~「権力をもつと人は変わってしまう」と言われるけど本当?~
社会的勢力とは、「他者に対して社会的影響をもたらす潜在的な力」のことです。これが最もシンプルな定義といえますが、この定義に微妙なニュアンスを付加してバリエーションが生じてきます。
M・ウェーバーは、社会的勢力を「社会関係において、他者の抵抗を押し切っても自分の意志を貫徹しうるチャンス」と定義しました。強制力を有するパワーとしての側面を強調しています。
社会的勢力は影響力を発揮する者とされる者との関係性により成立する
さて社会的勢力を説明する場合、そこには勢力を行使する存在と、勢力を受容する存在の関係性が問われることになります。勢力は勝手に成り立っているわけではありません。社会的勢力を被影響者が認知した状況において影響者がそれを行使できるという前提のもとに、フレンチとレイヴンは社会的勢力を以下のように分類しています。
1.報酬勢力
影響者が非影響者に金銭や情報などの報酬を与える能力があると認知された状況での勢力。被影響者が報酬を欲する程度が高まるほど、あるいは影響者以外に報酬を得るチャンスが低くなるほど、影響者の勢力が大きくなっていきます。
2.強制(罰)勢力
影響者が非影響者に身体的、あるいは精神的苦痛を与える能力があると認知された状況での勢力。被影響者がその苦痛を有害であるとみなすほど、影響者の勢力が大きくなります。なお「その苦痛が辛いのなら、勢力者から離れれば(逃げれば)よいではないか」と単純な疑問も浮かびますが、離れる手段が封じ込められている(と被影響者が感じている)場合など、現実に関係性が継続することもあるので、コトは単純ではありません。
3.正当勢力
社会的、文化的ルールに基づいて特定の地位を付与された者が、その影響力を行使することにつき正当であると認知されている状況です。ある人が平社員から課長に昇進しました。本人は「別に変わっていないから今まで通りに接してほしい」と感じたとしても、周りの意識が変わりますので、よそよそしくなったりします。そして仲間うちの雑談のつもりが、相手(部下に変わりました)は指示と思い込んでしまい、持ち帰り残業になり疲弊してしまう、といったことが起こります。すなわち課長というオーソライズされた地位が勢力として認識されているので、従うという態度に変化したわけです。
4.専門勢力
ある特定分野において卓越した知識、技能、能力をもっていると被影響者が認識した場合、影響者が勢力を有することになります。これはノーマルなパーソナリティを持った人(被影響者側)であれば自然に形成される関係性といえるでしょう。
5.準拠勢力
これは、『心理学とコーチング』コラムの対人認知のところで解説した「仮定された類似性」あるいは、オルポートの態度形成要因の「採用」のところで例示した「重要な他者」などのケースで勢力が形成される場合です。被影響者が影響者に対して、親しみや好意を感じることで影響者と同一な行動をとるといった状況です。
「権力をもつと人は変わってしまう」と言われるけど本当?
「権力を持つと人は堕落する」というフレーズをよく耳にします。実際そうなのでしょうか?
心理学者のキプニスが面白い実験をしています。「与えられる権限の強弱でその勢力者はどのように変化するのか」という内容です。
披験者である勢力者を、一方は強い権限を与える、他方は小さな権限しか与えない、という2つのタイプに分けます。
一般的な作業現場を設定し、経営者役の勢力者は会社が儲かるように、部下役に指示命令を与えて課題の達成を目指します。さて何が起こったかというと、弱い権限しか有していない勢力者は、部下役を粘り強く説得し生産性を上げるよう努力します。
一方で強い権限を持つ勢力者(一応実験上の設定ですが)は、説得といった働きかけをしないで、賞罰や配置転換で部下役を動かそうとします。つまり地位(強い権限)を利用して大きな影響を与えるべく試みるという結果になりました。加えて、課題を達成するにあたって好ましい結果につながったのは、部下役の能力というより自分の勢力の発揮の仕方(管理統制スタイル)が優れているからだ、と解釈したということです。
実験が終わった後、キプニスは部下役との歓談の場を設けたのですが、弱い権限しか与えられなかった勢力者の多くが部下役との歓談を希望したのに対し、強い権限が与えられた勢力者の歓談希望は少数でした。実験にもかかわらず、権限を駆使することが自分にとっての好結果につながる経験を得ると、対象者を管理の対象として一定の心理的距離を保つようになる、と解説しています。
センセイと呼ばれることに慣れてしまうのが一番怖い。
心理学実験という仮定を共有した環境にもかかわらず、このような結果が導き出されたことで、リアルな環境での有様が想像されます。
「権力とは魔物である」と言われます。それまで謙虚であった人も、実際に権力を握り、自分の一声で他者が意のままに動くことを経験すると(してしまうと)、それが権限のおかげではなく自分の能力の高さである、と勘違いしてしまい、人の意見を聞かない傲慢な人に変わっていく…ことは特別なことではなさそうですね。
「センセイと呼ばれることに慣れてしまうのが一番怖い」と私の尊敬する“センセイ”がよく話してくれます。肝に銘じたい至言だと強く受けとめている次第です。
坂本 樹志 (日向 薫)
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