そして久夛良木さんの一言だ。「任天堂に話をひっくり返されたままでいいんですか」。顔に塗られた泥をぬぐうにはゲームをやるしかないと責め立てる。大賀さんは机をたたいた。「そこまで言うならやってみろ」。世間でも有名な「Do it(ドゥー・イット)」会議だ。
(『日本経済新聞7月16日36面 私の履歴書 丸山茂雄⑯』より引用)
心理学を学びコーチングの資格を有する新進気鋭の若手A課長と、部長職を経て定年再雇用としてA課長のチームに配属されたSさんとによる1on1ミーティングです。
日経新聞『私の履歴書 丸山茂雄』をAさんが話題にし、それに反応するSさんとの1on1が開始されますが… 今回はどのような展開となるのでしょうか?
日本経済新聞『私の履歴書』に丸山さんが絶妙なタイミングで登場!
(A課長)
Sさん、日経の名物企画である「私の履歴書」に、ソニー・ミュージックエンタテインメント元社長の丸山茂雄さんが登場し、回数を重ねていますね。
(Sさん)
そうなんですよ! ソニーの大復活もあって、毎日とは言わないまでも、日経で多頻度にソニーが取り上げられています。おそらく、そのこともあって、丸山茂雄さんという大御所に、ソニーのヒストリーを語ってもらおうと、白羽の矢が立ったと想像しています。
(A課長)
ソニーウォッチャーのSさんが、丸山さんの「私の履歴書」を見逃すはずはない、と思っていました。ただ、1on1でも話題にされないので、「何故かな?」と感じていたのですが…
(Sさん)
実は遠慮していました。 語り始めると止まらないような気がして…(笑) Aさんが先に口にしてくれたから、今日の1on1は、またしてもソニーをテーマにしてみる、ということでいかがでしょうか?
(Aさん)
もちろんOKです!
(Sさん)
ありがとうございます。
私とソニー製品の出会いは、短波放送も聴くことが出来るラジオの「スカイセンサー」からであることをお話ししていますが、中学から高校の頃に擦り切れるほど何度も聴いたCBSソニーのLPレコードのことを思い出しています。
というのも、7月16日の日経新聞7面に、『「ショート動画」競争激化~TikTok急成長』という記事を読んで、そのレコードのことを想起したのですね。
記事は、小見出しにあるように「メタやグーグルが対抗策」を打ち出している、という内容です。
メタは「リールズ」をインスタグラムなどで始め、グーグルは、ショートを通じた広告の提供を本格的にスタートした、と書かれています。
50年前のCBSソニーが何故TikTokと結びつくのか…?
(A課長)
Sさんが中学高校の頃というと…半世紀前でしょうか? そんな昔と、いや失礼… 最先端の商品というか、最先端のマーケティングが結びつくのがよくわからないのですが…
(Sさん)
当然です。それは1970年代のLPレコード「ベスト・クラシック100選 音のカタログ」ですから。
CBSソニーから発売されているLPレコードを販促するために、演奏に1時間を有する交響曲などの“いいとこ”を1分くらいチョイスして、1枚のLPレコードに集めたものなのですね。まさに「カタログ」です。
(A課長)
1時間を1分ですか…? 何曲ぐらい1枚に入っているのですか?
(Sさん)
第1巻は50曲です。たとえばベートーベンの場合8曲がチョイスされていて、交響曲第5番の「運命」は1楽章冒頭、9番の「合唱付き」は4楽章中途、ピアノ協奏曲の第4番は1楽章中途、といった塩梅です。
(A課長)
面白いですね~ 純粋に販促に特化したレコードという訳ですね。LPレコード時代の価格は、いくらなのか知らないのですが… その「カタログ」には価格がついているのですか?
(Sさん)
当時は1枚2000円が主流でした。決して安くないですよね。この販促レコードも無償ではなく有償で販売されています。1枚500円でした。
(A課長)
絶妙だなぁ~
「情報洪水+自己表現は気持ちいい~」がTikTokを生んだ…?
(Sさん)
そうなんです。
各曲の解説も充実していて、結構コストをかけてつくっているのも分かりますし、案外タダより500円という絶妙な価格設定であることに価値があるのかもしれません。
今という情報洪水のご時世がTikTokを生みました。「いちいち時間をかけてかまってられないよ~」という視聴者側のニーズと、SNS全盛社会の到来で、「自己表現することの気持ちよさ」に目覚めてしまった「ごく普通の人たち」の爆発的連鎖によって、あっという間に世界に広がりました。
50年前はファクシミリすら存在しないテレックスの時代です。ITにおいては原始時代ですから、情報洪水とは無縁の世界です。だからこそ、その時代に「1分間で1時間の音楽を紹介する」という、CBSソニーの発想は「さすがソニー!」を感じさせます。
(A課長)
TikTokと50年前がつながりました。
(Sさん)
私はクラシックというより、当時はビートルズ三昧でした。ビートルズは1970年に解散していますから、団塊の世代が同時代的熱狂の渦中にあったのに対し、落ち着いてビートルズを味わえた世代だと感じています。
(A課長)
ビートルズに熱中していたSさんはなぜ「ベスト・クラシック100選」を購入したのですか?
「きっかけ+学習効果」によって人は変化し続ける!
(Sさん)
それは…まあ、スノッブというか、「僕はクラシックにも詳しいんだぞ…」と、中高生にありがちの見栄を張りたい心理だったと振り返っています。
ただ、このきっかけが自分を変えました。その後の嗜好というか、クラシックの方が自分には合っていたようです。
最初は「勉強」のつもりで聴いていたのですが、繰り返し聴いているうちに、それぞれの曲になじんでいくというか、素直に好きになっていったのです。
「学習効果」を実感しました。
(A課長)
きっかけ… 縁ですね。それまで「自分は△△という性格であり、〇〇は受け入れられない」と思っていたのが、その〇〇をひょんなことで知ったり、体験すると、それまでが「思い込み」であり「食わず嫌い」であったことを痛感させられます。私もさまざま経験してきました。
(Sさん)
緒方貞子さんの言葉である「内向きというのは、かなり無知というものにつながっているのではないでしょうか?」が、またしてもクローズアップされます。
きっかけも縁も、まずもってオープンな気持ちをもっていないと、こちらにやってきてくれませんね。よく「アンテナを広げて」と言われますが、「好奇心こそが成長のプロモーターである」というのが私の実感です。
人はどのようなときも目的に向かって精神は流れている…
(A課長)
Sさん語録が出ました! アドラーの目的論で補強させてください。
人は無意識な状態でも、常にある目的に向かって精神が流れている、とアドラーは言います。であるならば、そのことを意識で受けとめ、「アンテナを広げておこう」と構えておけば、つかみ損ねたかもしれない「目的により近づけるためのきっかけや縁」をしっかりゲットできる… Sさん語録の解説です(笑)
(Sさん)
コーチングのチャンクダウンによって、紐解いていていただきました。
ここまではアイスブレイクということで、ソニーを語ります(笑)
丸山さんの『私の履歴書』は、いよいよ佳境です。1990年代からのソニーを語る上で最重要人物の久夛良木健さんが登場します。超有名人です。人物像、そしてプレステの父として、ソニーでの活躍ぶりと去就は、すでに余すことなく描かれ、開示されていると思うのですが、その久夛良木さんの上司として最も近いところで行動を共にした丸山さんの筆致は、ゴージャスな活劇を見るようで、ワクワクしっぱなしです。
丸山さんの『私の履歴書』は、まるで活劇を見るよう!
「文は体を表す」と言われますが、丸山さんの豪放磊落… う~ん、もっとフィットする言葉を探したいのですが、いずれにしてもスケールの大きいお人柄が伝わってきます。
……はしごをはずされて怒った久夛良木さんは次なる策としてゲーム事業への参入をひねり出した。
天才的発想をする久夛良木流に慣れているはずの私もびっくりした。任天堂の庇を借りての事業だと気楽に構えていたのに、ゲーム機から開発するとなると話は別だ。ソニー社内でも久夛良木案への逆風が吹いた。
直近2021年度のソニーグループ決算報告において、売上9兆9,215億円のうち2兆7,398億円、率にして27.6%という圧倒的な規模を誇るゲーム関連事業は、このとき産声を上げるのです。
丸山さんは、当初の契約を反故にした任天堂サイドの思惑を次のように書いています。
「いつソニーが心変わりしてゲームに進出してくるかわからない。提携しない方がいい」。警戒する声が任天堂社内にあったのだろう。
任天堂はソニーをゲーム機から遠ざけたつもりかもしれないが、皮肉にも事態は逆の方向に進んでいく。……
結果として、任天堂にとっては痛恨の極みとなる“契約反故”となります。ただ、俯瞰して視れば、日本最大最強のソフトパワーであるジャパンクールは、任天堂一強からソニーが参入することにより切磋琢磨がはじまり、厚みを増す世界ブランドになっていく流れをつくりました。
ジャパンクールの世界化は任天堂とソニーの破談のおかげ…?
(A課長)
私の最初のゲーム体験は、NINTENDO64でした。ソニーのプレステは、2からですが、マイルド系の任天堂の世界観に比べて、ソニーのゲームソフトはエッジが利いていて、驚きました。Sさんが言うように、ジャパンクールはこの両輪で世界に広がったと思います。
(Sさん)
久夛良木さんの野望がソニーとして正式にゴーとなるのは、当時のトップである大賀さんの意思決定です。それが有名な「Do It!」なのですが、その会議のシーンを丸山さんは次のように書いています。
……そして久夛良木さんの一言だ。「任天堂に話をひっくり返されたままでいいんですか」。顔に塗られた泥をぬぐうにはゲームをやるしかないと責め立てる。大賀さんは机をたたいた。「そこまで言うならやってみろ」。世間でも有名な「Do It(ドゥー・イット)」会議だ。
Aさん、この会議については、平井さんの『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』にも描かれています。紹介します。
平井さんは当時、まだ頭角を現していない若手のひとりですから、麻生怜士さんの『ソニーの革命児たち』を参考にした、とのコメント付きです。
……「君、ウソを言っちゃいかんよ」
大賀さんは久夛良木さんの「ハッタリ」を見抜いたようだが、久夛良木さんはそこで食い下がるような人ではなかった。ついに「禁句」を口にしてしまった。
「任天堂にあれだけのことをされて、黙っているおつもりですか!」
これには大賀さんも怒りの火に油を注がれたことだろう。久夛良木さんが「決断してください!」と訴えかけると、「そんなに言うのだったら、本当かどうか、証明してみろ!」と言い放った。そして大賀さんが机をドンとたたいて発した一言は、プレイステーション誕生の物語では必ず引用される。大賀さんはたったひと言、こう叫んだ。
「DO IT‼」
大賀さんは机をドンとたたいて「DO IT‼」
(A課長)
大成功した製品の企画がどのようなきっかけで始まったのか… 誕生秘話として後に語られるわけですが、プレイステーションは実にエキサイティングだ。ソニーは大企業になっても野武士の集まりというか、アニマル・スピリッツがここかしこに横溢しているカンジですね。
(Sさん)
久夛良木さんという規格外の天才をマネジメントしたのが丸山さんなのですね。久夛良木さんがその能力を最大限発揮できる環境を有しているのが“ソニーという器”であるし、併せて丸山さんという傑出した人物が縦横無尽に活躍するのも、創業者である井深さん、盛田さんのビジョン、パーパスが、組織全体に血肉化しているからだと思います。
久夛良木さんと丸山さんの関係を、『ソニー再生…』の中で平井さんは次のように解説しています。
……その丸山さんがよくおっしゃっていたのが「クタちゃんはマライア・キャリーみたいなもんだ」ということだった。周囲の目にはとにかくこだわりが強くて扱いにくく映るのだが、とんでもない才能を秘めるアーティスト。それが久夛良木健という人だという意味だが、なるほど言い得て妙だ。(中略)
さながら音楽の世界のようにアーティストを演出する敏腕マネージャーの役を買って出た丸山さんとのコンビはある意味、奇蹟のような組み合わせだったのではないだろうか。
ちなみにソニーCEOになったハワード・ストリンガーさんは久夛良木さんを評して「ソニーのスピルバーグ」と語っていたが、こちらもなるほどと思わされる。他の誰かが思いつかないようなことを日々考え抜き、とことんまでのこだわりを持って自らの頭の中に描いた理想を形にしていくのである。
丸山さんは不世出の敏腕マネージャー!
(A課長)
ご本人である丸山さんが『私の履歴書』で語るところも一興です。こうやって異なる人の語り口を照らし合わせて確認するのも面白いですね。7月17日の『私の履歴書』にありました。
……周囲の人から「丸さん、よく我慢しているね」と言われたが、長年、相手をしてきたミュージシャンにはわがままな人が多く、私には耐性があった。ため口でぼろくそに言われても腹が立たない。
「久夛良木の面倒をみるのはマライア・キャリー(アメリカの大物歌手)の面倒をみるのと同じですよ」。あるときそう説明したら「シゲ、面白いこと言うね」と大賀さんが大笑いした。
(Sさん)
Aさん、丸山さんにしても、平井さんにしても、私たちは、こうやって書かれたものでそのときのシチュエーションを把握というか、想像するしかないのですが、ソニーという会社に登場する人たちって、超ポジティブというか、理屈を超えて「元気をもらえる!」というカンジになりませんか?
“ソニーの器”はレジリエンスな伸び縮みする自在な袋!
(A課長)
本当にその通りですね。Sさんは“ソニーの器”といいましたが、その器こそがレジリエンスというか、どのような破天荒な人でも包み込んでしまう伸び縮み自在の袋がイメージされます。
(Sさん)
グッドな喩えです!
7月18日の『私の履歴書』は、「ゲームはハードとソフトが両輪だ」のソフト開発がテーマです。新たに設立された会社、「ソニー・コンピュータエンタテインメント…SCE」というネーミングもいいですよね。ハードは久夛良木さんが一手に引き受け、一方のソフト開発は、SME…ソニー・ミュージックエンタテインメントを牽引してきた丸山さんの発想が冴えまくります。
パックマンという世界的ヒットソフトを持ち、ゲームセンターも経営するナムコとの提携、そして、音楽ビジネスでは当たり前だったクリエーターを発掘するためのオーディションを新たに導入します。
北海道発のハドソンや慶応大学SFCの学生を中心としたチームなど、丸山さんの仕掛けは、任天堂の囲い込みとは違った、オープンな広がりとなってSCEの存在感を高めていくのですね。
(A課長)
オープン! まさにキーワードです。ソニーは、中小企業の時点で、盛田さんがいきなり米国に飛び出していったように、「オープンかつ反骨精神」が文化の根底にある!
今後もソニーウォッチャーのSさんのハートを揺さぶり続けてくれる、巨大な存在であることは間違いないですね。
坂本 樹志 (日向 薫)
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