本書は、河合隼雄が自分の選んだ本を解説しつつ、人間のこころについて解き明かしたものである。選ばれた本は、小説から心理学や宗教書の著作まで、非常に多岐にわたっている。著者による「あとがき」にも記されているように、ここでの目的の一つは、現代における読書離れということが言われているなかで、こころに関するよい本を紹介し、それを読んでもらおうということにある。
(『こころの読書教室(新潮文庫)』より)
河合俊雄さんは河合隼雄さんを承継する人
父親である河合隼雄さんと同じ道を歩まれ、日本における「臨床心理学」の発展に力を注がれている、河合俊雄さんによる「まえがき」の書き出しを引用してみました。
河合俊雄さんのプロフィールを紹介します。(Wikipediaより)
河合 俊雄(かわい としお、1957年9月30日 – )は、日本の心理学者。京都大学名誉教授。専門は心理療法、ユング心理学。一般財団法人河合隼雄財団代表理事。日本ユング派分析家協会副会長。
同書は、河合隼雄さんが亡くなる2007年の1年前に、『心の扉を開く』(岩波書店)として出版された著作を改題し、2014年に発表された文庫作品です。俊雄さんは出版に際して、「話し言葉のために文章表現に矛盾や重なりがあったところに編集を加えた。……」と補記されています。
偉大な実績を積み上げ、同時代的に多大な評価を獲得した「オーソリティー」も、本人が亡くなってしまった後、社会から忘却されてしまうことは案外と多いものです。企業もしかり。では、時代を超えて「高い評価」が持続する(あるいはさらに高まる)ケースからは、「何が見出せるのか…?」
そこには、本人の「心と想い」を承継する人々の存在が思い浮かびます。その人たちが語り継ぐことで、本人、そして企業の像が、リアルなイメージを伴って広がり、継続(going concern)していくのだと感じています。究極は「キリスト教(新約聖書)」ですね。キリスト自身が書いた文書は存在しませんから。
「心と想い」を承継する人々が「going concern」を実現する!
河合俊雄さんは「一般財団法人河合隼雄財団」代表理事でもあります。父親の多岐にわたる膨大な論文や著作について、編集・整理を担われています。今回取り上げる『こころの読書教室』は、つい最近に読み終えた本なのですが、たくさんの啓発を受けました。同書は「I~Ⅳ」の4章仕立てです。まずは「Ⅰ」の書き出しを引用します。
読んでいただく本のリストをあげ、その内容を基にして人間の心のことを考える、という試みをすることになった一つの非常に大きい要因は、このごろ本を読む人が少なくなってきたということなんですね。私としては、本を読むって、こんなに面白いのにみんなが読まないのは残念で仕方がない。だから、「こんなに面白い本がありますよ」というのを、何とかみんなに知っていただきたい。関西弁で言うと「読まな、損やでぇ」という、そういう感じです。タイトルを「読まな、損やでぇ」にしようと思うぐらいです(笑)。
実に「おもろい」スタートですね(笑)。
河合さんが語るように、同書の各章で「まず読んでほしい本」が5作品、加えて「もっと読んでみたい人のために」が5作品、計10冊がリスト化されています。ですから、40冊の本が紹介されています。「あとがき」までの277ページに、その40作品の魅力が縦横無尽に語られるのです。読んでいない本については、まあまあの冊数をアマゾンに注文してしまいました。河合さんマジックに嵌められてしまったようです(笑)。
さて、ここまでが「前置き」です。コラムタイトルに目を転じてください。同書について、「Ⅰ」から「Ⅳ」の内容を丁寧に解説してみたい気持ちを抑え、「Ⅳ」について引用し、コーチングに敷衍してみようと思います。というのも「Ⅳ…おのれを超えるもの」の全63ページに通底するテーマが「自己実現」だからです。
弊社(株)コーチビジネス研究所は、ホームページとは別のURLで、「コーチング情報局」をインターネット上に公開しています。その中の「コーチング大百科」のサイト内検索欄に「自己実現」と入力すると16ほどヒットしました。
エグゼクティブコーチングとは、企業の経営だけでなく人生の様々な課題(ライフタスク)に直面しているクライアント(企業経営者)が、真の「自己実現」を遂げていこうと懸命に生きるプロセスに、エグゼクティブコーチが立ち会い、伴走していくことです。
「コーチング大百科」の16の解説のうち次の2つは、そのことが“直接的に”語られている内容です。
「自己実現」に伴う危険と苦しみをよく知っておくことが必要!
コーチングによって、いつの間にか「鉄の鎧」と化した裃を脱いでいた…
さて、同書の「Ⅳ」で紹介される「まず読んでほしい本」は次の5冊です。
E・B・ホワイト『シャーロットのおくりもの』(さくらまみこ訳)あすなろ書房
C・G・ユング『ユング自伝―思い出・夢・思想』(1、2)(河合隼雄他訳)みすず書房
大江健三郎『人生の親戚』新潮文庫
ルドルフ・オットー『聖なるもの』(華園 聰麿訳)創元社
上田閑照『十牛図…自己の現象学』ちくま学芸書房
いずれの書評も「ググッ」ときます。そのなかで「自己実現」がしっかり伝わってくる箇所を以下に引用してみましょう。
「おのれを超えるもの」の探求…それが「自己実現」のプロセス
「私の一生は無意識の自己実現の物語であった」というような言い方をしています。ユングにとって、前から言っていますように、自分の無意識の世界にあるものがだんだん実現され、それを生きることが自分の一生だったと言うのです。
自己実現というのは、セルフ・リアライゼーション(Self-realization)というのですが、これは面白い言葉で、一般的にいうと、リアライズは「理解する、知る」という意味もあるんですね。「私はそれを、理解できなかった」というときに、「I didn’t realize it.」というふうに使う言葉です。またこれは、「実現する」「経験する」という意味もあります。この両方の意味があるところがすごいですね。
人間は自分の知っている限り、自分は自分のことをわかっていると思っているけれども、それを超えて、もっと全体としての中心、自己があるのだと。その自分も知らないような自己をいかに実現するかというのが、その人の一生なのだとユングは考えたのです。
『ユング自伝』で語られた「自己実現」をピックアップしてみました。
ルドルフ・オットーについては、「コーチング大百科」でも「ヌミノース体験」のタイトルで取り上げられています。
河合さんは、『聖なるもの』を読み、「ヌミノース体験」を次のように捉えます。
自分がいかに卑小な存在であるかということの体験ですね。圧倒的に己を超えるすごい存在があって、それは畏るべきものです。この「畏れる」という感情を人間が失ったら駄目ではないかと僕は思いますね。
河合さんは、人生における危機的状況に遭遇したとき、「自己実現」を真剣に考えるきっかけが訪れるとも言います。
実際に皆さんの人生にとっても、自己実現というのは、ほんとうに思いがけないところから起こってくるし、マイナスの形で起こってくると言ってもいいのではないかと思います。
中上健次は「神々しさのようなものがあらわれる…」と評した
河合さんが「自己実現」を語る次の言葉を最後に、今回のコラムを〆ようと思います。「まり恵」さんは、大江健三郎が『人生の親戚』で描く主人公です。是非とも一読を!
われわれ現代人が自分の精神と身体の統合などということをやろうとする、つまり自分の自己実現ということを考え出すと、ものすごく大変なことですね。いかに大変かを、わかりやすくみんなに示そうと思うと、まり恵さんの人生そのものになります。それをまり恵さんという人がいかに生きていったかということですね。
坂本 樹志 (日向 薫)
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