向を、元型と呼ぶ。元型はファンタジーのなかの、イメージに間接的に現れてくるものであり、直接知覚することができない。
(中略)自我は巨体な球の上にぽつんと浮かんだ小さな島にすぎない。この球を中心として示されるものが「自己」であり、その人の心の動きの中心に定位されるものである。(後略)」
私はこのくだりを読んで、自分が見る夢で、時折驚いてしまうことを想起しました。
夢は「自分が紡ぐ物語」であり「自分が創作するファンタジー」です。多くの夢の中では、現実にありえないことが起こり、場面転換もつじつまが合わないことだらけです。そして、私の場合「たま~に」なのですが、「意識の下では絶対思いつかない、自分がこれまで蓄積した情報をはるかに超越した」ストーリー展開で進んでいくことに、信じられない思いを抱くことがあるのです。
自分が見る夢、すなわち自分という一つの実体が構築しているはずなのに、それとは異なる「第三者によって創り込まれている」としか解釈できない強い印象なのですね。
「元型」とは何者か?
ユングが「普遍的無意識」を強く実感するに至った背景の一つとして、ある統合失調症患者の妄想があります。患者が太陽を見ながら頭を左右に動かしているので理由を尋ねると、「太陽からペニスが下がっており、頭を左右に動かすとそのペニスも同じように動き、それで風が吹く」と言うのです。後に、まったく同じ内容の話をギリシャ語の古い経典に見出したユングは、「患者は経典を知る由もない」ことから、このように同じイメージを抱かせる“何か”が人類に共通して備わっている、と解釈したのです。したがって、それは自分の個人史を超えた“何者か”であり、ユングはそれを「元型」と名付けました。
ユングの無意識にはこの元型というキー概念が存在します。ただ上記でも「直接自覚できない」としており、もやもやするところなのですが、河合氏はこの元型を、『フロイトとユング(第三文明社 1989年)』の中で次のように説明しています。
<河合> 「これがなかなか説明がむずかしくて困るんです。だいたいユング自身も混乱しているといっていいんじゃないですか。私の受け止めている元型というのはわりあい単純であって、元型そのものはわからないんだということです。元型そのものは意識されることはなくて、人間は元型的なイメージをいろいろと意識する。ところが、その元型的なイメージをいろいろ取り上げていくと、それらの背後に一つの型を予想していいんじゃないだろうかと思うんです。たとえぱ、父親の元型があるとして、われわれはそれを見ることはないにしても、父親の元型のイメージを私の父に見たり、ユングに見たり、あるいは師匠に見たりするということはある。ところが、私がその師匠に恐れを感じたり、父親に恐れを感じたりする、その元みたいなもの、共通因子というのはどうしても予想される。それに元型という名前がつけられていると私は思うわけです。
そして何であれ、元型的なものとして表れてくるものには、すごい力があります。(後略)」
<河合> 「ユングかよくいう※ヌミノース、元型的なイメージがもつすごい力っていいますか、それを非常に強調したい場合、ユングはどうしても実在的な言い方をするわけです。元型を実体化するとして、そこが批判されるところだと思うし、また、私が話したようにあまり分かりやすくいうと、ユングの言いたい勢いみたいなものがなくなることもあるというわけです。」
※ヌミノース
ドイツの宗教学者であるオットーが提唱した宗教学の概念で、例えば、神の声を聞く、まばゆい光と共に神の姿を見る、といった非合理的で説明しがたい体験。神が登場する宗教的体験に限らず、芸術を通しての名状しがたい感動、大自然に包まれ一体化したような多幸感、夢にも関わらず起きがけの強烈な現実感を伴った魂を揺さぶられるような情動、といった体験もヌミノースと呼ばれています。
元型にはいくつかの種類があります。その姿は(上記にあるように実体は見出しがたいのですが)興味深い内容に満ちています。次回も引き続きユングを取り上げ、「元型とは何者か」に迫ってまいります。
坂本 樹志 (日向 薫)
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